第151話 お土産は「空飛ぶ島」! 世界の度肝を抜く帰還報告。
広場で体操をしていたノブナガたちも、動きを止めた。
全員が、あんぐりと口を開けて空を見上げている。
「い、イチ、ニ、サ……ン……?」
号令係の声が裏返り、消えた。
空にあったのは、雲ではなかった。
雲海を割り、朝霧を払って、ゆっくりと、しかし圧倒的な質量を持って降下してくる巨大な影。
かつて神話の時代に空へ上がり、二度と降りてこないはずの『天蓋の揺り籠』が、まるで巨大な蓋のようにトヨノクニの上空へと降りてきたのだ。
しかも、その外壁は朝日に照らされて神々しく輝き、完全な球体を描いている。
あまりの光景に、悲鳴すら上がらない。
ただただ、圧倒的な「非日常」の降臨に、人々は腰を抜かし、あるいは拝み始めた。
やがて、その巨体はオワリ城の遥か上空、高度3000メートルでピタリと停止した。
まるで、第二の月が地上に舞い降りたかのような威容。
「あやつ……行っただけでは飽き足らず、空ごと引きずり降ろしおったか……!?」
エルウィンが呆然と呟く中、都市の底面から一点の光が放たれた。
小型シャトルだ。
それは朝日に輝く翼を広げ、音もなく滑空し、優雅な弧を描いてオワリ城の広場へとアプローチする。
プシュゥゥゥ……。
土煙一つ上げず、羽毛が落ちるような静けさで着陸。
体操の列が割れ、ハッチが開く。
中から、見慣れた――いや、見慣れすぎて胃が痛くなる三人組が、朝日を背負って降りてきた。
「おはようご、ノブナガ。……体操の時間にお邪魔して悪かったかしら?」
わたしは優雅に鉄扇を開き、固まっている天下人たちにニッコリと笑いかけた。
「ちょっとお土産を持って帰ろうと思ったのだけど、鞄に入りきらなかったから……」
わたしは親指で、空に浮かぶ巨大都市を指差した。
「島ごと持って帰ってきちゃいましたわ!」
「「「規格外すぎるわッッ!!!」」」
ノブナガ、イエヤス、そして武士団員たちの絶叫が、爽やかな朝のオワリに響き渡る。
そんな中、駆けつけたエルウィンがおぼつかない足取りでシャトルに近づいた。
彼女は震える手で、その白銀の装甲に触れる。
「……信じられん。これは『希望の翼』……古代大戦の末期に作られた、王族専用機か?」
彼女の琥珀色の瞳が、複雑な光を帯びて機体を見つめる。
「わらわが子供の頃、遺跡で見た残骸は、どれも赤錆にまみれ、朽ち果てておった。……だというのに」
彼女は装甲に頬を寄せんばかりに近づいた。
「傷一つない。錆一つない。まるで、昨日作られたばかりのような輝き……。時が止まっていたとでも言うのか? それとも……」
彼女はハッと顔を上げ、わたしを見た。
「お主、まさか……あの中に眠っていた『時』そのものを動かしたのか?」
「ええ。止まっていた時計のネジを、ちょっと巻いてきましたの」
わたしの答えに、エルウィンは呆れたように、けれどどこか嬉しそうに笑った。
「……くくっ。ネジを巻く、か。……お主にかかれば、神話もただの古時計か。……まったく、長生きはしてみるものじゃな」
彼女は愛おしそうに、もう一度シャトルを撫でた。
その横顔には、かつて失われた文明への郷愁と、それが蘇ったことへの震えるような感動が浮かんでいた。
◆◆◆
帰還から数日後。
トヨノクニは、上を下への大騒ぎになっていた。
空から船が降ってきたことへの驚きもさることながら、わたしが持ち帰った「お土産」が、国の常識を覆し始めていたからだ。
城の厨房では、ガンテツとギエモンが「万能調理器」の前で、子供のように目を輝かせていた。
彼らの目の前には、イリスとデメテルのホログラムが浮遊し、解析データを表示している。
「おい見ろギエモン! このコンロ、火を使っとらんぞ! 魔力を通すだけで鍋底だけを加熱しとる! 熱効率が100%に近い! この『誘導加熱魔術』の回路、複雑だが美しいのう!」
「うむ! しかもこのオーブン、中の湿度を一定に保つ機能がついとるわい。これならパンもケーキも失敗知らずじゃ! このセンサー技術、革命じゃ!」
二人のドワーフは、未知の技術を前に、恐れるどころか歓喜していた。
イリスが淡々と解説し、デメテルが「壊さないでくださいね? 元に戻せる範囲でお願いしますよ?」とハラハラしている。
かつての神話の遺産が、現代最高峰の技術者たちの手で紐解かれ、新たな技術として芽吹こうとしていた。
一方、洗濯場では、さらに劇的な光景が広がっていた。
ミリアが持ち帰った5台の「全自動魔導洗濯乾燥機」がフル稼働しているのだ。
