原初の魔女ライラック・エーデルワイス【過去の悲しみ】
─私はずっと前に、失態を犯した。
『ねえ、待ってよ、考え直してよ、あのこだって家族じゃなかったの!?大切なんじゃなかったの!?』
幼い頃、幼い頭なりに考えて、考えて、考えて。でも結局どうにもできなかった幼い自分。
私は何も知らなかった。悲しみも、苦しみも。それがここから永遠に、自分を蝕むことになることも。幼かった私には、想像もつかなかった。
それは、幸せに浸りきった私が、大切を失うことで、悲しみも、苦しみも知ることになったのであった。
それは、幸せを教えてくれた彼らからの、私への、最後の教え。
─きっと私は永久に、この悲しくも、苦しくも。嬉しくも、楽しくも。幸せだったあの思い出を、忘れることはないだろう。
─きっと私は永久に、この悲しくも、苦しくも、悔しくも。地獄のような悲しい、寂しい日々を。
─忘れることはないだろう。
「ライー!ちょっとこっち手伝ってー」
「うん」
ライと呼ばれた少女は足はやに母の元へかけていき、洗濯物を取り込むのを手伝い始めた。
少女の名は、ライラック・リーンデガルド。この国の辺境にある公爵家の一人娘だ。
公爵家と言っても名ばかりで、すっかり名声は落ち、今や伯爵貴族と変わらぬ暮らしをしている。
公爵家の人間がそうなだけで、平民は十分充実した生活を送れている。
「奥様!?何をなさっていらっしゃるんですか!それらは我々の仕事ですよ!?それに手が荒れてしまいます」
「えー。いいのよやりたくてやっていることだもの!ねぇライ」
「そうですね、お母様。あなたたちもたくさんやることがあるのだし、少しくらい手伝わせて」
「ライラックお嬢様まで〜っ。だめですよ、本来使用人がやるべきことですから!それにお世話になりっぱなしじゃあ、お給料をいただいている上にいつも良くしていただいていますから、顔が上がらなくなってしまうじゃないですか!」
さぁ帰った帰ったと、母娘をぐいぐいと部屋の中へと押し込む彼女は、リーンデガルド公爵家で働くメイドの1人、ユノ。
忠誠心の熱い少女だ。
「っていうかライラックお嬢様はまだ六歳じゃないですか!部屋で編み物やったりするお年頃ですよ!っていうかライラックお嬢様はお嬢様らしくなさすぎるんです!私たち使用人の仕事を手伝ってくれたり、木登りしたり、怪我した人を治療したり、六歳とは思えないんですけど!?」
「あら〜!ライが飛び抜けて異常なのは昔からじゃぁないの〜今更気にしたっていつも予想外のことしてくるんだから意味ないわよ〜」
「…それもそうなんですけどぉ…」
ライラックがキョトンとしながら突っ立っていると、ライラックの代わりに返事をしたのは、ライラックの母親であるアイラ・リーンデガルド。この国の上級魔術師だ。
この世界には、魔法・魔術などが存在する。
その魔法や魔術を使う中でもっと必要なのが、『魔力』である。人類誰しもに与えられる魔力は、魔法・魔術を駆使するために必要不可欠のものである。
それと同時に必要になってくるのが、『杖』だ。魔力があったとしても、杖無くして魔力は扱えない。
ようは魔力を集める役割をしているのが『杖』である。そうして人類は魔法・魔術を使いこなして生きてきた。
そんなところに、1人の幼い魔法使いが現れた。
名を、『ライラック・エーデルワイス』。
まだたったの六歳と幼い少女は、その類まれなる膨大な魔力と、繊細な魔力操作技術、それに加えて身体能力が異常に高かった。
そんな少女が現れたのは、国滅亡の危機とまで言われた魔王軍に攻め込まれ、地獄と化した城下町だった。
少女はフードを深く被り、城下町を飲み込まんとしていた魔王軍の近くの家の屋根の上に降り立った。
「じょっ、嬢ちゃん…はや、く逃げな…あんたまで、巻き込まれて、しまうよ…」
そう言われたにも関わらず、少女は濃い青色の鮮やかな本を取り出した。
そして急にどうしたのかと思ったら、本は少女の手を離れ、少女の目の前で浮かびながらページを自らペラペラとめくり始めた。
