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ep1-2. ”彼”は変身と叫ぶ


 佐久間たちの追跡を振り切り、響一を乗せたバイクは通りを猛烈な勢いで進行していた。

 バッタのような形を取っていたSV650Sは、すでに元の形状に戻っている。


 『掴まってろ』


 4号線の通りに出たのを契機に、バイク=”彼”が太い声で響一に声を掛けた。

 彼の了解を待たず、一気にエンジン音が高まっていく。


 「……ぐぅぅうーっ!」


 呻いた響一の後ろで、ジェット機のような突き抜けた音が唸っている。

 タコメーターは一気に振り切れ、ハンドルを握っているだけの響一の(まぶた)と口腔が、風圧でビロビロと波立った。

 街灯、店舗の灯り、車のテールランプ。

 夜が光の川となって、響一の視界を流れていく。


 「…だガっ!?」


 車間のすり抜けがおぼつかず、腕に当たったバックミラーが弾け飛んだ。

 側道にラインを移せば、街路樹の枝に顔が引っ掛かれる。

 葉っぱが口に入り、青臭い思いをした。


 「ぺっ、くっ、…停まれっ、おいッ停まれって!!」


 絶叫しながら響一がガソリンタンクをバンバン叩いたことで、ようやく速度が緩まってきた。

 それでも公道で100km超えは異常だ。

 響一はタンクを腿で挟み、ニーグリップを掛けて車体を安定させ、この無茶苦茶な走行のコントロールを制した。

 自重を左に傾け、横道へと綺麗に入り込んでいく。


 「もう停まるからなっ!いいなっ!」


 大声で”彼”に意思を伝える。


 『わかった』


 ”彼”が応じた。

 アクセルを戻し、ブレーキを操作すると、それに応じて速度が落ちていく。

 いつもの感覚だった。

 なるべく人通りの少ない道端に停車し、地に足を置いたところで、響一はようやく自分がヘルメットを被っていないことに気づいた。

 元々短い髪型だが、風圧で変な形のオールバックになってしまっている。

 それをグシャグシャと戻し、人目を気にしながらバイクから飛び降りた。

 バイクである”彼”に対し、おどおどしながらも慎重に正面から向かい合う。


 「…………………」

 『…………………』


 …目。…眼球。…瞳。

 自分のバイクのプロジェクトランプに、確かに意志の通った、聡明な生物の目がある。


 『…混乱しているな。落ち着いて聞くんだ』


 太く、落ち着いた声で”彼”が言った。

 いや、その言葉は響一の耳に直接響いてくる。

 何らかの方法で、”彼”は響一の耳石を微量に震わせて伝えているようだ。


 理解が追い付いていない表情の響一の横を、通行人が時折、遠巻きに通り過ぎていく。

 傍目には、エンジンが付きっぱなしのバイクを前に、男が驚愕の表情でライトに照らされているだけにしか見えない。

 

 「お…、お…」


 響一は言葉に詰まっていた。

 それでなくとも死体に囲まれ、バイクに話し掛けられ、化け物に追われたのだ。

 浮かんだものを繋げて言うだけでも精一杯だった。


 「おまえは、、、何だよ?」

 『俺は、()()()()から来た』

 「()()()()?…って何だ?」

 『言語では伝わらん。此処とは決して交わらない世界だが二日前、穴が開いた』

 「”穴”?」

 『そうとしか表現できない。俺はそこから、”奴”を追ってきた』

 「…”奴”?」

 『俺と同じく、こちらで動くには器がいる。公園で見ただろう。中心にいたあの男は、”奴”に気に入られた人間だ。オマエはソイツに襲われた。放っておけば、()()()()への影響は計り知れない。放置はできない』


 器、目の前のバイク、バッタ男の夢、先ほどの人間離れした自分の力…。

 記憶と思考が巡る中、響一は急に自身のことが頭に浮かんだ。 


 「器って…、ひょっとして…、オレも、か?」

 『俺が半分、入っている。死なせないためにそうしたが、奴と対峙するための手段が必要だった』

 「オレが、手段…。どういうこと?」

 『オマエと俺で奴を止める。行くぞ』

 「行くかあ、ボケカス!!」


 建物に反響するほどの大声で叫び、響一が”彼”の前輪を思い切り蹴った。

 不意を食らったように、”彼”の車体があっけなく倒れ、ビックリしたように排気音がブーストする。


 『なっ!?』


 驚いた”彼”をよそに、響一がわき目も降らずに走り出す。

 バイクと語る余地などゼロだ。


 4号線沿いにある地下鉄入谷駅…。 

 路地に入り込む間際、丁度目に入った出入口を無我夢中に目指した。

 ICカードが入った財布で改札機を叩き、発車寸前の電車に滑り込むと、気づけば地元の北千住駅だった。

 ”海々っ子(あみっこ)”に行くのだ。

 昔からのバカな顔なじみが集まり、日々どうでもいい与太話に花を咲かせている場所だ。

 最高じゃないか。

 いつものくだらない日常だよ。


 建物を抜け、タクシー乗り場を横切ろうとしたとき、歩行者デッキを支える柱の隅から、スマホに目を落としている女性がニュッと現れた。


 視界の奥で、同時に伸びてくるカギ爪が、胸を刺す。


 「………はあッ!?」


 驚愕した響一は、出合頭に尻もちをついてしまった。

 フラッシュバックが予測なく貫いてきたのだ。

 

 「だ、大丈夫ですか?」

 「……っッ」


 宙に視線を泳がせる響一に、心配した女性が声を掛けてきた。

 女性の割に背が高い。

 上京したての大学生だろうか?まったく垢抜けていない丸メガネを掛けている。

 ヒョロッとした体格の上に、きっちり分けた七三のショートカットに広いおでこ、やたら童顔の顔が印象的だった。


 「…ご、ごめんなさい」

 「……や」


 小さな声で詫びてきたメガネの女性に、響一は手を振ってアピールした。

 心配しながらも去っていく女性をよそに、何とか歩道に手を付く。

 起き上がろうとするが、冷えた床石に乗った手が大きく震えている。

 ビジョンと視界が混濁し、思わず目を瞑った。


 思い出してしまった。

 昨夜、電信柱から出てきた巨体。

 その異形。

 鋭いものが入り込み、肋骨に引っかかる異物感。激痛。

 体内の出血が鼻孔と喉までせり上がり、溺れてしまう。


 「あの男が、()()か…」


 今更ながらに背筋が凍り付いてきた。

 膝がガクガクしている。それを抑え、逃げるように歩き出した。

 笑い合う人たちを分け、目当ての店の前に向かう。

 メインの通りから外れ、小脇に入った路地に赤い看板を掲げている飲食店。

 それが鉄板焼 海々っ子、立華が営む店だった。


 「………………」


 木枠の引き戸に掛けた手が思わず止まる。

 ハッと後ろを向くが、誰も自分を追ってくるものはいなかった。

 怪異との繋がりは、ここで切れたのか?

