第21話 強襲! 103東征號
一方、八ヶ国連合によるギップフェル島攻略作戦は順調に進行していた。
だがそんな中、ヨシュア水軍旗艦ヨークタウンでは前代未聞の事件が起きていた。
陸戦隊が上陸作戦を開始した直後、艦内にて突然、四騎のゴーレムが発生し破壊活動を行ったのだ。
ゴーレムは四騎全てが搭載されていた内火艇から変形したものだった。
そして攻撃は完全な不意打ちだった。
艦内の保安隊も先の海戦でのジル・ガスキンの件もあり警戒していたのだが、相手が人間よりはるかに大きなゴーレムでは即座に対応という訳にはいかなかった。
結局、砲塔まで破壊された後、護衛のガンボート数隻の砲撃によって何とかゴーレム達は排除された。
だがこの奇襲によって旗艦ヨークタウンはヨシュア司令部としての機能を失い、旗艦任務も後方のイントレピッドに既に移管されている。
そして破壊された船体は今も煙を吐き続けていた。
その船尾の片隅でクレアはうつむきながら立ち尽くしていた。
そんな彼女の目の前には完全に破壊されたあの巨大箒が横たわっていた。
3mにも及ぶ戦う魔女の象徴はコアまで破壊され二度と大空を飛ぶことは出来無い。
否、それ以前に飛べなかった。巨大箒に乗った途端、操縦系統は厳重に封印され動かす事すら適わなかった。
「一番、怪しいと思ってたのに……」
クレアは破壊された情景の悲惨さと共にこの状況を防げなかった自分の不甲斐なさに涙を滲ませていた。
四騎のゴーレムによる破壊工作。それに伴う事前の下準備。犯人の正体は既に判明していた。そんな数のゴーレムを同時に使役させられる魔煌使いなどこのヨシュア水軍には一人しかいない。
「ラーマ・パトリック!……」
そうだ、全てあの女の仕業だ。あの紫髪の石像の魔女にしてやられたのだ。
「私はあなたを許さないから!」
クレアはうつむいたまま叫んだ。悔しさのあまり美しい面差しすら歪んでいた。だが怒りをぶつける相手は既に破壊されたヨークタウンから立ち去った後だった。
そしてその破壊工作の犯人がカナセと接触した事実をクレアはまだ知らなかった。
その石像の魔女の奸計にカナセはまんまと嵌められていた。
そして今まで見たことも無い強敵と対峙させられる事となる。
戦車はグリペン型、その手には長砲身の75㎜ライフル砲が装備されている。
そして変形したマギアギアの肩には白く103號の番号が記されていた。
「クソッ! 冗談じゃ無ぇ」
奴は標準的なグリペン型とは明らかに違う。
「アイツ、改造してデカいコアに乗せ換えてやがる……」
カナセの常識からみても規格外だ。恐らく、通常の三倍のサイズを乗せている。
それはカーニャ村の排水ポンプの修理の時と似ているが、カナセがやろうとした事は飽くまで小さなコアで大きなコアモーターを動かそうとした事だ。
目の前の中戦車のやっている事はその真逆で、危険極まりない改造だった。あの程度の車体で不釣り合いなほど大きなコアを乗せれば、煌気が供給過多となり、コアとモーターの両方が呪縛に負け暴走する所か一瞬で大爆発を起こす恐れがある。
しかし103號から伝わって来る煌気の流れは水を打ったように静かだった。
「中のコアを完全に制御してるだって? まさか、そんな事が出来るのは死んだ師匠くらいだぞ……」
そしてジル・ガスキンに死ぬ前に聞かされたあの言葉が頭を過る。
「曹長、ひとつ忠告しとく。もし103の番号の書かれた戦車と会う様な事があったらさっさと逃げるんだ。戦おうなんて思っちゃいけない。あれは別の世界の“何か”だよ」
確かにあの時、ジルはそう言った。
第103独立遊撃大隊隊長、グレン・ハルバルト。ウラ鉄のスーパートップエース!
