第150話 帰り道? 島ごと降りればいいじゃない。オワリ上空へ帰還!
天蓋都市の発着ポート。
深層区画でのショッピングを終え、ホクホク顔で戻ってきたわたしたちは、眼下に広がる青い星を見下ろしていた。
頭上には宇宙の闇。足元には雲海。
改めて、とんでもない場所にいたのだと実感する。
「さて。……問題はどうやって帰るか、ですわね」
わたしは腕を組んだ。
行きはドラゴン・タクシーを無理やり使ったが、帰りの足がない。飛び降りるには高すぎるし、ヴィータヴェン号は海の上だ。
『マスター。それでしたら提案があります』
アリスのスマホから、デメテルが得意げにホログラムを投影した。
『この天蓋都市の高度を下げ、オワリ城の直上、あるいは隣接する海面へ着水・停泊させることも可能ですが、いかがいたしましょう? これなら乗り換えの手間もなく、家ごと引っ越す感覚で帰れますよ』
なるほど、豪快なプランだ。
だが、すかさずイリスが冷徹なツッコミを入れた。
『否定。却下です。姉さんの質量で急速降下した場合、気圧変化による異常気象が発生します。さらに、そのまま海面へ着水すれば、極大の津波被害が発生する確率が99%です』
イリスは真顔で、とどめの一言を放った。
『姉さんは、自分の図体の大きさを、もう少し配慮すべきです。……重すぎるのです』
『なっ……! ず、図体ですって!? 重すぎ……!?』
デメテルのホログラムが真っ赤になった。
彼女は両手で自分の頬を押さえ、涙目で反論する。
『それが久しぶりに会った姉に向かって言う言葉ですか!! 私は……私は太っているわけではありません! たくさんの子供たちを抱えるための、包容力……そう、母性の象徴なんです!!』
「……ぶっ」
わたしは思わず吹き出した。
都市サイズの話を、体型の話にすり替えるとは。
アリスも「安産型なんだ……」と微妙な顔で頷いている。この姉妹、意外と似たもの同士かもしれない。
『……こ、コホン。失礼しました』
デメテルは気まずそうに咳払いをし、改めて別のホログラムを表示した。
『では、こちらの折衷案でいかがでしょう。……本都市の高度を、気象影響が出ないギリギリのライン……高度3000メートル付近まで降下させます』
「ふむ。3000メートルなら、霊峰フガクより少し低いくらいね」
『はい。ただし、気圧変動を起こさないよう、数時間かけてゆっくりと降下させます。……そこを「定常停泊高度」とし、地上へは本都市に備え付けの「往復可能な小型シャトル」で移動するプランです』
デメテルが指を鳴らすと、ポートの床が開き、流線型の美しい機体がせり上がってきた。
古代語で『希望の翼』と名付けられた、銀色の翼だ。
全長は20メートルほど。表面は継ぎ目がなく、真珠のような光沢を放っている。
「採用よ。……ああ、それとデメテル。出発する前に、一つ仕事を片付けておきましょう」
わたしはシャトルを見上げ、ふと、頭上のドームを見上げた。
そこには、かつての爆発か衝突で生じたであろう、巨大な亀裂が走っている。
「あの大穴。……私の別荘としては、いささかみすぼらしいわね。隙間風が入るじゃない」
わたしが扇子で亀裂を指し示すと、デメテルは申し訳無さそうに眉を下げた。
『申し訳ありません……。自己修復材の在庫が枯渇しておりまして……。現在の備蓄では、種子保管庫の維持で手一杯なのです』
「在庫がないなら、提供してあげるわ」
わたしはニヤリと笑い、足元の影から「暗闇の間」を展開させた。
「イリス、演算補助を。デメテル、私の魔力を中継させるわ。……やるなら徹底的に、新品同様に直しなさい!」
ドサドサドサッ……!!