 不安がよぎるが、響一は目の前の暖かさに逃げた。

 ここで安心したら、家に帰って眠ることができる。


 -------------------------------------------


 「昨日の件につきまして、誠に申し訳ございませんでした」


 36歳の田門大士は、葬式みたいな顔で深々と頭を下げ、割烹着姿の立華に皴だらけの五千円札を差し出した。

 黄色と薄グレーの縞模様の派手なパーカー。工業高校の頃から変わらないセンスだ。

 被ったフードの中には、オッサンの顔が収まっている。

 カウンターのみで8人も座れば埋まる小さな店で、2人は熱された鉄板を挟んで向かい合っていた。


 「まずはこちら、誠意です」 


 立華は田門の誠意とやらを見た。


 「足りないよ。昨日の飲み食い12,474円。…1人前にも達してないじゃん」

 「えっ!?ブラックの分はそっちから払わせろよ」

 「ええっ!?アイツ、奢ってもらったような素振りでしたコトよ!?」

 「えっ!?ホントに!?しょーもないですわねアイツ!」

 「いいから残額払え」


 田門は話が詰んでしまった。

 その様子を見ていた立華の顔に、ふっと苦笑が交じる。


 「…お節介だけどさ。そろそろ芸人、見切りつけたら?組んでたイトコさんだって職人目指し始めたんじゃん。まだ間に合うよ?」

 「だから言ってんじゃんよ。オマエが相方になってくれりゃよ、天下とれんだよぉ」

 「絶対イヤデス」

 「チキショウ!オイっ、そっちの人も言ってくれよ!立華はお好み焼きで終わるオンナじゃねえんだよっ。なっ!なっ!?」


 カウンターの隅へ、田門がカッと剝きだした顔がアレ?という表情に変わった。

 そこには酒をコップで煽っている響一がいる。


 「響一じゃん。…いつからいたの?」

 「あんたが来る1分くらい…前?とにかくボトル出せって、あのまんま」

 「おら響一ぃ!なにカッコつけてんだー。ボトルは安いぞー!」


 反応を見せない響一は、またボトルを手に取った。

 無言で酒をコップに溢れるほど次ぎ、グビグビと喉へ注ぐ。


 「おいおい牛乳かっての!なんだあ?景気イイことでもあったかあ?」

 「うるせえ、とにかく黙れ、消えろダメ芸人」


 虚ろな感じで、響一が矢継ぎ早に呟いた。

 静かに響いた言葉だけに、田門の胸に効果的に突き刺さる。

 薄ら笑いを張り付けたまま、田門はカウンター越しに見えたペティナイフをそっと掴んだ。


 「…………ブっ殺す」


 いきなり店の戸が開き、制服姿の警官が入ってきた。


 「邪魔するよ!」


 藤兵近衛巡査長だった。手には買い物袋を提げている。


 「……………なっ」


 いきなり出現した現役の警察官を前に、田門はナイフを構えた格好で固まっている。


 「丁度いい。そいつでコレ、適当な感じに切ってくれ。なっ!」


 刃物を握っている田門に、肉屋の包みを手渡し、肩をパンッと叩く。

 間際、奥にいる響一にチラリと目をやった。

 

 「田門、タバコのヤニ付いた手で厨房の道具持ったら殺すから」


 キャベツをザクザク刻み始めた立華の言葉に、田門はナイフをスッと元の位置に戻した。


 「立華!コメ炊けてるか?」

 「んっ」

 「よしっ、やるか。立華、オカズ頼むな」

 「手間賃もらうよ」

 「頑張って正義に動く部下のためだ。キャベツ代だけで勘弁してくれ!八丁味噌、ここに置いとくからな!」

 「あのー、なにかあったんスか?」


 手を業務用石鹸で丁寧に洗いはじめた藤兵に、田門がおずおずと尋ねる。


 「んー?今朝の事件もそうだが、どうも昨夜から今日まで、…チョットあり過ぎてな。とりあえず、署員総出で見回ることになった。みんな腹ぁ減るだろ?だからウチから夜食の差し入れだ。塩結びと、肉キャベツの味噌炒め。ウマそうだろ?」


 言いながら厨房に入り、炊飯器を開けた。

 炊き立ての白飯に遠慮なく手を突っ込み、大きめの握り飯を手早く作っていく。

 横では立華がコテを動かし始めた。

 厚めの豚バラとキャベツが鉄板の上で踊り、脂と味噌が溶け合う。

 二人とも、手際が非常に良い。

 酒を呑み続ける響一の前で、20個ほどの握り飯が、ラップに包まれてアルミのバットに積み上がっていった。味噌炒めも、使い捨ての容器に小分けにされていく。

 

 「腹減ってきた…」

 「金払いな」


 涎を溜めている田門に、立華がピシャリと放った。


 「さて、と…」


 一息ついた藤兵が、響一の隣に腰を降ろした。

 その表情をジッと見る。

 

 「……………何すか?」

 「どうした響一?ケンカにでも負けたか?」


 藤兵の声には屈託がない。不思議と人を落ち着かせる暖かさがある。


 「ケンカって…、オレ36ですよ?」

 「関係ないさ。物理じゃなく、気持ちの切った張ったなら、俺も現役だよ。社会的合法だぞ?」

 「……だから何スか?」

 「いや、特にこの辺りは酔っ払いが多くてなあ。色々と理不尽な吹っ掛けをよく食らう」

 「………………」

 「でもな。大抵の揉め事ってのは、怒りじゃなくて個人の弱さが根っこにあるんだよ。だから俺は話を受け止めて、ガスを上手く抜いてやるんだ。そのために必要なのは根気だ。それが俺にとっての”切った張った”。俺の喧嘩だ。いまだ負け知らずだ」


 藤兵が響一に向かって、少しだけ身を乗り出した。


 「響一、今のオマエはそのガスでパンパンになってる。その末は爆発するか壊れるかだ。オマエとの付き合いは長い。藤岡からも色々頼まれてるんだよ」

 「……………」

 「…何があったんだ?」


 黙って聞いていた響一が、コップをカウンターに置いた。

 まだ手放す事ができず、しがみつくような握り方をしている。


 「…夢、なんじゃないかと…、思ってた」


 記憶を掘り起こすような口ぶりで、響一がポツリと話し出した。


 「うん」

 「昨日から、ワケのわからない目に、合ってるんだよ…。出勤の途中、区民公園の近くで変な奴に襲われた、らしい…。結局、助かったっぽいけど、記憶が曖昧で…。それで、さっきバイクで確認に行ったら。そしたら…」

 「…そしたら?」

 「………………………」

 「何を見たんだ?」


 先を言えないでいる響一を見ていた藤兵が、少しだけ視線を落とした。

 炊き立ての米の匂いと、鉄板の油の音が妙に大きく感じる。


 「……蜘蛛、か?」


 低く吐いた藤兵の言葉がスッと入り込み、響一がビクリと反応した。

 それを切っ掛けに、コップを握る手が目に見えて震えだし、中の酒がカウンターの木板を濡らす。


 「……や…」


 パァンッッ


 響一の眼前で、藤兵が手を叩いた。

 飛び切りの音だ。

 厚い掌による空気の打ち鳴らしが、響一の淀みを吹き飛ばす。


 「……………ッ」

 「ビックリさせて悪かった。でも落ち着いたか?…これな、前後不覚になった奴に効くんだよ。お寺の坊さんに教えてもらった」

 

 少し済まなそうに藤兵が言った。

 

 「およそ二日前の夜から、ここら辺で妙なことが起きてる。今朝の事件で死人が出てる上に、各所で原因不明の失踪が異常な件数で上がりはじめた。それと…」


 近衛の喋り方が小さくなった。


 「どの現場の痕跡からも共通して、ある分泌物が検出された。鑑識に回したところ、クモの糸に関連する粘着成分だったそうだ。これは内容が突飛すぎて、公開しない」


 そこまで打ち明けた後、藤兵は後頭部をピシャリと叩いて見せた。


 「…と、話せるのはここまでだが、この一帯で得体の知れない何かが起こってることは間違いない。内容が内容だけに、公的機関としても難儀しているんだが…、とにかく事実を受け入れんことには対策もできん。オマエが何と出くわし、何を見たのか、署で詳しく聞かせてほしい」

