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37.裏切り

 ロシュディは黙り込んだ。


 (私が目を背けていた事実だ。オレリーを余計に傷付けてしまった……)


 「責めているように感じたなら、ごめんなさい。そうではないの」


 「いや、オレリーが謝る必要はない。私が三年前と変わらず不甲斐ないだけだ」


 「ロシューはいつも最善を尽くしているわ。今はまだ、私たちは彷徨う旅人と同じ。安寧の地を目指している途中なのですわ」


 「私の安寧の地にあなたはいてくれるのか?」


 「まだ……分かりません」


 「ひとつ教えて欲しい……リアンの父君は……」


 「本当の父親か、それともリアンを幸せにできる父親、どちらをお知りになりたいですか?」


 「あなたは本当の父親ではなくリアンを幸せにできる父親を望んでいるのか?」


 「ええ、娘は何物にも代えがたい私の宝物ですから」


 「あなた自身の気持ちを無視してでも?」


 「たとえ私の愛が報われなくてもリアンの幸せが一番大切ですわ」


 ロシュディはオレリーの覚悟に、眩しいほどの気高さを感じた。


 (あなたに惹かれ求める気持ちが大きくなるばかりだ……)


 「私はこれ以上、何かを奪われたり失うのはもう沢山なんだ。この命を懸けてオレリーとリアンを必ず守ると誓おう」


 オレリーは静かに微笑みを返すだけだったが、ロシュディとリアンと三人で安寧の地に着きたいと心から願っていた。


 「リアンが待っている……さぁ、屋敷まで送ろう」


 ◇


 「お嬢様! ドレスはどうされ……そ、その火傷はどうなさったのですか!」


 屋敷に戻ると、サラが驚いて大きな声を上げた。


 「公爵家で手当てしてもらったから大丈夫よ。ドレスも汚れたから着替えたの」


 「お嬢! 一体何が……まさか、ベルタ様が!」


 「サラもサミも心配しないで。騒ぎ立てるとリアンが起きてしまうわ」


 オレリーはリアンの部屋に急いで向かい、中を覗くとリアンはスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。


 そろりそろりと近付き、リアンの頭にそっと触れた。


 リアンの温もりが手にじんわりと伝わってくる。


 「リアン……愛してるわ。あなたのお父様は……」


 その後の言葉を続けることは出来なかった。


 「お嬢、俺がその場所を望むのは傲慢でしょうか……」


 少し開いていた扉が静かに閉まった。


 ◇


 お茶会以来、ベルタは自室に閉じ籠ったままだった。


 ロシュディとも、ここ数日まともに顔を合わせていない。


 コンコン。


 「ベルタ様」


 執事のギョームが扉の外から呼び掛ける。


 「ギョーム、何かしら?」


 「アレクシス皇太子殿下から皇太子宮へのご招待が届いております」


 そっと胸に手を当て、以前であれば高鳴った胸が静かなのを確かめると、自嘲するように笑った。


 「アハハハ……」


 「ベルタ様?」


 「ギョーム、支度をして今から伺いますわ。馬車の用意をお願い」


 「かしこまりました」


 馬車に揺られ平常心のまま皇宮へ向かった。


 「帝国の小さな黄金の太陽アレクシス皇太子殿下に拝謁致します」


 「ベルタ姫、よく来てくれた。体調が思わしくないと聞いたが……」


 「お気遣いありがとうございます。今は落ち着いておりますので、ご心配には及びません」


 「そうか……姫が主催のお茶会でオレリー嬢に何かあったようだね」


 アレクシスの視線がベルタの瞳に注がれる。


 まるで、何かを探るように……。


 「はい。せっかくお越し下さったのに、十分なおもてなしができず申し訳なく思いますわ」


 「それは残念だ。もう、エリカ嬢を抑える力が残ってないようだね」

 

