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13.精霊に導かれて

 「ギョーム! マルゴー!」

 

 ただならぬ様子で屋敷に戻ったロシュディの腕の中に、気を失ったオレリーの姿があった。

 

 「オレリー様! 何があったのですか!」

 

 サラが驚いて走り寄って来た。

 

 「話は後だ、まずはオレリーを寝室に!」

 

 そう使用人たちに指示すると、ロシュディは足早に執務室に向かった。

 

 「ギョーム、たぶん……あのオーラは『闇の糸』だろう。誰かの悪意がオレリーを襲ったんだ、殿下でも俺でもなく……なぜだ」

 

 ロシュディが珍しく動揺しているのが、ギョームにも分かった。

 

 「ロシュディ様、まずはオレリー様の状態の把握を。呪いが契機となって、オレリー様の精霊が呼び覚まされるかもしれません」

 

 優秀なベテランの執事らしく、ギョームは冷静沈着に主人をなだめた。

 

 「そ、そうだな……すまない、取り乱したようだ。『エーテルの指輪』がオレリーを守ってくれるはずだ」

 

 急いで寝室に入ると、ロシュディはオレリーの左薬指の『エーテルの指輪』に触れ、自らのオーラを込めた。

 

 指輪から青い澄んだオーラが発せられ、オレリーの体を包んだ瞬間……。

 

 オレリーから追い出されるように真っ黒なオーラが現れ、部屋中にバリバリと耳を切り裂くような轟音が鳴り響き、旋風が吹き荒れ、他の者は耳を塞ぎ床に伏せるしか成す術がなかった。

 

 すさまじい勢いで、黒い邪悪なオーラと青い澄んだオーラが拮抗しながら戦っていた。

 

 「ロシュディ様! それ以上は!」

 

 ギョームが叫んだ。

 

 力を使いすぎたロシュディは、片膝をつき体中の痛みに堪えていたが、それでもオレリーの手は離さなかった。

 

 どれほどの時間が過ぎたのだろう……。


 青い澄んだオーラが黒い邪悪なオーラを飲み込み、夜の静けさが戻った。

 

 まだ目を覚まさないオレリーは、ロシュディに守られ驚くほど無傷で、何事も無かったように穏やかな寝息を立てていた。

 

 「こ、公爵様、先ほどオレリー様を包んでいた黒い靄<もや>は……一体なんだったんですか!」

 

 サミは、顔面蒼白で体を震わせていた。

 

 「お前は何をしていたんだ!」

 

 ロシュディは怒りにまかせて怒鳴ったが、加護の力を持たない人間は、たとえ凄腕の剣士であっても『闇の糸』の前では無力なのだ。


 加護の力を使っても『闇の糸』の呪いから逃れられるかは分からない。


 (サミのせいではない……俺の甘さのせいだ)

 

 「オレリーと二人きりにしれくれ」

 

 そう言うと、後ろ髪をひかれる思いのサラやサミたちを部屋の外へ追い出した。

 

 「守ってやれなくて、すまなかった。ほら、楽しみにしていた『カカポ』だよ。早く目を覚ましてくれ」

 

 ロシュディは『カカポ』を肩に乗せ、オレリーの手を握りしめ呟いた。

 

 ◇


 オレリーは、無意識の中を彷徨っていた。

 

 突然、気味の悪い気配を感じたかと思えば、みるみるうちに黒い靄<もや>が迫ってきて、全身を這いずるように取りつき身動きできない。

 

 しばらくして、見覚えのない場所で意識が戻った。

 

 そこは澄んだ空気が感じられ、見渡す限り美しい水面が広がり、どこからか光を放っていた。

 

 「ここはどこなの?」

 

 急に心細くなったオレリーは、無意識に左薬指の『エーテルの指輪』に触れ、ロシュディに会いたいと願った。

 

 パァーッ!

