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かまどの嫁  作者: 紫 はなな
終宴
118/120

七-帰路

火灯し頃に始まった外郎と萩の婚礼は、釜んなかの小豆と樽酒がなくなるまで続いた。気付けば山の端が白々。

よりにもよって花嫁の膝枕でうたた寝していた鹿の子は、これまた寝ぼけ眼のかあさまに祝い着を着せられ、本邸を追い出された。


「綺麗……」


別邸へ向かい廊下を渡れば、祝いの花が中庭の木々にまで飾られている。曙に見る花々は灯りのように白く明るい。

鹿の子は別邸の廊下で足を止め、しばし見惚れた。


「綺麗ですね」


月明の美しいつま先が横に並ぶ。


「ほんまに。外郎ったら、お屋敷の中にまで花を飾られるほど祝福されて」

「おや。お祝いされているのは、私たちですよ」

「わたしたち?」

「はい。私たちへの祝福です」


鹿の子は門出に花を飾られなかった。

それを聞いた月明は祭祀にみんなを呼ぶついで、自分たちにも花を願ったのだった。

図々しい願いをみんな快く引き受け、宴の最中に作っては飾った。なかには外郎や萩が折った花もある。


「嬉しい……!」


小豆みたいなまなこから、ぽろぽろと涙が落ちる。鹿の子は涙をせき止めようと頰に手を添えたが、月明に手首を奪われた。


「旦那様?」

「今日を初夜にしたいと言ったら、みんな手を叩いて喜んでくれまして」

「し、初夜? 旦那様が、みんなに言うたんですか? 待ってください、今日が、初夜?」

「はい。何か問題でも」


問題はない。

お稲荷さまの目の届かぬところ、鹿の子は初夜の祝い着を着ている。茶室に置いてきたはずの着物を見下ろし、酔いも眠気も覚めた。


「なんでわたし、祝い着を!」


もちろん、鹿の子の知らぬ間に月明が颯と荷に詰めた。


「綺麗ですよ」


大晦日の鹿の子は妖艶の美であったが、今日のように喜びに満ち溢れた美しさは、何より代え難い。


「んでも、嫁入り菓子がありません」

「これからいただきます」

「小豆も、もち米もおはぎで使い切りました」

「必要ありません。私は、鹿の子」


床に枝垂れる髪を、強く引き寄せる。


「あなたという菓子をいただきますから」


おあずけなし。

ぴしゃりと閉じられた別邸の襖はそれから三日、開くことはなかった。





帰りの朝。風成の神獣、麒麟は酷くご機嫌斜めであった。

婚礼の日はご馳走にありつけたが、それから三日鹿の子仕込みの人参を食べられなかったし、楽しみにしていた散歩もなし。厩舎のなかでは仲間と話が弾んで暇はしなかったが、藁布団にはもう飽き飽き。やっと帰られると思うたら、なんと鹿の子は乗らないという。

なんでも馬に跨れないからと、駕籠が用意されたのだ。

それに加え、娘の新たな門出にと、鹿の子のとうさまが調え自ら背負うと言いだした。もちろん家族も村の衆も大反対。


「行って、五合目までやな」

「月明様に迷惑かけるだけですよ」

「旦那が腰痛めたら、蔵に残った砂糖を誰が売るん」


村長となった人間にひどい物言いである。


「いや、今やったら行ける気がすんねんけどなあ」


鹿の子の菓子を食べた、今なら。

とうさまは本気で腕をまくったが、人形たちに止められた。動く人形はあれから更に四体選ばれ、増えている。人形たちは淡々と列を組むと、駕籠をひょいと持ち上げた。

やけに快活なんは、とうさまだけではない。

遠くで桜華が手を振った。

鹿の子もまた駕籠の中から身を乗り出すと、千切れんばかりに手を振り返した。


「桜華さん、またね! ラクとお幸せに! ねえ旦那様、旦那様……?」


冒頭で記しているが、麒麟はご機嫌斜めである。

麒麟は月明だけを背に乗っけると、駕籠を振り切らんばかりに渾身の馬力を掛け、あか山を登っていった。


さておいてきぼりにされた鹿の子は落ち着いたもので、きちんとみんなに挨拶して回ってから、ゆるりと帰路を歩んだ。八合目、岩場が増え駕籠を降りると、嫁入りの日を思い出す。あの日はラクにおぶってもらったが、ちいさい人形に自分を背負わすわけにはいかない。

