06 侯爵家別邸
レオンは馬車に乗り込むと私の隣にドカッと腰を下ろした。
こんなに粗雑な座り方もするんだ。私は惚けてしまった。元の造作に品があるため、行儀の悪いレオンにガラの悪さは感じられず、ただ色っぽいだけだった。
「悪い、休む」
そう言って彼は目を閉じた。私の手は握ったままだ。
継ぎ馬をして1日で王都までやってきたそうだ。まさか寝ないで?と思ったらそのまさかで、レオンの護衛が最後は追いつけなくて撒かれたと教えてくれた。このあと目を覚ましたら、リュシアンの長い説教は免れないだろう。
レオンは肩で息をしていたがいつの間にか呼吸が整ってきた。そしてそのままスーーっと寝てしまった。寝てしまったなと思って手を解こうとすると、レオンの上半身が私にのしかかってきた。すらっとしているがさすが軍人、筋肉で重い。レオンと扉の間に挟まれて動けない。
向かいの席にいるリュシアンが実に気まずそうにしている。
「寝ぼけてるんでしょうか」
「狸寝入りだと思います」
「お前、降りろ」
レオンが目を瞑ったまま口を挟む。私の笑い声を聞くとレオンも少し笑って、それからスーっと寝息を立てて今度は本当に寝てしまった。
◇◇
馬車は侯爵家の王都別邸に着く。比翼の形に建物が伸びていてシックでありながら要塞にも見えるお屋敷だった。車止めに入り馬車の揺れが無くなると、レオンも到着に気づいたようで目を覚ました。急かされるままドタドタと乗り込んでしまったが、降りるときはレオンがエスコートしてくれた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
別邸を預かる執事が出迎える。
「お嬢様にゲストルームをご用意していますが」
「彼女は私の部屋でいい」
「かしこまりました」
「閣下〜〜!!」
リュシアンがやり取りを聞いて止めに入っている。またレオンとリュシアンの攻防戦が始まる。けれどほとんどと言っていいほどリュシアンはレオンの要求を飲むことになる。だから今日の私の部屋はレオンと同じだ。
結局、王都は物騒なので防犯のためにという体裁で同じ部屋になった。「領に戻ったらさすがに駄目ですからね」というリュシアンの条件つきだ。これまでの報告のため、レオンとリュシアンは執務室に向かった。私も家主不在で寝室に入るのは気が引けるので、それまでの間はゲストルームを使わせてもらうことにした。
行儀は悪いがすぐに横になりたかった。ゲストルームのベッドに傾れ込む。昨夜は馬車内で泊まったし手錠もまだついていた。手足を思い切り伸ばせるクイーンサイズのベッドが嬉しすぎて大の字になる。
私は仰向けになって自分の右手首を見る。まだ少し手錠の跡が残っていた。しかしいま、手錠は外れた。これでレオンとのつながりも終わりだ。
国境付近にいたときにはそこまで意識することはなかったが、王都にくるとレオンは別の世界の住人なんだと実感させられる。
『お前が良ければ裁判のあとも私が世話をしようか』
あの日レオンがそう言ってくれたが、私は断った。
するとレオンは「そうすぐに決めることはない。ゆっくり考えれば良い」と言って保留にしてくれた。あれ、なんだか私がお願いして期限延長したみたいになっているな。
お貴族様ってそういうとこある。
けれど私の判断は変わらない。レオンの近くは、やはり目立ち過ぎる。そして敵国の逃亡者である私の存在は世話になったレオンやリュシアンにも迷惑をかけるだろう。
とは言えこの王都で暮らしていく自信はないし、身元保証人として観察の責務があるそうだから、フェーベルン領に住まわせてもらうのが良いだろうか。
思考をめぐらしているとふと名前を呼ばれた。
「ミラ」
「はい」
レオンがベッドのそばにいた。
「勝手に入ってすまない。だが、不用心だ。次からは鍵をかけておけ」
「はい、すみません」
「具合が悪いのか」
「いえ少し疲れただけです」