その本人がマギアギアに乗ってカナセの目の前に立っているのだ。
カナセは自分の置かれた状況に息を飲む。
「ジルの言った言葉が正しければ……」
相手は二十騎のマギアギアをひとりで倒した強敵だ。
それが事実なら自分の力では太刀打ち出来ない。
「だったら、ここは一旦、撤退だ……」
トギスとラーマの事は心配だが今は他人を気に掛ける余地もない。
「けど、このままノコノコ逃げるってのも癪だ……」
一方でカナセの矜持が真逆の思いに走らせる。
「あれから俺だって強くなった。それに光の剣の必殺技だってある。例え相手が敵の撃墜王でも今なら通用するはずだ」
そう思わせたのは今まで戦い抜く事で身に着けてきた自信だった。現に、カナセは先ほど二対一という不利な状況を簡単に切り抜け、二騎のマギアギアを倒せたではないか。
カナセは前言を翻す。そして一つの目標に覚悟を決める。
目の前の強敵を打ち破る!
「これでも食らえ!」
カナセはヴァイハーンの左手に装備する75㎜短身砲を発射した。
口径は相手と同じ75㎜砲だが砲身が短い分だけこちらの方が威力は弱い。おまけに今、装填してあったのは対戦車戦に不向きな榴弾だった。
だが命中した途端、弾は炸裂し爆炎を吹く。装甲貫通までは至らなくても相手を怯ませる程度の効果を発揮した。
その隙にカナセは目の前の103號目掛けて突進する。
「この勝負、もらった!」
ヴァイハーンが103號の懐に飛び込む。そしてここで光の剣を打ち放てば勝利は決まるはずだ。
だがその瞬間、目の前に居たはずの敵の姿が無い。
それに気付いたカナセが焦燥する。
「どこだ!」
そして左後ろからのコアの反応。
「うわああああああ!!」
直後に、騎体全体を大きく揺さぶる爆発が起きた。
カナセが慌てて左に振り向くとそこには75㎜ライフル砲を構えた103號が立っていた。
「何だって? いつの間にあんな所に?」
おかしい、幾ら相手のコアが大きいからって軽いヴァイハーンより早く動ける理屈はない。だが敵は目にも止まらぬ速さでヴァイハーンの突進を回避すると反撃まで加えて来た。
しかも発射された砲弾はこちらと同じ榴弾だ。お陰でヴァイハーンは爆発に巻き込まれただけで損傷は無い。
だがこれは裏を返せば、初手のこちらの発砲の意趣返し。
驚かされたから脅かし返した程度の反撃でしかない。
「舐めやがって!」
相手の意図を悟ったカナセが再び攻撃に移る。
しかしカナセが方向転換を済ませた頃には相手は既に次の行動に移っていた。
103號は森の中で素早く横移動すると、次の瞬間には接敵し肩からヴァイハーンにぶつかって来た。
「うわぁあああああ!」
体当たりを浴びた瞬間、カナセが声を上げる。
ヴァイハーンはそのまま傍に立っていた大木に体をぶつけ濡れた腐葉土の上に転倒した。
だが相手はこれ以上の攻撃を仕掛けていない。ただ倒れたままのヴァイハーンの動きをじっと観察するだけだ。
その姿はまるでカナセ本人に向かって格の違いを見せつけている様にさえ思った。
しかしそう知らしめるだけの物を相手は持っている。
カナセ自身、それを認めざる得ない。
「こいつには……勝てない!」
そう思った瞬間、カナセは作戦を変更。ヴァイハーンの体に装着されている煙幕弾を発射した。
森の中が一瞬で白い煙に包まれる。
そんな中、ヴァイハーンは立ち上がるとそのまま方向転換、文字通り相手を煙に巻きながら森の奥へとに逃げていく。
だが敵はカナセの動きを重々お見通しだった。
103號は果敢にも煙の中に入っていくと直ちにヴァイハーンを追跡した。
結局、せっかく捲いた煙もほとんど役に立たず、カナセは103號に再び見つかった。
逃げても逃げても敵は追い駆けてくる。
しかも草木生い茂る中にも関わらず、103號は樹木の間を軽やかに潜り抜けていく。