そして瞬きするまもなく、警告してくれていた人を食べようと口を開けていた大将らしき魔物の頭が、撃ち抜かれた。
「…え?」
死ぬことを覚悟していたその人は、思わぬ現場に目を瞬かせた。
その人が落ちるその瞬間、城下町全体の地面に雪が降り積もり、落下してもふかふかな雪に、その人は埋もれた。掠れてよく見えていない眼を必死に見開いたり瞬きをして、その人はその少女を…その少女とその偉大な所業を目に焼き付けた。
少女は自分の背中に鋭い氷の矢をいくつも編み出しては城下町を、人々を襲う魔物たちへと放っていった。
少女から放たれた鋭い氷の矢は次々と魔物たちを貫き、城下町東の魔物たちを全滅させた。
他の西、北、南にも氷の礫を魔物へ落としまくり、国は滅亡を回避した。
そしてその場にいた魔術師たちに少女は捕まって、そのままトントン拍子に国の魔術師の頂点である『七賢人』になってしまったのであった。
かくして少女『ライラック・エーデルワイス』は、魔術師の頂点『七賢人が1人〈原初の魔女〉ライラック・エーデルワイス』となったのだった。
─が、今会話が全然続かないことに焦りを覚え、超人見知りな上に魔法と本が大好きな引きこもり『ライラック・リーンデガルド』である。
つまり、国を滅亡の危機から救った少女『ライラック・エーデルワイス』と人見知りな公爵令嬢『ライラック・リーンデガルド』は同一人物であるということだ。
けれどもこのことは七賢人のものたち、並びに国王陛下しか知らないことで、もちろん公爵夫妻は全く知らない。
六歳の幼女が七賢人だと認めたくない者が多くおり、七賢人選考をライラックを入れてやり直しても、結局一位に輝いたのは六歳のライラックだった。
晴れてライラック・リーンデガルド名を改め、ライラック・エーデルワイスは七賢人、七賢人のトップに立つ者となったのだった。
そして、現在に至る。
魔術とは、知識や技術、魔力を使って引き起こす、科学や自然の法則によってのもの。
魔法とは、想像力、魔力を使って引き起こす奇跡。この世界で、引き起こすことのできないと『言われていた」
それを可能にしたのがライラックだった。けれども彼女は自分に興味が全くなかった。
そんな彼女だから図書館と同じくらいの大きさの古屋をもらい、大好きなほんと魔法に夢中になり、食わず寝ずの状態が何日も続く事がざらにある。
そんな時に同期〈神殺しの魔術師〉ジニア・フェンリルが古屋を訪ねてくる。
軽やかなテンポでノックする音が聞こえると、ライラックはだるそうにポテポテと歩いてドアを開けるとそこに立っていたのは、フェンリルに食事を持たせた高度なテイムの魔術を使うジニア・フェンリルだった。
ライラックの目がジニアの姿を捉えた瞬間大きな音を鳴らして乱暴にドアを閉め、ドアを一生懸命小さい体で押さえつけた。
その努力も虚しくジニアの召喚したシカによっていとも簡単にドアは開け放たれ、ライラックは見事に吹っ飛ばされたが、雪吹雪を己の背後に展開して、ダメージは受けなかった。
「なっ、ナナナナ何をするんだっ…危うくぶつかって怪我するところだったぞ…」
「はっ、魔術の原点である無詠唱かつ杖なしで使える〈原初の魔女〉の魔法があるくせに何を言ってるの」
この古い話し方をしている方がナディア王国七賢人が1人、〈原初の魔女〉ライラック・エーデルワイスこと、ライラック・リーンデガルド。
人前では普通の貴族の令嬢を演じているが、国王陛下や、他の七賢人たちの前では素の古風の話し方をしている。
フードの隙間から垂れ落ちる金がかったその銀髪は雪を思わせ、フードの隙間から覗くその美しく輝く碧眼は、氷のように輝き、全てを見透かすように、冷静に、その瞳に映るものを見据える。
「よ、ヨヨヨ要件がないなら帰ってくれ…ぇ」
「仕事と食事を持ってきてあげた〈神殺しの魔術師〉ジニア・フェンリル様を帰らせようとはどういうことですかぁ????」
「ごめんて…ジニアがくると思ってなくてぇ…今掃除とか片付けするから待ってて」
そう言ってライラックは雪吹雪を起こし、次々と書類を整頓していく。宙を旋回する書類たちは各場所へ分かれていった。そして埃や汚れも雪吹雪とくっつく氷で掃除していった。
