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第18話 上陸前夜

 こうして夜襲作戦は成功に終わった。

 ヨシュア側は水上機母艦とガンボート一隻ずつを拿捕した。

 しかしこちら側も被害無しという訳にはいかず本職の陸戦隊員五人が戦死、両陸戦隊員十三名が重軽症を負った。

 その一方で当作戦の責任者であるナタルマ・シングはウラ鉄艦艇二隻目の捕獲成功という栄誉を与えられた。

 だが本人は作戦内容に不満たらたらだった。

「畜生め! 全然、暴れ足りなかったじゃねぇか!」

 作戦中、彼女自身も他の陸戦隊員同様、ガンボートからの掃射の最中は全く動くことが出来ず、やれた事と言えば艦橋への最後の突撃で分厚い水密扉をぶち破った位だった。

 結局、先の作戦の功労者はカナセとトギスである事は隊長以下誰もが認める所だった。

 それもあってかトギスを臆病者と嗤う者は少なくとも隊の中では居なくなっていた。

 しかし、当の本人は……。

「いやああああああああああ! カナセぇぇ!」

 呼吸法の訓練をする傍ら、愛用の自動小銃に油を差していたカナセにトギスが泣き叫びながら飛び付いて来た。

「何だよ、トギス? 何があった?」

 それをカナセが面倒臭そうにあしらう。トギスの言い分はこうだ。

「聞いてよ、カナセぇ。さっきおじさんに電報を打ったんだよぅ!」

「へえ~。何て打ったんだ?」

「キカンネガウ テツヅキモトム」

「で、何て帰って来た?」

「シンゾクイチドウ コレカラモ キデンノ イッソウノ フントウヲ キタイス って! いやあああああああああああああ!!」

 結局、このまま居残って戦えとの返信だった。

「ねえ、カナセ! 酷いでしょ! 酷いでしょ! 酷いでしょ! 僕は捨てられたんだ! ねえ聞いてる?」

「ああ、そりゃ大変だ」

「もっと真剣に悩んでよ! 僕の事を考えて!」

「ああ、考えてるよ……じゃあ、もっと体を鍛えないとな……」

「いやああああああああああああ! シゴキ、いやあああああああああああああああ!」

 だがトギスが幾ら泣き叫んでもカナセは適当に受け流すだけだった。

 それにカナセには外に思う事があった。

 その思いを実行に移したのはそれから数日後、ギップフェル島への上陸作戦がいよいよ明日に迫った深夜だった。

 カナセはトギスを連れて小さなゴムボートに乗ると二人で夜の淡海に漕ぎ出していた。

 満月の光が差し込む下、トギスがオールを漕ぎながら聞いて来る。

「ねえ、こんな深夜に呼び出してどこに行くのさ? もしかして明日の上陸が怖くなって脱走とか?」

「そんな訳無いだろ。ここまで来て……」

「はぁ~。だよねぇ~」

 カナセが無碍に否定するとトギスは落胆の溜息を吐いた。

 やがてゴムボートがカンザスから離れると前方で投錨しているヨシュア艦隊旗艦ヨークタウンに辿り着いた。

 ゴムボートがヨークタウンに近づくとカナセは鉤爪の付いた棒で甲板に寄せた。

「トギス、ちょっとここで待っててくれ。くれぐれも見つかるなよ」

「見つかるなって、見つかったらどうすんのさ?」

「夜釣りに来たって言えばいいよ。その為に、釣り道具を一式持ってきたんだからさ」

「まあ、そりゃそうだけど……それでどこに行くの? もしかして噂のクレア・リエル嬢のところ?」

「いいや、その逆だ。今夜ばっかりは彼女に会っちゃならない」

 それだけ言い残すとカナセは音もなく甲板に飛び乗った。

 そして身を潜めながらヨークタウンの中を進んだ。

 前の夜襲から監視の目が厳しくなったはずだが見張の位置は確認済みだ。

 それどころか警備の見回りにも出会わない。

「ちょっと前に艦内で殺人事件があったって言うのに不用心だな……」

 しかしそれが幸いしてカナセは何事もなく目的地に到着した。

 行きついた先は後部甲板の開けた所、そこに目当ての物があった。

 カナセは辺りを警戒しながら慎重に掛けられていた幌の一部を外した。

 中から見覚えある物が現れる。

 ギップフェル沖海戦で活躍したあの巨大箒メテオ・クランだ。

「よしよし、ここまでは予定通りだ……。早く仕事を済ましちまおうか」

 そう小声でつぶやくとカナセは箒の駆動装置に手を掛けようとした。

「ちょっと! そんな所で何してるの?!」

 だがその直前、背後から強い口調で呼び掛ける声が聞こえた。

 声を耳にした瞬間、カナセは喉の奥から心臓が飛び出そうになる。

 全身が凍り付いたように硬直した。

「両手を上に上げて立ち上がりなさい。そしてゆっくりと振り向くの」

 再び背後から呼び掛けて来る。どうやら女の声らしかった。カナセは言われた通りに振り向いた。

 するとそこには知っている顔があった。

「カナセ君?」

「ラーマ……先生?」

 二人は互いの名前を呼び合う。間違いなく月明かりの中で立ち尽くしていたのは石像の魔女ラーマだった。

「良かった……ウラ鉄のスパイがまた侵入して来たのかと思った……」

「そうだね……」

 ラーマが安堵にため息を吐く。だが一方のカナセは苦笑いを浮かべるだけで精一杯だ。

「でも変ね。カナセ君、今はカンザスに居るんじゃ無かったかしら? どうしてヨークタウンに居るの?」

「ああ、え~と……。相棒と内緒で夜釣りにと思って漕ぎ出していたら、あんまりにも月が綺麗でさ。ここまで流れ着いて来たって寸法で……」