目にも止まらぬ早業。それはまるで森の中を駆け回る狐の様な軽快さだ。
そしてヴァイハーンに向かって手に持った長大なライフル砲を再び掲げた。
木漏れ日を揺らしながら雷轟の様な発砲音が響く。
だがその直前、偶然がカナセを救った。ヴァイハーンが地面から突き出た岩に足を取られると、そのままつんのめり姿勢を崩す。
「わっ!」
カナセが思わず叫んだ。
だが幸い、この動きが相手の攻撃をかわし、弾はヴァイハーンの上を通り抜け、背後にそびえ立つ樹齢数百年の大樹に命中した。
哀れ、大樹はその一撃で幹に大穴を開け倒壊した。
だがその甲斐あってヴァイハーンは千載一遇のチャンスを得る。
「今、奴のライフルは空だ!」
果たして、次弾装填の為、103號はライフル砲を操作する。
その最中の敵に向けクロコダイル・ヴァイハーンは片膝を突きながら反撃に移った。
「発射!」
短砲身で再び砲撃する。だが今度は先ほどの榴弾とは違い対戦車戦闘用の特殊成形炸薬弾だ。
しかし103號は装填中にも関わらず軽くステップを踏むと、ヴァイハーンからの攻撃を容易く回避した。
「ウソッ!」
照準器を覗きながらカナセは青ざめた。ヴァイハーンにとって先ほどの砲撃は乾坤一擲の一撃、それだけに狙いは確実だったはずだ。
それを奴は舞う様に避けていったのだ。
同時にカナセの攻撃は手詰まりとなる。
敵はカナセが攻撃に失敗した直後にライフルの再装填を済ませていた。
今度は相手の攻撃だ。そして敵が次弾を外してくれる可能性は限りなく低い。
「いや、間違いなく当てて来る!」
なら出来るだけ逃げ回るしかない。それが例え無駄な努力であっても。
「クソ野郎が!」
カナセは毒吐く。そして敵が狙いを定める前に再び逃げ出した。
「焦るな俺、頑張れ俺……」
カナセは何とか自分を奮い立たせる。
幸いここは森の中だ。木々を盾にしながら上手く立ち回ればまだ逃げるチャンスはあるはずだ。
それに今、自分を守れるのは自分しかいない。
ここで気持ちが折れればその先に待って居るのは敗北と同時に訪れる確実な死だ。
だが事態が悪い方向に進んでいたのは何もカナセの周辺だけではなかった。
「クソ野郎! どこから湧いて出やがった!」
戦いながらナタルマもカナセと同じ様に毒吐く。
全くの不意打ちだった。
敵の守備隊を殲滅せんと連合軍の陸戦隊の全軍が海岸を超え、崖を越え、塹壕を乗り超えて前進していた。
だがその中央を固めていたB海岸の主力部隊が進行方向から凄まじい砲撃を受け停滞し、更に降って湧いた様な新手の戦闘部隊による逆襲を受けたのだ。
新手の部隊は精強で、今まで順調に部隊を進めていた連合軍部隊は虚を突かれた形となり大混乱に陥った。
新手の部隊の正体は一本の装甲列車だった。
十六両編成の装甲列車に搭載されていた六門の155㎜砲による長距離からの正確無比な一斉射撃。そして砲撃を済ませると、今度は車両ごと敵中へと突入し砲火の下に居た連合軍部隊を襲撃した。
装甲列車の機関車の胴体には赤く「103東征號」の数字が描かれていた。
103の数字を見た連合軍の兵士達が一斉に震え上がった。
「東征號だ……。第103独立遊撃大隊だ!」
「馬鹿な! 何で奴等がここに居るんだ! あいつらヨシュアに居るはずだぞ!」
彼等にとって103の数字は悪魔の諱だった。
その悪魔からの攻撃は苛烈極まりない代物だ。
突入された連合軍上陸部隊は装甲列車に搭載された大型火器で容赦ない近距離射撃を受けた。中には間近で重砲の直撃射撃を浴びせられ全滅した部隊もあった。
更に怯んだ所で歩兵部隊の降車戦闘による後詰めの突撃を喰らった。
当に電光石火の一撃、東征號の降車兵の戦闘は果敢で機知に富み交戦時間も極めて短く、上陸部隊は真面な反撃も出来ないまま瞬く間に蹂躙されていった。
