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第19話 ギップフェル島上陸作戦

 次の日、ギップフェル攻略戦の最終段階である上陸作戦が遂に発令された。

 艦隊は予定通り揚陸艦隊を水上戦闘艦隊が囲む形で西進し島の北東の端に迫っていった。

 その前日からウラ鉄の北方艦隊の残存部隊が幾度となく現れ攻撃を仕掛けて来た。

 水上艦隊の囲みを食い破り中の揚陸艦隊を食い尽くすつもりだ。

 だが北方艦隊側も度重なる海戦で艦数を大分消耗させており、何よりクレアの水平爆撃によって旗艦055號の打撃力を欠いては、数で圧倒する八ヵ国連合艦隊の前に太刀打ちできず、逆に散々に蹴散らされていった。

 やがて敵水上戦力を排除した八ヵ国艦隊がギップフェル島、東沿岸に辿り着くと揚陸前の準備射撃が行われる。

 天候は昨夜の満月から一転、生憎の低い雲に覆われた曇天で水上機等、航空機での爆撃は行えなかった。

 その代わりに戦闘の火蓋は沿岸に停泊した八ヶ国連合艦隊の濃密な艦砲射撃によって切って落とされた。

 上陸部隊を援護する為の猛爆が島岸に並べられた砲台と陣地に襲い掛かる。

だがギップフェル島は淡海におけるウラ鉄の心臓部でもある。

 その防備は凄まじく西側の港町クオータービュー以外の島全体が分厚い鉄とベトンで囲まれた難攻不落の大要塞に仕立てられていた。

しかし大型砲台の設置位置は事前の偵察行動で全て把握されており数十隻の水上艦からなる集中砲火によって島の大型砲台は一基ずつ確実に破壊されていく。

 一方、ウラ鉄側も負けてはいない。石窟の様な掩蔽壕によって守らてた203㎜重砲が顔を覗かせると水上で姿を晒す砲艦に向けて発砲した。

 重砲の威力は絶大で、直撃を浴びた戦艦が船体中央で真っ二つに引き裂かれ淡海の藻屑と変わっていく。

 洋上と陸上で繰り広げられる力任せの殴り合い。

 そんな中、揚陸艦から数百隻を超える小舟が降ろされると、僚艦の砲撃によってこじ開けられた海の隘路を果敢に進軍した。

 小舟は上陸用舟艇と呼ばれる平底船だ。全長14m、底浅の砂利運搬船の四周を装甲板で囲ったような外観をしており、正面には傾斜路になる下開きの開閉扉が付けられていた。

 それが百人ほどの兵士を満載し僅か8ノットの鈍足でノロノロと海岸線に向け前進していく。

 その様相はまるで海原を渡る蓋の無い鉄の棺桶だ。

 一方、短い船旅の合間に目的地から棺桶に対し歓迎の祝砲が挙げられた。

 対戦車砲による水柱がそこかしこから上がる中、同時に岸からの機銃掃射が平底船の行く手を阻もうとする。

 銃弾が海面を叩き、時折、命中した船体を削る。小銃弾程度で穴は開く事は無いが甲高い音が船内に届くと中の兵士達の背筋が一瞬、固くなる。

 そんな中、どこかで友軍の平底船が対戦車砲の直撃を浴びた。貫通した瞬間、乗っていた兵士達は揚陸艇と運命を共にする。

 それは上陸用舟艇が水葬の為の本当の棺桶に変わる瞬間だった。

 そして宴の馳走は陸の上からだけとは限らない。

 着弾も無いのに平底船の船体が爆圧によって砕かれる。

 それはカナセがダグウィードで破壊した物と同型の水中爆弾、浅瀬の砂底に設置された沈底機雷の威力だった。

 機雷は連合艦隊の行く手を阻もうと海底に無数に仕掛けられ待ち構えている。

 だが今更、平底船に立ち止まるという選択肢はない。

 行ったが最後、作戦遂行まで進み続けるのが上陸用舟艇の運命だ。

 そして砂浜に上陸すればこれ以上の攻撃に曝されるはずだ。

 待ち受けるのは海岸に満ち溢れた無数の敵意。その中を掻い潜り最終的にあの小島を占拠せねばならない。

 そんな使命を背負わされた兵士達は鉄の箱の中で無言のまま前を向いていた。

 銃を持ったまま誰一人、声を発しない。

 誰もが迫りくる戦場の空気に緊張していた。