鹿の子は人形たちを村に帰すと、ひとり山頂を目指した。目指したが、岩場に手をかけた途端に声をかけられた。


「陰陽師家宗家のご継室が何という格好をされている」


どんな格好かと問われれば、襷をかけ、御饌装束の裾を帯に挟み込んでいる。

岩場の上を見上げた鹿の子は「あれまあ」と一寸驚いた。なんと歳神さまが立っていらっしゃるではないか。

後光の眩しさに目を細める。その姿の、なんと無防備なことか。

歳神さまは鹿の子の素麺のように細く白い足をみて、嘆き悲しんだ。


「いたたまれん。乗り物を喚ぶから、直ぐに身だしなみを整えなさい」

「かしこまりました」


岩から手を放し、襷を解くうちに、乗り物とやらが歳神さまの手に収まった。


「うひゃあ?」


唐かさだ。

薮入りに付き添えず、納戸の隅で拗ねていた唐かさは、あか山の冬のような寒さに足を震わせた。


「乗り物て、唐かささん?」

「唐かさとて、お主の菓子を食せば大妖怪に負けぬわ。ほれ懐の菓子をやりなさい」


言われるがまま懐に入れていた菓子袋を広げれば、歳神さまも手を出す。


「喚んだのだから、私にもひとつ」


ちゃっかりしている。

鹿の子は包み紙のひとつを歳神さまの手に落とすと、もうひとつは包み紙を剥がして唐かさの口へ運んだ。

唐かさは素直に喜んだが、菓子の正体をよく見ていなかった。ひと噛みしてその菓子の正体がわかると、目を白黒させた。

白状すると、舌の長い唐かさは舐める菓子のつまみぐいは得意だが、つるっとした寒天や団子は手がない分、なかなかありつけない。お夜食に串団子や羊羹を食べることがあっても、上生菓子まるごとひとつ、なんてのは実はほとんど口にしたことがなく、密かな憧れであった。


それが今、前触れもなく口のなかに、居る。


「うひゃあ?」


唐かさが見上げると、鹿の子の小豆顔に満面の笑みがのっていた。


「ちょっとはやいんやけど、天の川って、ことにして」


おはぎやけど。

鹿の子は恥ずかしそうに指でこめかみを掻いた。


懐であっためていたのは、おはぎ。

薄い外郎を巻き、金粉を散りばめ天の川に見立てている。残念にも唐かさは見逃してしまったが、田舎菓子のおはぎはなんとも美しく飾り立てられていた。

化粧はすれど、中身はおはぎ。

されど、おはぎ。

外郎と萩の婚礼に合わせて鹿の子が考えた特製のおはぎだ。そしてなによりありったけの心が込められていた。

程よくつぶされたあんこは、まるで炊きたてのようにほくほくと舌を温める。

中の餅はもち米よりうるち米のほうが多いが、その分よう搗かれて米の甘味が強い。

ひと噛み、ふた噛みと食べ進めるうちに旨味か引き出され、込められた想いに引き寄せられる。

まるで深みにはまっていくようにーー。


「こりゃあまた、美味いのう。のう、唐かさ」

「うひゃあ」


歳神さまはおはぎに夢中になり、唐かさの足首から手を離していた。

唐かさの足首は地に着いていた。

落ちた感覚はない。

しっかりと地に足をつけ、ひとつ目の目線の高さはそのまま、足がすらりと伸びていた。


「うひゃあ!」


菓子に合わせ、その体躯に深みが増したのであった。少々ぶきみではあるがその長さ、ちょうど鹿の子の身丈ぶん。


「ごちそうさま」


歳神さまは上品に懐紙で口を拭くと、懐から扇子を取り出し、広げた。


「さっさとお帰り。年始こそはうちに寄りなさいよ」


そう言うと、扇子をひと振り。天へ向かって風を起こす。

鹿の子が慌てて唐かさの足に飛びつくと、ちょうど帯から下が傘から覗き、なんだか艶かしい様子になった。


「まだ裾を下ろしてないではないか!」


まるで三本足だ。

歳神さまの叱り声を足裏で受け止め、鹿の子は山頂へと跳んだ。

風に乗った唐かさはひとっ跳びで頂きに着いた。下りは一歩で一合分。山風を操るようにして跳んで降りた。こつをつかんだ七合目では茶花をみつけ、鹿の子と花摘みを愉しんだ。唐かさにとっては夢のようなひとときであったが、それは直ぐに終わってしまった。あと一歩踏み出せば、麒麟の足に追いつく。


「唐かささん、すんまへん。わたし旦那様といっしょに行くから、先に帰ってもらえる?」

「うひゃあ」


唐かさはひとつ目に涙をくんだ。

どうせなら神殿までいっしょに帰りたい。

それに唐かさには茶花を抱える手がないし、鹿の子に丁寧に傘を繕われた今、花を挿す穴もない。


「んでも、あと少しでお日さんが陰る。さっきのお菓子、今日の夕拝にお出ししたい。唐かささんの足なら間に合うでしょう」


鹿の子は寂しげに唐かさの足から降りると、可愛らしく頭紐に花をくくった。唐かさは雄の理性が働いて、足を真っ赤に染めたが、かえってそれが女の足のようで、艶かしさを増した。


「お願いします」


それから懐の菓子を足首に引っ掛けると唐かさを見送り、鹿の子はひとり月明の影を追った。


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