大の字になってるのが恥ずかしいな、でも身体のポーズを変えるタイミングを逸した、などと考えていると、レオンがとても優しげな顔で覗き込んだ。
「お前はミラと言うのだな」
「あ…」
レオンってすごいな。それともリュシアンなのか?カマをかけられてナチュラルに返事をしてしまった。
私は上半身を起こした。そしてそのままレオンの方に向き直り、ベッドに座った。
「ミラと言います」
私は座ったまま軽くお辞儀をした。
「よくある名前ですみません」
「私にとっては特別だ。知れて嬉しい」
「またまた」
茶化した私を男は真顔で見る。レオンはひざまずいて私の手をとった。
「気に入ったと言ったろう」
「はあ…」
「姿が見えなくて、攫われたのか、それとも自分で逃げたのかと、気が気では無かった」
アイスグレーの瞳が私をじっと見つめる。
「ミラ、私のそばにいて欲しい」
手の甲に口付けをされた。
私は顔が熱くなるのを感じる。
「深く考える必要はない。お前は私のそばにいたいと思うだろうか?今はそれだけを聞きたい」
ごちゃごちゃ考えるだろうことを見越したレオンの言い方はずるいと思った。さすがお貴族様は言葉巧みだ。
レオンの近くにいたくない人間などいるだろうか。
レオンを知った者はみんなレオンを好きになる。あの老獪なお貴族様たちも、国境隊のみんなも、リュシアンも、あの騎士も。こうやってレオンは育ちの良い人特有の美しさと強引さで、たくさんの人を魅了し籠絡してきたのだろう。私もきっとその1人でしかない。
すっかりレオンの魅力に取り憑かれているくせに、私はお茶を濁した。
「よく知らないのにですか」
「出会ってすぐにどうにも惹かれることはあるだろう?」
それは私のほうだった。遭遇したときはあんなに心のなかでこの男に悪態をついていたのに、ものの1日であっさり陥落した。
この人生で、寂しさには耐性があったのに。レオンがいないと寂しいし、顔が見れたら嬉しかった。
でもお貴族様のお相手なんて無理だと蓋をして、さっさと目の前から逃げようとしていた。せっかく身の程を弁えたのに、蓋を開けないでくれ。
「ミラ」
レオンが両手で私の手を握る。ミラ、決断せよ、そう言っているようだった。
「ミラ」
レオンが上目遣いでこちらを見る。私の両手を包みながら、少しずつ距離を詰めてきた。身を交わされないのをめざとく悟ると、優しく私の頬に口付けをする。レオンの肩までの髪がさらりと顔に触れ、いい匂いで頭がくらくらした。嫌がっているふりなどできなかった。私の様子を慎重に観察しながら、もう一度、レオンが近づいてくる。今度は唇を重ねようとしたその時。
ゲストルームの扉が2回ノックされた。
「後にしろ」
レオンが扉に向かって声をかける。
「至急お伝えしたいことが」
執事の声だった。レオンは床についていたひざを戻し、扉に向かう。
なんだろう、自分の入国手続きに関する不備があったのではと心配になった。それにレオンと二人きりの部屋でベッドに座っていたら、使用人にも変に思われるのではないかと思い、私も立ち上がってレオンについて行った。
レオンが扉を開けると執事が
「ベルナデット様が……」
と言いかけて、レオンのすぐ横に私がいることを認め、言葉を濁した。その名を聞いてレオンの顔色が変わる。嫌な予感がした。
誰も何も言わない。おかしな空気だ。
執事の後ろにリュシアンも控えていたので、
「あの、ベルナデット様って…」
と声をかけると、リュシアンはレオンの方を見る。
「いい。言っていい」
レオンの固い声がする。リュシアンは落ち着いてゆっくりと私に伝える。
「ベルナデット様は、閣下のご正室にございます」
いましがた私を熱心に口説いていた男には正妻がいた。私は急速に手足が冷たくなっていくのがわかった。
本編外小話
◇◇
裁判も終わって正式に入国できることになって、私は自由だ。けれど、とにかく生き延びることだけを考えてきたから何をしていいかわからない。




