38.小さな糸口
今日は朝早く、アレクシスが『リアン・エテルネル』を訪ねると先触れがオレリーの元へ送られてきた。
「こんなに急に来られるなんて……何かあったのかしら?」
アレクシスが来たことを従業員が知らせに来た。
「帝国の小さな……」
オレリーの挨拶を遮るようにアレクシスがドサッと音を立ててソファに座った。
「早速、本題に入ろう」
「何か問題でも? お顔色が優れないようですが」
「ある子爵令嬢に聞いた話だが、公爵専用室でロシュディと観劇をしたそうだな」
「はい」
「認めるんだな」
オレリーは不思議そうにアレクシスを見た。
(なんだか責められているように感じるわ……気のせいかしら?)
「公爵様は『リアン・エテルネル』に投資して下さったのです。誕生石を広めるために演劇を利用したので……」
「それで一緒に観劇をしたと……父親も明かされていない娘を連れて元夫婦でか?」
アレクシスの棘のある言い方にオレリーは嫌な予感がした。
「恐れながら……殿下にビジネスでの後ろ盾はお願いしましたが、私は妾になるつもりはございません」
「何が言いたい?」
「ですから、私や娘の私生活は殿下と関りはございません」
突然、アレクシスはテーブル越しにオレリーを引き寄せた。
「殿下! 何を……」
「オレリー嬢、喜ぶといい。俺に干渉するなと言えない立場にしてやろう」
「何を仰っているのですか?」
「帝国で二番目に高い地位の女性になるんだ」
「そんなことは望んでいません!」
「望もうが望むまいが逃れることは許さない。オレリー嬢を皇太子妃に指名する!」
そう言うとアレクシスは、突然オレリーにキスをしようとした。
オレリーは身をよじり抵抗し、アレクシスに思いっきり平手打ちを浴びせた。
「いくら皇太子殿下と言えど、このような暴挙は許されません! サミ! サミ!」
オレリーの必死に呼ぶ声にサミが駆け付けた。
「お嬢! どうしました?」
部屋に入ると、オレリーがただならぬ様子で立ちすくんでいる。
サミは咄嗟に腰の剣に手をかけた。
「ハッ! 貴様、皇太子に剣を向けるつもりか?」
「お嬢様に害をなすのであれば……」
「アハハハ、随分な飼い犬だ。オレリー嬢、結婚前の遊びには目をつぶってやろう。俺は寛容だからな」
そう言い残すとアレクシスは立ち去った。
「お嬢! 一体何があったんですか?」
オレリーは気を失うように倒れた。
◇
サミは、すぐにオレリーを屋敷に連れ帰った。
「お嬢様に何があったの? まだお目覚めにならないわ」
ベッドに横たわるオレリーを心配そうにサラが見つめた。
「俺もよく分からない。ただ、アレクシス殿下と何かあったと思う……」
「そう……。とにかく今日はゆっくりお休みいただきましょ」
サラとサミは静かに寝室を後にした。
「ん……私、気を失ったまま眠ってしまったのね」
目覚めたオレリーは、屋敷の寝室であることに安堵した。
「サミが運んでくれたのね」
ぼんやりした頭のまま窓の外を見ると、美しい満月に少し気持ちが和らいだ。
「きれい……」
「オ、オレリー……オレリー……」
囁くような声で名前を呼ばれていることに気付いた。
辺りを見回したが部屋には誰もいない。
すると、左手から柔らかい光が放たれた。
「あら、『エーテルの指輪』から光が……」
「オレリー、久しぶりだね」
「セリュネア様!」
『エーテルの指輪』から放たれた光の中に精霊セリュネアが現れた。
「今、見ている私の姿は幻影だ……オレリーよ、セレネ湖で待っている」
「セレネ湖に行けばセリュネア様に会えるのですか?」
「そうだ。嫉妬や独占欲……様々な欲を持つ者が君を狙っている。このままでは君やリアンが危ない」
「リアンが!」
「人々の悪しき心が憎悪に変わる時、君を得るために大切な者を排除しようとするだろう」
「『闇の精霊エゴヌ』を封印すれば解決するのですか?」
「……」
「そうなのですね!」
「オレリーよ、険しい道となるだろう……。君を守るためにも、ロシュディとリアンを連れてセレネ湖に来るのだ」
「ロシューとリアンも一緒に? あっ、待って……」
セリュネアの姿が光の揺らめきと共に消えてしまった。
「とにかくセレネ湖に行かなきゃ……。皇太子妃の候補に挙がってしまうと、身動きが取れなくなってしまうわ」
◇
「お嬢様、本当にロシュディ様とシルバーヴェルへ行かれるのですか?」
「それなら俺やサラも一緒に行きます!」
翌日、突然オレリーがシルバーヴェルにロシュディと行くと言い出し、サラやサミは困惑した。
「サラ、サミ、ごめんなさい。皇太子殿下の目を欺くためにも、あなた達には普段通りでここに居て欲しいの」
「それではお嬢を誰が守るのですか!」
「それは私だ」
皆が振り向くと、そこにロシュディがいた。
「オレリー、早く出発した方がいい。アレクシス皇太子殿下やローズ皇妃殿下に知られる前に」
「はい、支度は出来ています。リアンはまだ眠っていますから、私が抱いて行きますわ」
「お嬢! 公爵様、ベルタ様はどうされたのですか? 婚約者のいる方はふさわしくないのでは?」
サミが苛立ちを爆発させて食ってかかった。
「サミ! 公爵様に失礼だわ……私からお願いしたのよ」
オレリーがサミを諫めた。
サミは納得が行かず、さらに口を開こうとしたがサラに止められた。
「ベルタ姫には……別の領地へ視察に行くと言ってある」
「……お嬢様、お気を付けて。私たちも上手く立ち回りますから」
サラに促されて、リアンを抱いたオレリーが歩き出す。
ロシュディが、公爵家の傍系の家紋が付いた馬車を用意していた。
「さぁ、リアン嬢をこちらへ」
ロシュディは先にリアンを抱きかかえ馬車に乗り、続いてオレリーの手を取った。
「オレリー、行こう」
まだ人々が寝静まっている早朝、シルバーヴェルに向けて出発した。
二人は黙って寄り添い、ただ互いの温もりを感じていた。
◇
大きな白頭鷲がルシアンの腕に止まった。
足に括り付けられた手紙を取り、白頭鷲をまた空に放つ。
「父上、オレリーがリアンと……アレクサンドル公爵と三人でシルバーヴェルに向かっていると手紙を送って来ました」
「おお! それは楽しみだ! 邪魔者が目障りだがな」
「あなた! オレリーの愛する人であり、リアンの父親を邪魔者扱いするなんて……」
「オレリーは一体何を考えてるんだろう……父上、アレクシス殿下とジェレミー殿下の動きも気になります」
「陛下がどうお考えなのかも分からない。私たちが見誤ってなければいいが……」
オレリーの父ジャメルは、果たして黒幕がローズ皇妃なのか迷い始めていた。
「吹雪いて来たわね……まずはオレリーたちが無事に着くことを祈りましょ」
三人は、この厳しい北の天候がこれ以上荒れないことを心から願っていた。




