第146話 天空ちゃんこ鍋、完成! 旨味の爆弾がAIを落とす!
野菜モンスターの群れを「収穫」し終え、静寂を取り戻した天蓋都市。
わたしは、積み上げた大根の山に腰を下ろした瞬間、ふわりと世界が回るような感覚に襲われた。
「……ふぅ」
無意識に額に手を当てる。
指先が冷たい。全身の血流がドクドクと警鐘を鳴らしているのが分かる。
「レヴィーネ様!?」
「レヴィちゃん!?」
異変を察知したミリアとアリスが、慌てて駆け寄ってくる。
わたしはドレスの裾を強く握りしめ、努めて優雅に微笑んでみせた。
「……平気よ。ただ、ちょっと燃費が悪かったみたいね」
原因は明白だ。
ここに来る直前、あの規格外の機械龍相手に、渾身の『漆黒の玉座』をぶちかましたからだ。
あれは、わたしの魔力貯蔵量の半分を一撃で持っていく大技。その後の野菜たちとの連戦で、さすがに底が見え始めていた。
魔力欠乏。
このままでは、次の「大仕事」に支障が出る。
『……分析。対象の生体エネルギー残存量、低下。……やはり人間は脆弱ですね』
空中に浮かぶデメテルのホログラムが、ここぞとばかりに勝ち誇った声を上げる。
彼女の目には、哀れみと侮蔑が混ざっていた。
『肉体という不便な器を持つがゆえの限界です。このまま消耗すれば、貴女たちは飢えと寒さで自滅するでしょう。さあ、大人しく撤退を……』
グゥゥゥゥゥ…………。
デメテルの警告を遮るように、盛大な腹の虫が鳴り響いた。
静寂の天蓋都市に、あまりにも場違いな、けれど生命力に満ちた音が木霊する。
「……あ」
アリスとミリアが顔を見合わせる。
音の主は、間違いなくわたしだ。
わたしは真っ赤になるどころか、逆に真剣な顔で腹をさすった。
空腹。それは生命が「生きたい」と叫ぶ音だ。恥じることなど何もない。
「……デメテル。貴女、いいことを言いましたわね」
『は?』
「『飢え』は敵ですわ。……ですから、戦う前に『補給』させていただきます!」
わたしはバッと立ち上がり、鉄扇でミリアを指差した。
「総員、野営準備! ミリア、四次元リュックから調理器具一式を! アリス、水魔法の準備を! ……ここで『天空ちゃんこ』を作りますわよ!」
「はぁいっ! 待ってましたぁ!」
「了解です! ……まさかこんなところで、ちゃんこを作るとはさすがレヴィーネ様……!」
◆◆◆
数分後。
天蓋都市の中央広場――人類の遺産が眠る聖域のど真ん中に、場違いな、しかし極上の香りが漂い始めた。
ミリアがリュックから取り出したのは、野営用の魔導コンロと、何十人前だよと言いたくなるような巨大な寸胴鍋。
まずはスープ作りだ。
「アリス! お水をお願い!」
「まかせて! ……聖水生成!」
アリスが杖を振ると、キラキラと輝く清浄な水が鍋を満たす。
ただの水ではない。聖女アリスの純粋な魔力が込められた、ポーション並みの回復効果を持つ特級聖水だ。
これだけで、そこらの高級エリクサーよりも価値がある。
「そこへ……先ほど収穫した『人食いトマト』を投入!」
わたしは、真っ赤に熟れた巨大トマトを手で握りつぶし、皮ごと豪快に鍋へ放り込んだ。
グツグツと煮立つ聖水の中でトマトが崩れ、スープが鮮やかなルビー色に染まっていく。
立ち上る湯気には、太陽の恵みを凝縮したような甘酸っぱい香りが含まれている。
「さらに隠し味! トヨノクニの海で獲れた雑魚を乾燥粉末にした『特製魚粉パウダー』!」
パラパラと黄金色の粉を振りかける。
トマトの酸味ある香りに、魚介の芳醇な旨味と潮の香りが重なり、複雑なハーモニーを奏で始める。
イタリアンと和の融合。
『……な、何をしているのですか? 神聖な保存区画で、煮炊きなど……』
デメテルが狼狽しているが、無視だ。
わたしはミリアからとある容器を受け取った。
「そして味の決め手はこれ! V&C商会謹製、熟成期間を倍にした『トヨノクニ極み味噌』!」
ドボン。
赤褐色の味噌を溶かし入れると、その香りは爆発的に広がった。
トマトのグルタミン酸と、味噌の旨味成分。そして魚粉のイノシン酸。
これぞ、旨味の相乗効果だ。
香ばしく、どこか懐かしく、けれど強烈に食欲をそそる匂いが、無機質な都市空間を侵食していく。
「具材はどうしますか!?」
「こうしますわ!」
わたしはミリアからピーラーを受け取ると、さっき倒した巨大大根に向き合った。
シュッシュッシュッ!
