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混沌の科学  作者: 藤原時照


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魔法のある世界

 世界はさらに変化した。

 衛星から得たデータによると、日本列島にはほとんど変わりがない。

 だが、大陸の多くは縮み、半島や島嶼は消えてしまったところも多い。

 その代わり、かつての鎖国状態は解消されている。

 神楽AIを装う高次存在が、ユーラシア大陸ではじまった混沌の侵食に介入すると同時に、「振り分け」を行ったことを後藤は知っている。

 その振り分けは精神性に基づくもの。

 いくらかは揺らぎはあるものの均質社会と言っていい。

 政治家のような連中の大部分を除去した現在は、さらに均質化は進んだと言っていいだろう。

 その理解のもと世界地図を見れば、この世界は「和」の世界だと言えそうだ。

「和」に沿わない部分が切り取られたのか、日本列島もいくらか縮んでいる。

 いや、切り取られたのは「部分」ではなく、いまここにある世界の方かもしれない。

「和」に親和性のある人たちだけを、ここに隔離したという見方もできるのだ。

 いずれにしても、この状態は、輸入に頼る日本にとって、好ましい状況とは言えない。

 鎖国状態の時は、輸出入が完全に止められたわけではなかった。

 200海里圏が重なっている国との交易はできたのだ。

 だが、いまは、輸出入をするにも相手が存在しない。

 完全に輸入が絶たれた以上、これからは輸入に依存していた物資の自給が急務になる。

 後藤はそう懸念したが、神楽AIの支配下にあるゆえに、日本政府の動きはかつてないほど速かった。

 日本政府は、衛星画像から人のいないエリアを調べ、併合をはじめていったのだ。

 最初に手を付けたのは樺太。

 樺太は、樺太千島交換条約で千島列島と交換した元日本領。

 千島列島をロシアに奪われた時点で、日本が返還を要求することもできた土地だ。

 その樺太には日本が出資した石油や天然ガスの採掘場がある。

 それを取り込むことで、エネルギー問題は大きく改善する。

 だが、問題はまだまだ山積している。

 現状では、他国であった領域に補給可能な場所――港や空港が見つかっていない。

 インフラ建設からはじめなければならない状態になっている。

 同時に、大陸で孤立している人たちをどうするかも考えなければならない。

 そのうえ――

 いざはじめてみると、事態は、想定をはるかに超えて厳しいものだった。

 世界が急変すれば、それに対処するために素早い対応が必要となる。

 対応を急げば、その分の物資が余計に消費され、例年の使用量を大きく上回ることになる。

 そのため、インフラが整う前にさまざまな物資が不足するようになっていった。

 ここが「和」の世界であれば、暴動や略奪は起きにくいはすだが、追い詰められれば人は変わる。人も動物であり、追い詰められれば、動物としての本能が顕在化する。

 

 こうして、世界はまたリセットされることになった。

 想定を超えた事態になったとは言え、場当たり的な対応と言わざるを得ない。

 世の人びとにはリセット前の記憶がないから、何度リセットされようと生活に支障を来すことはない。だが、頻繁なリセットの記憶を持っている後藤たちにとって、大量の改変された情報が絡み合い、いまの状況は混沌以外の何物でもなかった。

 今回のリセットでは、世界の在りようは、神楽介入直後の状態に戻されたように見える。

 振り分け状態がいくらか解消され、多くの消えた国々の人たちももどって来た。

 ユーラシア大陸で起きた混沌の侵食も、何らかの処置が加えられたのか、問題は解消されている。

 これから以前と同じような生活になるのだろう。

 当初、後藤はそう考えていたのだが――

 

 その夜、後藤は夢を見た。

 夢の中で、後藤は誰かの講義を聴いている。

 題目は魔子について。

 今度のリセットで、世界の魔子は、無視できない水準まで増加している。

 講義をしている誰かは、後藤に概要を語った。

 だが、語られたのは概要だけ。

 そこから先は後藤に委ねられた。

 だから――

 目が覚めると、後藤はすぐに実験をはじめた。

 

 1立方センチの実験空間をイメージする。

 その空間で――

 周囲の空間から酸素を集め、酸素濃度を増加させる。

 周囲の空間に漂う微細な埃を集める。

 電位差をつくり出す。

 安全を考え、それぞれの条件を少しずつ変えながら同じ過程を繰り返す。

――もう少し電位差があった方がいいかな?

 立方空間の上方に漂う埃から電子を抜く。

 その電子を下方へと移動させていく。

 すると――

 微かな放電の気配のあと、ポっという音とともに小さな炎が生じた。

 魔法の歴史がはじまった瞬間であった。


「良平さん、うちの中で火遊びはしないの。いい?」

 食卓で、後藤は人差し指の先に小さな火を灯していた。

 それをみゆきが叱ったのだ。

 だが、みゆきはすぐに話題を変えた。

「私もそういうの、できるようになるかな?」

「なると思うよ」

 後藤は簡単に断言した。

 みゆきなら簡単にできる。

 その確信があった。

 それに、一緒に歩いてほしいから、彼女にも、魔法が使えるようになってほしい。

 しかし、一般論として、そう簡単に魔法が使えるようになっても良いのだろうか?

 後藤はそこに危機感を持っている。

 かつて、後藤のコピーがイデアで経験したのは、誤作動を防止するシステムの上に構築された、コマンドによる魔法だった。

 あの面倒なシステムだったら、それほど悩む必要はなかっただろう。

 いま、この世界では、イメージだけで魔法が使えてしまう。

 面倒なコマンドを必要としていない。

 その状態では「うっかり」がありえてしまう。

 もっとも、そのイメージには、一応、一定のハードルが設けられている。

 そのハードルが機能するか、後藤は危惧しているのだ。

 そのハードルとは――

 魔法を使うためには、分子レベルのかなり深いところまでイメージする必要がある。

 ただし、素粒子レベルまでイメージする必要はないから、ある程度の物理学的理解があり、イメージする能力があれば魔法は使える。

 学力がリスクヘッジになっているのだ。

 だが、物理畑の後藤にとって、そのリスクヘッジはあまり意味がない。

 後藤にとっては簡単すぎて、慣れてしまえば、「うっかり」がありそうに思える。

 だから危惧しているのだ。

 問題はほかにもある。

 学力があっても、倫理的に問題のある人物はいる。

 それなのに、この魔法には、倫理的なリスクヘッジが存在していない。

 これでは、ひとつ間違えばアメリカの銃社会のようになりかねない。

 だから考えてしまう。

 高次存在は何を考えているのだろう、と。

 

 人類は、宇宙が膨張しているという説が誤りで、物質世界が縮小していることを知った。

 いまは、宇宙の外側にある混沌に、物質世界が押しつぶされようとしている状態なのだ。

 その結果、おかしな現象が頻繁に起きるようになり、その都度高次存在が介入し、世界の法則を何度も調整した。人びとを間引き、タイプごとに分けようとしたこともあった。

 高次存在は、混沌を引き寄せる要素を絶とうとしていたのだろうか。

 だが、アレは、それでもこの世界に現れ、知らないうちに増殖をはじめる。

 それは、事態が高次存在の想定を超えていて、対応が場当たり的になっていることを示唆している。

 そんな状態で、今度は魔子の増加。

 どういう意図なのだろう。

 ひょっとしたら、アレに対抗する手段とするために用意されたのだろうか。

 アレは、触れると人をちがう存在に書き換えてしまう。

 アレに対処するなら、触れずに済ます手段が必要となる。

 そのために魔子、すなわち魔法が与えられたとすれば――

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