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19.それぞれの再出発

 「私に考えがあるの。無謀に聞こえるかもしれないけど……事業を始めるわ。必ず成功させて、簡単に手出しされない力を手に入れたいの! まずは、ホワイト山脈に行くつもりよ」


 「なっ、事業? 相当な覚悟が必要なんだぞ! それにホワイト山脈だと?! 領地内でも氷に覆われた過酷な地域だ。領民も寄りつかないような所にどうして……セレネ湖も今は凍っているしなぁ、行くのは厄介だ」

 

 (バツイチ子持ちの令嬢が事業だなんて……保守的な貴族社会でやっていけるのか?)

 

 ルシアンの心配をよそに、オレリーの目は生き生きとしていた。

 

 「それよ! 人も寄りつかない所だからこそ、見つからなかったのよ」

 

 ジャメルとセシルは、まだまだ子供だと思っていた娘が、自分の足でしっかり歩み始めていることに目を細めた。

 

 「ルシアン、いいじゃないの、可愛い妹の頼みでしょ。あなたが付き添いなさい」

 

 「そうだぞ。さぁ、今日はゆっくり休むといい」


 ◇


 オレリーが屋敷に戻って数日が過ぎた。

 

 家族との楽しい夕食後、いつものように寝支度をしていると母セシルがやってきた。

 

 「今日は母娘水入らずで、昔のように一緒に寝ましょう」

 

 「ええ、お母様!」

 

 久しぶりに感じる母の温もりは、とても心地よく安心した。

 

 「ねえ、話すことって単純だけど、心が軽くなったり考えが整理されたりすることもあるのよ」

 

 オレリーの心の中のモヤモヤを見透かしたように、セシルは優しく語りかけた。

 

 「お母様……ロシューはいつも私を守ってくれたわ。でも、一度も『愛している』って言われたことがないの。それに……『心は渡せない』って」

 

 「まぁ! そんな酷いことを……いつか、この母が公爵様をとっちめてやるわ! はぁ、そんな悲しい顔しないで、惚れた弱みね。愛しているんでしょ、公爵様のこと」

 

 「愛しているわ! この子とロシューを守るために離れたことも後悔していない。だけど、ロシューの結婚相手はごまんといて……とても令嬢方に人気があるの」

 

 「そうね。こんなに帝都から離れた北の領地でも、公爵様は令嬢たちの注目を集めているものね」

 

 「だから、きっと、たくさんの家門から求婚状が届くわ。一方的に離縁して……こうして私が愛する人を守るために選んでいる道も、独りよがりなんじゃないかって……」

 

 「公爵様を幸せにするのが、オレリー以外の令嬢かもしれないって不安なのね。その気持ち、よく分かるわ。あなたのお父様も出会った頃は令嬢にモテモテで、女狐……いえ、令嬢たちを蹴散らかすのが大変だったわ」

 

 「お父様が? でも、お父様からは、お母様が大勢の令息から言い寄られて大変だったって」

 

 父は領地民からも慕われる威風堂々とした完璧な領主だが、昔からしっかり者で豪快な母セシルにはめっぽう弱い。

 

 「アハハ! そうね! でも、求婚は私からしたのよ。『あなたを幸せにできるのは私しかいない!』って。それぐらい愛しているし、私がジャメルを幸せにしたいの。それは今も変わらないわ」

 

 その時を思い出したのか、セシルは少し照れながら楽しそうに笑った。

 

 「だから、オレリーの信じた方法で愛することを恐れないで欲しいの。たとえ気持ちが公爵様に届かなかったとしても……公爵様のことを愛しているから、幸せにしたいから、この道を選んだんでしょ」

 

 実はずっとオレリーは、いつかエリカのように自分の感情を優先して、ロシュディに執着してしまうのではないかと、心のどこかで恐れていた。

 

 そして『ロシュディの元に戻りたい』と後悔する気持ちに心が乱れ、何度も感情がぐちゃぐちゃになった。

 

 しかし、今、母の言葉が魔法のようにスーッとオレリーの心を和らげた。


 (ダメよ、自分を見失っては……ロシューの心ばかりを求めるエリカ様とは違うわ。たとえロシューに愛されてなくても……力いっぱい愛したいの!)

