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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【外伝】悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~よろず屋ドレイクのおっさんは、なかなか穏やかに過ごせない。β版~
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第297話 若武者四人衆と、プロレスの理

 荒涼とした東の原野に、月酔仙と共に『紅泉郷』を開いてから、俺にとっては瞬きをするような、しかし人間にとっては確かな重みを持つ数十年の月日が流れた。


 かつて光華王朝の皇帝から生贄としてこの地に送られてきた人間たちは、今や『龍の民』としての誇りを胸に、異常なまでの職人魂で極上の酒を造り上げる集団へと変貌を遂げていた。


 豊かな水脈が引かれ、黄金色の稲穂が風に揺れるこの郷には、開拓者たちの孫にあたる第三世代の若者たちが、あり余るほどの活力を漲らせて暮らしている。


 火龍である俺の庇護と、月酔仙の張った仙術の結界、そして何よりこの地に渦巻く強大な龍脈の恩恵を受けて育った彼らは、普通の人間とは比べ物にならないほど頑丈な肉体と、豊かな魔力をその身に宿していた。


 ある日のうららかな昼下がり。


 俺が人化の術によって人間のおっさんの姿――ヨシュア・A・ドレイクの姿となり、郷の広場でのんびりと酒を舐めていた時のことだ。


「師父! 俺たち、郷を出て冒険者になるんだ!」


 血の気の多い大声を上げて俺の前に現れたのは、郷で生まれ育った四人の若武者たちだった。


 常に身の丈ほどの巨大な剣を背負い、熱血を絵に描いたようなチー・ダイ。


 跳ねっ返りで身の軽い、双剣使いのスピードスター、フェイ・ガオ。


 俺が見上げるほどの巨漢でありながら、どこか気の優しいパワーファイターのヤー・ダー。


 そして、常に一歩引いた立ち位置から物事を観察する、冷静沈着な軍師タイプのシャオ・イェ。


 幼い頃から俺の巨大な竜の姿を恐れることもなく、よじ登ってきたり尻尾にぶら下がったりして遊んでいた、俺にとっては孫のように可愛い悪ガキどもである。


 俺は手にしていた杯を危うく取り落としそうになりながら、盛大に顔を引きつらせた。


「……はあ? 冒険者だと?」


「ああ! この紅泉郷で鍛えた俺たちの力が、外の世界でどれだけ通用するのか試してみたいんだ!」


 チー・ダイが目をキラキラと輝かせながら、自信満々に胸を叩く。


 その横で、フェイ・ガオやヤー・ダーも力強く頷いていた。


 だが、俺の胸の中には、頼もしさよりも先に特大の不安と焦燥感がどっと押し寄せてきた。


 こいつらは確かに身体能力は高いし、魔力も申し分ない。


 だが、この平和な紅泉郷の結界の中で温室育ちのまま大人になったこいつらに、外の世界の理不尽な悪意や、命のやり取りを伴う実戦の経験など皆無に等しいのだ。


「待て待て待て、冒険者なんて危ないぞ。お前らみたいな世間知らずが外に出たら、魔物に食われる前に、人間の悪党どもに身ぐるみ剥がされて終わりだ」


 俺は過保護な親父のようになりふり構わず全力で止めにかかったが、彼らの決意は予想以上に固かった。


「師父が止めても行くさ。俺たちはもう子供じゃないんだ」


 シャオ・イェが静かに、しかし有無を言わせぬ口調で告げる。


 その真っ直ぐな視線を受け、俺は深く、ひどく重いため息を吐き出した。


「……仕方ねえ。俺が引率してやる」


「えっ!?」


「ちょうど俺も、外の空気を吸いたいと思っていたところだ。お前らのお目付け役として、俺も同行する。文句は言わせねえぞ」


 そう言うと俺は立ち上がり、漆黒のパイプ椅子をガチャン畳んで担いで見せる。


 若武者たちは呆気にとられながらも、やがて歓喜の声を上げて飛び上がった。


 かくして、『椅子持ちのヨシュア』こと俺と、世間知らずの若武者四人衆の、騒がしい冒険の旅が幕を開けたのである。



 ◆◆◆



 紅泉郷を出発して数日後。


 俺たちは、光華王朝の都へと続く街道の脇に広がる、薄暗い森の中で野営の準備をしていた。


 道中、何度か街道筋に出没する低級の魔物や野盗の類と遭遇した。


 若武者たちは有り余る身体能力に任せて突撃し、それらを瞬く間に蹴散らしては意気揚々と勝ち鬨を上げていた。