 ともすれば次の瞬間にも榴弾が露天の船内に飛び込み即死する事だってありうる。

 その恐怖に耐える為、皆、必死に歯を食い縛る。気を許した瞬間、恐怖と重圧に士気を挫かれ、戦う前から兵士として使い物にならなくなるからだ。

 だがその中で既に緊張に負け、自分の胸の内を素直に吐露する者が居た。

「い、いやああああああああああ!! こんなゲロまみれの中で死ぬのなんて! 絶対に嫌アアアアア! うげええええええええ……」

 狭い船内でトギス・エニールがひとり泣き叫んでいた。

 そして過度な緊張と船酔いに耐えかね、痛哭と共に胃の中の内容物を吐き出した。

「げろげろげろげろげろげろげろげろ~」

 周囲が足元に浮かぶ吐しゃ物の悪臭で顔をしかめる。

 しかしそんなトギスの背中を擦る者が居た。

「おい、大丈夫か? トギス……」

 トギスの相棒のカナセ・コウヤだった。

「で、でもカナセ……うげぇ~ゲロゲロゲロ」

「あ~あ、駄目だなこりゃ。もう我慢せず、全部、出しちまえ……」

 トギスは言われるまでもなく、胃の中の物を全て放出した。

 その横で衰弱する相棒をカナセが懸命に励ます。 

「心配するなよ。何てことないさ。弾なんて当たらないよ」

「うぐぅ~、本当?」

「本当さ。全然どうって事ない、気楽に行こうぜ」

 そう言ってカナセは笑った。

 この相棒と知り合って一週間。遂に来るところまで来てしまった。死と隣合わせの戦場の中でもトギスの嘆き声は何時もと変わらない。

 その一方でカナセも気持ちは落ち着いていた。

 トギスの様に自分が死ぬかもしれないという恐怖には何故か捕らわれない。

 しかしそれは別段、不思議な事では無かった。

 カナセはヨシュアに来てから幾つもの死線を潜り抜けて来た。

 その甲斐あってカナセは戦闘における経験と自信だけは誰よりも積み重ねていた。

 おそらくこの鉄の箱の中で最も実戦経験を積んでいるのはカナセ本人のはずだ。

 無論、その能力は一朝一夕で身に付くものでは無い。現に先日、航空母艦鹵獲の際に活躍したはずのトギスは恐怖心に苛まれ意気消沈していた。

 カナセはひとり、周囲を見渡した。

 狭い上陸用舟艇の中で詰め込まれた兵士の数は百十人。三個小隊で構成された一個中隊で、その中で魔煌陸戦隊隊員はカナセとトギスの二人だけだった。

 戦闘魔煌士達の集中投入はナタルマの居る本隊だけで、一部が分散配置された。

 特にマギライダーの能力がある者が散り散りに違う上陸用舟艇に乗せられ部隊の支援任務に当たらされた。

 そしてカナセが同舟する部隊は先日、共に戦った陸戦隊ではない。

 全て後から輸送船でやって来た陸軍の歩兵部隊だった。

 配置されて早々、カナセはトギスと二人でその部隊長と幾らか話をした。隊長はヤングという名の中尉だった。

 だが中尉は魔煌技に関しての知識や理解がまるで無く、加えてカナセ達に与えられた命令も我々の邪魔をせずに後ろに付いて来いといった下らないものだった。

 それに二人に肝心の戦闘車両を用意してくれる様な気前の良さも陸軍には無かった。

 それどころか兵員を満載した上陸用舟艇には小型車すら乗せるスペースすら存在しない。

 だが気前の悪さなら水軍も同様だ。

 水軍も直属のマギライダーにさえ貸し与える為の上陸用舟艇も軽車両も持ってはいない。

 舟艇や車両は両軍にとって財産であり隊員の貴重な足だ。魔煌陸戦隊の連中に供出できる様な代物は一個たりとも無いと言うのだ。

 せっかくのモーフィング・マギアも使う為の車両が無ければ全くの宝の持ち腐れだ。

 結局、カナセ達は自動小銃を持って歩兵達と同じ様に前進する他、無かった。

「要は金魚のフンで居ろって事か……」

「どういう事?」

「まるっきり当てにされてないって事さ」

 そう言ってカナセは自分達を嘲った。

 