 「………………」


 藤兵の申し出に、響一は視線を落として沈黙した。

 一般人である自分にここまで打ち明けたのは、藤兵の警官としての感と、顔見知りである自分への信頼からくるものかもしれない。

 その上で、響一は事態が自分で消化しきれないものであることをイヤというほど理解した。


 「……わかったよ」

 「よし」


 頷いてから、藤兵は制服に備え付けられた無線を手に取った。

 必要事項を手短に伝えた後、響一を促す。


 「もうちょっとしたら迎えが来る。そいつと一緒に本署で待っていてくれ。俺はこいつを分署に届けてから向かう。水呑んどけよ。酔っぱらったまんまじゃ、俺の立つ瀬がない」

 「ちょっと、響一何かしたの!?」


 大量の夜食を手提げのビニール袋に入れ終わった立華が、少し強い調子で尋ねた。


 「なに、ちょっと話を聞きたいだけだ」


 藤兵はそれなりに重い荷物を両手でヒョイと受け取り、一つを田門の目の前に差し出す。


 「………?」

 「田門、悪いけどコレ、本署の方に持って行ってくれねえか?黒田に連絡すればホイホイ受け取りにくるから」

 「ええええ、オヤジさん」


 それでも受け取ってしまう田門に笑いかけ、藤兵は店の引き戸に向かう。

 振り向きざま、


 「響一、オマエが抱え込む必要ないぞ。無理なもんは、できる奴がやりゃいい。これでも俺たちは、荒事対策の専門家なんだ」

 「おおっ、カッケえ…」


 とにかく事情をわかっていない田門が、男惚れした声を洩らした。

 見送る響一にも見えるよう、藤兵はニヤリと笑う。


 「立華!行ってくるからな!お父ちゃん、頑張るぞ!」

 「はいはい…、あァ朝ごはん用意しとくから!」

 

 立華の言葉は届いたのか、木枠の引き戸が、藤兵の背中を隠すように閉じた。


 -------------------------------------------


 金曜の夜だ。それなりに人通りは多い。

 空気と共に、脂が炭火で焦げる匂いが漂っている。


 夜の人通りを佐久間健は一人で歩いていた。

 一部は閉鎖されているが、飲み屋街特有の騒がしさは相変わらず変わりがない。

 笑い合う人たち。

 慣れ親しんだ喧噪も、好きな焼き鳥の匂いも、世界が一枚、隔てられたように興味が湧いてこない。


 彼は先ほど取り逃がした。1人と1匹のことを考えていた。

 考えてみれば、あの男が乗っていたバイクの形には見覚えがあった。

 自分が初めてチカラを使った翌朝、ノコノコ目に入ってきたバイクがアレだったのだ。

 この一帯に潜んでいるのであれば、呼び寄せてやればいい。

 狙われるより、(おび)き出す。

 

 『立ち回ってコントロールする側になりゃいいんだよ。…オマエにゃ無理か』


 嘲笑するアイツの言葉が脳裏に浮かぶ。

 うるせえ。俺にだって出来んだよ。

 苛立ちで顔面が変形しそうだ。衝動が湧き上がってくる。

 

 「あの、すみません」


 佐久間がすれ違おうとしたサラリーマン風の男に声を掛けた。

 帰宅ついでの一人酒でも楽しんできたのだろう。目元が少し赤らんでいる。


 「はい?…っ」


 応じた男の表情から急に力が抜けた。

 瞳がグルンと上に向き、顎がダラリと垂れ下がる。声さえ出さない。

 いつの間にか、首筋から一本の細い糸が伸びていた。

 それは対面している佐久間の指先と繋がっている。


 「…………」


 佐久間が路地へ足を向けると、男も無言でその後を付いていった。

 持っていたカバンも落とし、ユラユラと佐久間の背中を追う。

 路地の奥までこの身体を(いざな)い、()()する。

 どこか目立つところで弾けさせよう。

 周囲の反応を楽しみ、それから彼らが来るのを待てばいい。


 「どうかしましたか?」


 背後から佐久間を呼び止める声が上がった。太い声だ。

 振り返ると、藤兵巡査長がこちらに向かって歩いてくるところだった。


 「いえ…、なにかありました?」


 事も無げに佐久間が答える。


 「ああ失礼、後ろの彼はお友達ですかね?」

 「はい、気分が悪そうだったので、奥で介抱しようと…」


 佐久間の後ろにいるサラリーマンはずっと白目を向いている。

 意識は完全に喪失しているようだが、それでもユラユラと立ち続けているのが不思議だ。


 「酒、というより、なにか別の原因がありそうに見えますが?」


 藤兵は冷静に徹し、相手の反応に集中した。

 駅前の分署に差し入れをし、本署に向かおうとした直後、防犯カメラから割り出された人物と似通う男が目に入ってしまったである。

 2人の様子があまりに異様だったため、思わず声を掛けてしまった。


 「あはは、この人、呑みのクセがよくなくて。強いのばかり呑むんですよ」


 嘘だ。

 人を長く見てきた経験が訴えかけてくる。

 この男、態度があまりに平静すぎた。

 昔、サイコパスと呼ばれる精神のタガが外れた人間とも対峙したことがあったが、彼もそれと同様の類だと直感した。


 「そうは見えないんですがね?」


 藤兵は腰と膝をわずかに落とし、すぐに動ける体勢を取った。

 響一の怯えようを思い出す。

 まるで怪物を見たかのような素振りだったが…、


 「確かに…、本当そうですね」


 身体を揺らし続けるサラリーマンに目をやり、佐久間は自嘲するように笑った。

 まずい、と藤兵は思った。

 話を延ばし、少しでも観察するつもりだったが、相手は早くも駆け引きに飽きてきている。


 「で、どうします?腰のモノ、使ってもいいですよ?」

 「なんだと?」

 「逃げ道を与えてるんですよ。僕の頭を撃てば、少しは時間は稼げるかもしれない」

 「お前は人間ではない、…と言いたいのか?」


 藤兵の問いかけに、佐久間はうっとりと笑みを浮かべた。


 「2日前、ボクは変わりました。警察の方ならもう知ってるでしょ?合同会社ドラフトAGの事件。あれ、ボクです。代表及びスタッフ全員を溶かして殺しました。それと、区民公園に出没したホームレス狩りの中学生たちを兵隊として()()しました」


 自分の話に、平静だった表情が歪んでいくのを見るのは楽しかった。

 もっと見せてやりたい。

 話しながら、佐久間は自分の身体を()()()

