球場〈中編〉
その手際の良さに警部も驚いた。
警部「君はいったい……どこでそんな技術を身につけたのだ。」
亜輝「説明は後です。残り一つを何とかしなければ。」
項志「亜輝、残り一つはどこにある。」
亜輝「警部、探知機でこのゲームに使うボールをチェックしてください。」
警部「わかった。すべてのボールをチェックせよ。」
部下「わかりました。」
そして五分後、そのボールは見つかった。
部下「異常に高いエネルギーと、放射線及び核反応があります。」
警部「な、何、核だと。」
亜輝「ま、まさか、そんな噂はあったが。」
警部「なんだ。」
亜輝「超小型の高性能核融合爆弾。」
警部「核融合爆弾だと。」
亜輝「そうです。クソー、マッドサイエンティストめ。ここまで進んでいたとは。」
警部「どういうことだ。」
亜輝「五年前、各国の優秀な科学者を集めて、アメリカで超小型の核融合の開発を進めていた。研究の結果、ようやく実用化までこぎつけたが、その直前に全ての資料を持って一人の科学者が姿を消した。」
項志「まさか、そいつがドグマに寝返ったというのか。」
亜輝「この現実を見る限りでは、そういう事になるだろう。」
警部「しかし、この大きさだ。せいぜい十数メートル程度の威力だろう。」
亜輝「警部、あなどってはいけません。俺の計算が正しければ、核融合の破壊力は一立方センチで半径約百メートル、このボールの大きさならば約十倍の1000メートル。半径約一キロ以内は全て消滅します。」
警部「な、なんだと、一キロ。」
亜輝「この球場自体、完全に消滅するでしょう。」
警部「解体はできないのか。」
亜輝「外部からの衝撃にはめっぽう強いが、その分解体には時間がかかります。」
警部「残念……もう終わりだ。」
亜輝「警部、諦めるのはまだ早いですよ。」
警部「手はあるのか。」
亜輝「そのボールを、この場外に出せれば良いのです。」
警部「もう遅い。後五分弱だ、どうすることもできない。車で運んだとしても街中でドカンだ。ヘリコプターを呼んだとしても五分はかかる。」
亜輝「そのボールを上空1000メートルまで打ち上げることが出来たらどうです。」
警部「バカな。そんなことが出来るわけがない。プロの選手でさえ、ドーム球場の天井まで飛ばすのがせいいっぱいだ。その十倍以上を飛ばすことなど人間では無理だ。」
亜輝「項志がいます。」
警部「竜馬から聞いてはいるが、いくら君が超人的でも、もうどうすることも出来ない。」
項志「警部さん、だめかどうかはやってみなくてはわからないぜ。やっと俺の出番というわけか。亜輝、さすがだぜ。ここまでよんでユニフォームを用意したのか。」
亜輝「ああ。しかし誤算だったのは、核を使用してくるとはな。どうだ項志、やれそうか。」
項志「やれるも何も、やらなければ全員あの世行きだぜ。」
亜輝「項志、1000メートル以上打ち上げる時、お前の腕にかかる力は約一トン。耐えられるか。」
項志「ああ、やってみる。あの御五神島での修行の成果を今見せてやる。」
警部「な、何、一トンだと。腕の骨がバラバラになるぞ。」
項志「大丈夫。カルシウムは十分とってある。」
警部「冗談言っている場合か。」
項志「冗談かどうか見ていればわかるぜ。」
部下「しかし、そんなことをしてボールに瞬間的に圧力を加えてしまえば、その場で爆発するのではないのか。」
亜輝「前にも説明した通り、外層は内部の核物質の流出を防ぐために精巧かつ強力なシールドで守られている。そして内部の核融合の原理は、このボールの中心部にウラン原子核を隔てた壁があるのです。その壁の左右に濃縮ウラン“+極”と“-極”が仕込んである。そして奴らの言う時間になると、その壁が解除され、核融合が起こるというものです。唯一の救いは、放射能汚染の可能性は低いことだ。この爆弾の放射線量は自然界に存在する容量とほぼ変わりはない。」
警部「それはいいが、破壊力が直径二キロもあるんだぞ。」
亜輝「警部、奴らはこれはゲームだと言った。奴らにとってゲームの醍醐味とは、我々が絶望の中、全員死を迎えるというシナリオを描いているに違いない。」
項志「なめられたもんだぜ。」
亜輝「もう時間がない。死にたくなければ、僕の言う通りにしてください。まず両チームの監督にこの事情を話して、ピッチャーを僕に、バッターを項志にしてください。僕の名を覆面ピッチャー・リュウ、項志の名を覆面バッター・タイガー。」
警部「わかった、お前達にかける。」
亜輝「そして項志、バットはこれを使え。」
そう言って金属バットに木製の模様を入れた物を手渡した。
警部「いつの間にこんな物を。」
亜輝「木製のバットでは一トンもの圧力には耐えられない。飛距離を稼ぐためにオールチタンで作ってある。」
項志「用意がいいな。」
警部「ま、まさか、君はこの状況を始めから想定していたというのか。」
亜輝「渡瀬さんから奴らの存在を聞かされた時に、心理学的見地から考えると、奴らにとって最も面白く残酷に葬る方法は見当がつきます。奴らにとって人間が失望し、諦めの中死んで行く姿が最も快感を覚える時なのです。犯罪組織ドグマ。奴らの心に愛はない。」
項志「イチかバチかの大勝負だな。ワクワクするぜ。」
亜輝「ああ、お前ならそう言うだろうと思った。あの島の修行で、生か死かのせめぎ合いの中、お前の中の思考と精神力は、この状況ですら心地良いはずだ。」
項志「ピンポーン、正解です。」
横で聞いていた警部は驚きのあまり言葉も出なかった。ただボー然と二人の会話を聞くことしかできなかった。