そして排除が済むと東征號は次の狩場へと移動する。
それが繰り返されるうちに連合軍の優勢は押し返され、逆にウラ鉄防衛隊の戦線は立て直しを始める。
八ヶ国連合軍はそのたった一本の装甲列車によって翻弄されていったのだ。
そして今、敵降車部隊の一部がナタルマ達魔煌陸戦隊の真正面に出現し、両者入り乱れての激戦が繰り広げられていた。
だがナタルマの奮戦空しく敵の猛突を止められず部隊は後退せざる得ない。
「敵の前進が抑えきれない。数が多いって訳でも無いのに……」
珍しくナタルマに焦りが見せる。
そして塹壕の中に身を潜めながら向こうの様子を伺った。
敵はウーラシア横断鉄道公社・鉄道公安機動軍・第103独立遊撃大隊。間違いなく鉄道公安機動軍の中でも最精鋭の戦闘部隊だった。
そして前方に立ち尽くす冷徹なすみれ色の瞳の魔女……。魔女は紺色で彩られたウラ鉄の制服と隙なく着こなし、砲撃による熱風で長い赤髪をたなびかせていた。
「何で剣の魔女がこんな所に居るんだ……」
立ちはだかる存在の大きさにナタルマが苛立ちを覚える。
魔女の名はリサ・マキーナ。ウラ鉄第103独立遊撃大隊の副隊長。あの赤髪の魔女だった。
そのリサの両手には以前、オートル沖でヴァイハーンを穴だらけにした細身のサーベールと一緒に五連装の大型リボルバーが握っていた。
その二つは傍目から見て古式ゆかしい装備だった。
だがその威力を知る者からすればどちらも恐るべき魔法の杖だ。
残念ながらそれは拳の魔女と鳴らすナタルマにとっても例外ではない。
「あのクソ女め……」
「聞こえているぞ、ナタルマ。そんなところに隠れていないで正々堂々と戦ってみせてはどうだ?」
ナタルマが汚い言葉で罵るとリサが煽ってみせる。
「うるさい! 何が正々堂々だ! 飛び道具なんて使いやがって。タイマンならゲンコツで来いってんだ!」
ナタルマが言い返すがリサの冷徹なまなざしが崩れる事はない。
しかしこれでナタルマでもこの小島で今、何が起きているのかを呑み込めた。
103遊撃大隊はウラ鉄の高速鉄道隊だ。司令官はグレン・ハルバルト。だが彼等は現在、八ヶ国連合の中でも一番遠いヨシュア共和国内で戦闘を行っているはずだった。
なのに実際はこの遠く離れた小島に居る。
恐らくギップフェル島の危機に際して、奴等はヨシュア攻略の任務を一旦、放棄すると大陸横断鉄道を使って超特急で駆け付けたのだ。
「でも隊長の姿は見えねぇな……」
ナタルマがつぶやく。居るのは副官のリサだけだ。
その事実が僅かに気休めになる。あのグレン・ハルバルトまでここに来られたらナタルマ達は今頃、生きてはいないはずだった。
しかしナタルマが不利なのは変わりない。
事実、ヨシュアでは何度かリサと戦った。その中でナタルマは引き分けるか逃げるかのどちらかで勝った試しが無い。
「だが、なんとか引き分ける位には持ち込まねえと……」
そうしなければ間違いなく自分はここで死に八カ国連合軍は崩壊する。
そう言わしめるだけの力をリサと第103独立遊撃大隊は有していた。
「そちらが来ないのなら、こちらから行くぞ!」
遂にリサが動き出した。彼女の脚力は一度跳ねただけで目にも止まらぬ迅速を生み出し塹壕の中のナタルマに接敵した。
「チッ!」
ナタルマが攻撃から逃れようと塹壕に沿って右に走る。
しかし瞬く間にリサが猛追しサーベールの抜き身で襲い掛かった。
それをナタルマが跳躍でかわす。
だが振り翳された剣圧は凄まじく、塹壕内に捨てられた歩兵砲が僅かに触れただけで、その砲身を防盾ごと両断された。
その切れ味を前にナタルマの心臓が強張る。どんな防御魔煌技を張っていてもあんな一撃は防ぎきれない。
