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固定電話

 受話器を持つ伊藤の左手に力が入る。


「池田透厘が既に死んでいる・・・?」


 伊藤のつぶやきに、両隣の事務二人も反応した。


『松本が突然泣きながら白状しやがった。

 202号室の池田は、入居1年後に練炭自殺を図ったんだ。

 松本は、それを今まで隠してやがった』


(それじゃあ、高橋が受けた電話は一体・・・?)


『佐藤さんが警察に連絡している。

 俺もこれから、裏野ハイツ最寄の交番に電話して、現地に行ってもらうよう頼むよ。

 伊藤は、すぐに高橋に連絡をとれ。

 繋がるまで、電話し続けろ!


 あと、それから・・・』


 受話器の向こうで、舌打ちするような音が聞こえた。


『201号室の森にも、誰か連絡しろ。

 繋がったら、どこに居るか聞き出して、会話したまま警察に報告しろ。

 池田は森の孫だ。

 松本と森は、共犯で池田の死を隠蔽したんだ』


「それじゃあ、池田の遺体はどこにあると言うんですか?」


『池田は、洋室の物入れで死んでいたらしい。

 森は、孫と離れたくない、と懇願したらしい・・・』


「それじゃ、まさか・・・?」


『詳しい話は後だ。

 とにかく今すぐ高橋に連絡しろ!』


 伊藤の思考を遮るかのように、鈴木は強い口調で指示を与え、切電した。


     ◇◆◇


 伊藤は受話器を一旦元に戻した。

 田中と伊藤が心配そうに見ている。


「202号室の池田様は亡くなられているのですか?」


 木村の問いに答える代わりに、伊藤は背筋を伸ばし、声を出した。


「木村さん、今すぐ裏野ハイツ201号室の森様に電話してください。

 電話が繋がったら、田中さん、森様の居場所を警察に知らせてください」


「え、どういうこと・・・?」


 田中の質問には答えず、伊藤は高橋に連絡を取った。


 プルルルッ、プルルルッ・・・


(お願い、高橋、電話に出て・・・)


 伊藤が強く願っていると、ガサゴソという音と共に、高橋の声が聞こえてきた。


『はい、高橋です』


「高橋っ! 今、どこに居るの?」

 飛びつくように、伊藤は早口で言った。


『裏野ハイツに決まっているだろ。

 コインパーキングに車を停めたから、もうすぐ着くよ。

 運転中、何度も着信があって、どうやら相当慌てているみたいだ』


 受話器越しに聞こえる声には、荒めの呼吸が混じっており、彼が小走りで向かっていることを教えた。


「聞いて、高橋。

 裏野ハイツに行かずに、すぐに交番に向かって。

 202号室の池田は死んでいるのが分かった・・・」


『何だ? 聞こえないぞ?

 ああ、もう、着いたから、切るよ』


「ちょっと、高橋、待っ・・・」


 ツーツーツー


 電話は一方的に切られた。


「伊藤さん、森様に連絡はしていますが、留守電にも切り替わらず繋がりません」

 木村の報告が左から右耳へ抜けていった。


 伊藤は固定電話のリダイヤルボタンを押し、再度高橋に電話をかけた。


 プルルルッ、プルルルッ、プルルルル・・・


 呼び出し音が虚しく響く。


 プルッ・・・


『・・・はい、高橋で・・・


 わぁーー!?』


 電話に出たと同時に、彼の叫び声が飛び込んできた。


「高橋!?」


 ガタゴトンッ!


 ひぃぃぃ、来るな、来るなぁぁ!


 あ・・・あれ?

 な、何で開かないんだよ?

 鍵、かかってないのに・・・


           』


 高橋の悲痛な声が、遠くから聞こえてくる。

 

 伊藤は自分の声が大きいことなど気にせず、呼びかけた。


「高橋!? お願い、返事して!」

 気持ちが高ぶり、デスクに前のめりになる。


〈ズ・・・ズズ・・・ズ・・・〉


 や、やめろ、来るなぁ・・・


 ぎゃああああああああーーーーーーー!


              』


「高橋ーーー!!?」

 伊藤は椅子から立ち上がった。


 受話器が大きく引っ張られ、固定電話もガガッと動く。


『ズズ・・・ズ・・・ズズ・・・』


 悲鳴の後、何かを引きずるような音が聞こえてくる。

 これは以前も聞いたことがあった。

 その音は、どんどん近くなる。


「高橋、どうしたの?