「へえ、ロマンチックね。お月様に見惚れていたの?」

「そうそう。夜釣りからお月見に……」

「それで、幌の下に隠れてたお月様は見つかったかしら?」

「えっ? いやあ……あははは」

 カナセは笑って誤魔化そうとした。

 しかし彼女の瞳は誤魔化せない。

「正直に仰い。ここで何してたの?」

「何って月を探しに……」

「惚けるのなら、ここで大声を上げたって良いのよ。そうなった時、困るのは……」

「ああ、はいはい。判りましたよ、ラーマ先生。俺の負けだ。全部、話すよ」

 流石に言い訳が苦しかったのかカナセはあっさりと観念した。

「それでここで何をしてたの? いいえ、何をしようとしていたのかしら?」

「何て事は無いよ。ここにあるデカい箒を飛べなくしようとしていただけだ」

「箒を?」

 カナセの発言にラーマが不思議そうな顔をする。

「ちょっと長くなる話みたいね。そこにしゃがみなさい。聞いて上げるから」

「ありがとう、先生」

「でも碌な話じゃ無かったら警察隊に突き出すからそのつもりで居なさい」

「怖いなぁ、もう……」

 ふたりは箒の傍で腰を下ろすとカナセが改めて語り始める。

「クレアの事なんだけど……。聞いたって不愉快だよね」

「あの子が私の事を嫌ってるのは事実よ。でも私はどうとも思ってないわよ。生憎、言いたくないけど年の功だけは重ねてるから」

「そう言ってもらえると有難いよ」

「それで?」

「クレアは、その……苦しんでる。率直に言って。人を殺す事に……」

「本人から直接、聞いたの?」

「うん……」

「成程、おおよそ見当が付いたわ。苦しむ彼女が見ていられないから箒を飛べなくしようって魂胆ね」

「どう思う?」

「私に聞く?」

「名医なんだろ?」

「カウンセラーまではやってないんだけど、言わせてもらえれば短絡的ね。それで全部が上手く解決すると思う?」

「でも明日の上陸作戦を乗り切れば当分、大きな戦いは無いと思うんだ。その間に俺がクレアを最後まで説得出来れば……」

「あの子が言って聞く子だと思う?」

「今度は引っ叩いてでも飛ぶのを止めさせる。もう苦しんで泣いている所なんて見たくないから……」

「嫌われても?」

「それで彼女が救われるのなら覚悟もするさ」

「まあ、憎らしい。カッコいい事、言っちゃって」

「俺は本気なんだ。彼女でなければこうは思わない」

「本気で惚れてるのね。いいわ、事情は判った」

 そう言うとラーマは立ち上がり箒の前に立つ。

「カナセ君、箒の幌を全部外しなさい」

「外すって?」

「あなたがやろうとしていた事の続きよ。魔煌使い二人掛かりならそんなのあっという間に終わるわ」

「それって先生が俺に協力するって事か?」

「泣かせるじゃない、彼女の為にがんばる彼氏の姿なんて。ここまで聞いて放って置ける訳ないでしょ?」

「ラーマ先生……」

 ラーマの言葉にカナセが胸が熱くなる。

「さあ、時間が無いわ。さっさと仕事を済ませましょう。後、これは貸にしとくから」

「なんか先生には借りばっかり作ってるな」

「なら、せいぜい返済の時に痛い目、見なさい」

 ふたりは早速、作業に取り掛かった。ラーマは箒に両手を当てると箒の中のコアの流れを封印していく。

「とは言ったものの、やっぱり気が引けるわね……」

「クレアには悪い事しているって自覚はあるよ」

「そうじゃなくって。カナセ君、箒の事ってどこまで知ってる?」

「そりゃ、一般的な知識くらいは……」

「モトブルームはね、そこいらにある飛行機械とは訳が違うの。大昔の魔煌文明の時代からほとんど形を変えずに残っているのよ」

「生きた化石だね」

「そこは人類の遺産と言ってほしいわね。空を飛ぶ仕組みも翼を使うのとは違う、本当に煌気の力だけで飛んでいるの。それが出来たのは何でだと思う? 物凄い数の魔女達が技術を継承する為に血の滲む様な努力を続けたから。その苦労があってこその成果なのよ」

「箒は魔女の命だって言いたいんだろ?」

「そうよ。でもそんな簡単な言葉で言い表せるものじゃないんだから。なのにそれを飛ばせない様にするなんて……」

「だから悪いって言ってるだろ。反省してるよ」

「それじゃ足りないわ。終わった後で猛省なさい」

「わ、判ったよ……」

 その後も、箒を飛べなくする作業は続いた。

 ほとんどの作業はラーマが行いカナセは助手に回った。勿論、彼女の手際が優れていたせいだ。魔煌医師としての繊細さが巨大箒を制御する術式を書き換えていく。

「終わったわ。これで飛べなくなった。でも修理は可能にしといたから数日後にはまた飛べるようになるでしょうね。それまでにこの作戦を終わらせなさい」

「ありがとう、先生。何から何まで恩に着るよ。俺一人じゃ、もっと時間が掛かってた」

「なら早く、ここから離れなさい。明日も早いんでしょ?」

「うん、本当にありがとう……」

 カナセは手を振りながら艦から離れていった。

 そんな彼をラーマも最後まで見送った。

「本当に嬉しかったのね。でも、後の事を考えると心苦しいわ……」

 そう言ってため息を吐いた。

「けど、あなたの事だから多分、許してくれるわよね……カナセ君」

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