24.再び帝都へ
そして、ついに、帝都に戻る日がやって来た。
「オレリー、何かあればすぐに連絡するんだ。サミ、サラ、頼んだぞ」
「ええ、お父様、ありがとうございます。お母様、お兄様もお元気で」
「おじいしゃま、おばあしゃま、おじしゃま、バイバイ」
リアンが可愛らしい小さな手を振りながら、まだどこかたどたどしい発音で懸命に喋っている。
その姿を見ているだけで、シルバーヴェル家の者は皆、離れがたい気持ちでなかなか送り出せない。
「もう、みんな……最後のお別れじゃないんだから。行ってくるわね!」
リアンをしっかり抱いて、オレリーは強い足取りで馬車に乗った。
もうそこには、『顔だけ令嬢』と呼ぶことすら躊躇わせる、凛とした令嬢の姿しかなかった。
オレリーの瞳は、真っ直ぐ未来だけを見ていた。
◇
「ママ……みて、きれいなおちろ」
「そうね、綺麗なお城ね。もうすぐ、私たちのお家につくわ。もう少し、我慢してね」
シルバーヴェルから七日間かけて、やっと帝都に着こうとしていた。
本来なら五日ほどで到着できるが、幼いリアンの為に、ゆっくり七日かけて旅を進めたのだ。
馬車から見える街並みは、人々の笑い声に溢れ活気があり、帝国に不安が迫っているようには見えない。
(きっと、ロシューの努力のお陰で、帝国の平和が保たれているのね)
遠くの丘の上に、帝都全体を眺められる一番高い場所にある皇宮が見え、ロシュディと挙式を上げた由緒ある大きな教会も見えてきた。
やがて懐かしいかつてのわが家、アレクサンドル公爵家のロイヤルブルーの屋根が見え、オレリーは恋しさでいっぱいになった。
(いつロシューの元にリアンと帰れるのかしら……いえ、必ず帰るのよ)
オレリーの腕の中でスヤスヤと眠るリアンの、この愛らしい寝顔を見せてあげられない事にも罪悪感を感じていた。
(どうして、こうも神様はお嬢様に試練をお与えになるのかしら……。私は、お嬢様が奥底に閉じ込めておられるお辛いお気持ちを、どこまでお支えできるでしょうか……)
サラは、敏感にオレリーの感情の揺れを感じ取りながらも、かける言葉が見つからなかった。
「オレリーお嬢様、そろそろ帝都の中に入ります。リアンお嬢様のお姿が晒されては……馬車のカーテンをお閉めいたします」
サラがそう言うと、馬車を護衛しているサミにも声を掛け、カーテンを閉めた。
◇
オレリーは脅威からリアンを守るため、リアンの瞳をあのコンタクトレンズでヘーゼル色へ変えることにした。
ヘーゼル色は、シルバーヴェル家の忠臣であり男爵家の令息でもある専属護衛騎士、サミと同じ瞳の色。
これはジャメルの案だったが、まだ独身のサミの事を考えると、オレリーは気乗りしなかった。
しかし、瞳がルビー色のリアンを帝都に連れて行けば、ロシュディが父親であることは明白で、必ずローズ皇妃を始め大勢の貴族から狙われるだろう。
帝都でリアンを徹底的に隠すことも考えたが、幼いリアンの負担を考えると無理な案だった。
オレリーは、高位貴族である自分とリアンに表立って嫌がらせをする者はいないだろうが、リアンの父親を詮索する人々の目をアレクサンドル家から遠ざける必要があると考えていた。
そこで、ジャメルに相談したのだが……。
「そう言うことなら、サミの瞳の色にするのが良いだろう。失意の辺境伯令嬢と男爵位の専属護衛の道ならぬ恋だと、間抜けな貴族たちは噂するさ。そうすることで動きやすくなることもある。サミ、頼めるか?」
「お父様! そんな無茶をサミにお願いするのは……サミに縁談が来なくなってしまったら、どうするの?」
「ジャメル様、喜んでその役目を果たさせて頂きます。お嬢とリアンお嬢様のためでしたら、命を懸けることも厭わない覚悟です」
「決まりだな。オレリーの気持ちも分かるが、リアンの安全が最優先だ」
双方にそうまで言われると、オレリーも引き下がるしかなかった。
しかし、セシルだけはジャメルの真意に気付いていた。
(あなたって人は。サミがオレリーに恋心を抱いていることも、公爵様と上手くいかなかった時に側で支える人が必要なことも、全て織り込み済みなのね。父として、当主として、辛い判断を迫られるわね)
そして、この時、サミには別の思いが心の中に芽生えていた。
『お嬢の夫になれるかもしれない』
(クソ、護衛騎士がこんな思いを抱いてはいけないのに。でも……)
今まで手に入らないと諦めていた思いが叶えられるかもしれない。
もし叶ったとしても、男爵家の嫡男のままではオレリーに苦労させてしまうだろう。
(俺は……上を目指してやる。必ず手柄を上げて、カペル家をお嬢やリアンお嬢様を苦労させない家門にするんだ)
ジャメルは、サミという男を信用しているが、オレリーへの好意や守るという決意がもたらす危うさも承知していた。
(サミよ、決して、お前の純粋なオレリーへの気持ちを『執着』に変えないでくれよ。そうでなければ、身内からローズ皇妃殿下に隙を与えることになるんだ)
◇
「お嬢、シルバーヴェル家のタウンハウスに到着いたしました」
サミはそっとリアンを抱きかかえ、馬車から降りるオレリーをエスコートした。
領地の屋敷ほど大きくはないが、小さな円形の噴水や可憐な花々が植えられた庭園もあり、美的センスが感じられる瀟洒な造りの屋敷だ。
「懐かしい……ここは変わらず素敵な屋敷だわ。リアンは、ぐっすり眠ってしまったのね。ふふふ、屋敷内の探検は明日ね」
「そうですわね。それにお嬢様、明日は早速、アリーヌ様がお越しになる予定ですわ」
「楽しみだわ! それに、明後日には新しいメゾンの仕上がり状況も確認したいし、展示する宝石のセレクトもしたいわ」
「忙しくなりますよ! さあ、さあ、美しいレディたち! どうぞ早くお屋敷に入って、今日はしっかり休息をお取り下さい」
サミの少しおどけた口調に、オレリーもサラもは思わず吹き出し、無事に帝都に着いた安堵感が心に広がった。
寝室にリアンを寝かせ、後をサラに任せたオレリーは、サミを応接間に呼んだ。
「メゾンをオープンさせたら、社交の場にも積極的に参加するつもりよ。もちろんリアンの存在も公になるわ……そうなったら」
「お嬢、承知していますよ。色々下世話なことを言う貴族は昔からいますし、俺は気にしません。それよりもお嬢とリアンお嬢様が傷付かないか心配です」
「サミは昔から変わらないわね。いつも守ってくれて、本当に感謝しているわ。サラにも」
サミは、公爵夫人となり手が届かない存在になったオレリーが、思いがけずまた昔のように側で仕えることができ、余計にオレリーへの気持ちが大きくなっていた。
(もう俺はお嬢を手放せないかもしれない。リアンお嬢様の本当の父親になる覚悟はできている。このまま公爵様がリッジ戦地から戻らなければ……。ハッ! 俺は何を……)
「まさかとは思いますが、お嬢はまだ公爵様のことを……」
「愛しているわ」
今、手を伸ばせばオレリーの頬に触れることも叶う距離にいるのに、サミはただただ虚しかった。




