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塔の陰  作者: 礎衣 織姫
第一部
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06.くろがねの塔

 五年前の話だ。

「東には腕の立つ剣士が多い。中でも慎太郎なる者は奇才と噂され、右に出る者なしという。いずれどこかの道場に引っ張られ、塔に仕えることは確実であろう」

 六十を過ぎた父・実継の言葉に、実之は渋い顔をした。

 実継が聞き及んだ噂は、方々を転々としながら人材確保に明け暮れている佐兵が持ち帰ったものである。年に幾分開きはあるものの、懐刀として信頼厚い佐兵は、実継から見て家臣である前に親友だった。実之も頭が上がらない。

「才あるものは、みな東に集まります」

 周りに精鋭が乏しいのは自分らのせいではないと、実之は言い訳した。しかしそんなものが通用するわけはない。実継は苦笑した。

「本気で言っているわけではなかろう。のう、実之。確かにみな東に集まる傾向はあるが、それは西に魅力がないからだ。わしも努力したが、どうにも鍵崎には追いつけなんだ。跡目を継ぐオマエに負債ばかり残して、なんと詫びてよいやら分からぬ」

「父上!」

 実之が声を荒げたのは仕方のないことだ。彼が父親と対話している部屋は「塔」と呼ばれるものの中にある。西の都の塔だ。

 東と比べるのは愚かなことだ、詫びなど必要ない、と言いたい息子の意思をくんだ実継は、首を横にふった。

「いや。すでに綺麗事ではおさまらぬところまで来ておる。が、せめてオマエの代までは取り持ってくれるよう、(みかど)には話を通すつもりだ」

 実之は聞いて驚き、同時に、帝が父の話を通してくれるだろうかと疑問を抱いた。

 帝とは、頂点で国を統べる者だ。一般にはあまり知られていないが、東にある(しろがね)の塔も、西にある(くろがね)の塔も、この帝の力によって建てられている。国の財力も知力も、すべては帝に端を発しているのだ。そんな大人物が、塔の衰退を止めることができない真崎家に情をかけてくれるのだろうか、と。

 実之は唇をかみ、膝の上で拳を握った。

「そのような情けを請うなど末代までの恥。いっそ潔く倒れたほうが……!」

「馬鹿を申すな。こんな塔でも勤めに出て来て家族を養う者がおる。わしらにはそれを守る義務がある」

「ですが、それも私の代で」

 実之は言いかけた言葉を飲み込み、「失礼します」と言って立ち上がった。そして部屋を去ったあと向かったのは、腹違いの姉のところだ。


「姉上、いま宜しいか」

 襖越しに声をかけると、返事があった。

「ああ、ちょいと待っておくれよ」

 中からは着物のすれる音や話し声が聞こえる。しばらく待っていると、襖を開けて一人の男が出てきた。齢四十五〜六のその顔は何度か見ている。男はバツが悪そうに会釈すると早々に立ち去った。

 開け放たれた襖の向こうに見えるのは、乱れた格好を繕おうとする姉・菊の姿だ。

「悪いね。なんのようだい?」

 少しも悪びれた様子などなく菊は問う。実之は顔をしかめた。

「結婚の約束もしていない男を連れ込むとは。それでも塔主の娘か」

「お固いねえ。塔主って言ったって、たいしたことないじゃないさ」

「品性が損なわれているから、ろくな者が集まらないのだ」

「あたいのせいだって言いたいのかい!?」

「一理ある」

「なんだい! 甲斐性ないのはお互い様だろ!?」

「そうだ。だから相談に来た」

 拳を振り上げかけていた菊は、冷静な実之に拍子抜けして溜飲を下げた。

「なんの相談さ」

「塔を立て直す」

「はあ!? なに言ってんだい。正気かい?」

「正気だ。そもそも、人口の多い東に部があるのは当然。年貢の量で優劣つけられたのではかなわん。もちろんそれだけが原因ではないが、そのあたりも含めて帝に真崎家再建の約束を取り付けたい」

