第77章 アナスタシア伝説
もし、私が日本に帰国しなければ、シマ姉さんとハコネは死ななかったかもしれない。真一だって、料理人の人生を生きたはずだ。しかし、逆に私が帰国しなかったら、欣也伯父さん、サナエちゃんが死んでいたかもしれない。どうせ、結果論だから、考えても仕方ない事だ。まあ、今は何も考えてたくない。
あれから、1週間が過ぎていた。日本は少しずつ、落ち着きを取り戻していた。過激派テロリストは捕まり、お台場カジノは平和になっていた。主犯の二階堂は自殺したことにより神格した。これにより、第二、第三のテロリストが、また出現するかもしれない。
また、この事件がきっかけで、日本への反日デモは過熱した。例えば、差別をなくすように、生活保護は移民優先するように訴えていた。こうして、日本の力はドンドンと弱くなっていった。外国人の政治家も当選して、もはや移民大国の1つとして、日本は有名になっていった。
そして、シマ姉さん、ハコネ、ノブオ爺ちゃん、真一の合同葬式は盛大に行われた。シマ姉さんを殺したのは、欣也伯父さんであるのは間違いない。
でも、私はその件は聞かない事にした。別に聞いても、得する事でもないからだ。だが、破門にしなかったのは、伯父さんなりの愛情があったのだと思っている。だから、東雲組の評判は落ちる事はなかった。
真一の後輩の沢村は、葬式の後に挨拶をしてきた。私に酷い事を言っていたのを気にしていたそうだ。彼女は高校を卒業したら、料理人の道を目指すらしい。
加古川ハルクは全ての罪を背負って、警察に自首をしたみたいだ。おそらく、20年近くは刑務所に入る事になるみたいだ。網代オジさんの遺言では、若い衆を欣也伯父さんに託したみたいだ。
色々あったが、天王洲会は800人近い組織に戻っていた。会長は欣也伯父さん、若頭はサナエちゃん、若頭補佐には福山さんがついた。欣也伯父さんはハルクが出所したら、生涯面倒をみるつもりらしい。
警視庁はワン姉妹が生きていた事を隠す事にした。まあ、自分達の捜査ミスを認めたくないのだろう。こうして、この事件は闇に葬られたのだ。だから、私とナツの賞金額はゼロだ。そのナツは泣きながら、ベッドの上でゴロゴロと不貞腐れていた。
一方の私は父さんの仇が討てたので満足だ。まあ、しばらくはナツと一緒に東京で遊びまくった。ゲーセン、カラオケ、食べ歩きなどをした。いわゆる、普通の少女の生活が楽しめた。
それと、私達の知らないところで、ワン姉妹を本当に倒したのは、私とナツという噂が流れた。それは、とあるアングラの掲示板であった。それから、私とナツの写真が貼られて、地下アイドルみたいな人気が出ていた。
そして、勝手にコンビ名までつけられていた。その名前は『てんとう虫』である。私が黒髪で、ナツが赤毛だからだ。しばらくすると、ファンも多くなり、私達のR18の同人誌も発売された。私達がこの事を知るのは先の話だ。まあ、どうでもいい話だ。
それから数日後、私はアキ姉さんがヨーロッパにいる情報を耳にしたのだ。そろそろ、日本も飽きてきたところだった。また、ナツとの冒険がはじまるのだ。
私はナツに聞いた。
「そういえば、ナツって家族の記憶ないの?」
「マジで分からん。気が付いたら、オランダにいたからなぁ」
「ナツの家族は生きているのかな?」
すると、ナツは手を顎にやって、考えるポーズをした。
「おそらく、死んでいるんじゃねえの? それか、殺されたからだろうな。まあ、そうだったら、敵討ち位はしてやってもいいかな……」
「まあ、普通はそうするよね」
この1年後、私とナツは殺し合いをしていた。理由はナツの記憶が戻り、自分の姉を殺した犯人が分かったからだ。その犯人とは、私の姉である天王洲アキである。
すると、ナツはアキ姉さんの命を狙った。私はアキ姉さんを守るために、ナツと殺し合うハメになるのだった。まあ、それもいつか話そう。それはともかく、私達はヨーロッパへ行くことにした。
その頃、天王洲会の応接室では……。天王洲欣也と赤坂サナエはソファに座っていた。
欣也は煙草に火を点けた。
「色々あったが、なんとか終わったな。まあ、シマもハコネも真一も死んじまった。敵側も大勢の死者数が出た。クソ、俺がもっとしっかりしてればな……」
「でも、私達は生き残りました。だから、生きていくしかないです」
「ああ、そうだな。そういえば、冬子もヨーロッパに行ったな。今更、アキと会っても、辛いだけだと思うけどな。だってよ、アキはCIAに狙われているだろ?」
「ええ、そうですね。でも、だった2人の姉妹ですから……。会えることを祈りましょう」
天王洲アキはヴィンヤード公国の皇女を殺して、第三次世界大戦の原因を作った女であるのだ。しかし、ヴィンヤード公国に簡単に不法入国出来たのは、アメリカの力があったからである。そう、アメリカが自作自演で戦争を仕掛けたのだ。
なので、天王洲アキが生きていると色々と困るのだ。そこで、CIAは天王洲アキの暗殺にいそしんでいた。それを知って、天王洲欣也はアキをひそかに海外に逃がした。それ以降、天王洲アキは世界を転々としている。
サナエはため息をつきながら、足を組みなおした。
