第465話 お見舞い請求
―――修行73日目。
「おおう!? デリス、もう起きられるようになったんか!?」
珍しくもアレゼルが病室に足を運んだかと思えば、ベッドで上半身を起こしていた俺を見て、急にそんな事を言い出した。反動の回復が予定よりも早かった事に驚いているんだろう。
「中年の回復力も侮れないもんだろ? 杖が必要になるが、頑張れば立つ事もできるぞ」
「マジか…… いや~、純粋に驚いたわ。昔からよー死なない奴だとは思っとったけど、やっぱ叩かれ斬られ焼かれると丈夫になるもんなんやなぁ」
「お前さ、俺を鍛冶に使う金属か何かと勘違いしてないか?」
「うん? だから『黒鉄』やろ? 熱と衝撃に耐えてよー鍛えられとる、感心するわ!」
「………」
いや、ハルの薬膳食っていたら、自然と動けるようになっただけなんだけど。昔の苦行とか二つ名とか、これっぽっちも関係ないんだけど。
「ったく、好き勝手に言いやがって。それで、お前はここへ何しに来たんだ? ネルなら今は席を外してるぞ?」
「デリスこそ、そんな事は言うもんやないで? あたしはネルじゃなくて、デリスに会いに来たんやからな! 会いに来た理由くらい、頭の回るデリスなら分かるやろ? ヒント、デリスが弱ってる!」
「ほう、お見舞いか?」
「ダァホ! 金一封の取り立てや!」
ですよねー、知ってた。
「マリアはんとの戦闘中、あたしはこの長~い耳で確かに聞いたで。後で金一封やるから、頼むから落ち着けっ! ってなぁ」
「あんだけ取り乱してた癖に、一字一句違わずに覚えてやがったのか。呆れ過ぎて逆に感心するわ……」
「感心されても金にはならんから、キチッと現金で払ってもらうで。そやな~」
アレゼルはいつもの算盤を取り出し、不敵な笑みを浮かべながらパチパチと弾き始める。
「大体こんなもんでどや?」
「どや、じゃねぇよ。桁数がおかしいぞ」
「そりゃあ、最後にデリスに打った強心薬と、あたしが命を懸けた慰謝料分も入っとるからな。この美少女エルフ、アレゼルちゃんの命の代金だと思えば、随分と安いもんやろ? 礼はいらん、サービスや」
「待て待て待て、お前あの薬代まで取るつもりなのか!? 実験台代わりにした癖に!? それ以前に、その諸々はマリアに請求すれば良いだろうが!」
「当然マリアはんにも請求しとるで? マリアはんに使うたアイテム分、クワイテット関連会社の業務を妨害した諸々の損害賠償、命の危険エトセトラエトセトラ。言っておくけど、マリアはんの請求額に比べたら、この金額なんて些細なもんやから。クワイテットは相手が誰であろと平等に、清く正しく金をむしり取るのが信条です。だから、ほれ」
どす黒い表情のまま、ずいっと片手を俺へと差し出す金の亡者。こいつ、だから俺が動けず、ネルが不在の時を狙って来やがったのか。
「アレゼル、ちょっとその算盤を貸せ」
「ええけど、貸し賃取るで? 更に料金に上乗せや(はぁと)」
「このクソ腹黒エルフ……! ならいらん、リフレクトフォートレスで自前で作る!」
「うわ、何その無駄に器用な使い方……」
誰のせいだと思っているんだ。フン、千奈津神の応用力を学んだ俺にかかれば、光の壁を算盤型に揃えるなど造作もない事よ! ちょっと見辛くて弾いた指が痛いけど、リハビリだと思えば一石二鳥よ! パチパチパチッと!
「諸々含めてこんなとこが妥当だろ。元々、金一封っつうのは俺の善意だ」
「お客さーん、そうは問屋が卸しまへんがな。冗談もほどほどにしとき?」
「無駄遣いはほどほどにしないと、俺がうちのハルに怒られだろうが! 最終的にそのハルに助けられたって事も、忘れてくれるなよ!?」
「それはまあ確かに! 今度ハルちゃんにうちの最新調理器具送っとくわ!」
「ありがとよっ! あいつも喜ぶだろうさっ!」
とまあ、こんな風に終わりのない言い争いを続けていれば、意外と時間は直ぐに流れてしまうもの。アレゼルよ、今回は俺の粘り勝ちだ。
「ただいま。あの子達に稽古をつけてあげるのにも、最近は結構手応えが出て来たわね。昔と比べて段違いに――― って、あら? アレゼル、来てたのね。デリスのお見舞い?」
「っ! ま、そんなとこや! でもネルが来た事やし、邪魔者はそろそろ退散するで! そいじゃ、また!」
帰って来たネルの姿を見るや否や、アレゼルは足早に病室から去って行った。逃げ足界のトッププレイヤーというだけあって、流石のスピードである。
「……? 何だったのかしら?」
「諸々のお礼を言いたかったそうだ。今度ハルに、自社製品の最新調理道具をプレゼントしてくれるってさ」
「へえ、あのアレゼルがねぇ。珍しい事もあるものだわ。明日は槍でも降るのかしら?」
……冗談半分で見舞いに来たってところかね。仕方ない、少しは金一封に色を付けてやろう。
「それよりも悪かったな。俺の世話だけじゃなく、戦争の後処理やハルの鍛錬まで見てもらって」
「別に大した事ないわよ。ハルナは私がとやかく言わなくても全力でやってくれるし、後処理だってデリスの言われた通りにするだけだもの。そ、それに、夫に何かあった時に助けるのは、妻として当然の事でしょ?」
「ま、まあ、そうだな。うん、そうだった」
そこで言い淀んだり赤くなったりするのは、ちょいと卑怯だと思う。俺の体感ではアレゼルよりも卑怯だ。だって俺に効くもの。
「あ、あー…… この調子なら、明日には完治すると思う。そうなったら、任せている仕事は引き継ぐよ。ネルやハル達は、他に何か用事があったりするか?」
「私はマリアとクラリウスの会合に、ウィーレルと一緒に立会人として一応見届けるつもり。あとは…… 何だか知らないけど、チナツ達は同郷の子達の鍛錬指導をやってたわね」
「鍛錬指導?」
「あんまり興味なかったから、見るだけでそれ以上は踏み込まなかったわ。まあ私のチナツがやる事だし、間違いは起こらないでしょう」
ああ、千奈津神は最高に信頼感があるからな。ネルの言う通り、間違いには繋がらないと確信できる。けど、指導か…… 吸血鬼との戦いで無力さを感じた織田辺りが、刀子か千奈津に強くなる鍛錬法を教えてくれと懇願した。そんなところか。ま、ハル達の鍛錬に支障が出ない範囲でやる分には良いだろう。
「あ、そうだ。リリィヴィアを含むイリーガルお馬鹿さん姉妹、暫くボランティアから帰って来れそうにないわ。善行を積んで、あわよくば全員性格を矯正させてやろうと思ったのだけれど、どうも上手くいっていないみたいなの。テレーゼがいるから大丈夫だとは思うけど、時間はそれなりに要すると思っておいて」
「……矯正できるもんなのか、あの姉妹? 俺が言うのも何だけど、あいつら性根が凄い事になってるぞ?」
「育ての親がマリアだもの、それくらいは覚悟の上よ。ま、一人くらいはいけるでしょ、テレーゼなら!」
テレーゼに向けられる、最高に謎な信頼感。うーむ…… それでもなぜか、俺も納得できちゃうんだよなぁ。千奈津とは全然毛色が違う筈なんだけど、同じくらい信頼できてしまう。マジで謎だ。