だがその一振りの中でナタルマの本能は反撃の糸口を掴んだ。何とか切っ先から逃れた瞬間、体を捻って魔煌の籠手を構える。
「しめた! 行けるぞ!」
リサの剣捌きも素晴らしいがナタルマの体感も非凡の域だ。
「喰らえ!」
拳の魔女が魔煌の籠手で一撃を放った。
ガキン!! 直後に金属と金属とがぶつかり合う激しい音が響く。
ナタルマの渾身の鉄拳をリサの反応速度が返す刀ではじき返したのだ。
サーベールで一撃を放った後だというのにリサの敏捷さはナタルマを凌駕していた。
「クソッ! もう一寸だったのに!」
敵の二撃目を恐れてナタルマは慌てて後退する。
「駄目だ! あんな奴と真面にやり合えねぇ!」
珍しくナタルマが弱音を吐く。一方で剣の魔女も追撃を諦めない。
「逃すか! 拳の魔女!」
「しつこいぞ! 剣の魔女!」
退き際にナタルマの右手が凄まじい閃光を放った。
それは魔煌の光を最大限に増幅させた攪乱攻撃だ。
「これで目眩ましのつもりか!」
その光の中にリサが突っ込む。しかし光の向こうにナタルマの姿はない。
「どこだ?!」
「ここだ!」
ナタルマを探していたリサの耳に真上から声が聞こえた。
リサが顔を上げると頭上にナタルマが居た。
急転降下するナタルマの右腕の籠手が銀色に輝きほとばしる。
「掛かったなぁ、死ねぇぇ!」
ナタルマがリサの頭部目掛けて残った拳を振り降ろす。
だがリサは左手に収めたリボルバーを頭上に掲げると落ち着いて引き金を引いた。
雷鳴の様な発射音と同時に50口径の銃口から葉巻の様な銃弾が飛び出した。
銃弾には煌気が秘めらており拳銃と共に強力なマギアルマだった。
「うぎゃ!」
命中した途端、衝撃に耐え切れずナタルマの体が跳ねた。
しかし寸前のところで魔煌の籠手を翳して致命傷を防いでいた。
それでも直撃による衝撃は凄まじく、彼女の小さな体はゴム鞠の様に弾かれると戦場の中を百m以上飛び跳ね、挙句、荒れ果てた大地に転がされた。
「痛てて……」
倒れたままナタルマが呻いた。しかし苦しんでいる暇はない。次の瞬間にもあの魔剣の切っ先が襲って来るかもしれないのだ。
ナタルマは痛いのを堪えながら立ち上がると銃弾を受けた右手の籠手を確かめた。
貫通こそ免れたものの弾痕が残る魔道具には深い亀裂が入り、同時に前腕の骨は衝撃で折れていた。それは彼女の右腕が戦闘機能の全てを失っている事を意味する。
「もう、右手は駄目か……」
ナタルマの表情は苦い。
「死を目前にして不本意と言いたげだな、ナタルマ」
近寄って来るリサの声が聞こえた。
銃を構える彼女をナタルマは睨み返す。
「しかしな、ナタルマ。不本意なのは別に貴様だけではないぞ」
「なにっ! どういう事だ?!」
「私だってこんな所で貴様と遊んでいられるほど暇ではないという事だ」
「ムカツク!」
リサの言い回しにナタルマが怒りを覚えた。
そして動かなくなった右腕の籠手を投げ捨てると残った左腕を翳し戦う意思を示す。
「さあ来やがれ! ここからが本当の勝負だ! オイラを舐めたらどんな痛い目に遭うか、それを教えてやる!」
「望むところだ。私もこんな茶番、今すぐ終わらせてやる。そして一刻も早く隊長の御傍に戻らせてもらうぞ!」
「言わせておけば! そんなに隊長様が愛しいか!」
ナタルマが一心不乱に駆け出した。
こうなればこの突貫で最後の一撃に賭けるしかない。拳の魔女の名に恥じない勇敢な闘士である事を最期まで示すのだ。
「喰らいやがれぇぇ!」
ナタルマが拳を振り下ろす。
そんなナタルマの意思に受け答えようとリサもまた剣を構えた。
一方、名も知れない森の中でカナセは窮地に立たされたままだった。
密度を増した樹木の狭間で逃げる切っ掛けも掴めないまま、戦闘は砲撃戦から殴り合いに変わっていた。