 クモ特有の節足が脇腹、背中の肉を突き破り、外に向かって露わになっていく。血が飛び散った。

 そうだ。変わるのは気持ちがいい。

 肉体の中にあるもうひとつの肉体を外に放出する感触だ。

 セックスなど比ではないこの快楽。


 「はあっ、それから何十人…?この一帯、目についた人を兵隊にしたり、オモチャにしたり…。新たに得た自分の力への理解に…、時間を使ってました」

 「………………」

 「お巡りさん。あなたは…、どうしようかな?」


 目の前の怪異に、藤兵は下腹に向かって強く呼吸し、力を込めた。

 響一はこれを見たのか。

 気を保ちながら、右腰にあるホルスターのニューナンブM60を握りしめる。


 背後は商店街の大通りがある、ここで逃げるか?いや違う。

 被害が拡大するだけだ。

 無線で警邏(けいら)中の職員たちに要請をするべきか?それも違った。


 襲った人間を路地裏に連れ込むなら、コイツはまだ表には出たくないということだろう。

 今ごろ、響一は部下に伴われ、署に向かっているはずだ。

 そこで彼の話が通れば、まだ希望はあるかもしれない。


 ならば…。


 覚悟を決めた藤兵は銃を抜き、佐久間に狙いを定めた。

 こんなときに、今も鉄板の前でコテを振るう立華の顔が目に浮かんでくる。

 奴を、大事な娘に触れさせるわけにはいかない。


 -------------------------------------------


 『文本響一、緊急の事態だ』

 「…っ!?」


 耳元から、ごく自然にクリアな声が響いてきたことに、響一は思わず立ち上がった。


 『”奴”が力を使った。このすぐ近くでだ』


 畳みかけるように声が聞こえる。


 「…………?」


 立ち上がった響一を、立華が怪訝な顔で見たが、彼女にはこの声が届いていないらしい。

 響一の耳骨を直接振動させて伝えるやり方。

 ”彼”が呼びかけて来ているのだ。

 響一は周囲に聞こえないよう、小声で喋ってみた。


 「なんで、ここが?」

 『気づかなかったのか?駅までオマエを追いかけてきたんだ。離れすぎると危険だからな』


 こちらの声は”彼”に伝わるらしい。

 響一は叫びたかったが、とりあえず店のトイレへと駆け込み、必死の形相で戸を閉めた。

 上からの照明が、響一の足元に強い影を落とす。


 「あのなあ、アンタがアレとケンカしたいのはわかったよ。でも俺を巻き込むなよ!?」

 『何度でも言う。オマエには俺の半分が入っている。オマエの力が必要なんだ』

 「アンタ買い被ってんだよ。俺にゃ何も無ぇぞ!」

 『やるしかないんだ。俺のことだけじゃない。事態はオマエの周囲をも巻き込みつつある』

 「………なんだって?」

 『先ほどの警官と呼ばれる役職の男の移動先と、”奴”の反応が重なっている。遭遇した可能性が高い』

 「…………………」


 -------------------------------------------


 「ちょっ、響一!?」


 立華の呼びかけを背に受けながら、響一は海々っ子を飛び出していた。

 

 『ちがう、反対だ』


 ”彼”の声に、方向を切り返して走り出す。

 同時に建物の上から、突然バイクが降ってきた。

 派手な音を立てて着地し、無人のまま響一と並走し始める。

 どこかから、キャー、という声が響くが、響一はあえて無視した。

 そのまま走り続ける。

 響一は気づいていないが、バイクである”彼”の速度に、脚力が付いてきている。

 アスファルトを蹴る足の反動で、砂利や埃が異常に舞い上がった。


 『左だ』


 ”彼”の指した方向を見ると、確かに小さな路地への入り口があった。

 足を鋭くカットし、入った場所で立ち止まる。

 息が切れていない。到着して、すぐに息を潜めることができている。

 ”彼”もブレーキを効かし、後輪をスリップさせながら響一の背後に着いた。


 「………………」

 『奥だ。その空き箱の向こうの陰にいる』


 恐怖と緊張で、響一の息が荒い。

 焼き鳥屋の裏口に立てかけられたモップが目に入り、思わずをそれを手に取った。

 対象はまだ箱の陰にいる。まだ見えない。

 そろり…

 足音を立てず、横に一歩、二歩…。


 「……っ!?オヤジさん!!」


 ”彼”のいう”奴”の姿はいない。

 代わりに、藤兵と思しき制服姿の男がうつ伏せに倒れているのが見えた。

 響一が駆け寄ろうとした矢先、藤兵の指先がピクリと震えた。

 身体が動き、彼の顔がチラリと覗く。

 その表情は、どこか笑みを浮かべているように見えた。


 「あービックリした!まったく何だったんだアレ!」


 無骨な声で軽口を叩く。

 そんな藤兵の声が聞こえてくるかと思ったが、ただの期待に終わった。


 「………………」


 身体をムクリ、と起こすが、ところどころ不自然にガクついている。

 なあ、そんなパフォーマンスどこで覚えたんだよ?

 そう響一は言いたかったが、最早そういうものではなかった。


 『彼は死んでいる』


 響一の耳の奥に、シンプルな宣告が刻まれた。 

 もう、こぼれて落ち、修正は出来ない。

 そんな虚無感が響一を包み始める。


 藤兵が響一に向いた。

 魂が抜けたモノ。ヒトの形をした肉の塊。

 公園で見たあの動く死体と一緒だった。

 藤兵の身体も、あの時と同じように変容していった。表情が溶け、ドクロの顔が露わとなる。

 藤兵の個性がまったく残らなかったのは、響一にとって逆にありがたかった。


 「なあ、アンタ」


 抑揚のない声で、響一が背後の”彼”に尋ねた。


 「アレは、どうやったら終わらせてあげることができる?」

 『身体の指揮系統は頭部に集中している。多少の破壊では止まらないが、頚椎辺りに力を集中させれば、活動は停止する』

 「………………」

 『もう気づいているだろうが、オマエの身体は俺の半身の作用で覚醒している。常人を超えた身体能力だ。だが油断するな。力の強さは、アレもオマエに近い』

 「…アンタは手ぇ出すな」


 短く言うと、響一は仁王立ちに身体を張り詰め、鼻から思い切り息を吸い込んだ。

 そして尻の穴をすぼめ、力を込めながら、絞り出すようにゆっくり吐き出していく。

 昔、藤兵ともう一人の恩師から教えてもらった心身を充足させる方法だ。

 一呼吸で、響一の中に力が満ちた。

 腰と膝の力を抜き、両手を差し出すようにして構えを作った。

 半ば強引に叩き込まれた術を、響一は初めて真剣に使おうとしていた。


 いイぃいいイイいいいい!!


 藤兵だったモノが叫び、響一に掴みかかった。

 間合いに入るなり、両腕を滅茶苦茶に振り回し、響一の身体を持っていこうとする。

 響一が身を引いてやり過ごし、横に回ると、反応したモノがそれを追いかけた。

 本能で動き、響一をただ追いかける。それだけの動きだ。

 どっしりと、的確に相手を追い詰めていく。熟達した藤兵の技の、欠片さえ見当たらなかった。


 こんな…。


 響一の中に怒りが点った。

 モノの無防備な突進に、響一がカウンターで間を詰める。

 口を開いたドクロの頭部を、響一は両手で挟んで受け止めた。


 アンタを、こんな使い方しやがって…。

 

 響一は奥歯を噛みしめた。

 頭を掴まれながら、モノは手足を無軌道に動かしている。

 足、腹、横顔にまともに食らうが、響一は構わず力を込め続けた。

 モノの首を支点に、互いの筋力がブルブルと拮抗している。


 「ーーーーーっ!」


 声にならない唸りが、響一の口から洩れる。

 その唸りがピークに達し、力の拮抗が傾いた。

 …音が鳴った。

 椎間板を削ぎ、骨を砕き、脊髄が千切れる感触が、掌を通して伝わってくる…。

 そして、ようやくモノから一切の力が抜けた。

 手を離すと、その場に崩れ、ドサリと落ちた。


 「……………………」

 『…停止したぞ』


 ”彼”の声が届いてきた。

 言葉もない。

 跡に残った空虚を、響一は目を閉じて胸に押し込めた。


 「ははっ、やっぱり来たよ」


 癪に障る声が頭上から響いた。


 『…………っ!』


 響一たちが見上げると、佐久間が怪物の姿で屋根の上で佇んでいた。

 頭部の一部に佐久間本人の顔が張り付いているため、響一たちを見下げている感情が伝わってくる。

 クモとヒトが混合した怪物の姿を響一は初めて目にしたが、今更驚きもしなかった。

 

