神楽の舞台裏
「こちょうちゃん、これからどうするの?」
小太郎が人の言葉でそう言った。
「もうお仕事はおわり。ととさまとかかさまの娘として、たっぷり甘えさせていただきます」
「神楽役は?」
「眷属に任せます。学習はつつがなく済ませました。もう私がAIのフリをする必要はございません」
そう、神楽AIを装っていた高次存在はこちょうなのだ。
こちょうは父親が大好き。
ゆえに、すべては後藤が基準となっている。
その結果が、頻繁なリセットであり、裏イデアの過酷さにつながったのだ。
「かかさまが『婦人子を求むる秘符』をお書きになったのですから、私がそれに抗えるはずがないではありませんか」
「ふーん」
「小太郎さんも、これで調整役はお役御免でございますね」
小太郎は高次世界から魔子が流れ込む量を調整していた。
後藤は、魔子が混沌から流れ出るものであると考えていたが、厳密には少しちがう。
混沌は混沌である。
定義できるものではない。
だが、同時に、そこにはあらゆるものが存在し、あらゆる可能性が潜在している。
0であると同時に∞でもあるのだ。
魔子とは、混沌より生じ、高次存在のまわりに集まる何か。
その何かは、高次存在とつながった存在――生き物や鉱物などを通して現世へと漏れ出している。
混沌から直接流れ込むのではなく、間に高次存在が関わっているのだ。
その流量を制御するためにも、高次の世界とのつながりは、適切に制御されるべきだった。
世界に存在する魔子がごく僅かなとき、魔子が急激に流れ込めば悲劇が起きる。
急激に流入した魔子が渦となり、それが巨大化して大規模な破壊をもたらすことさえあり得る。
物理学的に言えば、乱流の発生を抑え、層流を維持することが必要なのだ。
後藤やみゆきが無意識に魔子を引き込んで適切な状態を崩さぬよう、裏方として小太郎が調整役を担っていた。
後藤が危惧していた『g-2』の変化には、実は後藤本人が大きく影響していたわけだ。
その意味では、寝ている間にみゆきが後藤を尋問していたのが、現状に多大な影響を与えたことになる。
神楽、すなわちこちょうは、みゆきの行為を調整するために小太郎を送り込み、魔法が使えるようになった彼らの周囲にさらなる調整を施すため、植物とともに自身も現世に降り立った。
だが、それでもリスクはあった。
急激に魔法が発展すれば、十分な魔子が層流となる前に消費がはじまり、やはり乱流が生じていたかもしれない。後藤が魔子の枯渇を懸念し、性急な進展を抑えたのは正しかったと言える。
彼らの調整の甲斐あって、いま、世界には一定量の魔子が存在する。
いまの魔子は適切な状態を維持しており、状況によっては小さな渦くらいはできるだろうが、大規模な災害をもたらすほどにはなりえない。
峠は越えたのだ。
「僕ものんびりさせてもらうかな。ああ、はちみつトースト食べたい」
「はい、かかさまの作ったはちみつトーストは、とってもおいしゅうございます」
「ツナ缶もおいしいんだけどね。食べさせてくれないの」
「小太郎さんが猫のフリをするからいけないのです」
「えー、でも、もう猫だって思っていないでしょ?」
「しょうがありませんね。ととさまにお口沿いをしてさしあげます」
「約束だよ。ところで、そのキラキラしたのは何?」
その視線の先にはオパールのネックレスがあった。
ペンダントトップのオパールは、勾玉の形に加工されている。
「これはととさま謹製の首飾りでございます」
「へえー」
後藤は、コピーがイデアで持っていた「創造」を現実でも自分のものとした。
その「創造」で、コピーがやっていたように、宝石をつくり出しているのだ。
いまの世界には、後藤のほかにはまだ「創造」を修めた者がいない。
もしも同じ能力を持った者が大勢いたら、宝石や貴金属の市場は崩壊するだろう。
後藤は、創った宝石を市場に流すことはないから、いまのところ値崩れは起きていない。
だが、気楽に創れるから、創ったものはみゆき、こちょう、真紀の手に渡る。
