「焼ける方角」
23話です。
草原を進む風が、途中で途切れた。
「……止まった?」
セリアが言う。
さっきまで流れていた空気が、急に重くなる。
ルクスは足を止めない。
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一歩進むごとに、匂いが混じる。
焦げたような、乾いた臭い。
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「煙の匂いだな」
カインが鼻を鳴らす。
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前方の地面が黒く変色していた。
焼け跡。
それも——
一面。
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「これ……」
セリアがしゃがみ込む。
指で触れる。
炭のように崩れる。
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「最近だな」
カインが言う。
「熱が残ってる」
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周囲には何もいない。
魔物の気配も、人の気配も。
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「消えてる……?」
セリアが周囲を見渡す。
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ルクスが短く言う。
「焼かれてる」
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その言葉の通りだった。
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木は途中で折れ、黒く炭化している。
草は跡形もない。
地面だけが残っている。
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「一撃だな」
カインが低く言う。
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「ここまで一気にやるのか」
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その声は、少しだけ重い。
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セリアが顔を上げる。
「心当たりあるの?」
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カインは少しだけ黙る。
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「……似てるだけだ」
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曖昧な答え。
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ルクスは前を見る。
焼け跡の奥。
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「行くぞ」
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「待って」
セリアが止める。
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「これ、普通じゃない」
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「分かってる」
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ルクスは振り返らない。
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「避ける?」
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少しの間。
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「意味ない」
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即答だった。
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「来るなら同じだ」
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カインが笑う。
「らしいな」
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セリアは少しだけ息を吐く。
「……ほんとに行くんだ」
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三人は焼けた地面へ踏み込む。
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空気が違う。
熱が残っている。
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しばらく進むと、音が消えた。
風も、葉も、何も動かない。
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「……静かすぎる」
セリアが呟く。
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その時。
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遠くで、火が揺れた。
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「……見えたな」
カインが目を細める。
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炎。
それも、ただの火じゃない。
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“形を持っている”。
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人影。
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燃えながら立っている。
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距離はある。
顔は見えない。
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でも——
見られている。
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セリアが小さく言う。
「……人?」
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ルクスは答えない。
ただ見ている。
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炎の中の影が、わずかに動く。
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一歩。
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それだけで、空気が歪む。
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「……強いな」
カインの声が低くなる。
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その影が、こちらを向いた。
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「……いたか」
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声が届く。
距離があるはずなのに、はっきりと。
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セリアの背筋が冷える。
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カインの表情が固まる。
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「……マジかよ」
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小さく、漏れる。
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セリアが見る。
「知ってるの?」
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一瞬の沈黙。
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「……ああ」
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短い肯定。
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「同じ側にいたやつだ」
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それだけだった。
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炎の影が、また一歩進む。
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地面が焼ける。
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距離が、ゆっくり縮まる。
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ルクスが言う。
「来るな」
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カインが笑う。
「止まるやつじゃねえよ」
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セリアが息を飲む。
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「どうするの?」
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ルクスは一歩前に出る。
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「やるだけだ」
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シンプルな答え。
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炎の影が、わずかに揺れる。
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「……そうか」
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その声には、感情がない。
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「なら、試す」
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炎が膨らむ。
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一瞬で。
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周囲の温度が跳ね上がる。
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セリアが後ずさる。
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「ちょっと待って、これ——」
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カインが前に出る。
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「下がれ」
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低い声。
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その時。
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炎が、弾けた。
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爆発のように広がる熱。
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地面が焼ける。
空気が裂ける。
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三人の前で、炎が壁のように立ち上がる。
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その向こうに、影が立つ。
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はっきりと見えた。
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赤い。
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燃えている。
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それでも形を保っている。
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「弱いな」
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第一声だった。
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セリアの呼吸が止まる。
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「その程度で、ここまで来たのか」
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カインが睨む。
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「……相変わらずだな」
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炎の男が、わずかに首を傾ける。
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「フェンリル」
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その名前で呼ばれた瞬間。
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空気が変わる。
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セリアがカインを見る。
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カインの目が細くなる。
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「その呼び方、やめろ」
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低い声。
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炎の男は、興味なさそうに言う。
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「堕ちたか」
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「弱くなる選択をしたらしいな」
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ルクスが一歩前に出る。
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炎の男の視線が移る。
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「……それか」
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短い理解。
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「対象はお前だな」
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セリアが息を呑む。
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「回収する」
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迷いのない声。
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「もしくは——」
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一瞬の間。
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「焼却する」
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炎が、さらに膨れ上がる。
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カインが構える。
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「来るぞ」
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ルクスは動かない。
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ただ、前を見る。
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炎が、落ちた。
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戦いが始まる。
23話でした。