 「オマエを消しに来た」


 ”彼”が佐久間を睨め上げ、声を発した。

 路地に反響して音が響く。

 おそらくクラクションホーンから直接音声を出しているのだろうが、なぜかオーディオ並みに音質が高い。


 「イイね。僕のチカラはとても喜んでるよ。こっから先はヤるか、ヤられるかだ」

 「…そのチカラとやらの事を聞きたい。オマエの身体にどれだけいる?」


 ”彼”の妙な質問に、佐久間が珍しく訝しむ素振りを見せた。


 「どれだけ?全部僕だよ?」

 「…まだ、動いていないだけか」

 「は?」


 佐久間の声に、わずかに苛立ちが混じった。


 「そんなもん決まってるだろ。僕と、お前だけしかいないよ!」

 「わからないのか?オマエは”奴”にとっての扱いやすい玩具だ。劣等感と被害意識を突かれ、暴走させられているだけだ」

 「…あ?」

 「オマエは救われない。可哀そうだが、してやれることは、”消す”ことだけだ」

 「可哀そう?」


 ”彼”が発した言葉に、佐久間が感情を露わにした。

 その一言がよほど彼の内面を刺したらしい。

 クモの顔面の横にある人間の表情が、ギリギリと歪んでいる。

 

 「昆虫の出来損ないが好き勝手言うなよ。僕を面白半分に排斥しようとしたのはあのクズ共だ!人を貶めて喜ぶのが生きがいのアイツらに、僕はわからせただけだ!」

 「ほかのニンゲンまで手に掛ける理由にはならない」

 「みんな一緒だよ!大概、傷つけるか、欲求のはけ口にするかのどっちかだ!この身体になって、今までの人生、ずっと我慢してきたことに気づいた。今度はコッチの番だ、僕は痛みを”拡散”させる!」

 喚いた直後、佐久間はにわかに上を向いた。

 肥大した身体いっぱいに息を吸い込み、一気に吐き出す。


 ゴぉおおぉオぉっ!!

 

 佐久間の口からあり得ない奇声が発せられた。

 空気を震わせ、街一帯に響き渡る轟音だ。

 音が止んだのち、響き渡った範囲の所々で、何かがプツプツと泡立つような感覚を”彼”は感じ取った。


 「…何をした?」

 「僕の人形たちに合図を送ったのさ。お前らもあの公園で見ただろう?今の時点では人の姿のままで街をウロついてる。そいつらを一斉に解放するんだ。一帯、阿鼻叫喚で包んでやるよ」

 「貴様…」

 「でもハンデをあげたよ。時間をやる。解放までに20分掛かるようにした。僕の人形を相手にしながら、どこまでやれるか、僕は身を隠して眺めてあげ…」

 「おい」


 遮るように、響一が声を発した。

 口を真一文字に結び、佐久間を見据えている。


 「なんだよ下僕?」

 「オマエか?オヤジさんをあんな風にしたのは?」

 「オヤジさん?ああ、囮で使ったあの警官ね。これは奇遇だ。キミの知り合いだったんだ?」

 「………………」

 「なかなかムカつく人だったよ。なんか見透かしてくるような感じでさ…。トドメ刺したのはキミだけどさ、どうせアンタにも偉そうに…」

 「うるせえ」


 響一が言った。

 低く、静かだが、耳に刺さる声だった。


 「オマエは必ず追い詰める。そのあとは、考えさせねえよ」

 「……いいね。ちょっとヒュンて来たよ。バッタと下僕一人でどこまでやれるかね?…20分後だ。ニヤついて見ててやる!」


 言葉を残し、佐久間がその場から消えた。

 上の建物まで跳び、そこから壁を這って建物の陰へと移動していく姿が見える。


 佐久間の動向を見届けてから、響一は改めて藤兵の身体を視界に入れた。

 黒ずんだ細胞質は溶け落ち、彼の骨だけが残っている。


 「………………」


 響一はその場に腰を降ろし、骸をなるべく丁寧にまとめると、上に畳んだ制服と帽子を乗せた。

 骨の一部を手に取り、ポケットの中にしまう。

 布の内に収まった塊から、響一は藤兵を感じた。


 無理なもんは、できる奴がやりゃいい


 「…できる奴、か」


 藤兵の言葉を頭の中で反芻し、静かに”彼”の方へと振り向いた。


 「アンタ、考えはあるのか?」


 響一が訪ねる。

 

 「オレは、アイツの好きにさせたくない。そのためなら、アンタにだって乗ってやるよ」

 『…わかった。動きながら指示しよう』


 ”彼”は音を出さず、響一の耳骨に直接意思を伝えてきた。


 「ここら一帯、これから危なくなるんだよな?なら準備させてくれ。オレんちに寄りたい」

 『乗れ。屋根の上を跳ねて移動する』


 エンジンを唸らせ、”彼”は響一を促した。


 -------------------------------------------


 自宅のリビングで、響一は深緑色のレーシングスーツに袖を通していた。

 本格的な仕様だ。

 厚手のレザーを基盤に、肩、胸、膝といった急所には硬質プロテクターと衝撃吸収層が幾重にも仕込まれている。内側にはアラミド繊維の補強が走り、時速200キロを超える領域で路面に叩きつけられることすら想定された、“第二の皮膚”だ。


 「………………」


 ナックルガード付きのグローブをはめながら、棚の上にあるフォトスタンドに目をやった。

 額縁には一人の男性の写真が収められている。

 太い木を粗く彫り込んだような顔が、画像の中で豪快に笑っていた。

 その前に、藤兵の身体の一部だった骨の欠片を置く。

 一瞬、二人が笑い合うイメージが頭を通り抜けていく。


 「…おかしなコトに巻き込まれたもんだよな」


 二人に話し掛けてみた。


 『その恰好は?』

 

 庭の中から、”彼”が縁側越しに訊いてきた。


 「奥から引っ張り出してきたんだよ。多少の攻撃なら防げるだろ。着るのは…、10何年ぶりか」


 忘れたいと思っていたことを、色々と思い出してしまう。

 まったく、この事態は響一にとって、隅から隅まで気持ちを抉ってくれる。


 「なあ、ちょっとビックリしたんだけど、俺の身体、ずいぶん締まってるんだ。オマエ何かした?」

 『やっと気が付いたのか?無駄肉だらけの身体で戦わせるわけにはいかない。昨日から時間を掛けて改良させてもらった』

 「…ああそうかよ。人の身体、勝手に…」


 と言いつつも、響一は満更でもない表情を浮かべている。

 おかげで10年以上前のスーツも着ることができた。

 一方で”彼”は隻眼の視線を落とし、考え込むような素振りを見せていた。


 「…どうした?」

 『いや、どのような形でオマエに力を使わせるか思案していたが、方法が定まった』 

 「カタチってオレも、あんな風になるのか?」


 怪物の姿となった佐久間を思い出し、響一が不安な声で問う。


 「もうその心配は不要だ」

 「もう、って…、え?……まあ、行こうぜ」

 『改めて確認する。文本響一、戦えるか?』

 「……………………」


 響一は何も言わず、”彼”に跨ったことで応えて見せた。

 フルフェイスのヘルメットを被り、バイザーを閉じる。


 『よし』


 ”彼”が、エンジンを鋭く唸らせた。


 「行ってくるよ。藤岡さん」


 写真の笑い顔を頭に浮かべ、響一は小さく言った。



 -------------------------------------------


 「いやっだからっ、あと10分くらいで街がとんでもないことになんだって!街中に警官一杯配置させてんだろ?そいつらに拡声器持たせてどっか安全な場所に避難させるんだよ。……そんな時間無ぇよ!」