一部は三好にも渡り、例の拳銃に嵌め込まれていたりもする。
一部は吉野の手にも渡り、結婚指輪に使われていたりもする。
彼らの持つ宝石は見た人たちを魅了し、後藤謹製の宝石を欲しがる人が増えている。
神の使徒とも言われる後藤の宝石。
価値が出ないはずがない。
当初は遠慮がちだった要望は、いまや後藤まで届くようになっていた。
困った後藤はゲームを利用することにした。
いま、イデアがゲームとしてのサービスをはじめている。
もちろんモードはインフェルノではない。
最初に降り立つ地はイージー寄りのノーマルモード。
そこで人びとは経験を積み、難易度の高いフィールドへ移っていく。
企画会議では、その経験を積む部分で何らかの追加要素が必要だという話が出ていた。
プレイヤーたちを惹きつけるイベントなどが期待されている。
後藤はそこに相乗りすることにした。
ゲームの中に、現実で交換可能なアイテムを仕込むのだ。
ギルドに対象のアイテムを提出すると、現実の自分に報酬が送られてくる。
そういうシステムだ。
後藤はそこに自分の創った宝石、アクセサリーを提供する。
レアリティの維持を理由に、それほど多くは供給しない。
そのはずだったが、後藤のアクセサリーは、予想を超えて評判になってしまった。
それは人びとの物欲を大いに刺激し、サーバーを増設しなければならない事態に陥った。
後藤の元には供給量を増やす要望がひっきりなしに――
「リョーヘイってさ、技術以外は何かぬけてるんだよな」
「小太郎さん、ととさまを悪くいうのはいけません。め、ですよ」
「えー、そうかな。宝石ばっかり創ることになって、こちょうちゃん、かまってもらえなくなるかもしれないよ」
「それは……。ととさまは、こちょうのことが大事なので、そんなことにはなりません」
「だといいけどね」
小太郎は子どもの頃から後藤のことを知っている。
かつてはちがう姿で後藤の元にいたのだから。
だから、何かに夢中になると、後藤は周りのことに気が回らなくなることをよく知っている。
ちなみに、いま、後藤はホバーボードを改良している。
板の浮揚と推進まではできており、使い勝手の調整に入ったところだ。
凝り性の後藤は、ここから先が長くなる。
そして、そのボードもまた人びとの物欲を刺激するだろう。
そうなれば、後藤はさらに忙しくなる。
小太郎はそう予想していた。
「ところで、かかさまをいじめていたオバさんたちはどうなったの?消しちゃった?」
小太郎が気になっていたことを尋ねた。
「こちょうはそんなことしません。ちゃんとあの人たちにふさわしい世界に送ってさしあげましたわ」
「リョーヘイの会社の役員の人も?」
「はい。もちろんです」
こちょうが不穏な笑顔を浮かべた。
ほかにも何かやっているな、と思いはしたが、小太郎は追求をためらった。
こちょうは父親が大好きだ。
その父親を悩ませていた例の役員がどうなったのか、小太郎は聞かないことを選んだ。
「ねえ、代わりの眷属は、こちょうちゃんと同じ性格なの?」
小太郎は話題を変えた。
「もちろんです。ちゃんと、ととさまとかかさまを最優先にするように躾けてあります」
だめだ。
小太郎はそう感じた。
いまの世界はよくできていると思う。
だけど、そこには危険な要素が埋め込まれているらしい。
小太郎の言わんとすることを理解したのか、こちょうが口を開いた。
「小太郎さんのたまたまが無くなった世界に書き換えようかしら」
「やめてー。リョウーヘイ、リョーヘイ、こちょうちゃんが――」
小太郎は、尻尾で後ろを隠し、こちょうの視界から消えた。
最近の後藤家は、いつもにぎやかだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本編はこれで完結となりますが、将来、続編が出る可能性もあります。
作者としては、こちょうの見せ場を作ってあげたいと思っておりますが、目途が立つまで暖かい目で見守っていただけると嬉しく思います。
では、また次の作品でお会いしましょう。