 やがて船底から砂を擦る音が聞こえた。上陸用舟艇が海岸の砂浜に接岸した証拠だ。

八ヶ国連合の軍隊で統合された上陸部隊はA、B、Cのそれぞれの割り振られた海岸線の制圧を目指す為、最終的に小隊単位にまで細切れにされていた。

 カナセ達の陸戦隊の割り振りは左のC海岸、一方、ナタルマ達の居る本隊はB海岸、しかし割り振られていた名称は一兵卒にとって何の意味もない。

「開扉ー!」

 上官の声と共に船の前面にある下開き式の扉が解放された。

 その扉から兵士達が吐しゃ物と共に吐き出されていく。

「いやあああああああああああああああああ!! 開けないでぇぇぇぇ!!」

 トギスの狂気じみた声が聞こえ、そして無慈悲に無視される。

 扉を超えた先は既に戦場だ。

 カナセは背中を丸めながら最後尾から全力で浅瀬を走る。

 と思った矢先、居るはずの相棒の姿がない。

「おい、トギス!」

 腰を屈めながら慌てて後ろを振り向くと、トギスの姿はすぐに見つかった。

「いやあああああああああ!! 怖い! 痛い! 寒い! 辛い! いやああああ!!」

 トギスは上陸用舟艇の最後尾で足が竦んで動けなくなっていた。

「判っちゃ居たけど、全く、世話の焼ける!」

 カナセは一旦、引き返すとトギスの腕を引っ掴んで無理やり歩かせた。

 しかし自分から動きたがらないトギスは船から出されてもズルズルと濡れた砂浜を引きずられていくだけだ。

「トギスったら! さっさと歩くんだよ!」

「い、いやだよ! 死んじゃうよ! 歩いたら死んじゃうよ!」

 トギスは泣きながら抵抗する。それでも、カナセはそんな相棒を無理やり戦場と化した砂浜へと連れ出した。

だが上陸用舟艇の外を見た瞬間、カナセは息を飲む。

 そこは視界一杯に広がる砂まみれの戦場だった。

 堆積した砂浜の砂は白くはなく黒っぽい。それはかつてギップフェル島が山だった頃の火成岩の名残りだ。それが足を一歩踏み飲んだ瞬間、くるぶしまでめり込む。

 その砂浜を洗う波打ち際には既に多くの兵士達の身体が横たわっていた。

 ある者は銃撃を避けようと濡れながら伏せ、ある者は銃弾を受け砂まみれになりながら血を流す。

 そして既に死体になり果て波間に漂う者も居た。

 それは死者と生者が入り乱れる、彼岸と此岸の境界だった。

「くわっ!」

 カナセは喊声を上げるのと同時にトギスの手を引きながら砂浜を駆けだした。

 立ち止まっていたら危険だ。絶対に孤立は避けたい。速やかに海岸から離れ、距離の付いたヤング中隊と合流しなければならない。

 だが既に同じ上陸用舟艇に乗っていた中隊とは距離が付いてしまったていた。

「これじゃあ、千切れた金魚のフンだ……」

 しかも砂浜の幅は約百m、整備され一切の遮蔽物が無い。波が泡われる汀段と呼ばれる安全地帯とされる段差までは余りにも遠い。

 更に発砲音の背後には高さ20mほどの崖がそびえ、その上に城壁の櫓の様な指揮観測用ブンカーが鎮座していた。

