ソロの権利とハバードの義務
「ソロ様、オーボウ様がお呼びです。」
円卓に並べられた食器をメイドたちが下げ、ソロと母フルーテは食後のラソウ茶を楽しんでいた。
ラソウ茶の香りが漂う中、タクトスは悠揚とソロに小声で耳打ちオーボウの意を伝えた。
「わかった、すぐ行く。」
わずかに残ったラソウ茶を、ソロはゆっくりと飲み終える。
「それでは、政議室までお越しください。」
タクトスの一言にソロの顔色が変わる。
『政議室』そこは、ハバード公爵領の指針を決定する重要な会議が行われる場所で、父のオーボウ公爵と四賢公、それに執事長のタクトスのほか例え国王であっても近づくことの許されない聖域。
「わかった。」
緊張した声で、ソロは食卓から立ち上がって、タクトスの後について廊下へと出る。
この生まれ育った宮殿の生まれて初めて使う階段を一段一段登るたび、ソロの胸は不安と緊張に押しつぶされそうになる。
蝋燭の灯だけが薄明るく照らす螺旋階段を宮殿の最上階まで上がり、タクトスは重々しく閉ざされた扉を開ける。
「ソロ様をお連れしました。」
国王ですら入ることの許されない政議室。
四方は高価なガラスが一面に張り巡らされてクレクリンが一望でき、部屋の中央にはソロたちが住むマティス・ラロード大陸を模した大きなテーブルが置かれていた。
「ソロ・ハバードよく来た。」
そのオーボウの言葉には親子の繋がりはなく領主と臣下の関係しかなかった。
ソロはオーボウの正面、テーブルの末席に残された椅子に腰をおろす。
テーブルの両側に座っている四賢公は無言のままで政議室にはソロの立てる椅子の音だけが響き渡っていた。
「ソロ、自由同盟という組織は知っているな?」
ソロが席につき、政議室が再び静寂に包まれた後、一呼吸おいてオーボウが口を開いた。
「最近やつらがこのクレクリンに集結してるそうだ。」
「はい。」
ソロは、事態の重大さを薄々感じながらも、そんな話なら何故自分がわざわざこの政議室に呼ばれるのかわからずに、怪訝に小さく頷いた。
「目的は、ソロ。
お前だ。」
「あとは、私がご説明しましょう。」
予期しないオーボウの言葉に戸惑うソロに、ラフィール侯爵がゆっくりと話し掛ける。
「まず、自由同盟とは、貴族社会を排除して、民衆社会を創ろうとする思想家集団です。
アルカ開放戦争はご存知ですね。」
「あのアルカ王を追放して、自由都市を創り出した反乱のことでしょう。」
ラフィールの問いかけに、詰ることなくサラリと答えるソロに優しくラフィールは微笑みかけた。
「今回、私たちが集まったのは、その自由同盟のなかでも特に過激派である『自由の翼』がこのクレクリンに集結していると情報を得たからです。」
常に冷徹で計算高いラフィールの細目の視線がソロを貫く。
「それと、僕がどう関係しているのですか?」
不安と緊張で身が押し潰されそうななか、恐る恐る話の核心を聞く。
「それはですね。『自由の翼』の目的が、ソロ様とハフィール聖王女様との御聖婚の妨害だからですよ。」
「御聖婚…、僕とハフィール聖王女様の…。」
突然のラフィールの言葉に驚き、ただ実感の湧かない言葉を口の中で唱えるソロ。
「そうだ。お前には話していなかったがな。」
「話さなかった?
どうして?僕のことでしょ!」
父の考えがわからずに、ソロは困惑し声を荒げる。
「ハバード家600年の悲願を達成するためだ。
現に情報が漏れた途端に自由の翼が動き始めた。」
「そうじゃない!僕の気持ちはどう考えてるの!」
「気持ち?
それがどうというのだ?
この聖婚の話は十余年も前に聖王家との間で交された聖約、お前の気持ちでどうとなるものではない!」
「自分のことを自分で決めることが出来ないなんて、絶対に間違っている!」
段々と息は荒くなり鼓動も早くなる。
「ソロ・レイム・ハバード。
お前は、500万人の人民を統べるハバード公爵家の人間なのだ。
支配する特権を持つ我々には、果たさねばならん義務がある。
戦を起こさず、争いを起こさず、混乱を起こさず、全ての領民が安心して生きてゆける世を作り続けなければならんのだ。
そのための聖婚。これは我々貴族、治める者の義務だ。」
ソロを諭すように口調は穏やかに、席を立ってゆっくりとオーボウはソロへと歩み寄る。
「わからない!」
今日まじかで見たソアラの微笑みを思い浮かべるながら、父の言葉を聞くたびにソロの胸の内にたまらない嫌忌が積もり溜まっていく。
「支配する特権に対する義務?治める者の義務?
僕らも、街のみんなも、貴族と平民だって同じ人間でしょ!。」
「愚か者!!!!」
湧いて出た激情にまかして振り下ろしたオーボウの拳にソロは椅子から転げ落ちる。
「つまらん踊り子風情にたぶらかされおって!」
見下ろすオーボウの一言に一瞬ソロの体中の力が抜ける。
「どうして、しってるの?」