無詠唱でできる魔法は、魔術の始祖と言われる。魔術は、魔法を基に研究と計算、実験を重ねてたどり着いたものであり、科学で証明できるもの。魔法は、科学で証明のできない奇跡と同じもの。それを使ったのは始祖の魔法使いと原初の魔女と呼ばれているライラック・エーデルワイスのみ。
そんな御技を、こんな掃除や洗濯に片付けなどに使っていいものなのか。そう考えたジニアだったが、魔法を前に考えを放棄し、魔法によって作られたミルクティーを飲む。
「はぁ…原初の魔法は始祖様が使っていた奇跡。それを使えるたった1人の魔女がこんなところで魔法と本に夢中になりすぎて食事もろくにとっておらず、ろくに寝てもおらずな小娘だなんて信じたくないんだけど…」
グサグサグサとジニアが次々と真実を突きつける。
「いや、だって…な?本が面白過ぎる上に魔法の研究が楽しいだよ…」
「はあぁぁぁぁぁっ」
「ため息でか」
「誰のせいだと思ってる」
「ライ」
「…よく潔く答えられんなあ…」
ジニアが呆れていると、ライラックはジニアの向かい側の席に着き、ジニアが持ってきた書類に目を通す。
「…は?」
「どうかしたか?」
「どうしたって…おい、知ってんじゃろーい!説明せい!!」
大きな音を立てて書類をジニアに叩きつける。
「いったいな…説明も何もないし…書類の通り」
「〜〜っ、こっのばか野郎が!!」
ライラックの怒りの原因は、ジニアの持ってきた書類に書かれていた仕事の内容だった。
その仕事の内容とは、ミラクルム王国の第二王子、空間魔法を使う〈領域の魔術師〉ユニバース・ミラクルムの誕生祭・パーティでの魔法での盛り上げ兼内密での護衛だ。
「いや、おっかしいとは思わなんだ!?りょっ、〈領域の魔術師〉ユニバース・ミラクルム様だよ!?しかも相手16歳、私は六歳だぞ!?あのバカくそ強い奴の護衛してなんになるんだ!?ってか必要ないだろっ」
「私がなんだって?」
「私は六歳、向こうはバカクソ強い奴なのに護衛なんぞ意味あるわけないだろ…う…」
「やあ、元気にしていたかい?」
ユニバースが現れた途端ライラックはジニアの後ろに即座に隠れた。
「こんにちは殿下。今にも僕は凍りつきそうなので離れていただけますか」
「後でちゃんと溶かして置いてあげるよ」
「ライラックの氷は炎の能力者でも簡単に溶かすことはできないとは知っておいでですよね?」
「あはは」
「ほんと凍え死ぬからどけ」
「怖い怖い」
今にも殺しそうな眼差しを向けるライラックの頭を撫でようと躍起になっているユニバースに蹴りをお見舞いしまくっているライラックたちをフェンリルが間に入って止める。
「まあ確かにライラックの言っていることには一理ある。なぜ七賢人の中でもNo.2の強さの殿下が護衛など?」
「ライラック、社交の場に出てないから幽霊七賢人みたいな感じになっちゃってるんだよね。これを機に知名度and七賢人ってことを知らしめちゃえってこと」
「いいな」
─いやいや、全くよくない。
「裏方ならまだしも表舞台は無理だって!こんなコミュ障が行ったらやばいとは思わんか!?しかもリーンデガルド公爵家の令嬢だってバレたら困るんだが」
「バレたらバレたでいいんじゃない?それはそれでリーンデガルド公爵家の知名度上がるし」
「よくないんだよ!!そもそも」
「この力は見せびらかして、有名になるためのものでも、自分のために使う力でもない」
強者の、何かを経験してきた者の圧倒的威圧感に2人は固まってその場で声すら発せられない。
「いいか?この力は自分の欲のために、自分のために使う力じゃない。この仕事は受けられない。たとえ王命だとしてもだ」
この力は、誰かを救うために、慰めるため、守るためにある力。こんな馬鹿らしいことに使っている暇はない。
「じゃ」
「じゃあその力で誰かを救うときに苦労しないように、社交界デビューして名を轟かせよう…」
「どうしてそんなことをする必要がある」
「名前が轟いていれば誰かを助けたりするときに怖がられたり不振がられたりしないだろう?」
