第154話 王子
「……ハッ! こ、ここはどこだっ!?」
ドライは特徴的な細目を完全に開眼させて、勢いよく起き上がった。辺りを見回すと、そこは今日何度も足を運んだであろう見慣れた場所だった。まず視界に入るは、怪我を負った体を優しく出迎える白い壁。適度に硬いベッドは、何とも言えぬ質感で自分がまだ生きている事を教えてくれる。そして、ベッドの周りにいる暗い雰囲気のセコンド達は、その雰囲気で試合に負けた事を察しさせてくれた。
「よ、ドライ…… 体、大丈夫か?」
「お、おう……」
「ふふっ、ようこそ負け組が集まる医務室へ…… これでめでたく、ドライも負け組の仲間じゃん。ハァ……」
取り巻く空気はとても暗く、重い。
「おい、俺は負けてないぞ。唯一準決勝に出場だ」
「も~、王子だって無理だってぇ。王子も見たでしょ? あの脳味噌まで筋肉が詰まってるドライが、あんな小さな子の一蹴りで舞台ごとぶっ飛んだんだよ? ソルテとタクトの試合を元に対策を練って、ガッチガチに補助魔法を付与した結果がアレ…… 最初は物騒な杖に驚いたもんだけど、本当に危ないのはあの子自身だった…… 通路で会った時に一瞬だけ漂わせたあの殺気だって、きっと本物……」
確かに王子は2回戦にも勝ち残り、準決勝へと駒を進めている。しかし、次の相手はあの悠那だ。ドライの試合以降、カルアはすっかりと心が折れ、意気消沈してしまっていた。それだけ彼女はドライの試合に意気込み、力を貸していたのだ。その結果があれでは、もうどう対抗すれば良いのか見当がつかず、自暴自棄になるしかない。
「あー、何だかすまないな。あれだけ派手に啖呵を切っておいて、盛大に負けちまってよ」
「ふん、そう悲観する事ばかりではないだろう。ドライは魔法で彼女の闇魔法を破って見せた。結果的に試合には負けてしまったが、工夫次第で勝算は上がっていくんだ。何よりも、次の相手は俺なんだぞ。そう簡単に破れはしない」
「王子の言う通りだ。まだ諦めるのは早いんじゃないか!? あと、カルア君! 僕の名前はノクトだ!」
「そう言うけどさ~、工夫にも限界があるじゃん?」
「無視するなぁ!」
ノクトが声を張り上げて鼓舞するものの、医務室の空気はまだまだ重い。確かに王子は黄金世代の成績2位、ウィーレルに最も近い力を持つ天才だ。ドライの試合を参考にして、改善や工夫すべき点も多く出てくる事だろう。ただ、心の底では思うところがあるのだ。カルアが指摘する、限界を感じるのだ。
例えばの話、ステータス差や手の内のカードを全て把握していたとして、1対1の状況下で魔法騎士団団長のネル・レミュールに決闘を挑み、勝つ事は可能だろうか?