 道端にあった公衆電話の受話器を叩くように置き、響一が電話ボックスを飛び出した。


 「くそっ、話になんねえよっ」

 『任せろと言っていたが、電話一本で公的機関が動くはずがないだろう』

 「うるせえよっ!くそっ…、せめて、知ってる奴らには話をしておかなきゃ」

 『要点は状況の説明よりも、いかに安全な場所に移動させるかだ。…響一、避難先の目途はあるか?』

 「それは…駅、だな。歩行者デッキとターミナル、駅ビル含めりゃ結構な人数が避難できる」

 『よし。それでいこう』

 「いこうってオマエ、どうやって呼びかけんだよ?」

 『利器を使わせてもらう。響一、そのスマートフォンを貸してもらいたい』

 「え……」


 ”彼”のエンジン部からワイヤーのようなものが響一に向かって伸びてきた。

 直径1cmほどの太さだが、先端が5支に分かれており、指先のようにフレキシブルな使い方ができそうだ。

 躊躇しながら差し出したスマホをひったくり、接続部にワイヤーの先端を突っ込んだ。

 機器の構造理解からその先にある通信機構との連携、その解析…。

 

 「……何してんだ?」

 『よし』 


 周辺の店舗、道端を行く人、家屋の中に至るまで、響一たちは周辺に位置するスマホからのけたたましい警告音が鳴り響くのを聞いた。


 「これは……」

 『範囲は限定的だが、この端末を通じて、一帯のスマートフォンすべてに誤作動を起こさせた。自宅が遠い者は駅に向かい、建物内にいる場合は施錠して誰も入れるなというメッセージ付きだ』


 道行く通行人たちに目をやる。

 いったい何を読んだのかはわからないが、画面を見た全員、ソワソワしはじめている。

 反応はそれぞれだが、それでも辺りに情報を周知できたのは確実らしい。


 「凄えな。でも…アレ?…なあソレ、俺のスマホからアシ付いたりしないのか?」

 『………何を言っている?』


 ”彼”が言い放った言葉に、響一は硬直した。

 心底わかっていない感じだった。


 「…おま、俺ぁ何のタメに公衆電話で…」

 『駅を中心に辺りを一周するぞ。乗れ』

 「バカ野郎っ!」


 響一は泣きそうな声で”彼”の車体を蹴り、そのままシートに跨った。

 アクセルを捻り、タイヤ跡を残してその場から離れていく。


 ルートを曲がりくねり、駆け抜けていく。

 現在、柳原2丁目から、大踏切通りに入るところだ。そのまま真っ直ぐ進んでいけば、一帯を概ね周回できたことになる。


 「…イケてんのか?」


 流れる視界の周囲から、スマホの警音が波音のように響き続けているのが聞こえる。

 安心が少しだけ芽生えてきた。


 『時間だ』


 響一に、”彼”が冷や水を被せた。


 「…………っ!!」


 ”彼”の感覚が共有され、響一は顔をしかめた。

 佐久間の言う”人形”が目覚めはじめたのだ。

 その瞬間が、”彼”を通して思考内に広がってくる。

 およそ数十体…、それ以上。

 それだけのモノたちが、一斉に一般人を襲いだすことになる。

 一番近いポイントが、400m先…。


 「アイツ…、本当にやりやがった」

 『…俺たちもやるぞ』

 

 風を切って走る”彼”の隻眼が、形を変えた。

 丸い瞳の光彩が渦巻くような模様になり、風車のように回転をはじめる。

 

 「熱っ!?」


 腹の奥が焼ける感覚に、響一が叫んだ。

 視線を落とすと、赤く光る球が臍の前で浮かんでいる。

 光が、内側から脈打っているようだ。

 大気を呑み込んでいき、密度が濃くなっていく。


 今まさに起こっていることに、響一の身体が震えた。

 馬鹿みたいに憧れていた、“あの瞬間”。

 

 ふざけるなよ。


 喉の奥で、声にならない何かが軋む。

 嬉しい、なんて思ったのか?

 ……最低だ。


 変っ身っっ!!


 ”彼”が叫んだ瞬間、車体が弾けた。

 黒いカラーリングの表皮が(ほど)け、中から濃い緑色が現れる。

 スマートで機械的だったカウルがマッシブになり、車体全体が、より生物的なフォルムとなった。

 後部のツインマフラーが肥大化し、飛蝗(バッタ)目特有の強力な後脚を模す。


 同時、弾け飛んだカウルの各部が空中で融解し、響一の眼前で粒子状に収束した。

 黒い塊となったそれの内側から、ガツガツ、と骨に響く音が聞こえてくる。

 塊の内で、何かが固いものが噛み砕かれているような音だ。

 器物ではない、もっと生々しいものが、形を成そうとしていた。


 「……………っ!」

 

 塊が、突然響一の目の前で分散した。

 頭部、胸部、腕部…、大雑把(おおざっぱ)に散らばったものが、響一の全身へと物凄い勢いで叩きつけられていく。

 臍部の球体もパーツと共に収まり、ベルトのバックルのような形態となった。

 叩きつけられたものが、ライディングスーツと共に肉体へ圧着する。


 響一の内から何かが止めどなく溢れ、雄たけびとなって口から滑り出た。


 「ぉおおおおおおっ!」


 赤くなった視界で”全て”が把握できた。

 狙いは100m先、建物の向こう側で人間を襲おうとしているモノだ。

 

 「おあっ!!」


 響一の身体が、撃ち出されたように宙へと跳ね上がった。

 同時に、”彼”の車体が、アスファルトの上で大きくバウンドする。

 満点の星空を見上げるように、逆さの体勢で響一は眼下の夜景を見下ろした。

 そのまま自由落下で目標に接近していく。

 モノの1体が、逃げ惑う酔客を追いかける様子が視認できた。


 「………………」


 着地のインパクトと共に脚を振り下ろすと、モノの身体がいとも簡単に粉砕された。

 遅れて、衝撃が周囲を吹き飛ばしていき、爆風で店の暖簾(のれん)が激しくなびく。

 もはや爆撃に近かった。

 

 「ひぃっ!」


 酔客含め、周辺で逃げ惑っていた人間が、怯えた様子で爆心地を見た。

 土埃の中に、人影が浮かび上がる。

 レーシングライダーのようなフォルムをしているが、少し違う。

 昆虫の外骨格のような各部の装甲、合間に見え隠れする関節膜、そしてヘルメットのような頭部に目立つ複眼のような目、触覚、横に裂けたような形の口腔部…。

 

 「…か、カッコいい…」


 テレビ世代なのか、頭の禿げあがった酔客が、場違いな声を上げた。


 「……………っ!」


 響一が周囲の動きを察知した。

 場にはまだ敵がいる。前に2体、後ろに1体…。

 逃げ惑う人間を追う危険度の高さを判別し、響一は動いた。


 前方に蹴り出したダッシュがそのまま跳躍となり、たった一足で20mもの距離を詰めた。

 内の1体へすれ違いざまに腕を一閃した後、電柱を蹴って方向転換。

 進行上のもう1体に直撃し、頸部を壁ごと蹴り潰す。


 残り、後ろの1体…。


 響一が後ろに向き直ったのと同時、”彼”が走行してくるのが目に入った。

 モノの脇をすり抜ける瞬間、例のワイヤーのような手で対象を捉えると、振り下ろす様に地面に叩きつける。

 なかなか凶暴な攻撃だった。


 『この調子だ。連携して進むぞ』

 「ああ、急ごうぜ」


 1人と1体は跳躍した。

 ”彼”はマフラーの収納部から後脚を展開し、バッタの形態を取っている。

 上空から辺りを俯瞰し、一帯に散らばる敵の位置を捕捉した。


 『響一は内側、俺は外側を周る。最長でも互いに1.5kmの距離を保ちながら潰していくぞ』

 「…?双方向に攻めないのか?」

 『理由がある。ともかく俺はオマエのフォローに徹する。主力はオマエだ』

 「人使いが荒いっ!」


 言葉を吐きながら、響一は空中で”彼”の背中に足裏を添えた。

 そこを踏み台に、指示の方角へと跳ぶ。 

 ”彼”もその反動を利用し、地表へと降りて行った。

 

