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12.狙われた狩猟大会

 プォーン。

 

 大会開始のラッパの合図が鳴った。

 

 毎年、狩猟大会には、貴族の令息や騎士たちが大勢参加する。

 

 その中には、ロシュディ、アレクシス、タハールそしてルシアンもいた。

 

 「今年は誰が優勝かしら?」

 

 「それは、去年も優勝されたアレクサンドル公爵様だろう」

 

 「いやいや、今年は珍しくシルバーヴェル小辺境伯様が参加されるじゃないか」

 

 「こりゃ接戦になりそうですね」

 

 「第二皇子のジェレミー殿下は今年もご欠席ね」

 

 「あのお方は、お体が弱いし狩猟の腕も……」

 

 「シッ! 皇妃様のお耳に入ったら……」

 

 (まったくどいつもこいつも、帝都の貴族はくだらないな。第二皇子か……影が薄すぎて印象ないんだよなぁ)

 

 サミはオレリーの側を片時も離れず護衛しながら、ジェレミー第二皇子がどんな人物か少し気になった。

 

 ◇

 

 「タハール、森がやたら静かだと思わないか?」

 

 「そうだな、魔物と言っても小さい個体しか見当たらないし、気味が悪いなぁ」

 

 アレクシスを守るように先を行くロシュディとタハールは、馬の歩みを少しゆっくりさせて辺りの様子を窺った。

 

 護衛されているにも関わらずアレクシスは、狩猟にそもそも興味が無いせいもあり、随分と遅れて二人の後を付いて来ていた。

 

 と、その時だった。

 

 ドオォンと地面が揺れるような大きな地響きとともに、ロシュディとタハールの目の前が真っ暗になった。

 

 「はぁ!? 何でここにドンデカスがいるんだよ!」

 

 「大きな声を出すな」

 

 (殿下が離れていて良かったが、コイツに暴れられると面倒だ)

 

 「オイオイ! そんな危険な魔獣を皇室は放ってないぞ! どうなっているんだ……」


 後ろで慌てたようにアレクシスが叫んでいる。

 

 ドンデカスは魔獣の中でもずば抜けて大きく、小さな山が動いているようだ。

 

 しかし、帝国の守護とまで呼ばれるロシュディには面倒なヤツ程度で、これを倒せば『カカポ』は間違いなく手に入るのだから、むしろ飛んで火にいる夏の虫だ。

 

 ロシュディは、ニヤッとしたかと思うとサッと飛びかかり、ドンデカスの硬い鱗に覆われた眉間めがけて剣を突き立てた。

 

 「ギャーッ」

 

 すさまじい唸り声を上げながら、剣を刺すロシュデイを左右へ振り回し、何とか逃れようとした。

 

 しかし、ロシュディがオーラを使って力いっぱい剣を更に奥へと突き刺すと、ドンデカスは青い血潮を吹きながら仰向けに倒れた。

 

 三人はホッと胸を撫でおろし、互いに安堵の表情を浮かべたが、この茶番劇のような魔獣の襲撃がどこか腑に落ちないのであった。


 ◇


 三日前、オレリーの言動に腹を立て屋敷を飛び出したエリカは、帰りの馬車の中ではらわたが煮えくる思いだった。

 

 突然、馬車が止まった。


 不機嫌そうに窓の外を見ると、マントで顔を覆った男がひとり、馬車の前に立っていた。

 

 「平民風情が、よくも貴族の馬車を止めたわね!」

 

 男は何も言わず馬車に近づくと、「静かに。高貴なお方が、お嬢様をお呼びです」とローズ皇妃のお印を見せながら囁いた。

 

 「ローズ皇妃様が?」

 

 エリカは、そう呟くと気を失った。

 

 気が付くとローズ皇妃が目の前にいたが、そこは皇妃の部屋ではなかった。

 

 暗く湿った、お世辞にも清潔とは言えない部屋。

 

 「あの、ここは?」

 

 「ラビレニ男爵令嬢にひとつ提案があるの。とても魅力的な提案よ」

 

 「恐れながら、そ、それはどのような……?」

 

 「フッ、あなた、アレクサンドル公爵夫人を憎んでいるでしょう、殺したいほどに。見えますのよ、令嬢の中で真っ黒にトグロを巻いている憎悪が」


 エリカは直感的に、自分にとって有益だと確信した。

 

 「……ローズ皇妃様、私にどのような事をお望みでしょうか?」

 