 崖を見上げるなりカナセは眩暈を起こしそうになる。

「登れる訳ない……」

 誰もがそう思う。しかし前に進まねば、何もない砂浜で狙い撃ちされるだけだ。

「せめて汀段の陰にまで進めれば……」

 だが砂浜を駆けている最中に汀段の向こうから銃弾の風切り音が聞こえてきた。

「トギス、伏せろ!」

「ひえぇ!」

 カナセ達は慌てて砂浜の半ばで伏せた。

 幸い、二人が伏せた場所には砲撃によって生まれた僅かながらくぼ地が出来ていた。

 銃弾は頭上を通り抜け、カナセ達に当たる事はない。

 どうやら穴の影のせいで敵にはこちらが見えていないらしい。

 少なくともそう思い込んで自分を安心させる。

 その一方で周囲の砂浜は阿鼻叫喚の地獄に成り果てていた。

 上陸用舟艇から降りた大勢の兵士達が体を屈めながらカナセ達と同じ様に汀段目指して駆けていく。

 しかし砂浜に足を取られ思う様に走れない中、汀段の向こうの陣地から飛んで来る機関銃や迫撃砲の猛火の前にバタバタと倒されていく。

 中には砂浜に埋められた対人地雷を踏み抜き、片足を吹き飛ばされ、のたうち回る者さえいた。

 しかも砂浜を運よく、半分ほど進んだ先では長大な有刺鉄線の柵が行く手を阻む。

 柵の間には幾つかの切れ目が点在し友軍の一部が勇敢にも侵入した。

 だが行き着いた先は袋小路になっており部隊は行き場を失い閉じ込められる。

 ああなればもう逃げられない。

 果たして、罠に掛った部隊はウラ鉄からの機銃斉射を浴び全滅させられていった。

 カナセは動けないまま今度は後ろを振り向く。

 波打ち際では今頃になってノコノコ現れた上陸舟艇が敵の攻撃の集中砲火を受けていた。砂浜に上陸し扉を開いた途端、そこに目掛けて機関銃の猛射が加えられ、兵士達は自分達の吐いた嘔吐の中で死んでいった。

「酷ぇ……」

 目の前に繰り広げられる生の地獄、トギスでなくても泣き叫びたくなるのは当然だ。

 しかもカナセ達はくぼ地から一歩も前に動けない。

 汀段に辿り着くどころか一寸進むだけでも至難の技だ。恐らく、段差の下に駆け込む前に有刺鉄線と地雷原で足止めされ敵の砲火を受けるのが関の山だ。

 そして身を潜めていたくぼ地もカナセ達にとって安息の地となり得なかった。

「退けぇ!」

 後から来た別の陸戦隊がなだれ込み無理やりカナセ達を追い出したのだ。

「何しやがる!」

 誰だって死にたくない。それでも味方から安全地帯を横取りするのは横暴だ。

 だがその直後、くぼ地の中に敵の迫撃砲弾が落下しカナセ達を追い出した連中は呆気なく全滅した。

 砲爆の直撃で引き裂かれた兵士達の肉片がカナセの目の前を吹き飛んでいく。

「バカ! 自業自得だ! ズルをするからだ!」

 同時にカナセ達も安全地帯を失った。いや、元からそんな物はこの砂浜に無いのかもしれない。それ所か自分達の所属する小隊からも完全にはぐれ、もうヤング隊長がどこにいるのかさえ判らない。

