第21話 司る者達(1)
その翌日。昨日オスクが言った通り、影の世界からシルヴァートさんも来た。シルヴァートさんの話を聞く限りじゃ、まだ立て直しも終わっていないようだけどオスクが珍しく本気で頼んできたことと、『滅び』のことならと無理して来てくれたようだ。
そして現在。私達は姉さんから借りた大精霊の本と、あの黒い結晶だったものの欠けらを置いたテーブルを囲んで話していた。
「ふむ……それでは大精霊の数はわかっているのだな」
「はい。あとはどこにいるのか教えて貰えたら、と思って」
シルヴァートさんに今の状況を説明したところで、本題に入る。
大精霊に会うこと……それが『滅び』に対抗するための最も重要なことらしい。大精霊の力は『滅び』の力を退けるため、協力を求めることこそが食い止めるのに一番の近道なんだと。
「……なあ。思ったんだが、わざわざこっちから会いに行く必要があんのか? オスクかシルヴァートのどちらかが招集でもかけて、どこか一箇所に集めればいい話だろ」
「お、そうだな! それがいいじゃんか!」
ルーザの提案に、イアも名案だと言わんばかりに嬉しそうに声を上げる。確かに、その方が圧倒的に早いし、わざわざこちらから大精霊がいる場所まで出向く必要が無くなる。ルーザがそう提案したことも最もだ。
でも、目の前にいる大精霊2人はそれをしなかった。理由はまだわからないけど、2人から告げられること……それはきっと、
「……残念だが、それはできない」
「ええ⁉︎」
「バカじゃん。できるものならとっくにしてるっての」
……やっぱり。2人からの答えは「否」であった。
「確かに、それを実行すれば災いの魔の手が広がらぬ内に対処が可能であろう。しかし利点が大きい分、相応の代償があるのだ」
「だ、代償……?」
「この世界は均衡こそが主軸。光と影、双方が支え合うことで初めて成り立つ。天秤のどちらかが傾くようなことがあれば、たちまち崩れてしまうのだ」
「つまり、どういうことだ?」
「率直に言えば、大精霊みたいな力が強い存在を一ヶ所に集めんのは危険ってこと。まー、面倒なことに精霊ってのは無駄に自尊心が強い訳でさ、ケンカもしやすいわけ。点在してんのは互いに干渉し合わないように、って意味もあんの。けどまあ、大精霊が集まっても問題ない場所もあるにはあるわけだから、力のバランスがどうこうってのは結局のところ建前さ。大精霊本人が良くても、周りがそれを許さないんだよ」
「と、いうことは……」
「理屈から無理って訳だ。諦めな」
静かに、それでもきっぱりとそう告げられた。
オスクとしてもそうしたいことはやまやまなのだろう。諦めろ、とそう口にしてもその表情はどこか納得がいかない様子だった。
この2人も今でこそ協力しようとしてくれているけど、出会ったばかりの頃はどう見ても私達に友好的では無かった。ならば、この2人以上に気難しい大精霊もいるんじゃないかとも思えた。
「そもそも、エレメントは大精霊の力の象徴だ。大精霊の地位を示す証明の役割を持つもの……それを、我ら2人がお前達に託した理由は災いを退けられるという希望を見出してのことだ。両者の間に信用という繋がりが無ければ、エレメントは大精霊の手を離れることはできない」
「僕ら大精霊は役割と一緒にエレメントも授かるわけど、それってつまりは魂をわかりやすく可視化したものでさ。役目を終える時、エレメントは手元から離れて、同時にこの身体も共にこの世から消え失せる。文字通りお役御免ってわけだ。つまりどういうことか、わかるか?」
「え、えっと、それって……」
「つまり命も預けるも同然ってわけ。傷一つでも付けてみろ、お前らの身もただじゃすまないぞ?」
妖しい笑みを浮かべながらも、その紅い瞳でギラリとした眼差しで私達を睨みつけてくるオスク。迫力と、底知れない威圧感に、私達は緊張から思わず息を呑む。