 何の音よ、これ?」


「い、伊藤さん・・・?」

 木村が青ざめた表情でこちらを見て言った。


 伊藤は息が止まりそうになった。


 木村はケーブルを手にしていた。

 伊藤の固定電話の電話線が抜けているのだ。


「ひぃ!」


 伊藤は受話器を床に落とす。


『ズズズ・・・ズ・・・。


 キャハハッ☆★』


 プツッ、ツーツーツー


 三人は、凍りついたようにその受話器を見つめていた。


 受話器から聞こえた笑い声。

 声優のちゅるたんによく似た、とても可愛い声だった。




     ◇◆◇




 夏の強い日差しは、外を歩く人々の体力と水分を奪う。


 ナロ建物管理株式会社賃貸マンション管理事業部フロアは、外から戻ってきた社員が涼しくなれるように、空調を整える。

 ずっとフロアにいる事務達は、カーディガンを羽織り、快適過ぎる空間に少々凍えていた。


 事務サポーターから、Aエリアに内線が入る。

「お電話替わりました。

 事務担当の木村です。山崎様、ご用件を承ります」


『引越日が決まったんで、連絡しました』


 木村と裏野ハイツ103号室の山崎秀丙は、引越後の立ち会いの段取りを組んだ。


『あの、失礼ですが伊藤さんは・・・?』


「伊藤は異動になりました」


『そうですか。

 伊藤さんには短い間でしたが、色々お世話になったので、よろしく伝えてください。


 今回は裏野ハイツ、凄いことになって、そちらも大変でしたね・・・。


 いや、実は息子は霊感が強いタイプで、俺もガキの頃そうだったみたいなんですが。

 事故以来、ハイツに居ると、息子の独り言が止まらなくなりまして。

 嫁の実家に頭下げて、息子と嫁だけ先にハイツから出させたら、ピタッと治まったんです。

 きっと何かを感じ取ってしまってたんでしょうね。

 俺の親が借金残したまま蒸発しちまって、嫁の親にも随分迷惑かけたので、実家に行くのはキツかったですが、結果的には良かったです。

 落ち着いたら、3人で安心して暮らせる所を探そうと思います。


 ・・・すみません、ベラベラ話しすぎました』


「いえいえ」木村はにこやかな声で言った。


 木村は電話を終え、受話器を置く。

 先日は、101号室からも解約通知が入った。


 これで、残った住民は201号室だけになった。


     ◇◆◇


 強い日差しが、伊藤の茶髪を更に明るく照らす。


 ヘアアイロンを使わずに一つにまとめただけの髪。

 就活生以来着ていなかった、黒のパンツスーツ。

 黒のパンプスのヒールも低く、何だか慣れない。


「美紅ちゃん、その恰好暑くない?」


 腕まくりしたシャツ姿の鈴木が本社エントランスから出てきた。


「一応、初日なので」

 伊藤は黒のジャケットの襟を正しながら言った。



 あの日、松本は、林と部長と一緒に警察に行った。


 森は201号室にいたところ、警察に行くよう促された。 

 彼女は終始穏やかに微笑んでいたらしい。


 後にニュースにもなったが、裏野ハイツ202号室の物入れからは、白骨化した遺体が発見された。


 森は202号室の家賃を負担し、人が住んでいるように見せかける為、時折202号室で過ごした。


 池田透厘の両親は、彼女の身だしなみを整えてあげることをしなかった。

 どんどんみずぼらしい見た目になっていく彼女を嘲笑っていたようだ。

 森が、身体を洗ってあげたり、髪を切ってあげたりしたことがあるようだが、そうすると池田は両親からひどく叱られる為、森もあまり干渉できなかった。


 それが後の学校でのいじめに繋がり、そこから逃げるように池田は引っ越した。

 両親は引き止めることを全くしなかった。


 ニュースで報道されていない、松本から聞いたという話を、鈴木はつらつらと言った。

 


 後日、ナロは管理業務契約を解約した。

 林も応じざるを得なかった。


 203号室住民の事故死と、202号室の白骨化遺体は、それぞれ別々の事案として処理された。

 しかし、インターネットの非公式な場では、しきりに関連性について書かれていた。



「それじゃあ、オーナー様挨拶周りに行くぞ。

 賃貸Aエリア業務担当の伊藤さん」


 鈴木はポンッと伊藤の背中を叩いた。


 伊藤は手にした数珠をじっと見つめる。

 彼女は一つの可能性を考えていた。


 松本の話では、池田は自殺したとなっている。


 しかし、伊藤は橋本桃の言葉を聞いている。


『練炭を用意したのは、☆☆と△△よ!』


 あれは、他殺かもしれないのだ。


 池田透厘も、誰に物入れに押し込められたのかが分からない。

 だから、自分が分かる範囲の人物を襲い、徐々に犯人を突き止めていったのだ。


 来年の7月、きっとまた不幸な死が起きるはず。


 それを止める方法はあるのだろうか。


 伊藤は鈴木の後について歩く。

 自分はあくまで、賃貸マンションの管理者だ。

 事件の真相を暴いたり、命を狙われている人を守ったりはできない。


 だけど、自分の足で動かないと、何もできない。

 快適な部屋に居たって、何も変えることはできない。


 悔しさを奥歯で噛みしめる伊藤のこめかみに、汗が一筋垂れた。


夏のホラー2016企画には間に合いませんでしたが、無事に完結できて良かったです。最後までお読みください、ありがとうございました。

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