第466話 イリーガル姉妹 in 芋煮会
クロッカス領南東部、とある村の近隣にて。この日、この場所ではある奉仕活動が行われていた。クロッカスの特産品をふんだんに使った鍋を提供する炊き出し、またの名をテレーゼ&フンド主催の芋煮会である。
「列に並んでお待ちくださいませー! たっぷりと作ってありますから、急ぐ必要は皆無ですわよー!」
「そこの男、テレーゼの指示に従いなさい。でないと妬むわ。絶対に妬み殺すわ。妬む妬む妬む―――」
「うえええっ!?」
遠くまで通る大きな声を出すのは、炊き出しの列を整備するテレーゼだ。そしてその近くには、『ただいま反省&奉仕活動中』と書かれた看板を首に下げる、イリーガル姉妹三女のオディールがいた。テレーゼと同じく列の整備をしているようだが、どうもその言動は看板の文字の内容と合っていない。列に並んでいたドワーフのおっちゃんもビックリである。
「失礼、もちろん冗談ですのよ! 吸血鬼ジョークというものですわ!」
「あ、ああ、んだったのが。いんや、余所見してたおいも悪いんだ。気にせんでけんろぉ」
「ゴドーはどかつかでぇなぁ」
「へへっ、めんぼくねぇ」
テレーゼのフォローにより、ドワーフ達はそれ以上気にする様子もなく、炊き出しの列を進んで行った。
「オディールさん、無意味に威嚇するような行為は控えてくださいませ。そのように妬ましくなるほど言わなくとも、ここに集まった皆さんは分かってくれます事よ」
「で、でもテレーゼ、私今まで引き篭もりがちだったから、他人との接し方がよく分からなくて…… 焦るとその、素の私が出てしまうのよ」
「ノンノン、先ほど程度の事で落ち込んでいる暇はありませんわ。誰しも、最初から完璧に物事をこなせる訳ではないのです。それこそ、あのゴブオさんだって最初は失敗した事もあったでしょう!」
「あ、あのゴブオさんもっ!?」
オディールに衝撃が走り、彼女の常識が覆る。覆ってしまう。それほどまでに、ゴブ男という言葉は麻薬的だった。
「そうです。ゴブオさんのあの執事力には、バッテン家で数々の使用人を見て育った私でさえ、感心と共に拍手を送ってしまうほど。そしてだからこそ、その裏でのゴブオさんの頑張りも容易に想像できてしまうのです。きっと幾度もの努力と失敗を重ねて、あの次元へと自らを高めてきたのだと……! オディールさん、どうか怖がらず、不安であっても立ち上がってくださいな。私、お友達として全面的にバックアップする事をお約束しますわ!」
「テ、テレーゼ……! 分かった。私、頑張って奉仕活動を続けてみる。ゴブオさんみたいな、立派な使用人になる為にっ! まずは妬ましのリリィ先輩を越えてみせる!」
「その意気ですわ! どんなに高く険しい目標であっても、その行為を止めない限り道は続きますのよ! オーホッホッホ!」
オディールは憧れのゴブ男と同じ、奉仕の道を歩む事にしたようだ。これまでの格好だけだったメイドを脱し、心身ともに充実したパーフェクトメイドを目指す。その道は確かに険しいだろうが、取り敢えず最初の目標は早い段階で達成できそうである。
「お待たせした、小さくも気高きご婦人。存分に味わって食べるといい」
「あらあら、口が上手いんだから。でも嬉しいわぁ」
一方、配膳担当のフンドは鍋を器によそい、人々へナイスボイスと共にそれらを手渡していた。今やフンド軍の慈善活動はジバ大陸内で有名となっており、喩えサハギンやタコのようなモンスター達が炊き出しに参加していても、普通に受け入れられる程度にまで認知されている。
「わあ、素敵なおじさまじゃん。どう、鍋のついでに私と良い事しない? ね、裏に行きましょう裏に♪」
「えっ、そそそ、それはどういう!?」
「カタリナ殿! ここはそういう場所ではないのだ! 風紀を守ってくれ!」
「は~い、お待たせ~。お鍋で~す。ご一緒にしぼりたての血液ジュースはいかが~? ヒック!」
「ちょっと、このお姉さん酔ってない!? それ、本当にジュースなの!?」