そんな大事なものを、一介の妖精如きが預かっていていいのか……と。だけどそんな私達とオスクを見て、シルヴァートさんはやれやれとばかりにため息をつく。
「脅すな、オスク。確かに生命ではあるが、世界の支柱の一部たる我らの力の象徴がそう簡単に傷付くわけがあるまい。そもそも魂をエレメントに転換する負荷に耐えられない者が、大精霊になどなれる筈がないだろう」
「別にいいじゃん。ちょっとこいつらの覚悟ってヤツを見定めようとしただけだって」
「な、なんだ、良かった……。でも、大事なものには変わらないんですよね? 本当に私達が持っててもいいんでしょうか……」
「そう己を卑下することはない。私とオスクはそれ程の価値をお前達に見出しているということだ。未熟なことは確かであるが、その分それ以上の伸び代があるとも期待している。先日の非礼、今改めて詫びよう。せめてもの償いだ、今後は災いに立ち向かわんとするお前達への助力を惜しまない」
「あ、ありがとうございます!」
「礼には及ばん。こちらも山と、国を救ってくれた恩がある。では早速、最初の目的を果たすとしよう」
そういって、シルヴァートさんは話を切り替える。シルヴァートさんがここに来てもらった、大精霊の居場所を教えてもらうために。
まずは2人が知り合いの大精霊についてだ。シルヴァートさんが早速、ある一人の大精霊のことを話してくれた。
「私は満月の大精霊とは交流が深い。場所もさほど離れてはいないから、すぐにとはいかんが近いうちに会うことは可能だろう」
「満月は『月』繋がりだからか?」
ルーザが尋ねると、シルヴァートさんは頷く。
「そうだ。月は殆どの魔法に影響を及ぼすものが故に、その力は強大で大精霊といえど一人では支えきれない。だからこそ、私とその者とで月の力を制御している。表裏一体……それがこの世界の在り方だからな」
「表裏一体か……。なんかかっこいいね!」
エメラのそんな真っ直ぐな言葉に、シルヴァートさんは恥ずかしそうに顔を晒す。褒められるのは慣れていないようで、ほんのり顔が赤くなっているのが少し見えた。
その後に説明を続けたシルヴァートさんの話によれば、満月の大精霊はこの光の世界にある、『シノノメ公国』にいるそうだ。
私とエメラ、イアはその国をなんとなくは知っているけど、影の世界出身であるルーザ達は聞いたことがない国。何処にあるのか説明するために、私は屋敷の倉庫から地図を持ってきた。
「えっと……この島がミラーアイランド。シノノメ公国はこの北にあるよ」
私は地図を指差してみんなに説明する。
シノノメ公国とはあまり距離も離れていない場所にある。姉さんに頼めば、いつでも行くことは可能だろう。
「シノノメって……なんだか変わった名前ですが」
「うむ。この国は他の国とは全く異なった文化を持っている。見るだけでも圧倒されることだろう」
「ま、今はそのことはいいっしょ。他の奴らも教えてやる方が先だ」
オスクが口を挟み、シルヴァートさんは咳払いをした。
「……話が逸れたな。私が知っているのはあと星の大精霊なのだが……少々問題があってな」
「も、問題……?」
シルヴァートさんの言葉にゴクリと喉を鳴らす。
大精霊の問題だなんて、しかもシルヴァートさんがわざわざこうしていうことだ、何か大きなことなのかとみんなも不安そうになる。
「星の大精霊はある理由で聖夜にしか眼覚めんのだ」
「え! 聖夜だけ?」
「そりゃ困ったな。しばらくしないと出てくることさえ無いのか」
オスクも交流が少ないこともあって知らなかったらしい。
今は十月の上旬。少なくとも二ヶ月は待つ必要がある。大精霊のことだし、シルヴァートさんがそこまで言うことだ。何か大事な理由がありそうだけど……。
星の大精霊が聖夜にしか目覚めない理由。それは一体────?




