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26話 黒幕の輪郭

「お、お父様が戻られたようですわね」


 慌てて身を引くと、シルヴァンも同じように咳払いをした。

 頬が熱い。きっと今の私は、見られたら困るくらい赤くなっている。


「今参りますと、お伝えして」


 ドア越しに侍女へそう告げると、私は乱れてもいない衣服を整えて言った。


「父のところへ参りましょうか」

「あ、ああ」


 先ほどの空気が途切れたことに、ほっとしたような、少し残念なような気持ちだった。


 ◇


「待たせてすまなかったな」


 いつもの父の書斎で、シルヴァンと三人で向かい合うのは、なんだか少し不思議な気分だ。

 アルマンは私たちの顔を見るなり、長くなると察したように椅子を勧めた。


「城では収穫があったみたいだな」

「はい、事件の輪郭が見えてきたように思います」

「うむ、話してみよ」


 私は、第三倉庫で見つけた選評のこと、下半分が切り取られていたこと、そして封筒の差し替えによって不正が行われた可能性が高いことを、順を追って話し始めた。


「つまり、ブローニュワインの悪評は、仕組まれていたものだというのだな」

「はい。書いた本人に確認を取ったので、間違いありません」

「!!」


 アルマンは驚いて私を見た。


「会ったのか、彼と」

「はい、第三倉庫で偶然。グランテール氏も今回の不正に憤りを感じ、共に調べることになりました」

「そうか……」


 何か含みのありそうな沈黙である。


「彼が、何か?」

「いや、問題ない。続けてくれ」

「中身をすり替えるには、公式の封筒と蝋封用の印章が必要です。つまり、それらに触れられる立場の人物が黒幕かと」

「なるほど。使いの少年は手駒にすぎぬ、という見立てだな」

「ただ、なぜ危険を犯してまで、そこまで大掛かりなことをするのか……」

「ふむ」


 アルマンが髭を撫でる。

 何か考えがあるのだろうか。


「確かに、ベルノワール国内で捌くだけでは大した儲けにはならん。だが、もしアルヴィオン王国へ輸出する計画があるとしたら、どうだ?」

「ワインを輸出!?」


 国の外にまで売るつもりだというの?

 そんな大それた話が、水面下で動いていたなんて。


「ああ。彼の地では葡萄が育たず、ワインは他国から買うしかない。ゆえに、上質な酒にはいくらでも値がつく」

「そんな計画があるのなら、なぜ今まで表に出てこなかったのです?」

「宰相である儂が話を止めているからだ。ワインはこの国の一大産業。品質保証の曖昧な酒を外へ出せば、王国の信用を傷つける。今の状況で輸出を許可する訳にはいかんのだ」


 なるほど。それで話が聞こえてこなかったのか。

 思っていた以上の事件の大きさに、私たちは驚いて顔を見合わせた。

 アルマンは一度言葉を切り、私たちを順に見た。


「実は、儂を失墜させようとする動きがある」

「お父様を?」

「ああ、輸出を止める宰相は邪魔というわけだ。実はお前の婚約破棄騒動も、その一つではないかと考えている。王太子の婚約者として失格の烙印を押された上に、公衆の面前で破棄を言い渡されたお前が愚かな振る舞いを行えば、父である儂の顔にも泥が塗られる。加えて、宰相家の足元も揺らぐ」