カナセのヴァイハーンが決死の覚悟で103號に迫り掌底を浴びせようと迫る。
「てぇい!」
運良く掌底は相手の顎に決まり103號が顔を歪める。
しかし攻撃はそこで潰える。103號が本来持つ厚い装甲と煌気の膜によって敵は何の損傷も受け無い。
更に掌底の為の肉薄が失敗した事でヴァイハーンに危機が訪れる。
103號の拳が75㎜砲を搭載したヴァイハーンの左肩を思い切り殴ったのだ。
左腕が肩の付け根から、一瞬でもぎ取られるとヴァイハーンはその衝撃を受け流す事も出来ず、もんどりを打って再び地面に倒れた。
「うがああ!」
凄まじい衝撃で揺さぶられながらカナセが呻いた。同時に額から生暖かいものが流れてくる。頭を車内の壁に打ち付けた瞬間、裂傷を起こした時の出血だ。
カナセの視界が赤く染まる。一方でヴァイハーンも動きを止める。
左腕は搭載されている75㎜短身砲ごと失われていた。もはや相手への有効な攻撃手段は無い。
しかし103號の猛追は留まらない。今度は地面に伏したヴァイハーンの胴体を出力過多の右脚で蹴り飛ばしたのだ。
鋼鉄で出来ているはずのヴァイハーンの体が木の葉の様に右へ左へ飛ばされる。
それが何度も何度も暗い天然林の中で繰り返されるのだ。
「うぐぅ! あがぁ!」
狭い車内でカナセが幾度となく打ちのめされる。
まるで終わりのない暴力。蹴られる度にヴァイハーンは破壊され、人型の原型から遠のいていく。
勝敗は決していた。もはやカナセは戦うどころかヴァイハーンを動かす気力さえ失っていた。後は煮るなり焼くなり目の前の103號の自由だ。
やがて103號はヴァイハーンへの蹴りを取り止めると、ヴァイハーンの頭部を掴み、片手だけで釣り上げた。
車内で意識が朦朧とするカナセに為す術はない。
それでも震える目蓋の奥でカナセは壊れた視察孔から外を見つめる。相変わらず目の前には胸飾りの獅子面はこちらを睨んでいた。
悔しい。顔も知らぬ者に殺されるのか。だが見知らぬ者同士の命のやり取りは戦場の常だ。このまま死んだところで何の不思議もない。
「これまでか……」
カナセが呻く。
だがそんな時、孔から望む外の景色が急変した。
目の前の悪魔に大きな影が後ろから覆い被さったのだ。
背後から羽交い絞めにされた103號が思わずヴァイハーンを手離す。
その最中、無線機から雑音の混じった声が聞こえた。
「カナセ、逃げて……」
それは今まで姿が見えなかった相棒の声だった。
「トギス?……」
「僕がこいつを抑え付ける。その間に逃げるんだ……」
意識が朦朧とする中、視察孔の向こうでは103號が一回り以上大きな重装歩兵の巨人と組み合っていた。巨人の正体はトギスが操る上陸用舟艇だった。
重装歩兵は酷く損傷していた。それはラーマの操る三体のゴーレムと戦った痕だ。
ならば巨人の体内も酷い損傷のはずだ。だがそれでもトギスはカナセを助けようと懸命に103號に挑む。
あの臆病者のトギスが仲間を助ける為に命を張ってくれている。
だがその事実はカナセを勇気付けるどころか逆に暗い未来を暗示させた。
「や、やめろ……そんな慣れない事は止めてお前も逃げるんだ……」
無線機の前でカナセがつぶやく。
恐らくトギスではあの103號を倒す事は出来ない。
そして現実は時を置かずしてカナセの予想通りに進んでいった。
ここでも強化された103號を操るマギライダーの力量が如何なく発揮された。
103號は組み敷かれた両腕を意図も容易く解きほぐすと重装歩兵の横っ腹を蹴って姿勢を崩させた。
重装歩兵の姿勢がよろけると今度は腕を取って綺麗に投げ飛ばす。
重量差を全く物ともしない華麗な身のこなし。結局、その投げ技ひとつで重装歩兵は動きを止めさせられると、103號は落としていたライフル銃を再び拾い上げ、そこに砲弾を撃ち込んだ。