 だが、その後ろ姿を眺めながら、俺は深い頭痛を覚えていた。


「……お前ら、ちょっとそこに並べ」


 俺は野営地の真ん中に漆黒のパイプ椅子を開き、その上にどかと腰を下ろした。


 黒鋼でできた世界一頑丈な特注の椅子は、俺の数百万トンに及ぶ超質量を完璧に受け止め、ビクともしない。


 俺のただならぬ気配を察し、四人の若武者たちが慌てて一列に整列する。


「お前らの戦い方は、一言で言って三流以下だ」


 俺の厳しい言葉に、チー・ダイが不満そうに唇を尖らせた。


「なんでだよ、師父! 俺たち、今日の魔物だって一発も攻撃をもらわずに倒したじゃないか!」


「それがダメだって言ってんだよ。お前らは魔法の力や、生まれ持った筋力に頼り切っているだけだ」


 俺はパイプ椅子からゆっくりと立ち上がり、首に巻いたタオルを締め直した。


「魔法だの剣の才能だの、そんな小手先の力ばっかり頼るから、いざという時に打たれ弱えんだよ。本当の戦いってのはな、自分の身体の理を理解し、相手の力を利用することから始まるんだ」


 俺はフェイ・ガオを指差し、手招きをした。


「フェイ・ガオ、お前はスピードに頼りすぎて、攻撃を避けることしか考えていない。もし避けきれない一撃が来たらどうするつもりだ?」


「そんなの、来る前に斬ればいいだけさ!」


 フェイ・ガオが身軽な動きで宙に飛び上がり、俺の頭上から双剣を振り下ろす真似をしてくる。


 俺は一歩も動かず、その腕をふわりと柔らかく掴み取った。


「なっ……!?」


 そのまま相手の運動エネルギーを殺さずに円を描くように流し、フェイ・ガオの身体を軽々と地面へと投げ飛ばした。


 ドスン、と鈍い音が響く。


「いってえぇぇっ!」


「受け身が全くなってねえ。お前はいつか、そのスピードのまま自爆するぞ。いいか、ダメージを逃がすための『受け身』の技術と、関節の理を身体に叩き込め。倒れる練習からやり直しだ」


 痛みに顔を歪めるフェイ・ガオを見下ろし、俺は冷酷に告げた。


 前世で俺が学んだ、プロフェッショナルレスリングの基礎の基礎だ。


 打撃や大技を決める前に、まずは絶対に怪我をしないための受け身を身体の芯まで染み込ませる。


 それが、修羅の世界を長く生き残るための唯一の絶対法則なのだ。


「次はヤー・ダー、お前だ」


 ビクッと肩を震わせた巨漢のヤー・ダーが、おずおずと前に進み出てくる。


「お前は力が強い分、相手を傷つけることを極端に恐れている。直前で無意識に力を抜く癖があるな」


「う、うん……。だって、本気で殴ったら、相手が死んじゃうかもしれないし……」


「お前の優しさは美徳だが、戦場じゃそれは自分と仲間の命を危険に晒す悪癖でしかねえ」


 俺は両腕を広げ、ヤー・ダーに向かって胸を張った。


「全力で俺にぶつかってこい」


「で、でも……」


「いいから来いッ!」


 俺の気迫に押され、ヤー・ダーが覚悟を決めたように地響きを立てて突進してくる。


 大岩のようなタックル。


 俺はその凄まじい衝撃を、真っ向から分厚い胸板で受け止めた。


 俺の身体は一ミリたりとも揺るがず、代わりにヤー・ダーの巨体がボールのように跳ね返されて尻餅をつく。


「いてて……す、すげえ。師父、全然動かない……」


「ヤー・ダー、こっちの言葉で『組み合い』ってのがある。そこではな、相手の技を真っ向から受け止め、相手の全力を光らせる技術ってのが存在するんだ」


 俺は倒れ込んだヤー・ダーに手を差し伸べ、軽々と引き起こしてやった。


「それは、相手との信頼関係だ。お前のその頑丈な身体と底知れぬ力は、仲間を守るための絶対の盾になり、相手の力を受け止めるための器になる。自分の力を恐れるな。相手を信じて、出し切れ」


「……相手の力を受け止める、器……」


 ヤー・ダーの瞳に、初めて恐怖ではない、明確な戦士としての光が宿ったのが見えた。


「よーし、次は俺だぜ、師父!」


 チー・ダイが身の丈ほどの巨大な剣を放り捨て、素手で俺に向かって殴りかかってくる。


 無駄な力みと怒りに任せた、大振りな右ストレート。


 俺はその腕を手刀で軽く弾き落とし、がら空きになったチー・ダイの顎先を軽く掌底で跳ね上げた。


 脳が揺れ、体勢を崩して前のめりに倒れ込んでくるチー・ダイ。


 俺はその懐へと深く滑り込み、片足を高く上げた。


 そして、自身の数百万トンの質量をほんのわずかだけ頭部の一点に集中させ、全体重を乗せた『一本足頭突き』を、チー・ダイの脳天へと寸止めで振り下ろした。


 ゴシャァァッ!!!