 

 指輪から光が放たれ、オレリーは眩しさに目を閉じた。

 

 「オレリー……」

 

 優しく呼ぶ声がする方に顔を向けると、この世のものとは思えない美しく淡い緑色の羽毛を持つ鳥が水面に佇んでいた。

 

 「あなたが私を呼んだのですか?」

 

 「わが名はセリュネア。光の精霊だ」

 

 「光の精霊……ここはどこなのですか? 何が起こったのですか?」

 

 「まぁ落ち着きなさい。君はね、君を憎悪している者から呪いをかけられたのだよ」

 

 「えっ?」

 

 『憎悪』『呪い』という言葉がオレリーの胸にずしりとのしかかった。

 

 「一体、誰が……呪いなんて」

 

 「『闇の精霊エゴヌ』の加護を持つ者だろう」


 「『闇の精霊……エゴヌ』?」


 「オレリーこちらへ、君にわれの加護を授けよう」

 

 セリュネアは羽を大きく広げて、オレリーを覆った。

 

 「君に授ける加護は『心を癒やし治癒する力』だ。この力の本当の意味を知る時、『闇の精霊エゴヌ』を再び封印できるだろう」


 「封印……なぜ私が?」


 「愛する人を守るためにね……。その指輪は……そうか……険しい道にも打ち勝てるように前世を見せるとしよう」

 

 セリュネアの羽の中は暖かく、まるで柔らかな気持ちの良いベッドの中でまどろんでいるような心地がした。

 

 「今度は、愛する人と幸せを掴むのだよ。いつも見守っている……」

 

 導くようなセリュネアの声に意識がどんどん遠のいて、頭の中に見たこともない世界が思い浮かんだ。

 

 「……セリュネア様! 見たこともない世界なのに、知っているわ!」

 

 目まぐるしく頭の中を、オレリーの前世が駆け巡った。

 

 「私は宝石に情熱を燃やすジュエラーだったのね。大好きな宝石は……アレキサンドライト!」


 セリュネアが見せてくれたオレリーの前世は、女性ジュエラー『翠』<みどり>として生き生きと働いていた。

 

 小さい頃はあまり裕福な家庭ではなかったが、一生懸命働いて父が贈った小さな宝石の付いた指輪を、母はとても大切にしていた。


 でも、ある時、その宝石が偽物だということが分かった……父は友人に騙されて購入したのだ。


 「翠ちゃんから見れば偽物かもしれないけど、お母さんはこの指輪が一番好きよ」


 騙した父の友人は憎らしかったが、いつも大切にしていた母の姿に、モノの価値はその人が決めていいんだという気もしていた。


 「だからって偽物を売るのは違うでしょ! それなら私が、誰もが手にできて、大切な想いも込められる本物のジュエリーを売るわ!」


 そう思い立つと探求心に火がついて、どんどん宝石の魅力にハマり、気が付けば一流ジュエラーとしての道を歩き出していた。


 ジュエラーと言っても、鉱物の採掘専門の人、原石の仕入れから加工や販売まで手掛ける人、加工専門の人、販売専門の人など様々だ。


 私は原石の仕入れと販売をして、加工は恋人『焔』<ほむら>にお願いしていた。


 良い原石と出会うために、門前払いされても諦めず、世界中の鉱山の所有者を訪ねた。


 そして最終的には、原石を好きに選べるほど信頼を得たのだった。

 

 それがいかいに大切かと言うと、鉱山の産出量は制限されており、採掘権も独占されることが多いため、やはり鉱山の所有者が一番強いのだ。


 いくらお金を積んでも、鉱山主が売りたくないといえば、宝石一粒も作ることはできないのだから……。


 そして……アレキサンドライトと初めて出会った時の興奮は忘れられないわ!

 

 「光の加減で色が変化するアレキサンドライトに人々が熱狂したのも頷けるわね。私もすっかり虜になってしまったし。採掘量も少なくて、ほとんどの鉱山が閉山してしまって……」


 それでも伝手を使って、閉山後にストックされている原石を求めて、60カラット以上のアレキサンドライトを目にしたこともあった。


 「さすがに仕入れまでは無理だったけど……。あれ、私、焔から小さなアレキサンドライトの指輪を贈られたわよね……ん? その後、どうなったんだっけ」

 

 その時、足元から水の中に落ちていく感覚がした。

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