力戦空しく重装歩兵は擱座し体内から火を噴いた。
「ト、トギス……」
燃え上がる相棒の巨人を前にカナセは何も出来ず茫然とした。
だがそれでもカナセにはトギスの勇気に答える義務がある。
ヴァイハーンは残っていた僅かな力を振り絞って立ち上がると、炎を上げる重装歩兵を置いて逃げ出した。
懸命に森の中を、103號の居ない方角へ遮二無二走る。
「走れ! 走れ! 走れ!」
カナセは自分を奮い立たせる。逃げる事が相棒の気持ちに応える唯一の手立てならば懸命に走らねばならない。
そして遂にヴァイハーンは103號を置いて森を抜けた。
だが光差すその先にあった物は山の麓まで続く長い自然の傾斜だった。
その傾斜にヴァイハーンは足元を掬われ無様に転倒した。
「うああああああああ!」
カナセが悲鳴を上げる中、ヴァイハーンは斜面を凄まじい速さで転げ落ちていく。
そんな視界の中で斜面の光景はただの岩肌から急速に白い壁の街並みに変わっていった。
それはギップフェル島唯一の都市、クォータービューの坂道の景色だった。
ボロボロのヴァイハーンは通りの雑踏を蹴散らしならが坂道を下り、突き当りまで止まる事は無かった。
そしてとある民家に建てられた小さな塀の門扉にぶつかった所で停止した。
しかし壊れた門扉にヴァイハーンの体が挟まれ身動きが取れなくなる。その門扉の表札には「ロック・ブラン」と家主の名が掲げられていた。
何にせよカナセはヴァイハーンを捨てざる得ない。
仕方なくカナセは動かなくなったヴァイハーンから這い出ると、今度は通りの左側の道を自分の足で歩き始めた。
白い壁と青い屋根に囲まれたクォータービューの美しい街並みはかつてのリードヒルとはまた違った趣があった。
しかし今のカナセにはそんな町の美しさを楽しむ余裕はない。
ただ血の流れる頭の傷を押さえながら、ふらふらの足取りで逃げ惑うので精一杯だ。
そんなカナセに向かって一発の銃声が放たれ、行く手を阻んだ。
目の前の石畳に小さな穴が開いた。
振り向くとそこにはカナセを遠巻きに囲む街の住人達の姿があった。
その中の数人が一斉にカナセに銃口を向ける。
「動くな、ヨシュア兵!」
銃を構えたひとりがカナセに向かって叫んだ。
その一言にカナセの体が石の様に硬直した。
「何処から涌いて出やがった! この葦公め!」
「通りをめちゃくちゃにしやがって!」
更に周りから鋭い罵声が飛ぶ。
「こいつらに私の息子は殺されたのよ!」
「警察に引き渡すな! ここで殺しちまえ!」
「そうだ! 仲間達の仇だ!」
「死んだ父ちゃんを返せ!」
「殺せ、殺せ、ぶっ殺せ!」
住人達から凄まじい怨嗟の声が鳴り響く。
その声にカナセは愕然とした。
トラスニークの英雄もここでは只の復讐の対象でしかない。
そんなカナセの脳裏にあのリッタ・ブランの影が不意に浮かんだ。
彼女も自分を仇と呼んで殺そうとした。だが自分は彼女の事を何も知らない。どこでどんな人生を送ったのか、どんな理由でカナセを仇だと知ったのか何も知らない。
ただ彼女はカナセを憎んでいた。その憎しみだけがカナセと彼女を結び付けていた。
それはここの住人も同じだった。
カナセは目の前の誰一人として名前も素性も知らなかった。
それどころか相手もカナセが本当に仇かどうかも判らないはずだった。
だが愛する者を殺された事実がその判断を歪めさせ、知らないはずの者を憎悪の対象に変えていた。
だがそれこそが戦争の持つ本質だ。
カナセはその本質に戦慄したまま完全に包囲されていた。
もはや逃げ道はない。このままここで住人に嬲り者にされて殺されるか、警察に引き渡されるかのどちらかだった。
そして通りの向こうから一台の中戦車が現れた。
