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第153話 星が綺麗

「……それは詰まり、その杖を使わないという事か?」

「はい! 今まで同様、一切使いませんのでご安心ください!」

「………」


 ドライの表情から笑みが消え、ピリピリとした空気が場を支配する。彼が放ち出すのは、明らかに怒りといった負の感情だった。しかし、だからといって悠那の方針が変わる事はない。あっけらかんと特に気にする事もなく、しっかりとドッガン杖を舞台に固定している。


「ソルテやノクトから、これまでの試合でお主がその杖を使っていないという話は聞いている。全てが一撃の下、一蹴りで終わらせられたともな。確かに相応の、恐ろしい力はあるのだろう。だがな、それはソルテらが生粋の魔法使いであったからだ。普通であればパーティを組む際、後衛にいるべき人材だからだ」

「そうですね、一理あると思います」


 準備運動なんだろうか。悠那は膝の屈伸をしながら答えた。


「ワシは違うぞ。魔法の腕を、そしてこの鋼の肉体を欠かさずに鍛えてきた。驕る気持ちや侮辱するつもりがないのならば、今直ぐにその杖を抜き、試合でも使うといい。今ならば、ワシもそれを許そう」

「………」


 屈伸をピタリと止めた悠那が、ゆっくりと面を上げてドライに視線を合わせた。表情は変わらず、いつものにこやかな様子だ。


「いやだなあ。私、最初から驕るつもりも侮辱するつもりもありませんよー」

「そうか、ならば―――」

「冷静に、戦力を吟味した上での判断です。変に驕ったら正確の数値が見定められませんし、それで間違ってドライさんを殺してしまっては大変ですからね。あと、この杖を使っての不殺での打倒も大丈夫だと自負はしているのですが、私の師匠から決勝までは使用禁止だと言い付けられてまして。使いたくても使えないんです。あ、でもですね、杖を舞台に降ろしたのは純粋に、ドライさんとの接近戦を楽しみにしていたからなんです。この杖、見た目通りに重くって、使わないと片腕が塞がっちゃうし、結構な重荷になるんですよ!」


 悠那の言葉に嘘偽りはない。研ぎ澄ました魔力察知スキルでドライが纏った補助スキルの強度を読み取り、1回戦の試合を観戦する事でドライの実力も大よそを把握。それらを考慮した上で、枷を外した状態で少し本気を出したとしても、死にはしないだろうと判断したのだ。ドッガン杖を使うなというデリスからの指示は実際にあったし、持ち込んだ杖を使わなくともルール違反には当たらない。使わない杖を降ろしたのは、むしろ悠那にとっては敬意を払っての行動だった。


「そうか、ワシからはこれ以上何も言わん。全力で潰す、それだけだ」

「望むところです。良い試合をしましょうね!」


 悠那より差し出される小さな手。試合前に握手をしようという意思表示である。


「……おう」


 ドライは少しだけ間を置いて、迷いながらもその手を軽く握り返した。ひと回りどころか、その何倍もサイズが異なる手と手が交わされ、いよいよ試合開始のアナウンスが成される。


「冷や汗が流れるような緊張感に、熱くぶつかり合う両者の眼光…… おいおい、この試合は激戦になるぞ……!」

「かもな! 1回戦を楽に勝ち抜いたあのチナツって生徒も、5位の生徒会長でもあるテレーゼお嬢様と良い勝負をしてたし、接近戦に長けた選手なら対抗できるんだよ、きっと!」

「カルアは成績こそ高いが、魔法特化のイメージだったからな。ドライなら成績4位でテレーゼお嬢様よりも上だし、あの通り筋骨隆々のマッチョマンだ。快進撃を続けるハルナも接近戦でやる気みたいだし、これは面白い試合だ!」


 開始時間が迫るにつれ、観客達もヒートアップ。先のチナツとテレーゼの試合内容に合わせて、どちらが有利だ勝つだスカウトの準備だと、口を忙しなく動かしている。彼らの予想は大方が接戦になるだろうとのもので、最早魔法云々を抜きに格闘戦での強さ議論が巻き起こっていた。


