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第22話 遠ざかる波濤

上陸作戦開始から十時間が経過していた。

 日差しも西に傾き始めた頃には戦いも勝敗を決っしていた。

 島の約三分の二を連合軍側が占領に成功し、残すは西側のクォータービューとその周辺だけになっていた。後は島の統治者たる防衛隊司令部の降伏を待つだけだ。

 そんな中、先ほど前線からとある情報がもたらされた。

 B海岸で三台の軽車両が強奪されゴーレムに姿を変え逃走したというのだ。

 その情報を耳にしクレアが色めき立つ。

 逃走した三騎は恐らくラーマの操るゴーレムだ。

 更に島の中央付近からは103東征號が出現したという情報までもたらされる。

「多分、ラーマはその三騎のゴーレムを使って東征號と合流するつもりだわ」

 時は一刻を争う。

 第103独立遊撃大隊と合流する前にラーマを捕えなければならない。

 クレアはヨシュア水軍司令部から捜索活動の許可を得ると単身、ギップフェル島に向け向け飛び立った。

 島に到着し、クレアは早速、捜索を始める。

「まずはB海岸からね……」

 だが島に降り立った途端、クレアは現場の凄惨さに愕然とした。

 何処を見渡しても死体の山、それが海岸から山の麓まで続いているのだ。

「酷い……ヨシュアの時だってこんなに酷くはなかったわ……」

 結局、その惨たらしさの前に吐き気と眩暈を起こすと、箒で飛ぶ所も儘ならなくなる。

 仕方なく人気のない場所に降下すると暫く物陰で気持ちを落ち着かせた。

 気落ちしている最中、カナセの顔が脳裏に浮かぶ。

「カナセ君、死んでないよね……」

 クレアの中で不安が募る。

「でも、もし……」

 その「もし」が心の中で際限なく積み重なっていくと、今度は気落ちから一転、不安から居ても経っても居られなくなる。

 しかし再び飛び立った所で三騎のゴーレムと第103独立遊撃大隊の姿は見つからない。

 そしてカナセの姿も……。

 だがその捜索の中で偶然、知り合いを発見した。

 それは小さな丘の上で項垂れていたナタルマだった。

「チクショー! 畜生め! チクショー!」

 硝煙の匂いが未だ立ち込める激戦地の跡でナタルマが無念を募らせる。

「ナタルマ!」

「ああ……、クレアか」

 クレアが呼び掛けるとナタルマが気の無い返事を返す。

 だが一方でナタルマの凄惨な姿に一瞬、声を失う。

 ナタルマは全身を創傷だらけの血まみれにし、更に両腕に嵌めていたはずの魔煌の籠手を使用不能になるまで損傷させていた。

「どうしたの? あなたがこんなに迄なるなんて……」

 ヨシュアで拳の魔女と恐れられた彼女がここまで負傷させられた現実に戸惑うばかりだ。

「リサのせいだ……」

「リサって、彼女にやられたの?」

「やられた? オイラは負けてねぇ! 少なくとも互角に戦ってた!」

「そうじゃなくって……。103のリサがここに来てたの?」

「ああ、さっきまでな……だが急に戦うのを止めて消えちまいやがった」

「どうして?」

「知らねえよ。あいつ等に聞きゃあ良いだろ!」

 そう不貞腐れながら地面に向かって仰向けに寝転んだ。

 一方、ナタルマの言葉にクレアは息を飲んだ。 

 ナタルマの話から第103独立遊撃大隊がここに居たのは確かだった。

 だが連合軍側が完全に押し返される直前、彼等は踵を返す様に撤退し、装甲列車103東征號と共にこの戦場から忽然と姿を消してしまったのだという。

「不味いわね……もしかしたらもう、合流したのかも……」

「合流?」

「いいえ、こっちの事。それとナタルマ、この辺りでラーマを見なかった? 三騎のゴーレム召喚してるはずなんだけど……」

 クレアは持っていた薬をナタルマに渡しながら訊ねる。

「ラーマぁ? 知らねえなぁ。少なくともB海岸では見てねぇよ」

「リサはどっちに逃げたか判る?」

「南だよ……。南に逃げやがった」

「じゃあ、C海岸の方ね……C海岸には誰が居るの?」

「カナセの野郎が居るはずだ」

「カナセ君が?」

 ナタルマの一言にクレアは息を飲む。

「あなた達、一緒じゃなかったの?」

「違うな。あいつはマギライダーが欲しいっていう陸軍からの頼みで異動になった。トギスの野郎と一緒にな。生きてりゃ塹壕を超えて今頃、内陸にいるはずだ」

「判ったわ。教えてくれてありがとう……」

「へへ……くたばってなけりゃいいがな」

 ナタルマはおよそ魔煌陸戦隊の隊長らしからぬ言葉でクレアを見送った。

 クレアは無言のまま飛び立つとそのままC海岸へと向かった。

 飛びながらクレアはナタルマの言い残した言葉が脳裏にこびり付き不愉快になる。

「へへ……くたばってなけりゃいいがな」

 何時から人の生き死にを笑う様な歪んだ子になったのだろうか?