 「殿下はエリカ嬢の魂のことをご存じなのですか!?」


 「当たり前じゃないか。まさか陛下がロシュディだけを信頼して、俺に教えないとでも思ったのか? アハハ!」


 アレクシスの高笑いが部屋中に響く。


 幼い頃から知っているアレクシスがどこか人が変わったようで、ベルタは恐ろしさを感じた。


 「それでは……ロシュディ様をリッジに向かわせたのは」


 「俺が陛下に頼んだのさ」


 「なぜです? 殿下とロシュディ様は従兄弟で、あれほど固い絆で結ばれた幼馴染ではありませんか!」


 「ずっと君との政略結婚は受け入れていたよ。だけど、帝国の一翼を担う『氷の精霊フロス』の血筋、『光の精霊セリュネア』の加護を持つ女性が現れた……」


 「……殿下は力と権力のためにロシュディ様を陥れたのですか? オレリー様を愛してはいないと?」


 「プハハハ、鋭いね。初めてオレリー嬢を見た時、あまりにもの美しさに驚いた。手に入れたいと思ったよ。だけど、その時は『闇の精霊エゴヌ』の血を引く君の方が価値が高かった」


 ベルタは、こんな男のことを愛していたのかと寒気がした。


 「『光の精霊セリュネア』の加護を授かったことで気が変わったのですね」


 「当り前だろ。『光の精霊セリュネア』は『闇の精霊エゴヌ』を封印する力を持つほど強大だ」


 「それでも、ロシュディ様とオレリー様は愛し合っていました。それを……」


 「愛? ロシュディは俺の側近だ……主君の利益のためなら妻ぐらい差し出して当たり前だろ」


 「なんて方なの! でも、陛下のご子息はアレクシス様だけではありません。ジェレミー様も……」


 グシャッ。


 アレクシスはジェレミーの名を聞いて、持っているカップを握り潰した。


 手からは血がポタポタと滴っている。


 「愚かな弟め……狡猾なところは母親にそっくりだ」


 「アレクシス様! 血が……」


 ベルタの声などアレクシスには届いていないようだった。


 「皇太子の座だけでなく、私の女まで欲するとは……親子で忌々しい存在だ」


 「陛下は『闇の精霊エゴヌ』を封印した後、私たちの婚約解消をお許しになるでしょう」


 「ハハハ、陛下を操るのは簡単なことだ。喉から手が出るほど欲しい女……どんな手を使っても手に入れる」


 「陛下のカトリーヌ皇后様とローズ皇妃様への負い目につけ込んだのですね! 酷い方だわ」


 「よく言うよ。君にとっても都合が良いはずだが」


 「どういう意味ですの?」


 何も知らないロシュディのことを思うと、ベルタは早く会いたい気持ちが抑えられなくなった。


 (急に胸が苦しいわ。私はロシュディ様を愛して……いえ、本当に私の気持ちなの?)

 

 「魅力的な君の薄い紫色の瞳が揺らいでいるようだ」


 「……揺らいでいるとは?」


 「ベルタ姫……もう気付いているだろ。いい加減、認めたらどうだ?」


 「私がロシュディ様をお慕いしていると……殿下は仰りたいようですね」

 

 「まさかエリカ嬢の魂の影響だとでも言うつもりか? アハハ!」


 ベルタが答えを躊躇っていると、アレクシスはまた耳を切り裂くような高笑いをした。


 「エリカ嬢だけじゃない。君もロシュディのことを愛しているのさ。僕に協力するなら、必ず君を公爵夫人にしてやろう」


 「何を……私はロシュディ様の婚約者であり次期公爵夫人ですわ」


 「先ほど言った言葉を忘れたのか? 初めから『闇の精霊エゴヌ』を封印したら婚約解消の契約なんだろ?」


 「私は……」


 「自分はロシュディを裏切りたくないと!? もう手遅れだ、ベルタ姫。さあ、俺の手を取れ」

 

 ベルタは、目の前に差し出されたアレクシスの手を恐る恐る取った。

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