20.アレキサンドライトを求めて
しばらく実家で英気を養ったオレリーは、いよいよホワイト山脈へ向けて辺境伯家の精鋭の騎士を選び、総勢七名ほどの小さな隊を組んで旅立った。
もちろん、ルシアン、サミ、サラも隊のメンバーだ。
「オレリー、山脈の麓までは馬車で移動できるが、その先は馬に乗って、さらには徒歩で進むことになるよ」
「ええ、お兄様、山の中腹辺りにあるセレネ湖で確かめたい事があるの」
屋敷を出発してから、三日三晩かけて目的地のセレネ湖に到着した。
「ああ、やっと着きましたね。お嬢……さぁて、これからどうします?」
サミがオレリーの手をしっかり握り、慎重に水際の所までエスコートしてくれた。
「なんて美しい風景なのかしら……」
まだ雪の残る山脈が夕日に照らされ、その姿が鏡のように映る湖は、言葉を失う美しさだった。
「今日は、このままここで野営をして、朝一にオレリーの言う場所を目指そう」
「ごめんなさい、お兄様。今すぐに確認しに行かないと駄目なの」
騎士たちに野営の準備を命じていたルシアンは、目を丸くして驚いた。
「もう日も暮れて来たのに……身重のオレリーには危険だ」
(いくらオーラで体を守っているとはいえ、本当に大丈夫なのか?)
「お兄様、お願い! ここまで来て、今は一日も無駄にしたくないの」
必死に懇願する妹に折れたルシアンは、サラと騎士を残し、サミを伴い三人で向かうことにした。
「……洞窟ですね。セレナ湖の畔とは言え、かなりジメジメしていますが……暗いので松明を灯して行きましょう」
サミを先頭に奥へ奥へと進むにつれて、より一層ひんやりとした空気が漂い、一列になって歩かねばならないほど穴も狭くなっていった。
「ルシアン様、ずいぶん狭くなってきましたが、かすかに水の音が聞こえますね」
「そうだな……ん? あれは鍾乳石か? 鉱脈が見つからなくても、この景色だけでも見ものだな」
先に進むサミとルシアンの後ろから、オレリーが声を上げた。
「まぁ、神秘的な景色だわ……」
突然、開けたかと思うと、鍾乳石から滴り落ちた水が段々に溜まり、大小の美しいエメラルド色の水たまりが広がっていた。
(お嬢の瞳のように澄んでいるな……)
「オレリー、松明の灯りではどこかに穴があっても分からないから、気を付け……」
ルシアンの注意も虚しく、突然地面が崩れ足を取られた三人は、一直線に真下へ滑り落ちた。
「ウォーッ!」
「キャーッ!」
口々に悲鳴を上げながらも、しっかりルシアンはオレリーを抱きしめて守りながら落下した。
「ルシアン様、お嬢、大丈夫ですか!」
「ああ、僕たちは大丈夫だ。サミも怪我はないか?」
さすがは辺境伯家の男たち、無傷で穴の底に到達していた。
三人はだんだん暗闇に目が慣れてくると、壁の所々が光っていることに気付いた。
サミは小さなロウソクを灯して、一番近い壁のキラキラしている所を短剣で少し削ってみた。
「お嬢様、この鉱物はなんでしょう?」
「それだわ!」
(前世でも、地表に露出した原石を手掛かりに鉱山が発見されてたのよね。この一帯を調べれば、必ず鉱脈があるはずだわ)
「オレリーが探していたのは、この石か? ルビー……? 貴族にも人気がある希少石だが、もうすでに手広く扱っている家門があるぞ」
オレリーはサミの手にある鉱物をじっくり観察すると、目を輝かせて「ヤッターッ!」と叫んだ。
(クスッ、やっと本来のお嬢が戻って来たようだ……)
「サミ、そこの美しい赤紫がかった部分の鉱石を沢山持って帰りたいわ」
「はい、はい、仰せのままに」
◇