 

 母に思いの丈を打ち明け、スッキリしたような顔で眠るオレリーの頭を撫でながら、セシルはそっと呟いた。

 

 「ルシアンから公爵様の話を聞いていると、とっくに公爵様はあなたのことを愛してると思うけど……これも運命なのかしら。しっかり掴むのよ……母は、いつも味方だからね」


 ◇


 瞬く間に、アレクサンドル公爵夫妻の離婚のニュースが社交界を賑わせたが、すぐにエリカ嬢の所業が帝国中に広まると、その話題で持ち切りになった。

 

 「エリカ嬢の狂気か……ロシュディ、上手い具合に離婚の話題が消えたな。なぁ、気持ちは分かるけど、オレリー夫人にも何か訳があると思うよ」

 

 タハールは、オレリーが去ってから屋敷に籠りっきりのロシュディを訪ねていた。

 

 「訳なら沢山あるさ……普通の令嬢なら、怒りや恐怖のあまり離婚して実家に帰りたいと思うだろう。しかも、夫に横恋慕する女から命を狙われたんだからな」

 

 「うーん、そうだけど……あのオレリー夫人がなぁ。何かしっくり来ないんだよな」

 

 そこへ、すごい形相でアリーヌが部屋に入って来た。

 

 「もう夫人ではないの! オレリー嬢ですわ。お兄様、ロシュディ様みたいな追い掛けもせず、閉じ籠って弱音ばかりの軟弱な殿方にオレリーお姉様は勿体ないわ! すぐに、お兄様が求婚してきなさいよ!」

 

 「いやいや、アリーヌ、無茶苦茶だな。ホラホラ、お子ちゃまはケーキでも食べておいで」

 

 プクーッと頬をふくらませるアリーヌを、マルゴーに頼んで部屋の外に連れ出すと、タハールが言いにくそうに口を開いた。

 

 「なぁ、エリカ嬢のことだけど、どうして命は助けたんだよ? 男爵家の取り潰しだけでは済まされないことをしたんだ。傷の手当てをしなければ、あのまま死んだはず……」

 

 ドアが勢いよく開いて、アレクシスが入って来た。


 「タハールの言う通りだ、ロシュディ。まさか妹のように思っていた女への慈悲か? 修道院にでも入れて済ますつもりか? 俺は、処刑を命じたはずだが?」


 「えっ? 殿下は処刑を命じていたのですか? まぁ、だけど、今回の件は僕も理解できないよ。ロシュディ、エリカ嬢のことを実は愛して……」


 その言葉にロシュディは、額の血管が浮き出るほど怒りを顔に滲ませた。


 「そんなはずないだろ! 私はオレリーを……。エリカは、まだローズ皇妃殿下との駆け引きの切り札に使えるはずだ」


 「ロシュディ、まさか……オレリー嬢を守るために、ローズ皇妃殿下と裏で取引してないよね?」


 「ハッ! タハール、私を見くびっているのか。さっきも言ったはずだ、切り札に使えると。ローズ皇妃殿下の悪事を証明するにはエリカが必要なんだ」


 「……なぁ、ロシュディ、お前……父、いや陛下と取引したんじゃないのか? オレリー嬢を愛しているから手放す……公爵夫人より安全な立場があるからな」


 「殿下……この離婚を望んだのはオレリーだ……その気持ちを私は尊重しただけです」

 

 「そうか。なら、このタイミングはどういう事だ? アレクサンドル公爵……陛下から公爵に命が下った。すぐに陛下の元へ迎え」


 ロシュディは顔色一つ変えず、急いで部屋を後にした。


 「僕の独り言ですが……殿下こそ陛下に手を回して、『光の精霊セリュネア』の加護を授かったオレリー嬢を手に入れるおつもりだったのでは? 復讐できる力と更なる権力も得られますから」


 「……昔から勘が良いな、タハールは」


 三人は、初めて心がバラバラになったような気がした。

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