―――100%、彼らでは不可能である。と言うよりも、決闘というレベルに達していない。1日掛かりで決戦の場となる戦場に罠を沢山仕掛けて、仮にそこに誘導するのを成功させたとして、そこから全員で不意打ちをしたところで、数秒と持たずに全員が死んでしまうだろう。勿論、ネルには手傷の1つもない。これは極端な例であるが、カルアが考える悠那の力とは、最早そういう域に達している。
「おう、キール。次の試合まで、後どれくらい時間があるんだ?」
「時間か? ついさっき王子の試合が終わったところで、今は小休憩中。もう10分もすれば、ウィーレルとチナツの始まる。王子の試合はその試合次第って感じだ」
「うーむ。やはり、なかなかに厳しいな……」
「私も何とか力になりたいけど…… 正直、不確定な情報も多いんだよね。あの杖は見た目以上の詳細は分からないし、闇魔法だって力の一端しか見せていない。私達が今まで見てきた彼女の力を克服したところで、彼女はそれとは違う引出しから、また別次元の力を出すんじゃないかって、不安になっちゃうんだ。あんまり別の引き出しを開け過ぎちゃうと、その分王子が危なくなっちゃうんじゃないかって……」
「「「「「………」」」」」
医務室が再び静まり返る。
「……皆、少し俺の話を聞いてくれるか?」
静寂に包まれた空気に言葉を溶け込ませるように、王子が口を開いた。
「あ? 何だよ、王子? そんな改まった感じでさ」
「今だからこそ、お前らだからこそ打ち明けるんだが、俺は―――」
「―――王子! なりません!」
そんな王子の言葉を遮って、今度はノクトが叫び出した。医務室の中は、先ほどとは違う意味でシンと静まり返る。
「ちょ、ちょっとー、ダクトまで一体どうしたん?」
「ノ・ク・ト・だ! 君、さっきからわざとだろ! 兎も角だ、王子は……! ああ、いや、王子はだね……」
急に叫んだかと思えば、今度は言い淀むノクト。彼は頻りに王子に視線を送り、どうすれば良いのか困っているようだった。
「ふ…… ノクト、良いんだ。いつかは話そうと思っていた事を、今明かすだけの事。お前の想いは忠義として受け取っておく」
「ハッ、出過ぎた真似を致しました!」
「あー、すまん。ワシはどうも話が読めないんだが? ノクトも、何でいきなり敬語になってんだ?」
「何、こいつは俺の家臣の1人で、俺が本当にこの国の王子だってだけの話だ」
「「「「……はあ!?」」」」
王子とノクトを除く4人は、大声を出して驚愕した。それもそうだろう。今まで学院の生徒達が彼を王子と呼んでいたのは、あくまでもその風貌がそれっぽいという理由だけの、唯のあだ名に過ぎなかったのだ。いつからそう呼び出したのかは思い出せないが、本物の王子だとは誰も、些かも思ってはいなかった。
「俺の本名はネブル・ファジではなく、ディアス・アーデルハイトという。訳あって、幼い頃に父上から勘当され、城から遠ざけられて育てられてな。ノクトの父君に預けられ、今はこうしてアーデルハイト魔法学院に通っている。ノクトは俺の唯一の配下であり、幼馴染であり、親友でもある」
「王子、止してください。僕の杖は、もう王子に捧げているんです。唯の家臣としてお使いください」
王子改め、ディアスの雰囲気はいつもと何ら変わりない。だが人一倍誇り高く、貴族然と振舞っていたノクトの一歩下がった姿をこうも見せられると、それが真実であるとの信憑性が増す。
「ふざけてる、訳じゃないんだよな? いや、王子が冗談を言う事なんて、今までなかったけどさ」
「俺はいつでも大真面目だ」
「ちょっと待って、マジで混乱してきた…… よっし、無理矢理整理した! それで?」
「俺が本物の王子であると明かした上で、お前達に願いたい事がある。俺が卒業祭で優勝するのを、どうか手伝ってほしい。この通りだ」
ディアスは深く頭を下げた。彼が頭を下げるなんて事は学院内でも前例のない事で、これはこれでキール達に十分な衝撃を与える。
「王子が、頭を……!?」
「す、凄いレアなシーンじゃん……」
「お、お止め下さい! 王子が願うのであれば、僕が地に額を付けてでも頭を下げますのでっ!」
「いや、これは俺がしなければならない事だ。俺にやらせてくれ」
「あ、あの…… 状況は分かったんだけど、どうして王子がそこまで優勝に拘るのかな? 何か、理由でも?」
ソルテが至極真っ当な質問する。ディアスは一先ず頭を上げて、意味あり気にベッドに腰掛けて語り始めた。
「実は―――」
―――コンコン。
今日はどうも話を遮るのが多い日のようだ。ディアスの話は医務室の扉がノックされる音に邪魔され、強制的に中断されてしまった。不敬な! とでも言いたげなノクトを筆頭にして、皆が入り口の扉に振り返る。
「ご歓談のところ失礼しますよ、ディアス王子。少しばかり、私とお話ししませんか?」
そこにいたのは、接待用の笑顔を貼り付かせた腹黒い男だった。