「す、すごいです……! ボタンを押しただけで、洗いから乾燥まで……!」
「しかも、仕上がりがふわふわです! アイロンがいりません!」
女中たちが洗濯機を取り囲み、拝むように手を合わせている。
冬場の冷たい水での洗濯は、彼女たちの指を赤切れだらけにしていた重労働だ。それが、これ一台で解決したのだ。
見回りに来た武士団の団員が、回転するドラムの中で踊る衣類を眺めながら、恍惚の表情を浮かべていた。
「ああ……回っている。妻の苦労が、水流と共に浄化されていく……。これぞ文明。これぞ福利厚生……!」
オワリ城の天守閣では、ノブナガとイエヤスが、空に浮かぶ天蓋都市を見上げていた。
「……ミリア殿。トヨノクニは今回の件でどれほど『先』に進んでしまったのでしょう……」
イエヤスが震える声で尋ねる。
ミリアは眼鏡の位置を直し、冷静に答えた。
「レヴィーネ様の意志と、アリスさんの農業的手腕次第ですが……他の国、例えば帝国や王国の最新技術や最新農業と比べても、100年や200年の進化では済まないくらいにはなったと思いますよ? もはや次元が違います」
「……計算が……計算が出来ない……」
イリスの冷静な試算を聞き、イエヤスが頭を抱えてしゃがみ込む。
ノブナガは豪快に笑い飛ばした。
「わはは! まあ、レヴィーネのやることだからのう。……しかし、あのデカブツがずっと空にあるのは、ちと圧迫感があるな。なんとかならんもんか?」
「イリスとデメテルに相談してみます。光学迷彩とか太陽光透過迷彩とかで、なんとでもしてくれると思いますから」
「……どういうからくりかわからんが、なんとかできるもんなら頼むぞ。空に陸があるというのは、どうにも尻の座りが悪い。……それにしても、つくづく退屈しない国になったものよな!」
ノブナガは盃を干し、楽しげに空を見上げた。
そして、城下の実験農場。
アリスは、泥だらけになって「種」を植えていた。
デメテルから託された、環境適応型の古代米と野菜の種だ。
「大きくなぁれ、大きくなぁれ……」
アリスが祈るように土を被せる。
スマートフォンの中にいるデメテルも、画面越しに優しく語りかける。
『大丈夫ですよ、アリス様。土壌の魔力値は最適です。……この子たちは強い子です。きっとすぐに芽吹きます』
「うん。……この種が育てば、寒い冬も、日照りの夏も、誰もがお腹いっぱいになれる。……レヴィちゃんのおかげだよ」
その横で、わたしはタカニシキのおにぎりを齧りながら、空を見上げた。
昼間の月のように浮かぶ天蓋都市を見上げる。
「……お礼を言うのはこちらよ。……貴女がいなければ、私はただの『強盗』で終わっていたもの」
わたしは笑い、アリスの頭についた泥を払ってやった。
「私が欲しかったのは『力』と『美味』。でも、それを『希望』に変えたのは貴女よ、アリス」
オワリ城の3000メートル上空に、わたしたちの「冷蔵庫」がある。あそこにある全ての種を芽吹かせ、この星を「美食の惑星」にする。
それが、わたしの新しい野望だ。
「さあ、忙しくなりますわよ。……まずはこの種を、トヨノクニ全土に、そして海を越えて世界中に広めなくては」
「うん! アリス乳業改め、『アリス農林水産省』の出番だね!」
平和な午後。
だが、わたしは知っていた。
空の扉を開け、古代の叡智を地上に降ろしたこと。
そして何より、あんな目立つ「要塞」を空に浮かべてしまったこと。
それは、世界の均衡を大きく崩す「引き金」でもあったことを。
懐の端末が震える。
イリスからの緊急通知だ。
『報告。……帝国方面、および聖教国ラノリア周辺にて、大規模な軍事行動の兆候を検知。……また、世界的規模での「魔素濃度」の上昇を確認。……システム管理者による、地上への干渉レベルが上がっています』
わたしは端末を握りつぶさんばかりに強く握り、ニヤリと笑った。
「……あら。どうやら、ご飯の匂いにつられて、招かれざる客が動き出したようですわね」
わたしは立ち上がり、ドレスの裾を翻した。
見上げる空には、私の城。足元には、私の仲間たち。
恐れるものなど、何一つない。
「上等ですわ。……美味しいご飯を邪魔する奴は、神様だろうが運命だろうが、まとめてへし折って差し上げます!」
空への挑戦は終わった。
だが、本当の戦い――世界そのものを相手取った大喧嘩は、ここからが本番だ。
悪役令嬢レヴィーネ・ヴィータヴェン。
彼女の覇道は、まだ始まったばかりである。