「どうすんのさ! こんな所に二人っきりって!」

「どうするって……」

「ここまで連れ出したのは君だろ! 僕が死んだらカナセのせいだからな!」

 死体が転がる砂浜でトギスがカナセを責め立てる。

 しかしトギスに言われなくてもそれ位の事は判っていた。このまま遮蔽物の無い砂浜で留まっているだけでは殺して下さいと言っているような物だ。

それに自分達の本領は飽くまでマギアギアによる戦闘だ。慣れない小銃を撃つよりトラックが一台あれば、その何百倍もの仕事が出来る。

「どこかに乗り物さえあれば……」

 無いのなら現地で調達するしかない。

 カナセは必死に周囲を観察する。すると直ぐにおあつらえ向きの存在が見つかった。

 標的になるのを恐れて上陸と共に放置された上陸用舟艇だ。

「あれを分捕る。誰も乗っていないのなら水軍の連中も文句は言わないはずだ」

「分捕るって、こわれてるんじゃないか?……」

「コアさえ無事なら何とかなるさ。行くぞ!」

「そんなの無理だ! あそこに引き返すまでに殺されるよ!」

「だったら死ぬまでここに居ろ! 次の銃声が止んだら俺はトギスを置いてでも行くからな! それが嫌なら自分の足で付いて来い!」

「そんな無責任な……」

 そして敵の機関銃斉射が止まった途端、カナセは本当にトギスを置き去りにして走り出した。

「お、おい! 待ってくれよ!」

 カナセに置いてかれまいとトギスも必死に後を追う。

 二人は頭を低くしながら一旦、波打ち際まで後退した。背中から撃たれるかどうかは運しだいだ。

「当たるな! 当たるな! 当たるな! 当たるな!」

 カナセは念仏の様に同じ言葉を繰り返す。

 その思いが叶ったのか、二人は一発の命中弾もなく上陸用舟艇に辿り着く事に成功した。

 船は乗り捨てられていた様で人影も無く無人だった。

「どうだ? 行けそうか?」

 カナセが尋ねるとトギスがうなづいた。

「うん、何とか……。あと、これにはジープまで積んである。どうも扉が壊れてて置いてけぼりに遭ったみたいだけど……」

「じゃあ、おあつらえ向きだな」

 ジープとは連絡用の小型軍用車両の事だ。

 そしてトギスはマギアギアの他にもう一体、ゴーレムも錬成できる能力を持っている。

 乗り物が二つある事はそれだけで都合が良い。

 一方、トギスが上陸用舟艇に乗り込んだ頃、カナセは隣で随分と毛色が違っ上陸用舟艇を見つけた。

 船は全長8mほどの小ぶりの船体で左右に戦車と同じ履帯を装着している。

 それは一見すると船と戦車の混血の様な形だ。

「アムトラック、いやアムタンクって奴か……」

 アムトラックは履帯の推進で海上と陸上の両方を移動する水陸両用車の事だった。

 それに火力支援用の75㎜短砲身砲が乗せられた改良型がアムタンクだ。

「確か名前はクロコダイルだったよな」

 そのクロコダイル型アムタンクも地雷でも踏んだのか履帯の一部が破損し、海岸に放置されていた。

 だがこの程度の破損ならモーフィング・マギアで修理可能だ。

「よし、こいつに決めた!」

カナセはアムタンクに乗り込むと操作レバーに手を当てた。

「行くぞ、クロコダイル・ヴァイハーン!」

 呪文の詠唱終了と共にアムタンクは闘神に姿を変え立ち上がった。

 闘神は前回の水馬の時の様な痩身とは違い背は低いが逞しい拳闘士の様な体格だ。

 カナセがヴァイハーンで辺りを警戒した。闘神の視界は良好、汀段の向こうの海岸まではっきり見渡せる。

 そんな中、土嚢で囲まれた汀段の上の機関銃陣地から銃弾の雨の洗礼を受ける。

 先ほどからこちら側の兵士を切り刻んでいた銃撃だ。

「こっちの背の高さにあいつ等気付いたな……」

 だが本来が装甲車両である為、機関銃の銃撃程度ではビクともしない。

「そんなモン、効くかよ!」

 カナセは左腕に変形した砲塔を機関銃陣地に向けると短砲身から榴弾を発射した。

 榴弾は陣地に命中しウラ鉄の兵士達を機関銃ごと吹き飛ばす。

「命中! 次!」

 左腕から空薬きょうが排出されると次の榴弾が自動で再装填される。

 カナセは位置を変え、その隣の陣地を攻撃、破壊した。

 海岸陣地の一部に防御力の穴が開く。

 更にカナセは榴弾で海岸の有刺鉄線と地雷原と思わしき場所に砲撃を加える。

 その結果、敵の防衛戦に突破口が開かれた。

 出来た穴に目掛けて砂浜に張り付いていた味方の陸戦隊が前進を開始した。

 カナセも陸戦隊の援護を続けながら前進する。