中戦車はグリペン型、砲塔には白地で103號の番号が記されていた。
奴は皆の目の前で獅子の胸飾りを付けた鉄巨人に再びモーフィングした。
もはや絶体絶命、しかし奴はトギスを倒した相手だ。
「せめて一太刀、一太刀だけでも……」
カナセの中で思いが募る。
そんな中、歩いて来た方向から爆発が起こった。乗り手を失ったクロコダイル・ヴァイハーンの車内に残っていた予備の弾薬が突然誘爆したのだ。
その爆発でカナセを囲んでいた住人達が騒然となる。
その囲みの中で隙が生まれた。
その隙に向かってカナセは声を荒げながら走った。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
カナセは住人達の囲みを強引に突破すると、そのまま通りの中を横断した。
向かった先には一台の乗用車が止められてあった。
カナセは路傍の石を拾い上げると乗用車の間近に迫りサイドドアのガラスを叩き割った。
そして慌てて鍵を開け、車の中に乗り込んでいく。
「た、立ち上がれ、ヴァイハーン!」
詠唱の後、通りの中に一体の闘神が突然、現れる。
「うわあああああああ……」
住人達は闘神の姿を前に慄くと蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。
そんな人々を庇うかの様に103號が立ちはだかる。
その時、既にカナセは最後の力を振り絞って103號に向け走り出していた。
「破煌! 突貫戟!!」
破煌の一言で目の前に魔煌障壁が生まれ突貫戟で拳から光の刃が生まれる。
それはあの分厚いベトンをも突き通したカナセの必殺技だった。
ヴァイハーンは刃の拳を翳したまま103號の獅子顔の胸飾りに向かって飛び込んだ。
一心不乱! 技を体得した時にナタルマから最後に言われた言葉だ。
「一心不乱に突っ込め! 何も考えず、ただ前に向かって突っ込むんだ!」
そうすれば、どんな魔煌障壁や装甲板もたちどころに貫通する。
「エヤアアアアアアアアアアアアアアア!!」
恐らく最後になる決死の敢行! マルケルスの闘神よ、心あるならばわが思い届け!
だがその思い空しく、カナセの渾身の一撃が獅子頭の胸板を貫く事は無かった。
切っ先が届く直前、103號は身体を翻し、光の刃を軽々と避けると、そのままヴァイハーンの右腕に掴み掛かり、容易に突進を防いでしまったのだ。
「あはははははははははははは! 危ない危ない。こんな物に刺されたら一大事だ!」
目の前の獅子頭の向こうから、若い男の明るい笑い声が聞こえた。
それは無線からの声ではない。カナセを圧倒し続けた生の声だ。
カナセの気迫が鉄巨人の鋭敏さによって意図も容易く蹴散らされる。
同時にそれはカナセの完全敗北が訪れた瞬間でもあった。
瞬く間にヴァイハーンの右腕がへし折られる。
凄まじい鉄の軋む音、ヴァイハーンは103號の鋼鉄の拳で一度だけ殴られると、そのまま石畳の上に叩き付けられた。
そして動けなくなった所で全身を覆う鋼板を剥ぎ取られる。
103號の前で操縦席に座ったままのカナセが露になった。
カナセの生の視線と103號の冷たい機械の眼差しが交差する。
「これでおしまいか……」
カナセは正直に思った。
しかし103號はそれ以上の攻撃を仕掛けてこようとはしなかった。
変わりにその場で立ち尽くすと搭乗ハッチが開き、一人の人間が身を乗り出した。
「お前は……」
その様子をカナセは霞んでいく視野の中でぼんやりと眺めていた。
103號の肩に立つのは目の前の鉄巨人の胸飾りと同じデザインをした、銀色の獅子仮面を被った白髪の戦士だった。
「グレン……ハルバルト…………」
そうつぶやいた瞬間、カナセの視界が暗くなった。
そして眠るようにそのまま意識を失った。




