第31話 海嘯の占領者(2)
海賊船に入ってからは今までの経緯と海賊を頼った目的、大精霊について出来る限りロバーツさんに説明した。
そして、大精霊に会うために規制がかかっている離島に行かなくちゃいけないから、海賊船に乗せてもらえるよう頼んだことも。
「……ほう。確かにあの島は今、普通の船じゃ入れないからな。それで俺達を頼ったって訳かい」
「はい!」
ロバーツさんは説明するために見せていた資料と、渡したルビーの袋を交互に見る。そして私達の顔を改めて確認する。
睨み付けるような、鋭い眼差し。大勢の乗組員達を率いる頭らしい、押し潰されるような威圧感がのしかかる。でも、ここで負けちゃダメだ。みんな、その気持ちは同じようで訴えるようにロバーツさんの目を見つめ返す。
……やがて、私達の気持ちが伝わったのだろうか。不意にロバーツさんの口元がフッと緩む。
「……その目は本気だな。わかった、これだけの量の宝石だ、それだけの覚悟があるんだろ。その島に真っ直ぐ向かおうか」
「えっ、本当に⁉︎」
「あ、ありがとうございます!」
「いいってことよ。久々に楽しませてもらったしな。よし、そうと決まればさっさと済ませちまおうか。野郎ども、出航の準備だ!」
ロバーツさんが高らかに宣言して、クルー達は大きな返事をすると同時に一斉に準備に取り掛かる。
クルー達が行き交い、一気に慌ただしくなる船内。船に、それも海賊船については何もわからない私達はその様子を眺めているしかない。
「あの、ロバーツさん。何かお手伝いできることありませんか?」
乗せてもらった上に、何もしないのは申し訳ない。そう思ってロバーツさんにそう尋ねると、他のみんなも同じことを思っていたようで私の言葉にうなずいていた。
「お前らは休んでな。さっきまでのが回復してないだろ?」
「でも……」
「こういうのは慣れた奴がやるべき仕事だ。お嬢ちゃん達は仕事を見学してりゃあいい」
ロバーツさんはそれだけ言うと他に指示を出すためか、私の返事を待たずにどこかに行ってしまった。
確かに、今仕事をやろうとしても教えてもらわなきゃいけないから、どちらにしろ余計な時間をかけてしまう。ここは素直にロバーツさんの言う通り、仕事を見させてもらうことにしよう。
「おーい、お前ら。せっかくだ、オレ達のユニフォーム着てみるか?」
眺めているだけで退屈そうにしていた私達を見かねてか、クルーの一人がそんな提案をしてくれた。途端に、イア達の表情がパッと明るくなる。
「マジか⁉︎ 着る着る!」
「あ、うん。こういうの、憧れてたんだ」
「せっかくだし、言葉に甘えようか。フリードもどうだい?」
「あ……そうだね。僕も」
元から興味がありそうだったイアはもちろん、王族故にそういった服装には無縁だったロウェンさんも続き、またとない機会だからとドラクとフリードも服をもらいに向かった。
やっぱり、男子はこういったものに憧れる傾向があるのかな。イアは大喜びで早速服を着て、バンダナまで手早く巻いてご満悦。
そしてフリードも服を貰おうとした時、服を渡しているクルーは首を傾げた。
「……ん? お前は女じゃねえのか。まあいいけどよ」
「えっと、あの……僕、これでも男なんですが」
「ん⁉︎ あ、た、確かによく見りゃ男だ! わ、悪かったな」
どうやらまた、フリードは女の子だと間違われてしまったらしい……。誤解が解けてからすぐに謝られたものの、海賊にまで間違われたのは流石に傷ついたようで、フリードはせっかく服を受け取ったというのに肩を落としてうなだれてしまっている。
「はあ、僕ってそんなに女の子みたいですかね……」
「げ、元気出して、フリード君! バンダナ巻くの手伝うから」
「はい……ありがとうございます」
ずーんと重たい雰囲気をただよわせるフリードのあまりの落ち込み様に、見ていられなくなったようでロウェンさんがすかさず励ましていた。そうしてロウェンさんに促されて一緒に着替え始めるけれど、顔色はまだ若干優れないまま。立ち直るにはもうしばらくかかりそうだ。
「……でもさ、男らしいフリードも想像つかなくない、ルージュ?」
「えっ⁉︎ あ、……うん、そうかも」
急にエメラがそんなことを耳打ちしてきたものだから、びっくりして反射的にうなずいてしまった。でも確かに、って思ってしまったのはフリードには内緒だ……。
フリードにはフリードらしさがあるんだから、異常に気にしなくてもいいと思うのだけど。でも本人にはそうじゃないのかもしれないし……なかなか複雑だ。
「イカリを上げろー! 出航だー!」
みんなが服を着替え終わったその時、見計らったかのようにロバーツさんの出航の合図が聞こえて来た。そしてその直後、イカリを上げたことで鎖が擦れるガラガラという金属音が船内に響き渡る。
「おっ、いよいよ出るみたいだな!」
「見にいってみようか」
ロウェンさんの言葉に賛成して、私達は甲板に出てみる。丁度その頃、イカリが上がり終わって今は船のマストに付けられた帆が開かれているところだった。
真っ白な帆は潮風を受けて、大きく広がる。その迫力に私達は圧倒された。
「色々あったけど、これでなんとか目的地に向かえるね」
「ああ。後は無事に着くことを祈るしかないな」
みんなで船を見上げている内に、ゴゴゴ……と船は重々しい音を立てて、いよいよ動き始める。
始めは遅かったけど、次第に加速していく海賊船。船の進行方向の遥か先に、目的の離島がうっすらと見えた。これから、大精霊に会う。『滅び』に対抗するために、必ず果たさなくちゃいけないんだ。
私はそんな使命感を胸に秘めて、その離島を見据えながら波に揺られる船に身を任せていた……。




