第351話 怠惰を動かす条件
「聞いてくれよ、旦那! リリィ師匠が酷いんだぜ! 駄メイドってのは周知の事実にしても、怠惰が過ぎるんだぜっ!」
「へ、へー。なかなか大変そうじゃないか……」
昼食を食べ始めるなり、俺は刀子に捕まってしまった。ハルの創作料理の記念すべき一口目を口に含む、その一歩手前で捕まってしまったのである。何か文句言いた気だし、とても飯が食い辛い。あれでも一応、リリィヴィアは俺の使役モンスター扱いだ。監督責任というものがある。よって、刀子の相談を受けない訳にはいかないのだ。
しかし、腹が減っているのもまた事実。刀子をどうにかして引き離すにしても、話のネタになりそうなハルはゼータと共に厨房に行ってしまったし、ネルは未だに千奈津と特訓中だ。いや、ネルに関しては話がややこしくなるから、刀子と引き合わせない方が正解か。
「……刀子、リリィの事で苦労したようだし、腹は減ってないか? 今ならハルの新作を食うチャンスだぞ」
「食う! 悠那ー、俺の分もよろしくなー!」
刀子はハルの追っかけをしているだけあって、基本的な行動原理は結構似ている。美味い食い物で釣ってやれば、それなりの確率で食い付くのだ。これなら俺が箸を進めても、違和感はないだろう。
「ん~! 流石は俺のライバル、料理の腕も天井知らずだぜ~♪」
それから少しして、例の如く美味そうな料理が自動で天井から運ばれて来た。機嫌の悪かった刀子も、これを食べればご満悦である。
「で、リリィがどうしたって? あいつなら今頃、ベッドで暫く安眠中だろ?」
「もぐんぐ――― いや、それにしたってひでぇんだよ。ベッドに寝たまま菓子は食うし色々こぼすし、気紛れに起きては面倒事を押し付けるんだぜ? 仕舞いにゃ、俺がメイドの格好をしてる理由まで忘れてやがる! こっちは駄メイド師匠の命令で着てるんだっつうの!」
ああ、だから今もメイド姿なのか。最近は鍛錬時間以外はずっとその格好だもんな。個人的に自称押し掛けメイド長の座を、リリィから刀子にやるべきではないかと思っていたところだ。ほら、堕落を極めたリリィ相手に、何だかんだ対応できてるし。
「演技していないあいつは、昔からそんな感じだよ。俺以上に怠惰を貪る代わりに、演技してる時は何でもできるから、結果的にプラマイゼロになってんだよなぁ。ま、それでも流石に負担が掛かり過ぎか。今度俺からも言っておく」
「お、俺の為に旦那が言ってくれるのかっ!? あ、でも、でもなっ! リリィ師匠にも良いところはあるんだぜ? 次に向かう場所が危険な場所だからって、それに耐えられるように、起きたら俺達を鍛えてくれるって言うんだ。普段はどこまでも駄目でどうしようもないけど、やる時はやってくれるんだぜ!」
「……刀子、お前本当に気遣いできる女になったよなぁ」
「へ?」
不満を漏らしつつも、フォローは決して忘れない。ヤンチャしてた頃の刀子からは、まず想像できなかった姿だ。皮肉にも刀子をここまで育て上げたのがパーフェクトリリィで、手間のかかる駄メイドリリィがその腕に磨きを掛けた訳だ。ある意味で反面教師、か?