 しかし敵も黙ってやられるのを待ってない。対戦車陣地に設置されていた75㎜対戦車砲の一つがヴァイハーンの方に向けられた。

「危ない、カナセ!」

 先に気付いたのはヴァイハーンよりも後ろに居たトギスだった。

 カナセはトギスの警告に反応して横に飛んだ。

 砂浜の上で闘神が大仰に跳ねるとそこに砲弾が飛び込み砂を吹き飛ばした。

 ヴァイハーンが難を逃れた直後、人型へと変形したジープが右肩に背負ったロケット弾を陣地の隙間に打ち込んだ。

 対戦車砲陣地は吹き飛び中の砲は燃え上がる。

「サンキュー、トギス」

 難を逃れたカナセはジープのマギアギアに手を振った。

 その後、上陸用舟艇から変形した大型のマギアギアがヴァイハーンを守る様に立ち塞がった。

「へえ、それがトギスのマギアギアか……」

 カナセは二騎の魔煌の巨人を眺めてみせる。

 ロケット弾を背負った小型の方はまるで大昔の軽装歩兵の様な井出達で、対して大型の方はさながら分厚い鎧で身を固めた重装歩兵だ。

「なかなかメリハリ効いててカッコいいじゃないか」

「おべっかはいいから早く終わらせよう! もうこんな所は沢山だ!」

 炎上するブンカーを前にしながら無線機越しにトギスが叫ぶ。

 しかし泣いていた先ほどとは違い、口調には落ち着きがある。鋼鉄の箱に囲まれた事で心の余裕を取り戻したのだ。

「なら、もう心配はなさそうだな」

 カナセはトギスが僅かながら平静を取り戻した事に安堵した。

 やがて三騎の巨人は海岸の突き当りの崖の上に辿り着いた。

 20mの崖の上には四方に銃眼を構えた観測用の大型ブンカーがそびえる。

 海岸を攻略するにはあの砦の様なブンカーを制圧せねばならない。

「どうしよう、カナセ。あんなベトンの塊、僕達だけじゃ手に負えないよ」

 無線からトギスの弱気な声が聞こえる。

「大丈夫だ、トギス。俺に考えがある。けど、その前に……」

 ヴァイハーンがその場で身構える。

「トギス! 前方、崖の上からコアの反応が二つ! 動きが速いぞ!」

「ええ?!」

 すると崖の上から二つの巨大な人影が飛び、ヴァイハーンの前に降り立った。

 人影の正体は二騎のマギアギア。どちらもウラ鉄が採用するグリペン型主力戦車を変形させた代物で、それぞれ肩に725號と834號の白い文字が記されている。

 恐らく、C海岸の防衛戦がカナセ達のマギナギアに突破されそうだと聞いて救援に駆け付けたのだ。

「ひぃええええええええええええ!!」

 突然、現れた二騎の鉄巨人を前にトギスが狼狽える。

「トギス、下がってろ! お前に格闘戦は無理だ!」

「け、けどカナセ……」

「心配するな。こんな奴等、俺ひとりで一捻りだ!」

 相対する三騎のマギアギアが同時に動き出す。三騎とも足先に装備された車輪を回す事で砂の上でも滑らかに移動する。

 まずは725號と834號が二手に分かれてクロコダイル・ヴァイハーンを囲んだ。

「セオリー通り、左右からの挟み討ちか……」

 おまけに基本性能なら戦車を使った相手の方が遥かに上だ。

 しかしカナセは臆する事なく、右に展開する725號に向かって突っ込んでいった。

 735號が手に持っていた得物を振るう。それはライフル砲をモーフィングマギアで変形させた両手斧だ。

 しかし砲撃すら避けるカナセの動体視力は宙を切る分厚い片刃を軽々と避けると、今度は逆に右の拳を相手の顔面に力いっぱい打ち込んだ。

 鋼鉄で出来たマギアギア同士の格闘戦にはひとつコツがある。

 分厚い装甲板の前に、ボクシングのジャブの様な細かい連打は効果が薄い。

 それなら最初から重いストレートを大振りで叩き込む方が効き目がある。

 それでもアムタンクと中戦車の重量差は約1.5倍。あちらの方が重いという事はそれだけ装甲も厚い。しかもコアの出力も相手の方が上だ。

 体重差は力。今のヴァイハーンで殴った所で装甲板にはひび一つ入らない。

 だが損傷はなにも装甲板の貫通や機械的な破壊が全てではない。

 外部からの衝撃が装甲板を通じて内部に達すれば、中のマギライダーに負傷させることも可能なのだ。

 果たして、カナセからの鉄拳を浴びた725號の足元がふらつく。

 多分、中のマギライダーは叩かれた衝撃が鼓膜と頭蓋骨に共鳴し悶えているはずだ。

 そこへヴァイハーンの体重を乗せた回し蹴りが不断なく襲い掛かった。

「飛翔、旋脚打!」

 まさに電光石火! ヴァイハーンの左足が725號の胸板を打つ!

