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23.絆

 オレリーは、ロシュディの話を聞いてから、心が落ち着かない日々を過ごした。

 

 (今の私にできることは無いわ。だけど……この指輪に私のオーラを送り込めば、何かロシューの助けになるかもしれない)

 

 「ロシュー、愛しているわ。必ず、また会える……どうか無事に戻って」

 

 そう言いながら、『エーテルの指輪』に軽くキスをしてオーラを込めた。


 ロシュディは、ギョームやマルゴー、屋敷の者たちに見送られ、二年の任期でリッジ戦地へ出発しようとしていた。

 

 「ロシュディ、間に合って良かった」

 

 「タハール、見送りは不要だ。殿下の側をしっかり守れ」

 

 「分かってるよ、僕も同行できれば良かったんだけど。今回は、スタニア王国が絡んでいる可能性もある。今は、陛下と殿下の身動きが取れないから……とにかく、無事に戻って来いよ」

 

 「ああ、当たり前だ。戻ってきたら、旨い酒でも一緒に飲もう」

 

 ふっと、耳元でオレリーの声を聞いたような気がした。

 

 穏やかで甘く優しい声、そして僅かにオレリーのオーラを感じて。

 

 「まさかな……」

 

 ◇


 その日も、朝一番、いつものように指輪にオーラを込めていた。


 「うっ、ううっ、サラ……」

 

 「お嬢様? お腹が痛むのですか! サミ、すぐにお医者様を呼んできてちょうだい! 早く!」

 

 サラは、陣痛が始まったオレリーをベッドまで運んだ。

 

 「まぁ、オレリー!」

 

 「奥様! お嬢様の陣痛が始まったようです。サミにお医者様を呼びに行かせました」

 

 「ええ、ありがとう。 オレリー、しっかりするのよ、お母様がついているわ!」

 

 バタバタと医者が部屋に入ってきて、男性陣は全員が部屋の外に出された。

 

 どのくらいの時間が経ったのだろうか……部屋の外の男たちは、ソワソワ、ウロウロ、落ち着きなく動き回っていた。

 

 

 「おぎゃーっ」

 

 

 やっと、元気な新しい命が誕生した。

 

 ふわふわの淡いピンクの髪色をオレリーから、燃えるようなルビー色の瞳をロシュディから受け継いでいた。

 

 吸い込まれるようなルビー色の瞳は、アレクサンドル家直系の証であると同時に、隠しようにも隠せない出自の証。

 

 (私とロシューを結ぶ……絆)

 

 「お母様、この子の名前は……リアンです」

 

 「絆ね……素敵な名前だわ」

 

 部屋の扉を開け、サラが満面の笑みで皆に伝えた。

 

 「元気な女の子でございます!」

 

 ◇


 ようやく冬が過ぎ、木々の新芽たちが一斉に芽吹こうとしている。

 

 明るい日差しの中、庭園で響く可愛らしい笑い声に気づき、執事のアルバンはすぐさま執務室の窓を開けた。

 

 「ジャメル様、今日もリアンお嬢様は、侍女たちとの鬼ごっこを楽しんでおられますよ」

 

 桃色の髪を揺らし、「きゃっ、きゃっ」楽しそうな声をあげながら一生懸命遊んでいる少女を、ジャメルは嬉しそうに見つめた。

 

 「アルバンよ、子供の成長は早いものだな」

 

 「左様でございますね。もうすぐ、リアンお嬢様の三歳の誕生日でございますから、使用人たちの準備の気合も漲っております」

 

 「ハハハッ、それは頼もしい。しばらく会えなくなるからな……今年は、特に思い出に残るパーティーをしてやろう」

 

 元気に遊ぶリアンの姿を微笑ましく見守りながら、オレリーは一通の手紙を読んでいた。

 

 『オレリーお姉様、お元気ですか? 三年もの間、一度もお会いできず、アリーヌは寂しく思っておりました。でも春には、やっとお会いできるのですね。 嬉しくて、飛び跳ねてしまいました! ロシュディ様は、まだリッジ戦地からお戻りではありません。もう、お姉様は関心の無い事かもしれませんが……お知らせしますね。オレリーお姉様が、お兄様にも秘密で私の助けを求めて下さったこと、本当の姉妹のようですごく嬉しいです。 春が待ち遠しいアリーヌより』

 

 (アリーヌ……ありがとう)

 

 領地に戻ってからも、連絡のやり取りをしている唯一の人物がアリーヌだった。


 オレリーは領地にいる間、一点の曇りもなく信頼でき、安心して情報を届けてくれる人物が必要だった。

 

 人柄、地位、能力が申し分ない人物……アリーヌ以外には考えられなかった。

 

 オレリーは、離婚が公になってからシルバーヴェルの白頭鷲を使って、すぐにアリーヌに手紙を送った。

 

 アリーヌはさぞかし驚いたであろう。

 

 しかし、一切の理由を聞かず、心の許せる友として密かに協力してくれた。

 

 「お嬢様、アリーヌ様のお手紙に何か良くない事でも……」

 

 サラは、リアンの乳母とオレリーの専属侍女を兼任し、変わらず尽くしてくれていた。

 

 「ええ、少し……ロシューが二年の任期を終えても、まだ戻れないらしいの」

 

 「お嬢様、二ヶ月後には帝都ですわ。向こうにいれば、何か詳しい事情が分かるかもしれません」

 

 「そうね、今は、新しい事業に集中しなきゃ」

 

 「アリーヌ様はお元気そうで何よりですわ。タハール様は次期宰相との呼び声も高いと聞きますし、ベリル家の皇宮医の座はアリーヌ様が受け継がれるのでしょうか?」

 

 「そうねぇ、アリーヌは本格的に医師の仕事をしたいようだけど、ご両親はご結婚を望まれてるって。でも、これから立ち上げるメゾンでは、アリーヌのような革新的な女性にも好まれるジュエリーを生み出したいわ」

 

 「とても良いアイデアですわ。働く貴婦人のためのジュエリーはありませんもの」


 「サラ、リアンの赤い瞳なのだけど……ロワジ様に頼んだものは届いたかしら」


 「はい、ここにございますよ。開封致しましょうか?」


 「ええ、お願い。サラにも使い方を学んでもらわないといけないから」


 サラが包みを開けると、小さな丸が二つ並んだ薄い容器が出てきた。


 中には、薄くて柔らかいレンズのようなものが入っている。


 「お嬢様、これは一体?」


 オレリーは、リアンの瞳の色は精霊の力や薬で変えられるものではなく、色々悩んだ末、前世で使用していたカラーコンタクトを思い出した。


 そこで錬金術に長けているドワーフのロワジに相談したのだ。


 「ハァ、また突飛なアイデアでワシを困らせんでくれ」


 そう言いながらも、ものづくりの探求心がそそられるのか、懸命に取り組んでくれた。


 そして、高度な錬金術を駆使して、見事に瞳の色を変え、幼い子にも負担のないコンタクトレンズに似たものを完成させてくれたのだった。


 「思った通りのものだわ。サラ、これをリアンの瞳に被せて色を変えるのだけれど、週に一度の交換が必要なの」


 「お嬢様、任せてください。私も使い方を覚えて、お手伝いいたしますわ!」

 

 この三年間、オレリーは初めての子育てに奮闘しながらも、懸命に新規事業の準備に打ち込んできた。


 全ては自分に力をつけて、ロシュディとリアンを守り、幸せを取り戻すために……。

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