「私達がアキお嬢様と連絡をとれば、場所が特定される可能性が高いはずです。もう、日本には戻らないでしょう。私は地球の何処かで生きていれば満足です。そういえば、ヴィンヤード公国の皇女が、近くに日本に来日するんでしたっけ? でも、テロ活動の影響で中止になったとか……」
すると、欣也はテレビのリモコンを手に取った。
テレビ画面の中では、若いアナウンサーが、皇女の来日中止を伝えていた。
「次のニュースです。ヴィンヤード公国の第一皇女であるエレナ様は、お台場カジノでのテロの影響もあり、来週の来日を中止することが決まりました」
ヴィンヤード公国では、日本との友好を深める目的で、次期王女であるヴィンヤード=エカチェリーナ=エレナが来日する予定であった。
エレナは12歳の少女であり、赤毛にエメラルドのような瞳の色をしていた。赤毛とエメラルドの瞳、この2つはヴィンヤード公国の王女になる絶対条件であった。それが、500年以上も続いていたのだ。
エレナはナツの腹違いの妹にあたる人物である。なぜ、エレナが次期王女になったのか説明しよう。それは、今から10年前に事である。
当時の国王はヴィンヤード=エヴァリ=アレクサンドルであった。これはナツの父親であり、国の英雄と呼ばれていた男だった。その妻がヴィンヤード=エヴァリ=ナタリーという女王で、ナツの母親にあたる女性だ。2人の間には娘がいた。それが、長女のハルミ、次女のナツミの2人である。ナツは4人家族だった。
ヴィンヤード公国は、いわゆる女王君主であった。つまり、ナツの母親が一番偉いのだ。しかし、第三次世界大戦により、父であるアレクサンドルは死亡した。戦後まもなく、母のナタリーは原因不明の病気を患う。そして、寝たきり状態になった。
本来なら、姉のハルミが王女として、国とまとめていくはずだった。だが、伝統で女王が死ぬまでは、皇位継承が出来ないルールがあった。そう、日本の皇族のように、生前退位などは認められなかった。しかし、ハルミが女王代理として、国をまとめていく方向へ落ち着いた。
その水面下で、クーデターを計画していた女がいた。その女こそ、ヴィンヤード=エカチェリーナ=ラヴィーナである。簡単に言えば、王様の愛人みたいな女だ。現在の年齢は33歳であり、キツイ印象の美人である。また、エレナの母親でもある。
自慢の髪は金髪であり、瞳の色もブラウンで、王位継承の権利はない。しかし、その性格は野心家であり、第一王女にはなれない事に不満を持っていた。そこで、ラヴィーナは第三次世界大戦の混乱のさなかに、日本政府をそそのかし、ハルミとナツミの暗殺を企てた。
だが、暗殺は失敗して、ナツミは生き残って、早乙女ナツとして賞金稼ぎになった。もちろん、ラヴィーナはその事を知らないのだ。だから、自分の娘であるエレナを王女する計画を進めていた。
ナツの母親であるナタリーは余命が1年と言われている。だから、この1年で自分の娘を王女にする気でいた。エレナは祖母の遺伝子が強く、奇跡的に赤毛とエメラルドの瞳を手に入れたのだ。これなら、邪魔者がいなければ、自分の娘が女王になるチャンスが十分にあったのだ。
しかし、ラヴィーナはネット上の情報にイラついていた。なぜなら、第二皇女のナツミが生きている噂が立ったからだ。なぜ、こんな噂がたったのか? それはナツミの死体が見つからなかったという医者の証言があったからだ。
そこから、世界中のジャーナリストが興味を持ち始めた。この状況が何よりも、ロシアのアナスタシア生存説に似ていたのも理由の一つだ。では、アナスタシア生存説について説明をしよう。
1917年にロシア帝国が崩壊した。当時のロシア皇帝はニコライ2世という男だった。そして、ソビエトの命令により、ニコライ2世は処刑された。そして、彼の家族も同じように処刑された。
しかし、処刑に反対する組織によって、第四皇女のアナスタシアだけ生き残った噂が流れた。いわゆる、アナスタシア伝説である。この噂にのって、自分がアナスタシアだと、名乗る女性が200人近くあらわれた。有名になりたい、金を稼ぎたいなど様々だ。
ヴィンヤード公国も同じで、ナツの偽物が100人以上現れたのだ。中には黒人や東洋人が、髪を赤く染めて、カラーコンタクトをする女性も多くいた。みんな、ヴィンヤード公国の財産や資源が目当てである。もちろん、各国のスパイも多く紛れ込んでいた。
しかし、王家の血筋を継ぐものは、満月の夜になると、エメラルドの瞳が赤く変化する体質をもっていた。これは、ヴィンヤード公国の中でも、上層部しか知らない情報である。現在、この体質を持っているのは、エレナとナツの2人だけであった。
天王洲欣也はテレビの電源を切った。
「冬子には、ヴィンヤード公国の件は言うなよ。自分の姉が原因で、第三次世界大戦が起こったと知ったら辛いだろ? これは、シマの願いでもあるからな」
「ええ、分かっています」
「ところで、話は変わるけどよ。いずれは、俺と籍を入れるか? お前がよければの話だが……」
その言葉にサナエは女の表情を見せた。
「会長、ありがとうございます」
「ふっ、2人の時は欣也でいい」
「はい、欣也さん」
そして、2人はキスをしたのであった。そして、いずれは冬子が帰ってくるまでは、天王洲会を守ってくと、2人は決めていた。