49話 エピローグ
「セリエ様!!綺麗すぎます!!!尊い!!!!」
ロゼットが目をキラキラさせながら私を見つめている。
「ありがとう、でも、そんなに褒めないで……」
前世からずっと、外見を褒められることに慣れていない私にとって、過度な褒め言葉はどう対応していいかわからず困ってしまう。
今日は収穫祭の中日。そして、結婚式当日である。
身にまとうウエディングドレスは、亡き母が着たものをロゼットにリメイクしてもらった。
特級への格付変更はあったものの、領地の財政はすぐに改善されるようなものではない。そもそも挙式を収穫祭に合わせたのも節約が目的だ。だからドレスもできるだけ安く……と思っての選択だったが、これが大正解。元はシンプルでクラシカルなデザインだったが、刺繍を施してくれたおかげで恐ろしく繊細かつ華やかなドレスへと大変身を遂げたのだった。
鏡台の前に座った私は、すでにドレスを身にまとい、髪も結い上げてもらっていた。あとは仕上げの紅を塗れば、支度は完了だ。
「いいえ、今日ばかりは、このロゼット、全力で褒めさせていただきます!こんなお姿をシルヴァン様がご覧になったら……」
そうロゼットがテンション高く私を褒めそやしていると、部屋のドアがノックされた。
「俺だ。開けてもいいだろうか」
「だだだ、ダメです!!シルヴァン様はまだお預けです!今入ってきたら、美しすぎて挙式どころではなくなってしまいます!!」
「そうか……」
ドアの向こうから、残念そうな気配が伝わってくる。
「そんなに美しいのか……。楽しみ、だな」
ボソリと呟く声がうっかり耳に入る。
あああ、そんなに期待値上げないで!!
「すぐに参ります。シルヴァン様は教会でお待ちください」
「わかった。先に向かっている」
そういうと、扉の向こうの気配が遠ざかっていった。
「楽しみ、だそうですよ」
ロゼットがニヤニヤ笑いを抑えて、私を見る。そのせいで、後から恥ずかしさが込み上げてきた。
「ちょっと、ロゼット!」
「シルヴァン様ってば、最近ちょっと可愛らしいですよね。セリエ様と一緒にいるおかげでしょうか」
たしかに、以前より、彼の雰囲気が柔らかくなったのを感じていた。メイドたちからも接しやすくなったと評判だ。もしそれが私の影響なのだとしたら、なんだか嬉しい。
彼を思うと、自然と頬が緩んだ。
「ふふ、セリエ様、いい笑顔です。それじゃあ、最後の仕上げをしちゃいますね」
ロゼットはそういうと紅筆を取り、私の唇を染めていった。
私はなんだかくすぐったいような、不思議な幸福感を味わっていた。
◇
街外れの教会へは、馬車で向かった。
街は収穫祭の祝いに包まれていた。
通りの至るところが花や葡萄の蔦で飾られ、子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
領主の妻として、この土地のみんなを大切にしたい。
馬車の窓から外を眺めながら、改めてそう強く思った。
そのまま賑やかな通りを抜けると、馬車は葡萄畑の間を走り始めた。
振り返ると、木々の向こうにヴィーニュ家の屋敷が見える。初めてこの地にやってきた時のことを思い出した。
葡萄畑越しに見える蜂蜜色の石で造られた壁と、赤い屋根瓦。
あの時私は、まずはこの地に馴染みたいと願った。果たしてその思いは叶ったのだろうか。
葡萄の手入れをしている農夫と目が合い、手を振られる。
妻としてはまだ駆け出しだ。だが少なくとも、土地の人々に受け入れられている。その事実が、私の心を温かくした。
程なくして、馬車は教会にたどり着く。
ロゼットに手伝われながら、私はドレスを汚さぬよう、そっと歩みを進めた。
そして……
◇
教会の扉が開き、私はゆっくりと祭壇へ向かった。
その先で待っていたシルヴァンが、私を見た瞬間、息を呑む。
「綺麗だ……」
彼に見つめられていることが恥ずかしくて思わず俯いてしまう。
シルヴァンはそっと歩み寄ると、私の手をとった。
「今日のこの日を迎えられたこと、本当に嬉しく思う」
顔を見ずとも、彼がどんな表情をしているのか、私にはわかった。
「改めて、皆の前で夫婦として誓えるのだな」
「はい……」
覚悟を決めて顔を上げると、シルヴァンと目が合う。
「……!」
思わず、視線が釘付けになる。
目に映る彼は白い正装を身にまとい、エメラルドグリーンの瞳が一層映える。
こんなに、カッコよかったっけ……?
いや、元々素敵な人ではあったけど。それにしても、こんなにも……
「そんなに、見つめないでくれ」
恥ずかしそうに目を伏せると、長いまつ毛が影を落とした。
その姿すら絵になるようだった。
「お二人とも、時間ですよ」
お互いに見つめ合ったり照れたりしている様子を見かねたロゼットが、半ば呆れた様子で声をかけた。
シルヴァンは咳払いをすると、居住まいを正した。
私も、ほてる顔を冷ましながら、よそゆきの顔を作る。
とうとう挙式が始まり、私たちは祭壇の前に並んだ。
「では、誓いのキスを」
神父に促され、シルヴァンが私のヴェールをそっと持ち上げた。
葡萄を愛するゴツゴツとした手が、私の頬に触れた。
「口付けても、良いだろうか」
ストレートな質問が恥ずかしくて、私は小さく頷いてみせた。
そのまま顔が近付いてくる。
高い鼻梁。引き締まった輪郭。そして、私を見つめる甘やかな瞳。
これ以上の緊張に耐えられなくて、私はギュッと目を閉じた。
すぐに、この上ない甘さで、私の唇に優しさが降ってきた。
たくさんの拍手に包まれる。
ようやく、この土地の人々に見守られながら、シルヴァンの妻として誓うことができた。
そのことがしみじみと嬉しい。
シルヴァンと腕を組み、花道を歩く。
たくさんの祝福に包まれて、私は改めて心に誓う。
思いがけず与えられた二度目の生を、悔いなく生きること。
私に関わってくれた全ての人を、大切にすること。
そして、共に歩んでくれる伴侶、シルヴァンを幸せにしてみせること。
温かく満たされた心で彼を見上げると、この上なく柔らかな視線とぶつかった。
神様。
もうベルノワール王国の食事は堪能しました。
次は願わくば、愛する人と添い遂げられますように。
ちょっと高望みしすぎでしょうか。
でも……
ロゼットや、クロードの笑顔が視界に飛び込む。
シルヴァンの腕が、腰に回された。
そのまま教会を出ると、宴が予定された広場へ足を踏み入れた。
目の前には、祝いのために用意された料理と、シャトー・ヴィーニュのクレマン。
父アルマンや、ジュール、身分を隠して参加してくれたヴィオレット様までもが、祝いのために駆けつけてくれた。
そして、隣には、私の手を取ってくれる人がいる。
「サンテ」
シルヴァンの掛け声とともに、私はグラスを掲げた。
グラスの中で、細かな泡が午後の光を受けてきらきらと立ちのぼっている。
そっと口に含むと、祝杯にふさわしい、明るく澄んだ味わいが広がった。
ああ、美味しい。
陽の高いうちから飲むお酒の、染み渡ること!
思わず笑みをこぼした私を見て、隣のシルヴァンが嬉しそうに目を細めた。
この味を、この人と、みんなと、分かち合える。
それだけで、胸がいっぱいになった。
追放先でワイン三昧。
そんなつもりで始まった二度目の人生は、思いがけず、愛する人と分かち合う祝杯へと変わったのだった。