「それは父上がとっくに申し出てることじゃないのかい?」

「一方的な援助の申請など、はねのけられているのがオチだ」

「じゃあどうするんだい」

「帝も人の子。ままならぬことのひとつやふたつ、あるだろう。それを我らが代わって成し遂げるのだ」

 菊は思わず笑い飛ばした。

「冗談じゃないよ! 帝がどうにもできないことを、あたいたちがどうしてやれるんだい!」

 実之は両手の平で強く畳みを打った。

「それくらいのことをせねば、真崎家は終わりだ!」

 目を丸めた菊はいっとき硬直した。が、やがてやんわりと口の端を上げた。

「いいね。面白そうじゃないか。どうせ終わりなんだ。最後にあがいてみるのも悪くないよ」


***


 鉄の塔を出た姉弟は旅姿である。帝が住む京は東西の塔を結ぶ線の中心にある。馬を走らせてひと月かかる場所だ。

「まったく、なんであたいまで。とりあえずお前さんだけ行って話しておいでよ」

 馬に股がりながら不平をこぼす菊を、実之は冷めた目で見やった。

「いい機会だから旅路で精神でも鍛えるといい」

「あたいはねえ! こうみえても結構できる女なんだよ!?」

「できるのにしようとしない女だ。さあ行くぞ」

 グウの音も出なくなった菊は、しぶしぶ実之にしたがった。

「弟と二人、旅の空。ああ、色気がないねえ……」


***


 こうして帝に目通りすることになった実之と菊は、緊張した面持ちで顔を上げたあと、体裁構わず仰天した。

 四十は回っているはずだが若々しい顔をした真白な髪の男と、明らかに少女であるが、やはり雪白の髪をした美しい娘が、目の前に並んでいたからだ。

「真崎の……長男長女か。会うのは初めてだったか?」

 真白な髪の男——帝は開口一番に尋ねた。

「は、はい!」

 実之は慌てて返事をした。その横で菊は一人、嬉々とした。

「いい男! いい男だよ〜。帝っていい男だねえ〜」

 もちろんそんなことは実之にしか聞こえないように囁いているのだが、この場に来て言うことはそれだけなのかと、実之は我が姉のことながら呆れた。

「真面目にしてくれ」

「わかってるよ、うるさいねえ」

 ひそひそと言い合う姉弟をよそに、帝は話を進めた。

「先に預かった書状でそちらの申し立てはよく理解した。しかしこちらの願いを叶えるというのは……本気かな?」

 実之は襟を正すようにして帝を見据えると、硬い表情で答えた。

「本気でございます!」

 帝は「ふむ」と言って軽く娘を見やり、また実之に視線を戻した。

「これは今年、十二歳になる。あと五年も経てば年頃だ。だが無念なことに、もうすぐ視力を失う。去年やった病のせいだ。俺は娘が不憫でならん。よって望むことはなんでも叶えてやりたいと思っていたが……さすがに俺が京をあけるわけにはいかぬ。どうだろう? 娘は方々を見てまわりたいと言うのだが、ひとつその願いを叶えてやってくれないか」

 実之と菊は思わずキョトンとして互いに視線を交わし合った。そして余裕の笑みを浮かべた。

「それならおやすい御用でございます。我らが家臣には方々のことに詳しい佐兵という者もおりますれば」

「おまえたちも身をもって守れ。大事な一人娘だ。へたな者には預けられん」

「ははっ。承知いたしております」

「こちらからも世話人を一人つける。あくまでも娘のための世話人だ。勝手な命令はするな」

「はっ」

 いやに話がトントン拍子に進むと思いながらも、開けてきた未来に実之は胸を躍らせた。こんなことならもっと早くに訪れるのだったと後悔したほどだ。が……

「さて、大事なのはここからだ。心して聞け」

「——え?」

 見上げると、帝は人の悪い顔をして笑った。

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