 背筋が冷たくなった。

 あの騒動は、私個人の不幸ではなかったのか。


「……許せぬ」


 シルヴァンが怒りに堪えるように、低く呟いた。


「欲に塗れた者の私腹を肥やすために、セリエが傷つけられたというのか……」

「シルヴァン様、わたくしでしたら大丈夫です。今となっては、婚約が白紙となったのは天の采配と思うほどです」

「しかし……」


 私は怒りに震えるシルヴァンの拳を、そっと手で包んだ。

 私のためにここまで怒ってくれる人がいる。その事実が、ただ嬉しかった。


「首謀者に心当たりはあるのですか」

「ある。だが、ここで名を挙げるには早い」

「それは……」

「断言するには、情報が足りぬのだ。だが、疑っている相手はいる」

「ピエール、ですね」


 私の問いに、アルマンは答えなかった。

 だが、私はそれが答えだと思った。

 リナをアランに近づけたと言われる財務大臣。限りなく黒に近い人物だ。

 私はもしやと思い、ある名を口にした。


「父上、ジルという名に聞き覚えはございませんか?」

「どこで、その名を?」

「五年前の品評会名簿に載っていたのですが、同名の男が偽ワイン造りに関わっていたようなのです」


 アルマンは眉を寄せ、記憶を探るように視線を落とした。


「ピエールの部下に、同じ名の者がいたな。同一人物かはわからないが……」

「何か、外見に特徴はありませんか?」

「ふうむ。一見すると優男風で、髪色は焦茶だったかな。あとは……左目側に、泣きぼくろがあったと記憶しておる」


 それだけ聞ければ十分だった。

 クロードの出会った男と同一人物か、これで確かめられるかもしれない。

「では、この後は運び人と封筒の出所を調べることにします」「いや、お前たちは一度ブローニュに戻るのだ」

「なぜですか!?」


 思わず身を乗り出した私を、アルマンは静かに制した。


「城で、アラン殿下に会っただろう。噂になっているようだ。二人で嗅ぎ回っていることがわかると、首謀者にこちらの動きが伝わる可能性がある。お前たちは、あくまでも儂に挨拶に来ただけ。城には偶然立ち寄った。そういうことにして、領に戻るのだ」「しかし…!せっかくここまで辿り着いたのに……」「封筒と運び屋については、儂に任せておきなさい。調べが付き次第、知らせを送る」

「それでは、お父様のお立場が危うくなるのでは?」

「何年この国で宰相を務めていると思っているのだ」


 アルマンはわずかに口元を緩めた。


「陰謀も、策略も、人々の黒い思惑も、これまで嫌というほど見てきた。裏を取り、内密に事を進めるのも政治のうち。父を信じなさい」

「でも……」

「セリエ、ここは義父上の言葉に従おう」


 シルヴァンが、私の肩に手を置いた。


「相手は葡萄ではなく、おそらく国の中枢にいる者だ。義父上に任せた方がいい」

「……わかりました」


 悔しいが、確かにその通りだ。

 私は言われた通り、シルヴァンと領地に戻ることを決めた。


 焦茶の髪。優男風の顔立ち。左目の泣きぼくろ。

 その特徴が、クロードの見た男と一致するのか。

 王都で掴んだ陰謀の糸の先を、今度はブローニュで確かめなければならない。


 ◇


(……ふう。流石に船旅はどうも性に合わんな)


 ベルノワール王国の港に着いたピエールは、船から降りるとゆっくり肩を回した。

 年のころは五十を過ぎたあたりだろうか。髪には白いものが混じっている。だが、目には獰猛な光が宿り、目に入るもの全てを値踏みしているような気配を纏っていた。


 彼は表向きは静養と称して数日城を空け、アルヴィオン王国の商人と話をつけてきたところだった。


(それにしても、あの娘のせいで計画が狂ってしまった……)


 ピエールにとって、宰相アルマンは邪魔な存在だった。

 あの男さえいなければ、計画はとうに動き出していたはずだ。

 そこでアルマンを失墜させるために立てた策略が、王太子からの婚約破棄だった。街の踊り子であったリナを令嬢として仕立て上げ、アランを手玉に取るまでは上手くいったのだが、想定外だったのは婚約破棄を言い渡された娘の反応だ。


 ピエールの計画では、皆の前で取り乱し、不敬を働くことで、親子共々王都から追放する予定だった。しかし、あの娘は――


『婚約破棄、確かに承りました。どうぞ、リナ様とお幸せに』


 完璧なカーテシーと、取り澄ました台詞を思い出す。

 ピエールは忌々しさのあまり、足元の花をぐしゃりと踏み潰した。


(だが、調子に乗っていられるのも今のうちだ)


 旅の成果を思い出し、気分を持ち直す。

 取引は上々だった。偽ワインの生産計画も、上手く進んでいる。

 あとは、アルマンをその地位から引き摺り下ろすことができればいい。


 あの娘がブローニュに嫁いだと聞いた時は、思わず笑ってしまったものだ。あの忌まわしき地に望んでいくなど、愚かな親子である。

 もしも今年の品評会にまた何か出品してきたなら、今度こそ立ち直れぬよう叩きのめしてやろう。


 ピエールは酷薄そうな笑みを浮かべ、迎えの馬車に乗り込んだ。

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