フルダイブ型VRMMO
朝、後藤が居室に入ると三好が駆け寄って来た。
「後藤氏、神楽様からリクエスト」
「リクエストって何よ?」
何か面倒ごとを強いられると思い、後藤は身構えた。
「ラノベによくあるVRMMOをつくれって言うんよ。フルダイブのやつ」
「人類の嗜好性調査でもやりたいのかな?」
「さあ?」
後藤の嫌な予感はさらに強くなった。
できることなら断りたい。
後藤はそう思っているが、目の前にいる三好の様子はそれとは正反対。
神楽様に頼られたと意気込んでいる。
「でもさ、ゲーマーのデータだけ取っても、統計的には偏りすぎていると思うんだけどな」
「いやいや、いまどき誰だってゲームくらいやるっしょ?」
「うちは誰もやらないよ」
「でも神楽様がやるって言うんだからやるしかないっしょ?」
三好は神楽様――高次存在の指示には従わなければならないと信じている。
言うなれば、彼は高次存在を取り込んだ新しい神道の信者。
そんな三好が神楽の言うことに疑問を持つことはない。
三好のように考える人たちは世間で増殖しているように聞く。そんな現状を知り、後藤は自分が歯止めにならなければ人類滅亡もあり得るのではないかとさえ思うようになった。考えるのをやめるのは、人類の可能性を捨てるのと同じだ。
そもそも、高次存在は盲従を望んでなどいないはずだ。それを望むならこんな面倒なことをする必要はない。ただ命令するだけでいい。そうするだけの能力があるのだから。そうしないのなら、そこに何らかの思惑があると考えるべきだ。
人が無批判に従うだけになったら、それこそ高次存在の思惑をつぶすこととなり、高次存在が人類を見はなす可能性だって考えられる。悪くすれば、人類すべてを駆除してやり直そうとする可能性だってありえなくはないのではないか。人類が主役として地上に君臨しているというのは、一神教的思い上がりだと後藤は思っている。ヒト至上主義で考えるべきではないのだ。
そこまで考えて、後藤はある可能性に思い至った。
学習ではなくて選別である可能性は?
すでに神楽は特定の人びとを排除している。
それをさらに次の段階に進めようとしているのではないか。
VRMMOは仮想現実を利用したゲーム。
フルダイブ型は仮想世界の身体を自分の脳で動かすもの。
ヘッドギアを装着してベッドに横になり、ログインして仮想現実に入り込む。
ライトノベル界隈ではそれが定番。
しかし、そこにはさまざまなリスクが存在する。
フルダイブでは、仮想現実内での動きで現実世界の身体が動かないようにする必要がある。
そのためには、何らかの方法で身体への指示系統を遮断しなければならない。
そこにはちょっとした間違いで植物人間となるリスクが存在する。
そしてもうひとつ。
人権に関わるリスクが存在する。
脳が身体を動かすために出した信号は、ヘッドギアを経由して仮想現実内での動きに変換されるわけだが、そのためには精密な脳波の解析が必要となる。それは脳へのフルアクセスを許可するようなものだ。悪意のある管理者がいたら、知られたくない記憶まで覗かれるリスクがある。問題はそれにとどまらない。脳へのフルアクセスが可能になれば、外部から脳波を調整して情報を書き換えることができるようになる。都合の良い疑似記憶や感情を埋め込んで、洗脳のようなことさえできるようになる。
あなたは、自分の脳へのフルアクセス権をゲームメーカーに委ねることができるのか?
後藤は自分の身にそれが起きることを想像し、そんなことができるか、と思っている。
だが、現状、自分はそれに手を貸す立場にある。
場合によっては、自分がこの企てをぶち壊す。
後藤はそう覚悟した。
高次存在は、人々の脳の奥底まで踏み込み、何をするつもりなのか?
人を学習するというのが穏当なストーリー。
邪な人物を選別して、政治家たちのように処分するというのがありそうなストーリー。
ほかに考えられるストーリーは――
後藤の頭にひとつの疑問が浮かんだ。
後藤は自分の経験から、人は高次存在とつながっているものだと思っている。
つながっているのなら、そのつながりから人びとを理解できるのではないのか。
こんな面倒なことなどする必要はない。
ということは――
ふつうの人たちは高次存在とつながっていないのか?
高次存在につながっている自分はマイノリティなのか?
後藤は自分という存在に疑念を持った。
その疑念はさらに拡がって――
後藤は何かがおかしいと感じはじめた。
いまの後藤は、自分が高次存在の一部であることを「確信」している。
以前はもっとあやふやな認識だったはずだ。
かつての後藤は、夢の中で、あの存在の威や畏れで押しつぶされそうになっていた。
それだけ格の違いがあった。
あれとつながっているのは感じてはいたが、自分と同一視するには遠い存在だった。
だが、いまはちがう。
明確につながりを感じる。
畏れで押しつぶされそうな感覚もない。
いつから距離感が変わったのだろう?