「名を轟かせるだけなら半年前の七賢人選考試験とミラクルム国を救ったことで相当轟いているのではないのか?」
そうだ、幽霊なんかではない。ライラック・エーデルワイスは半年前に滅びかけていたミラクルム国を救ったいわば英雄の魔女なのだ。これ以上名声は必要ない。けれども七賢人であることを証明する重要な役割をも担う王家主催のパーティには、否が応でも出席してもらわねば。
「し、七賢人は全員出席しなければならないんだ。もちろんシュクルも参加する予定だよ」
「…それ本当か…」
「ああ、保証するよ」
「じゃ、じゃあ行ってやらなくもない…ただ席クルの隣にしろ。そしたら最高のパーティにしてやる」
2人の七賢人は安堵のため息を吐く。シュクルという切り札があって良かったと、2人は思ったことだろう。仮にシュクルが参加しなかった場合、絶対にライラック・エーデルワイスは王家主催のパーティに参加しなかったことだろう。
ミラクルム国七賢人が1人、〈原初の魔女〉ライラック・エーデルワイスは、ミラクルム国七賢人が1人、〈菓子の魔術師〉シュクル・ミルフィーユが大の大の大好きなのだ。そんなシュクルとは14歳もの年齢差がある。
けれどもライラックはシュクルのことが大好きだった。年齢差こそあっても、恋愛的な感情は一切ない。まあ、シュクルに関しては知らないが。
そしてすごく嬉しそうにスキップをしながらライラックはパーティの支度を始めた。その王家主催パーティにはリーンデガルド公爵家も出るが、ライラックはいつも魔法で作ったしゃべって動く優れものの複製体を使って公爵令嬢の出席の方はどうにかして、本物は〈原初の魔女〉ライラック・エーデルワイスとして出席していた。
そうして迎えた王家主催第二王子ユニバース・ミラクルムの誕生祭andパーティ。
馬車から降りて王宮に着いたライラックは、重いドレスにコルセットという辛すぎる服を着ていてもすごい速さで廊下を駆け抜け、廊下で微笑みながら握手をしている男に飛びついた。
「わっ」
「シュクル〜〜っ♪」
飛びついて頭を撫でてもらっているライラックを不思議そうに見ている来客たちだった…
そしてあのライラックにすごく懐かれているこの男は、シュクル・ミルフィーユ。七賢人が1人、〈菓子の魔術師〉である。
国滅亡の危機を救い疲れてすぐにでも寝たいのに七賢人たちに着いていくのに嫌がったライラックだったが、その様子にいち早く気づいたシュクルがライラックの周りにたくさんのお菓子を浮かせた。
そうしてライラックは眠気とお菓子に負け、七賢人たちに着いていくことにしたのだが、流石に六歳の体には負担が大きかったようで、ライラックはシュクルに抱っこをせがみ、その暖かな腕の中でお菓子に囲まれる幸せな夢を見て、結果ライラックは異常にシュクルに懐きましたと。
シュクルに撫でられてずいぶんとご機嫌なライラックは、シュクルに抱っこをせがみ、屋上へ行くようにお願いした。会場の皆には外から見るようにとも。
そしてライラックは屋上につくと、シュクルに抱っこされたまま魔法を発動し、お菓子やいろいろな色の氷の花火を打ち上げた。真ん中に氷でできた『ユニバース・ミラクルム 誕生日おめでとう』という文字も上げて。
ライラックは満足気にシュクルを見つめていた。シュクルはライラックのその魔法に魅入り、ライラックの視線に気づいていない。
─嘘でしょう…こんな数の花火…花火は炎の魔術(魔法)じゃないと作れないのではなかったのか?氷属性でも可能なのか?いや、もしかしたら他の属性でも…
シュクルもライラックと同じく魔術を愛している。だからこそこの奇想天外な魔法を目にしてライラックの視線に気づかないほど、シュクルの脳内はライラックの氷の花火のことでいっぱいなのだろう。どのように魔術に変えて作り出すのか、はたまたそれは可能なのかを考えている感じだろう。
そんなライラックがやった奇想天外な魔法を外の端っこから見ていた本人、『ユニバース・ミラクルム』は顔を真っ赤にして「ライラックーーっ!!」と叫んでいたとかいないとか。
ライラックの日常は続く。