目にも留まらぬ速さで、大根をリボンのように薄く、長く削いでいく。
「この『歩く大根』、筋肉質だから普通に切ると固いのよ。でも、こうして薄く削げば……スープを吸って最高の麺になりますわ!」
鍋に投入。
薄い大根は瞬時に熱が通り、スープの旨味を吸ってトロトロの半透明に変わる。
「レヴィーネ様! 大根の皮も持ち帰ってよろしいですか? あとできんぴらにします!」
ミリアが剥いた大量の皮を集めながら目を輝かせる。
「ええ、もちろんよ。……おや? アリス、あんたは何をしているの?」
見れば、アリスは大根の葉っぱを丁寧に切り落とし、水洗いして大事そうに抱えていた。
「へへへ。この葉っぱ、あとで細かく刻んで人参と一緒に醤油炒めにするんだ! 胡麻油を垂らして……絶対に美味しいのができるよ! ご飯泥棒だよ!」
「……ふふ。いい心がけね」
アリスが語る「ご飯泥棒」という言葉の響きに、彼女の前世――あるいはかつての生活の記憶が垣間見える。
わたしは微笑み、次なる具材を手にした。
先ほど襲ってきた「ボム・ガーリック」だ。強烈な催涙ガスを放つ厄介な敵だったが、加熱してしまえばこっちのものだ。
「臭気攻撃をしてきたこのニンニクも、すりおろして投入!」
「あ、刃物みたいに鋭かった『ブレード・スピナッチ(ほうれん草)』も、ざく切りにして入れちゃいますね! 火を通せばクタッとして甘くなりますから!」
ミリアが手際よく葉野菜を放り込む。
そして。
「あっ! レヴィちゃん、これこれ! せっかくのコーンを忘れちゃダメだよ!」
アリスが、山盛りの黄色い粒を差し出した。
ドリル状に回転して襲ってきた「ドリル・コーン」の実だ。
「戦闘中にミリアちゃんが魔法で綺麗に外してくれたんだよ!」
「ええ。芯の部分も素晴らしい出汁が出そうです」
「芯はお米とバターと一緒に炊き込めば、最高のもろこしご飯になるね! 絶対持って帰ろう!」
キャッキャと食材談義に花を咲かせながら、コーンを鍋にザラザラと投入する。
鮮やかな黄色が、赤いスープに彩りを添える。
「それにしても、この食材のポテンシャル……。このトマトベースの鍋、商会の新メニューに加えましょう。原価計算……雑魚の乾燥粉末を使えばコストを抑えつつ旨味を……一杯あたり銀貨3枚で……利益率は……」
ミリアがブツブツと呟きながら、手帳に猛スピードで計算式を書き込んでいる。頼もしい限りだ。
「さらに! この保存庫にあった『古代豚』の試供品!」
デメテルが「あっ、それは貴重な!」と叫ぶのを無視して、霜降りのバラ肉を投入。
ジュワ……という音と共に、脂が溶け出し、スープにコクを与える。
「仕上げですわ! ……『アリス乳業の特濃バター』をひとかけら……!」
ジュワァァァ……。
バターが溶け、黄金色の油膜となってスープを覆う。
ニンニクのパンチ、味噌のコク、バターのまろやかさ。
その瞬間、広場を支配していた無機質な空気が完全に死んだ。
代わりに生まれたのは、暴力的で、背徳的で、抗うことのできない「食欲」という名の魔物。
「完成よ!」
わたしは鍋の蓋を開け、真っ白な湯気と共に宣言した。
「さあ……おあがりよ!」