 寸止めにも関わらず、放たれた凄まじい風圧と衝撃波だけで、チー・ダイの背後の地面がすり鉢状のクレーターとなって吹き飛ぶ。


「あ、あ、あ……」


 チー・ダイは白目を剥き、そのまま地面にパタリと倒れ込んで動かなくなった。


「力に頼るな。関節の可動域と、力のベクトルを見ろ。……まぁ、少しやりすぎたか」


 俺は首のタオルで汗を拭いながら、のびている若者たちを見下ろして息を吐いた。


 ふと視線を横に向けると、少し離れた倒木の上に、いつの間にか見慣れた老人が座っていた。


 仙術の『空翔ぶ雲』に乗って、わざわざ紅泉郷から俺たちの野営地まで追いかけてきた月酔仙だ。


 彼の隣には、唯一俺のしごきを受けずに冷静にメモを取っていたシャオ・イェが、恭しく頭を下げて座っている。


「ふぉっふぉっふぉっ。相変わらず、火龍殿の指導は荒っぽいですな」


 月酔仙が、風雅な瓢箪の酒器を揺らしながら愉快そうに笑う。


「光華の都にも数多くの武術がありますが、人体の関節構造の理にここまで執着し、力を逃がす体系はなかなかないですな。実に興味深い」


「うるせえ。こいつらが早死にしないように、泥臭い生き方を叩き込んでるだけだ」


 俺は照れ隠しに鼻を鳴らし、再び漆黒のパイプ椅子に腰を下ろした。


「シャオ・イェ、お前は月酔仙から兵法をしっかり学んでおけ。こいつら三人の手綱を握れるのは、お前しかいないんだからな」


「はい、師父。心得ております」


 シャオ・イェが深く頭を下げ、月酔仙と共に地面に書いた盤上に石を並べて戦術の講義に戻っていく。


 武術と兵法。


 荒削りな若者たちが、俺と月酔仙の知識を乾いた砂のように吸収していくこの時間は、俺にとってひどく新鮮で、楽しいものだった。



 ◆◆◆



 やがて日が完全に落ち、森の野営地に暖かな焚き火の炎が灯った。


 泥だらけになって伸びていた若武者たちも、月酔仙が施した優しい回復の仙術によって目を覚まし、今は腹を空かせた獣のように猪の丸焼きに食らいついている。


 俺はマジックバッグの底を探り、紅泉郷で造らせた極上の酒樽を取り出した。


「ほら、お前らには清酒だ。飲みすぎるなよ」


 若武者たちの木杯に透き通るような米の酒を注いでやると、彼らは歓声を上げて一気に飲み干した。


 俺と月酔仙は、焚き火の反対側で並んで座り、少し長めに寝かせた琥珀色の酒――極上のウイスキーをそれぞれの杯に注ぐ。


 グラスの中で、芳醇な樽の香りが静かに開いていく。


「……美味い。やはり、この酒は格別ですな」


 月酔仙が目を細めて溜息を吐き出す。


「だろ? こいつが何十年、何百年と続いてみろ。俺たちの楽しみは尽きねえよ」


 俺も喉の奥を焼く強烈なアルコールの刺激を楽しみながら、チビチビと酒を舐めた。


 かつてドラゴンの姿のままでは一舐めで終わってしまっていた酒樽も、こうして人間の姿になり、同じ目線で、同じサイズの杯を傾けて語り合うことができる。


 質量保存則の呪いという代償はあったが、やはり人化の術を極めて本当に良かったと、心底思う瞬間だ。


「師父! 俺たち、いつか都で一番の将軍になってみせますよ!」


 酒が回り、顔を赤くしたチー・ダイが、焚き火の向こう側から立ち上がって高らかに宣言する。


「そうだ! 俺たちの力を、光華の都の連中に見せつけてやるんだ!」


 フェイ・ガオも便乗して大声を上げ、ヤー・ダーが「あんまり無茶しないでね」とオロオロしながら二人を宥めている。


 シャオ・イェは呆れたようにため息をつきながらも、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。


「バカ野郎、将軍になんてなったら、面倒な政争に巻き込まれて自由に酒も飲めなくなるぞ」


 俺は笑いながら毒づき、手元の杯を軽く掲げた。


「まあいい。お前らが生きて、この美味い酒を飲めるうちは、好きに生きてみな」


 パチパチと爆ぜる焚き火の熱と、若者たちの屈託のない笑い声。


 隣には、共に極上の酒を味わうことのできる対等な友がいる。


 神話の時代から生きる長命種の俺にとって、彼らが大人になり、そして老いていくまでの時間は、本当に一瞬の瞬きのようなものに過ぎない。


 だが、この森の中で彼らと過ごす、ただ泥臭く、笑い合い、酒を飲むだけの日常が。


 いつか失われると分かっているからこそ、この充実した日々の輝きが、俺は何よりも愛おしかった。


 俺は漆黒のパイプ椅子に深く身体を預け、ゆっくりと夜空の星を見上げた。


 この若造たちが、一体どんな大人の顔を見せてくれるようになるのか。


 俺の果てしなく長い人生に訪れた、極上の娯楽であり、大切な宝物のような時間だった。

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