「昔はあんな子じゃなかったのに……」 

 彼女を知る者として胸が痛い。

 しかし今は彼女の事で思い悩んでいる場合ではなかった。

 彼女の更生なら戦争が終わった後でも出来るはずだ。

 それに今はラーマの姿を……否、誰よりもカナセの生きた姿を見つけたかった。

「カナセ君、お願い無事で居て……」

 クレアは祈る様につぶやく。

 だがここは戦場だ。想像もしたくないがカナセの身にもしもの事があるかもしれない。

「血気に逸って無茶してなければ良いけど……」

 やがてクレアはC海岸から上陸した部隊と合流した。

 しかし地上に降り立った途端、彼女は兵士のひとりに野戦病院に連れてかれ、そこで怪我人の手当てを懇願された。

「頼むよ、魔女さん。あんた薬の魔女なんだろ? 仲間を助けてくれ!」

 医療魔煌士として、そう請われるとクレアも断り切れない。

 結局、クレアは一旦、捜索を中断すると手持ちの薬が無くなるまで負傷兵達の治療に専念した。

 そして夕暮れ時になってやっと解放された。

 野戦病院のテントを出ていくと休息の為、傍にあった倒木に腰掛けた。

「ふう……」

 治療による疲労で大きなため息が出る。

「野戦病院の中でも聞き回ったけど手掛かりなしか……」

 同時に野戦病院の中でカナセの姿が無かった事に安堵する。

 しかしクレアはまだここに来た目的を果たしていない。今からでも二人を探し出さなければならないのだ。

 クレアは途方に暮れる。夜になれば探し出す事はほぼ絶望的だ。

 そんな時だった。遠くから声が聞こえた。

「おーい、機械人形がこっちに向かってくるぞ!」

 機械人形と聞いてクレアは立ち上がった。そして倒木の上に立って周囲を見渡してみる。

 すると西に広がっていた森の切れ目から一騎のマギアギアが姿を現した。

 マギアギアはジープと呼ばれる軽車両から変形した鉄巨人だった。

 しかし両腕はもがれ肩に装備されていたロケット砲も潰され車体は無数の殴打で歪んでいた。地面を歩く鉄の脚も左側が機能不全に陥り、引きずる様も痛々しい。

 マギアギアは駆け寄ってきた兵士達の前で力尽きる様に倒れ込んだ。

 そして中に居たマギライダーを吐き出す。

「ちょっと、すみません! 通して!」

 兵士達を掻き分けながらクレアはマギライダーの下へと駆け寄った。

 吐き出された魔煌士がカナセだと期待したからだ。

 だが地面を這っていたのはカナセではなかった。

「トギスさん!」

 それはあのタモン・エニールの親戚のトギス・エニールだった。

 しかし、よほど酷い戦況から逃げてきたのかトギスは全身が傷だらだった。

「トギスさん、しっかりして!」

 クレアは箒のコアをトギスの胸元に翳して応急治療を施す。

 トギスはクレアの力で何とか一命をとりとめると瞳を開けた。

「大丈夫? どこかまだ、痛む?」

「ああ……た、助けて……体中が痛い……」

「彼をすぐに野戦病院に運んで下さい」

 クレアの指示を受けた数人の兵士達が手を取り合って動き出す。

 そんな中、トギスはクレアに言った。

「た、確かクレアさんだよね……僕の事、覚えてる?」

「覚えているわ。トギス・エニールさんでしょ?」

「君に伝えとかなきゃ……カナセが……」

 トギスの言葉に嫌な予感を感じる。

 一方でトギスは言葉も絶え絶えに囁く。

「僕たちは……襲われたんだ。あの恐ろしいマギライダーに……」

 トギスの声は震えていた。よほど恐ろしい目に遭ったに違いない。

「大丈夫よ、ここはもう連合軍の陣地だから安心して」

「銀色の獅子仮面……カナセはそいつに捕まって、列車で連れてかれた……それをこの目で見たんだ」

「そんな……銀色の獅子仮面のマギライダーって……」

 それは間違いなくあのグレン・ハルバルトだ。

「ごめんよ……でも仕方が無かったんだ……ラーマさんのゴーレムが突然、襲い掛かってきて、逃げ切れたと思ったら今度は……。僕も精一杯だった……」

 そう言い終えた途端、トギスは目頭に涙を浮かべながら意識を失った。

 そして兵士達に担がれたまま野戦病院へと運ばれていった。

 その横でクレアは眩暈を起こしながら膝を落とす。

「嘘よね……。カナセ君」

 その事実に目の前が真っ暗になった。

 そして最後にトギスが言ったラーマの名前。恐らく、カナセはラーマと、そしてグレン・ハルバルトの策略に嵌められたのだ。

 しかし今のクレアにはどうする事も出来ない。

 ただカナセを失った喪失感に打ちひしがれていた。

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