第126話 これがトヨノクニの技術力。デコトラの輝きにひれ伏しなさい。
食のパビリオンを抜け、一行が足を踏み入れたのは、『オダ・ホールディングス・技術館』。
そこは、熱気と油の匂い、そして男たちのロマンが詰まった場所だった。
ドォォォォン……!
重低音と共に展示されているのは、極彩色のネオンと鏡面仕上げのステンレスで装飾された、巨大な魔導トラック――通称『デコトラ』の実車だ。
そしてその荷台には、先ほど説明した「冷蔵冷凍装置」のカットモデルが展示され、霜を纏った冷却パイプが複雑に這い回っている。
「……興味深い」
アレクセイ皇子が、眼鏡を光らせてトラックの下回りを覗き込む。
「魔導機関の排熱を循環させ、冷媒を圧縮するコンプレッサーとして利用しているのか……? それに、このサスペンションの構造。かなりの重量物を高速で運搬することを想定しているが、衝撃吸収の計算が完璧だ。……この国は、たかが食料を運ぶためだけに、これほどのオーバースペックな機械を作ったというのか?」
「ええ。美味い飯を食うためなら、山だって動かす。それがこの国の『変態性』であり、原動力ですわ」
わたしは胸を張って答えた。
だが、ロックウェルたち西方商人の反応は違った。彼らの目は「利益」しか見ていない。
「……ふむ。構造自体は、そう複雑ではないな」
「ああ。魔導回路の図面と、冷却器の設計図さえあれば、連邦の工房でも再現可能だ」
「これを持ち帰れば、我々の物流も独占できるぞ……」
彼らはヒソヒソと話し合い、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
技術の開示など、愚か者のすることだ。構造さえ分かれば、あとは資本力に勝る我々が大量生産して市場を奪えばいい――そう考えているのが見え見えだ。
浅はかね。
わたしは彼らの前に、三人の男たちを招いた。
「皆様、ご紹介しますわ。この技術を支える『三本の矢』です」
頑固な職人顔のドワーフ、ガンテツ。
ねじり鉢巻に油まみれの作業着を着た、老齢のからくり技師ギエモン。
そして、白衣を着て黒板の前に立つ、V&C商会技術顧問のミリア。
「……あのな、あんたら勘違いしてるようだが」
ガンテツが、ハンマーを肩に担いで鼻を鳴らした。
「このトラック一台作るのに、俺たち鍛冶師ギルドが『ミスリル合金の配合』を変え、それに合わせてギエモンのとこの細工師が『歯車の噛み合わせ』をミクロン単位で調整し、さらにミリアの嬢ちゃんたちが『魔力伝導率』を計算して回路を組んでるんだ」
「ふん、その通りじゃ!」
ギエモンがキセルをカーン!と叩きつけ、職人としての矜持を込めてまくし立てた。
「お主ら、図面がありゃあ作れると思うておるんじゃろ? 甘い、甘いわい! 砂糖菓子より甘いわ! 鍛冶屋の頑固者が叩いた鉄のクセを、わしらがヤスリ一本で合わせる。その『阿吽の呼吸』というやつがなきゃあ、こんな化け物は動かんのじゃ!」
彼はトラックのエンジン部分を愛おしげに叩いた。
「他所の国じゃあ、鍛冶屋は鍛冶屋、魔導師は魔導師で、技術を隠し合うておる。だがな、ここは違う。全員が『美味い酒を飲む』『大将の無茶振りに応える』っていう馬鹿げた祭りのために、喧嘩腰で技術を晒し合うておる! その『心意気』がなきゃあ、ただの鉄屑にしかならんのじゃ!」
ミリアが、淡々とした口調で締めくくる。
「これが『トヨノクニ・メソッド』です。……設計図だけ盗んでも無駄です。セクションごとの壁を取り払い、数千人の職人が同じ方向を向いて走る『組織体制』そのものをコピーしない限り、再現は不可能です」
ロックウェルたちが息を呑む。
彼らが最も苦手とする分野だ。徒弟制度と既得権益、そしてギルド間の対立によって成り立つ西方の社会構造では、このような横断的なプロジェクトは不可能なのだ。
「……だ、だったら! なぜ公開などするのです!?」
ロックウェルが震える声で叫んだ。
「技術を独占し、高く売りつければいいものを! なぜ、敵に塩を送るような真似を……!」
「あら、敵だなんて」
わたしは鉄扇を開き、優雅に微笑んだ。
「世界が広がった方が、面白いじゃありませんか」
「……は?」
「物流が整い、技術が広まれば、世界のどこにいても美味しいものが食べられるようになります。飢える人が減り、新しい料理が生まれ、それがまた物流に乗ってわたしの元へ届く……。独占するより、世界中を巻き込んだほうが、結果的にわたしが『得』をするんですのよ」
わたしの言葉に、会場が静まり返る。
あまりに巨大で、あまりに強欲で、そしてあまりに合理的な「世界征服」の理論。
「それに……もし作れるものなら、作ってみなさいな。リバースエンジニアリング、大いに結構。……わたしたちは、その間にさらに『先』へ進みますから」
圧倒的な自信。
ロックウェルは歯噛みした。
勝てない。この底抜けの前向きさとスピード感には、これまでの商慣習が通用しない。
ならば。
彼らの目に、暗い光が宿る。
「……(技術が盗めないなら、作れる人間を奪えばいい)」
「……(金で転ばぬ職人はいない。あるいは、力ずくでも……)」
ロックウェルがおもむろにガンテツに歩み寄り、懐から分厚い革袋を取り出した。
「……素晴らしい技術だ、親方。どうだろう、我が連邦に来ないか? 報酬は今の10倍……いや、言い値で払おう!」
露骨な引き抜き工作。
ガンテツ親方は、差し出された金貨の袋を見て、ニヤリと笑った。
そして、ハンマーを一振りして、その袋を空中で叩き落とした。
ガシャァン!
「……ああん? 俺を買うだと? 100年早えよ、成金野郎」
親方は吐き捨てた。
「俺たちがここにいるのは、金のためじゃねえ。……この国の『大将』が、俺たちの作ったもんで最高に馬鹿げた遊びをしてくれるからだ! 金で動くハンマーなんざ、持ってねえよ!」
「な……ッ!?」
顔を真っ赤にするロックウェルの肩に、わたしは鉄扇を置いた。
ズシリ。影魔法で50キロ加重する。
「……お聞きになりまして? 議長さん」
わたしは氷のような瞳で彼を見下ろした。
「技術が欲しいなら、正規のルートで『製品』を買いなさい。……職人を盗もうなんて泥棒猫みたいな真似をすると、その指、全部へし折ることになりますわよ?」
「……っ! こ、これは失敬……!」
ロックウェルは脂汗を流して後ずさった。
だが、その去り際の視線は、諦めではなく、より陰湿な手段を選ぼうとする者のそれだった。
金で買えないなら、攫うまで。
彼らの思考回路は、どこまでも強欲で、短絡的だ。
「……やれやれ。どうやら、技術を守るのも一苦労ね」
わたしはため息をついた。
けれど、そんな外敵の気配すらも、今のトヨノクニの熱気を冷ますことはできない。
食と技術。
二つの翼を手に入れたこの国は、いよいよ世界の中心へと躍り出ようとしていた。