「試合開始の時間となりました。出場選手は舞台上の開始線に戻って頂くようお願いします。用意はよろしいですね? それでは――― 試合、開始っ!」

「ディーゼフィルト」

「やはりか! ヒートウェイブ!」


 開始早々に悠那が舞台全体に出現させた黒煙。その闇をドライが『ヒートウェイブ』で引き起こした、炎を伴った熱風で払っていく。舞台上は月光も差さない夜の世界から、サンサンと太陽光が降り注ぐ昼間本来の姿へと戻るのであった。これにより、観客達は悠那の試合を初めて目の当たりにする事となる。


「いくぞっ!」


 更に、ヒートウェイブには範囲一帯の炎属性魔法を強化する作用もある。ドライは熱風で暗闇を散らし、炎魔法と格闘術を一体化させた独自の拳術で、一気に勝負をつける算段らしい。いつでも拳から炎を出せるよう魔法を詠唱、カルアの風魔法の力を借りて悠那に迫り、拳を振るう。


「ほっ」


 ―――ズガァン!


 仲間の力を借り、自らの力を活かし、油断なく速攻を掛ける。普通であれば最善とも考えられるこの行動。相手を悠那とするのならば、実は悪手である。


 攻撃を行ったドライの視界には、奇妙な光景が広がっていた。視界の真上に舞台の床が、それを覆い隠そうとする綺麗な星々が広がっていたのだ。そして、今度はその奥で悠那の片足が徐々に近づいてくるのが分かった。自身の顔面目掛けて、ボールでも蹴るかの如く踏み込んで。これは拙いと頭では理解しているのだが、体は鉛のように動こうとしない。まるで、スローモーションの世界にいるような感覚だった。


(これは、死ねる―――)


 そう悟った時に、凄まじい衝撃がドライを襲う。視界はどんどん遠のいていき、幻覚なのか自分が空へと舞い上がった浮遊感があった。そこでドライの意識は途切れてしまう。芝に落ちたドライを救護班が確認する。どうやら気絶しているようだ。


「じょ、場外を確認しました。ハルナ・カツラギ選手の勝利です……」

「ありがとうございましたー!」

「「「「……は?」」」」


 試合終了の宣言が鳴り渡り、悠那の挨拶が終わった後も、観客達には何が起こったのか理解できなかった。だというのに、この事態を起こしてくれた立役者はさっさと舞台に突き刺さったドッガン杖を抜き、「さ、師匠と一緒に反省会だ!」と言いながら去って行く。皆はポカンと悠那を見送り、姿が見えなくなったところで我に返るのであった。


「な、何だ、何が起こった?」

「えー、あー、うー…… ドライがハルナに殴り掛かったと思ったら、勝手に頭から舞台にぶつかって、その隙をハルナに突かれて蹴られた、のか? で、衝撃で抉られた舞台の瓦礫ごと宙にぶっ飛ばされて、場外……」

「どうすりゃあの状況から、そうなるんだよ!」

「なあ、良い勝負になるんじゃなかったっけ?」

「お、お前だって同じ意見だっただろうが…… いよいよ推薦組同士の決勝が濃厚になってきたぞ、おい……!」


 煙幕で隠されていなくとも、観客達の理解は追い付いていなかった。観客から見ればドライが勝手に転んだように見えたし、速過ぎる悠那の蹴りはドライ自身を蹴ったように見えた事だろう。ただ、実際は大分異なる。


 いくらドライの速度がカルアの風魔法で補強されているからといって、それは悠那にとって何ら脅威ではない。悠那は既に、狂犬と名高いあの刀子の攻撃を体験しているのだ。枷を外した今、それよりも数段劣る正面からの攻撃なんて、どうとでも対応可能なのだ。


 悠那はドライが拳を振り下ろすと同時に、合気マジックで自らの力を少し加えて地面に叩き落とし、ドライを頭から転倒させた。頭を打った衝撃でドライの視界には星が輝き、その間に悠那はドライの眼前にある舞台(・・)を蹴り上げ、諸共場外へとふっ飛ばしたという訳だ。もしあんな蹴り(もの)が直撃していれば、ふっ飛んでいたのはドライの顔面の方だっただろう。


「破壊された舞台を補強する為、少しの時間を頂きます。次の開始時刻は―――」


 放送と同時に、土魔法を操る舞台補修班が駆け出した。

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