高次存在からレクチャーを受けたあたりだろうか?
思い返してみると、その距離感は、徐々に近くなって来たように思える。
知識がインストールされただけではなく、気づかぬうちに自分自身が少しずつ書き換えられていたのだろうか?
後藤は自分自身が怪しく思えてきた。
実のところ、そこに後藤が考えるような深刻な要素は存在しない。
後藤は気づいていないが、こうなった原因はみゆきにある。
後藤が眠っている間に、みゆきは高次世界につながった状態の後藤を尋問する。
頻繁に。
警告は受けたものの、みゆきはいまだにそれをつづけていたのだ。
そのときのつながりの残滓が後藤に影響している。
何度も高次の後藤をおろすことで馴染んでしまったのだ。
だが、目覚めている後藤はその事実を知らない。
――考えてもしょうがないか。
最終的に、後藤は開き直ることを選んだ。
当分は三好の言うように動いていればいい。
もしも問題が生じたら、それはそのとき考えよう。
後藤はそう決めた。
「それで、脳波によるコントロールはいくらか先行技術があるけど、ゲーム内の動きで自分の本体が動かないようにするのはどうやる?脳波をヘタに遮断すると全身麻痺になる可能性があるぞ」
ゲーム内の操作にはいくつかの選択肢がある。
たとえば、脳内に仮想コントローラを用意し、それを操作して身体を動かすことは可能だ。
しかし、それでは仮想世界を現実のように感じることはできない。
没入感にちがいが生じる。
没入感を重視し、仮想世界を現実と誤認するまでに整えるのなら、自分の身体を動かすのと同じ操作でアバターを動かせるようにすべきだ。
そこで必要になるのが神経系統の切り替え。
だが、後藤が言うように、そこには全身麻痺になるリスクが存在する。
「神楽様が考えてくれているから大丈夫っしょ」
高次存在は現実を書き換えることができる。
トラブルが起きてもなかったことにできる。
三好は本気で高次存在にすべてを任せる気でいるようだ。
その一か月後、後藤の机の上には、アニメで見かけるテンプレなヘッドギアがあった。
それは試作品。
後藤と三好の共同開発ということになっている。
実際に組み立てたのは確かに後藤と三好の二人だが、企画書と設計図は神楽が書いたもの。
そして、いつも通り、後藤と三好の頭の中にはその仕組みを読み解けるだけの知識が書き込まれている。
しかし、その「いつも通り」に対して、後藤と三好は正反対の反応を示した。
後藤にはプライドがある。
それを自分で開発したと言う気にはなれない。
そこに高次存在に対する不満がある。
一方で、三好は違う。
三好はその経験を神の手が自分に触れた奇蹟だと解釈している。
三好は高次存在のしたことを歓迎している。
三好のように思えれば。
後藤は自分の融通の利かなさを心の中で嘆いた。
後藤はそんな性格だから、そのヘッドギアに自分が手を加える余地を探した。
いまのままでは自分の仕事と胸を張ることはできないから。
その過程で、後藤はその仕組みを隅々まで読み解き理解してしまった。
最終的に、後藤が手を加える余地は見つけられなかった。
だが、やはり最初の懸念が正しかったという理解に到達した。
このゲームプログラムには、深く脳内を探索する機能が仕込まれている。
本人さえ気づかない深層心理まで深彫りできるだろう。
こんな事実が明らかになれば大問題になる。
いくらライトノベルでもてはやされたとしても、誰も手を出そうとは思わないのではないか。
後藤の考えは否定的だった。
一か月後、ヘッドギア型コンソールとゲームプログラムの対外発表が行われた。
システムの説明では、ある程度の情報を公表した。
その上で、問題を起こさないための管理体制についても説明した。
それでも後藤のように考える人も出てくるはずであった。
しかし、人びとの反応は、後藤の予想とはかけ離れたものだった。
すんなりと受け入れられたのだ。
いや、すんなりとというのは不十分だ。
その反応は、熱狂的であったと言うべきかもしれない。
人びとの期待はそれほど大きかったのだ。
そこには後藤の考えたような懸念を語る者などいなかった。
まるで、そういった考えさえも、高次存在によって制御されているかのように。
VRMMOの名称は「イデア」。
すなわち、プラトンの言う「真実の実在」、あるいは「本質」である。
そのVRMMOはそう名付けられ、人びとはイデアの世界へと踏み出した。