古代パンクラチオンの大技はどれも一撃の破壊力が高い。

 無駄を削り取った実用的な軍用格闘術とは違い、コロッセオの中で発展してきた格闘技故の派手さがここでは大きな力に変わる。

 ヴァイハーンの蹴撃を浴びた725號はそのまま体ごと弾き飛ばされると、今度は背後の崖岩に背中を強かに打ち付けた。

 そして崖に体を預けたまま動かなくなった。

 恐らく、中のマギライダーは三段構えの攻撃を浴びたせいで今頃、失神しているはずだ。

 一方で、725號が倒されながら、カナセの動きの素早さに何も出来なかった834號が遅ればせながら襲い掛かる。

 メイスと呼ばれる鋼のこん棒を手にしながら834號が突進して来た。

 カナセはメイスの射程から逃げようと敵から距離を取る。

 しかしそうはさせまいと、834號は執拗にヴァイハーンに接敵した。

 敵の意図は接近戦だ。

 仲間がやられたのを見て、こちらの空中殺法を封じる気でいるのだ。

 その甲斐あって、834號はヴァイハーンの鼻先に近寄ると狙いを定めてメイスを振りかぶった。

 しかしその動きに合わせてヴァハーンが相手の両腕を取ると、背面から砂地に向け体を落とした。

 834號とヴァイハーンの二騎の体が折り重なりながら転倒していく。

 だがヴァイハーンの背中が着く瞬間、カナセは素早く右脚を、前のめりに倒れて来る834號の腹部へと滑り込ませた。

 そして背中が地面に着き、834號の図体が乗り掛かるのと同時に右脚で思い切り蹴り上げた。

「巴、破槌落とし!」

 それは柔道で言う巴投げだった。

 蹴られた834號の体は空中で放物線を描きながら高く跳び、やがて砂浜に向かって頭から落ちていった。

 中のマギライダーは受け身を取る事も出来いまま鋼鉄で出来た天井に頭部を打ち付ける。

 結局、この投げ技ひとつで834號は砂浜の上に大の字で倒れると、それ以上、動く事はなかった。

 恐らく二人のマギライダーは外の衝撃で卒倒したままのはずだ。

「トギス! デカい方の肩を貸してくれ! このままブンカーを破壊する!」

 カナセが無線越しに叫ぶと、舟艇から変形した鉄巨人が崖の壁面に両腕を突いた。

 それに向かってヴァイハーンが助走を付けると、鉄巨人の肩を踏み台にして高く跳んだ。

 ヴァイハーンの二段跳びは崖の遥か上を越え、指揮観測用ブンカーの屋根に着地した。

 カナセが脈煌侃流で右手から盾状の魔煌障壁を発動させる。

 障壁の展開速度は素早く無声詠唱と変わらない。

 迅速な障壁展開は全てこの一週間の鍛錬の成果だった。

 カナセは脈煌侃流を完成させていた。

 そして呼吸法はこれから本領を発揮する。

 魔導障壁は拳の上で一本の円錐に姿を変えた、ナタルマがカンザスの甲板上で見せたあの光の円錐だ。

 しかしカナセがここで一声叫ぶと光の円錐は更に姿を変える。

「破煌、突貫戟!」

 次の瞬間、光の円錐は鋭利な刀剣に変わった。それは古代におけるジャマダハルに似た短剣だった。ジャマダハルは拳を向けた方向に刀身が付けられており、拳で殴る具合に相手を刺殺する。

 カナセはその要領で切っ先を足元のブンカーの屋根に向けて突き入れた。

 厚さ2.5mものベトンの屋根にまるで泥の様に穴が開く。

 そして天井まで貫通した事が判るとカナセは火焔魔煌技を発動させた。

「旋風煌焔渦!」

 穴の中に炎の渦が流れ込む。

 ギップフェル沖では航空騎兵の皮一枚焼くだけで精々だったカナセの火焔魔煌技は呼吸法を得る事で威力が上がっていた。

 ブンカーの中が炎の力によって一瞬で酸欠になる。

 その一撃で観測所内は窒息となり中の兵士は全滅した。

 観測所の制圧が終了すると崖の上をトギスの二体の鉄巨人が上がって来た。

 その後を浜辺で立ち往生していた兵士達も後に続いてやってくる。

「すごいじゃないか、カナセ! マギアギア二騎に城塞が一か所を一度でなんて……」

「まあ、俺に掛かればこんなもんよ」

 相棒からの賛辞にカナセは得意げに語る。

 だがそれも全てナタルマから伝授された脈煌侃流の賜物だった。

「まあ、それだけが気に食わねぇけどな」

 一方、そのお陰で悲願の戦闘魔煌士としての能力が向上したのも確かだった。

「けど、絶対に礼なんて言ってやるものか!」

 そう言ってカナセは意固地になる。

 そんな中、崖の下から爆発音が聞こえた。

 カナセが倒した二騎のマギアギアに歩兵部隊が対戦車火器でトドメを刺した音だった。

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