「しっかし、あの駄メイド状態のリリィが鍛えるって言ったのか。珍しい事もあるもんだ」
「だろ? 俺なんて軽く感動しちまって、一周回って冗談かと思った」
「いつになくやる気…… ハッ! 何か裏があるんじゃ?」
「旦那、流石にそれはリリィ師匠が可哀想だぜ」
だって前科が山ほどあるもの。
「ん? 待てよ。俺達って事は、ハルや千奈津達も入ってるのか?」
「そういうニュアンスだったぜ」
刀子だけでも珍しいのに、その上2人も含まれているだと!? リリィ、アル・ノヴァに来てから何か悪いものでも食ったんじゃ…… あいつなら寝れば治るから、それはないか。
「リリィ師匠が纏めて相手してくれる機会なんて、滅多にねぇからな。今の俺の力を示す為にも、全力で挑むつもりだぜ! ええと――― そうだ、お礼参りってやつだ!」
「はっはっは。この場合それが適切な言葉なのか、俺には判別できんよ」
やる気を行動で示すように、刀子が山盛りの飯を口に掻き込んでいる。刀子にとっては食べる事も、『大食』を鍛える為の鍛錬だ。よく噛んでよくお食べよ。
それにしても、そうか。リリィと弟子達で…… うん、うん。時期的にも実力的にも、ひょっとしたらちょうど良いかもしれない。これから大八魔の上位陣を相手にする上で、どちらにせよ避けては通れぬ道だ。
「刀子」
「どうしたんだ、デリスの旦那? さっきから、箸が止まってるぜ?」
「あいつが目覚めたらさ、ハルと千奈津、ついでにフンド君とパーティを組んで、リリィヴィアと本気で戦ってみろ。俺の見立てでは、頑張り次第じゃ刀子達が勝つかもと思ってる」
「「「「―――っ!」」」」
ガタリと派手に音を鳴らしながら、驚いた表情を浮かべた刀子が立ち上がる。それと同時に、自分用と思われるマウンテンな料理を運ぶハル、肩にかけたタオルで鍛錬で流した汗を拭う千奈津、その横を満足した様子で歩くネル、本当にたまたま廊下を横切ったフンド君が、偶然にもこの場で会してしまった。君らさ、事前に打ち合わせでもしてたの?
「師匠! そのお話は本当ですか!? 待ったなしの真剣勝負で、ですかっ!?」
「だ、旦那が俺の事、そんなに信頼してくれてたなんて…… その、て、照れ臭いぜ……」
「話は聞かせてもらったわ! ついにリリィに天誅を下す時が来たのね! チナツ、責任重大よ! 絶対に勝ちなさい!」
「ネル師匠、そんなに背中を叩かれると痛いです。そして話の流れがよく分からないです。デリスさん、説明を要求します」
「……取り敢えず余は、他の者達が落ち着いてから発言するとしよう」
おかしいな、なぜか飯を食うどころではなくなってしまったぞ? 穏やかに食事を取っていたつもりが、いつの間にか美女美少女に詰め寄られる修羅場と化していた。空気を読んで、敢えて質問をなしとしてくれるフンド君の優しさが身に染みる。
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その日の夜、俺はリリィヴィアの寝室に赴き、熟睡しているこいつを起こした。サキュバスは夜行性だから、もしや起きているのでは? なんて淡い期待も僅かにしていたんだが、やはりと言うべきか気持ち良さそうに寝ていたよ。
「―――そんな訳でだ、お前が目覚めるであろう2日後にバトルをしてもらう事になった」
「えぇー……」
飯時に起こった事の顛末を語ると、リリィにあからさまに嫌そうな表情を作られてしまう。
「何でそんなに嫌そうなんだよ。刀子から聞いたけど、元からそのつもりじゃなかったのか?」
「いやいや~、そんなマジな展開は想定してませんて。私的には、もっと緩い遊び感覚でしたよ~。痛いの嫌ですし、激しく動くのも億劫ですし、何よりも疲れますし」
「そうは言ってもな、向こうはすっかりやる気なんだよ。特にハルとネルと刀子が凄いやる気なんだ……」
「何でご主人様が疲れているんですかね? う~ん、どうしような~。他ならぬご主人様からのお願いだし、条件次第では聞かない事もないですよ?」
「………」
「わあ、とっても渋い顔♪」
聞きたくないけど、聞かせる為には聞かねばなるまい。
「……条件ってのは?」
「その戦いって1対4なんですよね? とっても私が不利ですよね? だからもし私が勝てたら、ご褒美が欲しいんです。大丈夫、これはご主人様にとっても、とっても良いお話の筈ですから♪」
やっぱり聞きたくねぇ……