 「そう、その目、愛を欲する愚かな目。私が令嬢を助けて差し上げましてよ。その憎悪でアレクサンドル公爵夫人を呪い殺す……なんてどうかしら?」

 

 「呪いでもなんでも構いません……それで本当に公爵夫人の座が手に入るのですか? 何の後ろ盾もない男爵家の娘が、妾ではなく公爵夫人に? どうせまた他の高位貴族の令嬢がロシュディ様を奪って行くだけ……」

 

 「その妾の座すら手に入れられない、憐れな娘。命の限りわたくしに尽くすと誓うのなら、望み通り公爵夫人にしてあげましょう」

 

 「そのお約束、必ず守って頂けるというのなら……ローズ皇妃様、喜んでこの命を捧げますわ!」


 エリカの言葉に満足したようにローズは微笑んだ。

 

 そして、微笑を浮かべた口からおぞましい蜘蛛の糸のような真っ黒なオーラが吐き出され、そのどす黒いオーラがエリカをズブズブと飲み込んだ。

 

 ◇


 ロシュディたちが魔獣と戦っている間、大会の観覧席では貴族たちがピクニック気分を楽しんでいた。

 

 そして他の貴族たちが談笑に気を取られている中、エリカだけが真っ黒い心を秘めて、オレリーの背後に忍び寄っていた。

 

 サミは、背後から今までに感じたことのない邪悪な気配を感じ、振り返った瞬間……。

 

 辺りは暗闇に包まれ、不吉な阿鼻叫喚の声が頭の中で喚き立て、他の人々も同じ状況らしく叫び声を上げ逃げ惑っている。

 

 「オレリー様! どこにおられますか!」

 

 必死でオレリーの名を叫び、暗闇の中で人をかき分け探し回ったが、返事はなかった。

 

 暫くして、凄まじい光が皇帝から放たれ、暗闇がパァーっと消え失せた。

 

 「皆、落ち着くのだ! これは……邪悪な力め、余の力で消し去ろうぞ!」

 

 皇帝フェルナンドが、かつての勇猛さを取り戻したように『大地の精霊リュー』の自然から得る浄化の力を使い、見事にその場を収めた。

 

 何も知らない競技の参加者たちが、仕留めた魔物を持って続々と帰還してきた。

 

 「ん? 殿下、何かあったんですかね?」

 

 タハールが会場の乱れた様子を見て、不測の事態が起きたことを察知した。

 

 「そのようだな。父上! 何が起こったのですか?」

 

 フェルナンドは、ボロボロのマントを翻しながら満面の笑みをたたえ、周囲には分からないように伝えた。

 

 (息子よ、その話は後でゆっくりしよう。『闇の糸』かもしれん)

 

 アレクシスは、サーっと青ざめていくのが分かった。

 

 (大丈夫ですか? 父上、力を使いすぎては……)


 『大地の精霊リュー』の影響で辺り一帯の森林が燃え尽きていた。

 

 (我々が『闇の糸』の力を知っていると、ローズ皇妃に悟られてはならぬ)

 

 密かに意思疎通を交わした父子は、いつも通り、強い皇室を象徴する威厳を見せた。

 

 「皆、案ずるな! この皇帝がいる限り安心しろ。此度のことは、変異した魔獣の仕業のようだな」

 

 実質的な被害がないように思われたため、貴族たちは落ち着きを取り戻し、今年の優勝者であるロシュディに称賛を送った。


 ◇

 

 その頃サミは、オレリーを探して森の奥深くを彷徨っていた。

 

 「オレリー様! どこですかーっ」

 

 一方のロシュディも、オレリーの姿が無いことに気づいていた。

 

 (胸騒ぎがするな……)

 

 ロシュディも森へ全力で馬を駆け出した。

 

 「おーい! 優勝者がどこ行くんだよ」

 

 アレクシスが、ロシュディの背中に掛けた言葉が虚しくこだましていた。

 

 

 森を捜索していたロシュディの目に、蜘蛛の糸のような黒い邪悪なオーラ包まれたオレリーの姿が目に入った。

 

 「オレリー!」

 

 そう叫ぶや否や走り寄り、介抱していたサミを押しのけオレリーを抱きかかえた。

 

 「サミ! すぐに屋敷に戻るぞ」

 

 ロシュディの声で正気を取り戻したサミは、すぐにロシュディの後を追った。


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