 -------------------------------------------


 3分前ーー。


 海々っ子の引き戸が開き、バーテンダー姿の男がヒョッコリ顔を出してきた。

 整った口髭と片目を隠す黒い眼帯が、独特の雰囲気を放っている。


 「ああ剃真(そうま)クン。どうしたの?」

 「どう?繁盛してる?…繁盛してるね」


 海々っ子の店内は人で埋まっていた。

 注文の品を捌き切ったため、立華も丁度落ち着いたところらしい。


 「さっきの警報だからね。お客さん達には残ってもらったわ」

 「…ん?西上じゃん」


 カウンターの奥に1人、これもまたクセの強そうな人間が座っている。

 よく見ると30代だが、くたびれた白髪と猫背のせいで、遠目には老人に見えてしまう男だった。

 鉄板のもんじゃ焼きを肴に、ハイボールをチビチビと嗜んでいる。


 「…こ、こんばんわ」


 しわがれた声だった。


 「心配で見に来たんだけど…、一応施錠した方がよくないか?」

 「これからするよ?いやっ、警報はアタシも見たけどさー、あれヘンだよねえ?異常行動個体の発生とか、対象は人型です、とか…。凶器持った変質者でよくない?」

 「言われてみりゃそうなんだが、昨日の事件もあるしな。現にさっきも変な奴が歩いてたし」

 「変な奴?」

 「そ、それって…、あの人?」


 西上が窓の外を指さし、客も含めて全員がその方向を見た。

 確かに女性が一人、通りの真ん中を所在無げに歩いている。

 見るからに生気がない。


 「いや、俺が見たのは他の…」


 剃真の言葉も聞かず、立華はカウンターを抜け、引き戸に手を掛けていた。

 半分だけ開き、首から上を出して女性に話し掛ける。


 「お姉さん!警報見たでしょ?なんならウチで休んでかない?」

 「…………………」


 女は言葉を返さず、歩きながら立華に顔を向けただけだった。

 コミュニケーションの動きではない、無機質でただ目標を捕捉する。立華の目にはそんな風に映った。

 歩道の縁石に足を引っ掛けたのか、女の身体が前によろけた。


 「お姉さん大丈夫?」


 引き戸を全開にし、立華が女に駆け寄ろうとしたとき、女の華奢な身体が突然膨れた。

 時間が来たのだ。

 長かった髪が一瞬で禿げ、女が隆々の体躯を持ったバケモノに変じる。


 「…はあっ!?」


 冗談みたいな光景だった。

 昨日遊んだゲームの敵が、そのまま現実に出てきたみたいだ。

 モノが立華に距離を詰めた。

 やはり彼女へ送った視線は、獲物としての捕捉だった。


 腕を上げ、振り下ろす。

 立華の頭を潰し、肩口までメリ込むほどの力だ。

 それを彼女は、苦も無く避けていた。

 勢いが余り、モノの身体が前によろける。

 

 「…………………」


 その姿、体躯、挙動、目に映るものを、立華は観察するように見ていた。

 何かのスイッチが入ったように、彼女の表情には温度がない。

 冷ややかに対象を捉えて仕留める、猛禽類のような顔つきだった。


 「わあっ」


 店の中の女性客が、口を手で押さえて声を上げた。

 スウェーで後ずさった空間を、モノの振り払った腕が通り抜けてゆく。

 更に追いすがってきた巨体を、立華は柔らかい足取りで擦り抜け、背後に回り込んだ。


 動き、観察しながら、立華は思考している。


見た目、中身は液状。臓器部分が見当たらないから、そちらへの攻撃は無効。骨格だけ残して入れ替えた感じ?視認できるのは中心にある白骨部分。背骨の構造も人間と一緒。急所として有効そうなのは頭蓋、脊髄、延髄…。確かに力は強い。速さもそこそこ。だけど、ここまで攻撃を空かされているのに、改善がまったく見られない。知性はない?


 だったら料理できる。


 立華は全開になっている店の入り口を見た。

 中に聞こえるよう、声を張り上げる。


 「剃真クンっ、アイスピック!」

 「…………ッ」


 剃真は立華の意を汲んだ。

 厨房に入り込んでいった彼を見て、立華は次の展開を待った。

 モノの攻撃を3アクションほど避けたとき、


 「立華!」


 剃真が店の入り口から出てきた。

 彼女の動きに合わせ、言われたものを放り投げると、立華の手に綺麗に収まった。 


 モノの腕を搔い潜った間際、その膝の裏を足で押す。

 わずかな動きの一差しで、重量のあるモノの体勢が崩れ、うつ伏せに倒れてしまった。


 「………………」


 身体を起こそうとするモノの後頭部に向かって、立華は受け取ったアイスピックを、真っ直ぐに突き立てた。

 握った柄を大きく動かし、頭蓋の中身を力を込めてかき回す。


 「ハぁ……」


 全身を痙攣させ、モノはすぐに動かなくなった。

 対象の完全停止を確認した立華が、息を吐いて緊張を解く。

 力づくで動かしたせいか、アイスピックは根元から曲がり、使い物にならなくなっていた。


 「…で、なんなのコレ?」


 ピックをその場に放り投げ、立華が今更そんなことを言う。

 そんな彼女に、剃真が突然モップを持って走ってきた。


 「立華っ、屈め!」


 言われたとおりに身を沈めると、背後から別のモノが突っ込んでくるところだった。

 モップの先端がモノの首を捉える。

 一瞬たじろいだが、モップごと剃真の身体を押し込もうとする。


 「ぬおっ!?」


 凄い力だ。

 踏ん張りながら、剃真は呻いた。


 「バカッ、すぐに離れて!」


 初めて焦った声を出した立華をよそに、海々っ子からもう一人、トコトコと出てくる者がいた。

 西上だった。

 ポテトなどを揚げる業務用フライヤーの内釜を、厚手の布巾越しに持っていた。

 剃真を襲っているモノへ、不思議なテンポの足取りで近づいていくと、中にある煮えた油を躊躇なく頭に浴びせ掛ける。

 派手な音と共に表面が煮立ち、火傷のように引きつっていった。

 

 「あれえっ!?」


 西上が素っ頓狂な声を上げた。

 油を掛けた相手に、堪えている様子がまるでなかったからだ。

 モップで耐える剃真に向かって、ガチガチと歯を鳴らしている。

 彼が喰いつかれるのは時間の問題だ。

 何とかこちらに気を引かなくては…。

 立華がそう思った時、また乱入者が現れた。


 「おりああっ!!」


 駆け寄ってきた田門が、助走をつけてモノの顔面にドロップキックを見舞った。

 しかし、モノは大して揺らがなかった。


 「熱ちちちちっ!!」


 田門はまだ煮えている油だまりの上に落ち、アスファルトでのたうち回っただけだった。

 

 「っ!?急所は頭だよっ!」


 立華が叫んだ。


 「あいっ!」


 遅れて到着した黒田巡査が、持ち抱えていたものを構えていた。

 剃真の隣で狙いを定め、そして、


 ずどんっ


 重い破裂音と共に、18.5mmのスラッグ弾頭が、モノの頭を木っ端みじんに炸裂させた。

 音の残響が、路上を震わせる。

 倒れたモノの身体が蒸発しはじめた。わずかな時間で白骨だけが跡に残る。


 「………………」


 その白骨を前に、立華は思わず手を合わせていた。

 気を取り直した後、黒田巡査に顔を向ける。


 「ありがとうブラック。助かったよ…。やり方はともかく」

 「警報聞いた田門クンが騒いでくれたおかげで駆けつけることが出来たんですよ。あと匿名でこの事態を予測するような電話もあった、のかな…?とにかくジャストタイミングで良かったです!」


 上下二連の猟銃をガッチリ握り、黒田巡査があまり良くない人相で親指を立てた。

 剃真が信じられない顔をしている。


 「ブラック。それは何だ?」

 「猟銃ですよ。弾丸はスラッグ弾。当たればブッ飛びますよ」

 「違う!出所(でどころ)は?」

 「押収品ですよ。事態が終わったらすぐ戻すので、問題ないですよ」


 こんな男がなぜ警官を続けていられているのか?

