第30話 水面に揺られ(2)
港に到着すると、姉さんが話をつけてくれていたから入国はあっさりと出来た。
時間帯ももう夕方になる頃だ。今日は流石に遅いから、明日に海賊との交渉に行くことになった。今日に泊まる宿を確保した後は、ルーザとイア、フリードと周りを少し観光することに。
「じゃあまずはフリード用の冷却効果のある魔法具を調達しないとね」
「すみません……迷惑かけてしまって」
「いいって。見る度に心配になるしな……」
外に出るとまたフリードの汗の勢いが強くなってしまった。
冗談抜きで本当に溶けてしまいそうだから、魔法具を専門に取り扱っている店を見つけて、すぐに目的のものを探していく。
「あったぞ。強い冷却効果のある魔法具だ」
入店してから3分と経たない内に。ルーザが早速見つけてくれたらしく、その手にはブローチの形をした魔法具が握られていた。
ここに来るまでの移動でもフリードの体力はじわじわと削られている。早く会計を済ませて回復させてあげなければと、急いで魔法具をレジに持っていった。
「すみません、これいくらですか?」
カウンター越しにいる売り子妖精のおじさんに尋ねると、何故だか首を傾げられた。
「ん、いくらって……変なこと聞くね、お嬢ちゃん」
「え。私、何か失言しましたか?」
「あ、そうか。君たち、旅行者だろ?」
商品を買うのに、いくらなのか聞くのは別におかしくもなんともない筈なのに。シールト公国では何か違う部分があるのか。おじさんの問いに不思議に思いながらうなずくと、早速その理由を説明してくれた。
「ここ、海賊が停泊することで有名だろ? だから現金とか持っているとスリにあいやすくてね。物々交換で商売が成り立っているところがほとんどでさ」
「な、なるほど。そうだったんですか」
「昔は酷かったけど、今は海賊も落ち着いているから安心していいよ。……っと、それよりもその魔法具だね?」
「あ、はい」
おじさんの説明のおかげで、この魔法具を購入するにはこれと同等の価値があるものを渡す必要があることは分かったけど、問題は何を渡すべきかだ。手持ちの中に何か渡せそうなもの、あったかな……?
「なあ、アレとかどうだ? ここに来る前に調達してきたルビーとか。宝石ならかなりの価値あるだろ?」
「あ、そうだね」
イアが言った通り、今私のカバンの中には三日前に2人で採掘してきたルビーの欠けらが入った袋がある。確かに交換には出せそうだけど、これは海賊との交渉用に用意してきたものだし、減ってしまうのは困るのが本心だけど……フリードがふらふらなこの状況下で、数を気にしてる場合じゃないか。
そう判断した私は、とりあえずカバンから一欠片取り出して、カウンターにゴトンと置いた。
「ん、これはなんだい?」
「ルビーの原石です」
「え、ええっ! 宝石⁉︎ いやしかし……」
「えっ……駄目、ですか?」
「あ、いやぁ……魔法具一個にこれは高すぎないかな? こっちが申し訳ないよ」
「う、それもそうですね……」
確かに、冷静に考えてみたらいきなり宝石を渡されたらそりゃあびっくりする。
でも困った。他に渡せそうなものが思いつかない。
「あの……これなんかどうでしょうか?」
私達が悩んでいると、不意にフリードがおずおずと手をカウンターに向かって差し出してきた。その手のひらにはフリードがたった今作ったらしい、宝石に見間違えそうなくらい大きくて立派な雪の結晶が乗っている。
「へえ! それならオーケーだよ。ここじゃ珍しいし、こっちは文句無いよ」
「でもよ、それ溶けたりしないか?」
「あ、大丈夫です。溶けないようにする魔法をかけておきましたから」
「よし、それなら交換成立だな。毎度あり!」
そうして、フリードから雪の結晶を受け取ったおじさんはお決まりの挨拶と共に魔法具を手渡してくれた。
店を出てから交換したばかりの魔法具を身につけたフリードは、その効力によって汗がピタリと止まり、さっきまでの状態が嘘のように元気を取り戻している。
「暑さも和らぎました。すみません、もう大丈夫です!」
「よっしゃ! これでもう大丈夫だよな?」
「うん。後はあの離島に向かうだけ……!」
明日はいよいよ、今回の目的の要である海賊との交渉だ。得体の知れない相手だけに、今からでも少し怖く思ってしまうけど……これも大精霊に会うためなんだ。泣き言なんて言ってられない。
みんなで頑張ろう、と互いに励まし合いながら、今日のところは宿に戻った。
「……船に乗せてほしいだと?」
「冗談はよしてくれ。子供が来るところじゃないんだ」
翌日。丁度港に船を停めていた一隻の海賊船に近づいて話をしていた。丁度、船の外にいた海賊2人に交渉を図っている真っ最中。その2人は絵に描いたような海賊らしい、縞模様のシャツとバンダナを身につけている。
だけど、いくらいっても海賊達はまともに取り合ってくれない。やはり、子供だからって舐められている。
「無茶は承知です。でも行かなくちゃいけないところがあるんです。もちろん、相応の謝礼はしますから!」
これは本気なんだと、そう伝えるためにも私はルビーの欠けらが入った袋を海賊達に差し出した。しっかり用意をしてあることを示せば、少なくとも門前払いを食らうのは避けられるだろうと思って。
それまで私達に訝しげな視線を向けていた海賊達だけど、袋の中を確認した途端にその目を驚きで見開く。
「ゲッ⁉︎ すっげえ量だぜ、これ。どうするよ?」
「どうするってもなぁ……本気なのは間違いないようだが。第一、俺たちじゃ許可なんて……」
「だよなぁ。おい、ガキ共。冗談じゃないことはわかったが、俺たちはなあ……」
「……おいおい、俺抜きでなに面白そうな話をしていやがる?」
突如、上から野太い声が飛んできた。海賊2人はハッとして上を見上げ、私達もつられるようにしてその声が飛んできた方向へと視線を向ける。そしてその先には、船に片足をかけながら私達を見下ろしている妖精が一人。
赤を基調とした立派なコートを羽織り、ドクロマークが描かれた大きな帽子をかぶったいかつい顔の男妖精。帽子から飛び出した尖った耳にはピアスが付けられて、強面さを強調していた。
その男妖精はくわえていた葉巻を指で挟んで話しかけてくる。
「この『ロバーツ海賊団』も、随分舐められたモンだなぁ?」
「せ、船長っ‼︎」
やっぱり。身なりからして、そうじゃないかと思っていたけれど、あの妖精がこの海賊の船長だったんだ。
「話は聞いていた。どうしても船に乗りたいって?」
「はい!」
みんなも力強く返事をする。
「……ふっ、面白いじゃねえか……」
そんな私達を見下ろし、海賊の船長は不敵な笑みを浮かべた……。