時間は掛かったが、ちょうど夜が明ける頃には洞窟の外に出て、三人はサラの待つ野営地に戻った。
「お兄様、みんな、ありがとう。朝食を済ませたら、屋敷に戻りましょう」
和やかに皆で朝食を済ませ、荷物をまとめ帰り支度をしていたところ、一人の騎士が叫んだ。
「危ない!」
突然、拳ほどの大きさの雪の塊が、次々とオレリーたちに向かって投げられてくる。
「気を付けろ! 雪の中に石が入っているぞ」
オレリーとサラは木の陰に身を潜め、ルシアンや騎士たちは雪の塊を避けながら、素早く投げられてくる方向に走った。
「お前たち何者だ! ……へっ?」
雪の塊の攻撃が止み、オレリーとサラは様子を窺いながらルシアンたちに近付いた。
「あら! 可愛らしい! お嬢様、この子たちをご覧下さい!」
そう言うとサラは、この攻撃の犯人たちに柔らかい笑顔を向け腰を少し屈めた。
目の前には三人のドワーフの子供たちが、緊張した面持ちで突っ立っていた。
「本当ね! あら、あら、怖がらないでちょうだい」
「オレリー、むやみに近付くな。なんで僕たちに雪の塊を投げて来たんだ? 石なんか入れたら危ないだろ」
「お、お前たちこそ、セリュネア様の聖なる場所で何をしていたんだよ!」
三人の中でも年長の、八歳くらいの青い髪の男の子が精一杯の虚勢を張って、怒っているような口調で言った。
「お兄様、この近くにドワーフの村が?」
オレリーは子供たちに聞こえないように、小さな声でルシアンに訊ねた。
「うーん、そこまで遠くはないけど、幼い子供の足で来るには……。ドワーフは、どこにも属さない民なんだ。ただ、シルバーヴェルでは代々、領主がドワーフと協定を結んでいて、セレナ湖を共用しているんだ」
「そうだったのね……何も知らなかったわ」
少しオレリーは考えて、子供たちにドワーフの村に案内してくれるように頼んだ。
「嫌だ! お前たち悪者かもしれないだろ」
「コラ、無礼だぞ」
本気でお灸を据えそうなサミを制して、ゆっくりと子供たちに歩み寄った。
「そうねぇ、私、良いもの持ってるんだけどな」
悪戯っ子のような顔をして、オレリーはポケットからキャンディーを3つ取り出した。
すると、五歳くらいの女の子と男の子が「それ、なぁに?」と言いながら近付いてきた。
オレリーは優しく、二人の子供にキャンディーを手渡した。
「これはキャンディーと言って、口の中に入れると甘くて美味しいのよ」
「シャナ! ジェロ! そんなの貰っちゃ駄目だよ」
「えー、ビノお兄ちゃん、食べたいー」
シャナと呼ばれた女の子がそう言うと、すかさずキャンディーを口に入れた。
「わぁー、甘-い」
「ほんとうだー、甘ーい」
つられて、ジェロという男の子もキャンディーを口に入れたようだった。
「ビノって言うのね。さぁ、あなたもどうぞ」
オレリーの優しく穏やかな物腰に警戒心が薄れたのか、ビノもキャンディーを口に含んだ。
「……美味しい。お姉ちゃんたちは悪者じゃなさそう」
「ふふっ、ありがとう。私たちはシルバーヴェル辺境伯家の者よ。怪しい者じゃないから、村に案内して欲しいの」
「オレリー? ドワーフの村に行ってどうするつもりだ? さっき見つけた鉱石のことなら、父上からドワーフと協議してもらえばいいんじゃないか」
「でも、お父様はこの鉱石が何かを知らないでしょ。だから、私がドワーフに直接お願いした方が早いの」
ルシアンは、オレリーが何故この未知の鉱物について知っているのか疑問に思ったが、堂々とした妹の態度に素直に従うことにした。
(ここは妹を信じて、様子を見るとするか……)