 立華たちはやはり不思議で不思議でならなかった。


 「た、田門クン…」


 西上が、まだ地に寝ている田門を心配した。

 思わず立華も駆け寄る。


 「り、立華…」


 仰向けになっている田門の視線が、どこか遠いものになっている。

 ドロップキックの失敗で腰を打っただけではなかったのか?


 「何?どうしたの?」

 「立華、俺の、相方になってくれや。一緒に天下取ろ…」

 「剃真クン。悪いけどすぐ町内会長に連絡取って、避難しきれてない人たちを各建物内に収容するよう、連絡網から指示回してくんない?ブラックはこの状況をすぐに所轄に報告。機動隊の要請もお願い。ショットガンなんてアタシ達は見てなかった。西上は実家の薬局に戻って応急処置に使えそうなものをピックアップ。在庫総ざらいしてきて。で、田門は…」

 「はい」

 「近隣を自転車で回って、その大声での注意喚起と負傷者の探索。緊急で人手がいるならアタシのところに連絡して。さっきの奴に出くわしたら、全力で逃げる。いい?」

 「さー、いえっさー」

 「すぐ動こう。アタシは不測に備えて店で待機する。必要になったら連絡ちょうだい」

 「ふー、緊急事態なわけだし。じゃ、やるか」


 剃真が早速スマホを取り出したとき、


 「あ、ごめん、ブラック!」

 「はい?」

 「お父ちゃんは?本署に行くっていってたけど」

 「いや…、見てないです。ほかの現場にいるのか、ひょっとしたら、すれ違ったのかも」

 「……そう。まあ、あの人なら大丈夫と思うけど。会ったら連絡するよう言ってくれない?」

 「ええ、…わかりました」

 「ああっ、また出て来た!」


 海々っ子の客が指した方向を見ると、モノが四体、立華たち目掛けて駆け寄ってくる。

 まだ、かなりの数がこの辺りにいるらしい。


 「つ、積んだかも…」


 西上が情けない声を上げた。

 立華が再度身構えたとき、その向こうから何かが、猛烈な速度で接近してくるのが見えた。


 「……っ!?」

 

 背後からモノたちに迫ると、通り抜ける瞬間に身体がひしゃげて吹っ飛ぶ。

 移動の踏み込みが強すぎるのか、アスファルトが割れ、そのかけらが宙に舞っている内に、4体全て、文字通り破壊した。

 それは立華たちの前でバウンドすると、斜め上の位置へ一瞬で跳んでいく。


 「…………なんなの?」


 立華が通り過ぎた方向を見上げた。

 建物の上に人影が立ち、彼女たちをチラリと見た気がしたが、すぐにそこから消え失せてしまった。

 

 -------------------------------------------

 

 『響一、聞こえてるか?』

 「聞こえてるよッ!」

 『この1体で外周の敵はすべて消化する。そっちはどうだ?』

 「こっちは目に入った奴、洩れなく潰してるよ!くそっ…、数増えてねえか!?」

 『まだそれはない。街の中央に集中しつつあるようだな。自分の手駒が減っていることを察知してか、一か所に集結させようとしている。集まる先に奴がいる可能性が高い』

 「わかったよ!」

 『すぐに俺も合流する』


 -------------------------------------------

 

 雑踏の中を、佐久間は何事もないように歩いていた。

 あのバッタは、おそらくチカラに反応して追ってくる。

 怪物の姿から今は人間の見た目に戻り、集団に身を潜めていた。

 調達した服を着て、周りを見回すと、群衆が怯え半分の顔でスマートフォンを見ている。

 その全てを横目に見ながら、佐久間は眉間へ指を当てた。


 「……おかしい」


 広範囲に投入した手駒の反応が、次々に途切れていく。

 機動力の高そうなバッタがいるとはいえ、あり得ない速度で手駒が潰れていくのだ。


 あり得ない。

 広範囲で暴れる人形たちに右往左往するアイツらを笑いたかっただけなのだ。

 それが、敵を完全に買い被っていたことになる。


 本当にオマエはマヌケだな。


 佐久間の頭の中で声が響く。

 畜生っ!


 「…………」


 隣で歩いていた男性は、とんでもないものを見てしまった。

 横にいる男の顔面が、いびつに歪み、ぐにぐにと動いているのだ。

 思わず言葉を失い、立ち止まってしまう。

 その彼に佐久間は目もくれず、無言で人気のなさそうな路地に入っていった。


 駅前だ。

 奴らはそこを中心に動いている。

 避難誘導も、掃討ルートも、すべてあそこを軸に組まれていた。


 ……誘っているのか?

 上等だよ!


 暗がりを歩きながら佐久間は思った。

 人がせっかく気持ちよくなっているところを邪魔しやがるアイツら。

 

 追い詰めようとしているなら、そこで全部巻き込み、徹底的に叩いてやる。

 奴らが絶望しながら解体される様を見なければ、佐久間は気が済まなかった。


 -------------------------------------------


 「おい、ここって…」


 モノ達を追いながら殲滅している内に、響一は駅の手前に着いていた。

 すでにかなりのモノを倒したが、あのクモの奴とは遭遇できていない。

 北千住マルイの屋上に着地して見下ろすと、歩行者デッキにかなりの人が溢れている。

 ”彼”による警報の呼びかけには一定の効果があったらしい。

 考えていたよりも、多くの人が集まっている。

 よく見たら、警察も出動しているらしく、駅員も含めて警備と雑踏整理を行っている様子がうかがえた。

 ここから電車による移動で人々が少なくなっていくのだろうが、今がその際といった感じだ。


 「まずいんじゃないか…、コレ」


 ブラフの注意警報による自分たちの呼びかけは成功していたようだ。

 だがここで、響一は決定的なことに気づいた。

 例の警報で、避難場所の情報はクモの奴にも伝わっているはずだ。

 状況次第では、奴に絶好の餌場を用意していたことになる。


 「くそっ、俺もアイツもバカだ」

 『避難場所の件なら、それは計画の内だ』


 声と共に、背後に”彼”が着地した。

 響一がその方向に向いた。


 「…どういうことだよ?」

 『奴を感知するには、力を使わせる必要がある。手勢を減らすことで、奴はその補充に動くだろう。思った通り、奴の手駒があそこに集まり始めた』

 「………オマエ、最初っから、あそこにいる人たちを囮に使おうって腹だったのか?」

 『そうだ』


 響一の怒気を孕んだ問いに、”彼”の回答は淀みがなかった。


 『だが、奴が事を起こす前に必ず止める。人間にはこれ以上手を出させない。それは、オマエと一緒でなければ実現しない』

 「…この野郎」

 『響一、俺が目になる。奴をいち早く特定し、オマエに感覚を共有する』

 「………くっそ」


 吐き捨てた響一は、屋上の柵を軽やかに跳び越えた。

 建物の(ふち)に立ち、いつでも飛び込めるよう、身を低く構える。


 「やるしかなくなるじゃねえか。…しくじるワケにいかねえよ」

 『俺は奴の捕捉に集中する。…絶対に見つける』


 そう強く言い、”彼”は隻眼の瞳を、風車のように回しはじめた。




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