影の中から吐き出されたのは、ここに来た時にわたしが破壊し、収納しておいた数百体もの警備ロボットの残骸だ。
『あっ……! そ、それは私が配備した警備ドローンたち!? いつの間に回収を!?』
「資源の有効活用よ。あれも全部『液体金属』なんでしょう? 再利用なさい」
『は、はいっ! ありがとうございますマスター! 若干複雑な気持ちがないわけでもないですが、これだけの量があれば、外壁の修復どころか都市機能の完全復旧が可能です!』
わたしが玉座を通じて魔力を送ると、山積みの残骸が一斉に液状化し、銀色の奔流となって空へ舞い上がった。
それはまるで、逆再生を見ているかのようだった。
何万トンもの液体金属が亀裂に吸い込まれ、みるみるうちにドームを塞いでいく。
キィィィン……!
亀裂が完全に塞がると同時に、都市全体に柔らかな光が灯った。
再起動した環境維持システムが、新鮮な空気を循環させ始める。
廃墟だった街並みが、息を吹き返したかのように輝き出したのだ。
「わぁ……! 綺麗……!」
「すごい……。街が生きています……!」
アリスとミリアが歓声を上げる。
これでよし。どうせ持ち帰るなら、ボロ屋より新築のほうがいいに決まっている。
「さて。これで心置きなく帰れますわね」
◆◆◆
こうして、わたしたちを乗せた天蓋都市は、静かに降下を開始した。
ズズズゥゥゥン……。
腹に響く重低音と共に、巨大な質量が動き出す。
窓の外では、太陽が水平線の彼方へと沈み、世界が夜の帳に包まれていくところだった。
「きれい……」
アリスが窓に張り付いて呟く。
眼下には真っ暗な雲海。頭上には、空気がないゆえに地上よりも鋭く輝く満天の星空。
わたしたちは、星の海を泳ぐ巨大な船の中で、ゆっくりと流れる時間を過ごした。
戦いの疲れを癒やすように、アリスとミリアは寄り添って仮眠を取り、わたしは玉座に座って、眼下の闇に点在する地上の街明かりを眺めていた。
やがて。
東の空が白み始めた。
「……夜明け、ね」
水平線が黄金色に染まり、そこから深い藍色、そして透き通るような水色へと、空のグラデーションが変わっていく。
雲海が朝日に照らされ、燃えるようなオレンジ色に輝き出す。
神話の世界のような絶景。
その中を、修復を終えて完全な球体となった天蓋都市が、音もなく降下していく。
『マスター。まもなく、目標高度3000に到達。……オワリ城上空です』
デメテルの報告と共に、雲を抜けた。
眼下に、慣れ親しんだトヨノクニの大地と、朝霧に包まれたオワリの城下町が広がっていた。
◆◆◆
その頃、地上では。
トヨノクニの早朝は、「健康」から始まる。
国民の体力向上を掲げたミリアの発案により、毎朝の『国民健康体操』が推奨されているのだ。
オワリ城の広場でも、近衛武士や役人、そして早起きした非番の者たちが整列していた。
その最前列には、なんとノブナガとイエヤスの姿もある。
「うむ! 朝の運動は気持ちが良いのう! 血の巡りが良くなるわ!」
「はい。……規則正しい生活こそが、富国強兵の第一歩ですからね」
朝日を浴びながら、屈強な男たちが一斉に腕を回し、屈伸をするシュールかつ平和な光景。
そして、城のテラスでは、エルフの女王エルウィンが、優雅に朝のハーブティーを楽しんでいた。
「ふぅ……。今日も良き天気じゃ。平和じゃのう」
彼女はカップを傾け、香りを楽しもうと目を閉じた。
その時だ。
スッ……と。
降り注いでいた朝日が遮られ、世界が巨大な影に覆われた。
「……ん? 雲か? 雨の予報など出ておらなんだが……」
エルウィンは怪訝な顔で目を開け、空を見上げ――そして、800年生きてきて初めて、盛大に茶を吹き出した。
「ぶふぉぉぉぉぉッ!!?」
侍女たちが慌ててタオルを持ってくるが、エルウィンはそれどころではなかった。
震える指で、空を指差す。
「ば、馬鹿な……。ありえん、ありえんぞ……! アレが動くじゃと……!?」