「リアラ殿も仕事中に血を飲むのは駄目だと、あれだけ言っておいただろう! 人々に勧めるなんて問題外だ!」
「「だって~」」
「だってではない! 少しは己の欲を抑えるよう努力するのだ!」
しかし、彼に任された四女カタリナと五女リアラは自由過ぎた。オディール同様、首から下に反省看板を下げているが、それが何だとばかりに好き勝手に振舞いに振舞っている。いつもの事ではあるのだが、フンドは今日も大変そうだ。もしこの場に千奈津がいたら、それはもう凄い勢いでスキルレベルが上がっていただろう。
「まったく、愚妹達はいつまで経っても変わりませんね。少しは真面目に働く私やウルスラ姉様を見習ってほしいものです」
「………」
「ギギギ……!」
こちらは調理を担当する裏方。指定された材料を適度な大きさに切り分け、鍋が溢れないよう見張るなど、難しい工程は監視役の調理人に任せ、比較的簡単なお手伝いを行っている場所だ。長女ウルスラ、次女ヴェロニカ、六女エリザ、そして我らが七女リリィヴィアはここで奉仕活動を行っていた。
「そうは思いませんか、ウルスラ姉様?」
包丁を巧みに扱うヴェロニカは大根の皮を薄く剥きながら、隣で食材を切り分けているウルスラに話し掛ける。
「………」
「あの、ウルスラお姉様?」
だが、ウルスラは口を閉ざしたまま反応らしい反応を示そうとしない。ヴェロニカはどうしたんだろうかと、尊敬する姉の方へと視線を移した。
「……ヴェロニカ、困った事になったぞ。この刃物、標的と共に下に敷いている板や台まで切断してしまうのだ。これほどの業物を使う必要があるのだろうか?」
ウルスラが使っていた調理場所は、ものの見事に真っ二つになっていた。食材はもちろんの事、まな板とテーブル、果てはその下の地面にまで亀裂が走っている。当のウルスラは首を傾げ、包丁の刃を見詰めるばかりだ。
「お姉様、力を入れ過ぎています。もっとソフトなタッチで大丈夫ですよ」
「そうなのか?」
「そうなのです。お姉様ほどの力でしたら、それで十分なのです」
「ギギギギギギ……!」
「……あの、リリィヴィア? 貴女はさっきから、一体何を唸っているのですか?」
意外なボケをかますウルスラの背後では、リリィヴィアがハンカチを噛み締めながら、グツグツと煮込む鍋を見張っていた。その表情は悔しさで一杯という様子だ。
「ギギギギギギギギギッ!」
「ハンカチを噛んだままで答えないでくださいよ、何を言っているのか分かりませんから。まったく、この愚妹は本当に意味が分からない行動を――― って、そういえばエリザが帰って来ませんね? 手洗いに向かってから、もう結構な時間が経っている筈ですが」
キョロキョロと辺りを見回し、眼鏡を光らせるヴェロニカ。しかし、エリザの姿は見当たらない。
「ギギギー、ギギッ!」
「だから、ハンカチを放しなさいと―――」
「―――エリザなら向こうの木の陰で寝ていたと、そうリリィヴィアは言いたいようだ」
ウルスラ、リリィの言葉を翻訳する。
「リリィヴィアの微かな口の動き、揺れ動く声色から内容を解明されたのですね。流石はウルスラお姉様、目から鱗とは正にこの事」
「ああっ、私の八つ当たりハンカチ!」
ヴェロニカがリリィヴィアの口からハンカチを奪い取り、自らの目元を軽く拭ってみせる。どうも彼女はウルスラが行う事であれば、大抵の物事を受け入れてしまう性質を持つらしい。それからヴェロニカは奪い取ったハンカチをリリィへと投げ返し、代わりに血染めの鞭を取り出す。
「では、これよりエリザを彫像化させて連れ帰りたいと思います。リリィヴィア、ウルスラお姉様の指示に従うように」
「ギギ―!」
「なんでお前が命令するんだと、そう言いたいようだ」
「……エリザの次はリリィヴィアですからね」
イリーガル姉妹を交えた芋煮会は、その全てで大変な波乱に満ちつつも、奇跡的なバランスで何とか成り立っている状態だった。今後も上手くいくかどうかは、テレーゼのカリスマ性とフンドの努力にかかっている、のかもしれない。




