支配者の権利と義務
ソロが劇場から出た頃には、空はゆっくりと夜の闇に染まり始めていた。
踊り子のソアラと同じ深い茜色の空を見上げて、今日の舞台を思い出していた。
案内人が気を配って舞台の終わりに持って来てくれた花束と、『直接渡せば喜ばれますよ。』のひと言。
主演女優でさえ受け取れなかった特大の花束にとまどって、微笑んだあの笑顔、あの瞳。
少したった今でも胸がドキドキする。
今日のあの余韻にひたりながら大通りを街の中心へと歩いていくソロのすぐ脇を、けたたましい車輪の音と荒い馬の鳴き声と共に何台かの馬車が走り抜けていく。
「あれは…」
馬車の後ろの紋章を見てソロは思わず走り出す。
ブロギル家の双頭の鷲の紋章、ラフィール家の4翼の飛龍の紋章、トザクス家の2羽の隼の紋章、シャギール家のグリフォンの紋章。
ソロの目の映った4つの紋章は、間違いなく四賢公と呼ばれるハバード家に仕える貴族たちの紋章だった。
「あの四賢公が一堂に集まるなんて…。」
胸の中に不安がよぎる。
まるで何かに追われるかのようにソロは全速で走り出していた。
クレクリンの中心、かつては小さな湖に浮かぶ小島だった場所に築かれたラーミア宮殿は、みごとに美しく改修され宮殿の水掘となった湖にその影を映し出していた。
その掘の上、宮殿へと続いている白淘石の掛け橋を、息を切らして渡りきったソロを数人の召使たちが出迎える。
昼間には謁見や上申を望む来客で賑わっているエントランスホールもこの時間には誰もいなくなって、ただまばらに行き交う人の靴音だけがホールに響き渡っている。
「お帰りなさいませ、ソロ様。」
「ただいま、タクトス。
帰りにブロギルおじ様たちの馬車を見かけたんだけど…。」
エントランスホールを抜けて宮殿の奥へ歩きながら、ソロは後について歩く年老いた執事に話し掛けた。
「たしか、火急の用ということでオーケス様がお呼びになられたようです。
しかし、四賢公様全員をお呼びになるのは、先代のコルト様がお亡くなりになったとき以来のこと、よほどの事があったのでしょう。」
なぜか胸騒ぎが治まらずにソロの歩調は徐々に早くなる。
「それで、父様は?」
「オーケス様は四賢公様と政議室に入っておられます。
それと、ソロ様には先に食事を済ますようにと、託っております。」
ソロとタクトスは会食の間、謁見の間の前を通り、ソロが私生活を送っている館へと入っていく。
「それで、父様はどうしてブロギルおじ様たちを急に呼んだの?」
「それは、私にも分かりかねますが、ただ事ではございますまい。」
50年以上もハバード家に仕え、先代の当主コルトと主従を越えた信頼と絆を築いたタクトスの言葉には十分すぎる重みがあった。
「それでは、私は奥様をお呼び致しますので、ソロ様は先に食卓のほうへおいでください。」
一礼してタクトスがソロと別れると、タクトスの後について歩いていたメイドたちがソロの後ろについて歩いていく。




