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異世界捜索  作者: ンゴ
第八章
50/71

第50話 潜入

 馬車の足元には、草の絨毯が広がっているというのに、遠くを見れば、赤みがかった砂一面。

 神の国、シンの東部特有の過酷な気候が、自然に対し不平等に襲い掛かり、大地が真っ二つに色分けされてしまったのだ。


 大地の上では、朽ちかけた石柱が天を睨みつけたり、はたまた寝転んだり。

 何処彼処で、過去文明の遺跡が淋しく風に吹かれているだけの、捨てられた地域である。

 こんな僻地が組織の中心部として機能してしまうのだから、驚きだ。

 過去に経営者として名を馳せたじいちゃんの能力が、この世界でも大いに振るわれていた。


 茹だるような暑さの中、態々変装用の黒いローブで肌を隠し、荷物でパンパンの馬車に籠るのは、今日で何日目だろうか。

 物資の運搬係を装うため、よんどころないと分かってはいるが、居心地の悪いこと悪いこと。

 しかし、御者を担った騎士やリリィだけではなく、普段は饒舌なジェシカですらも神妙な面持ちで黙っていたため、たらたら愚痴るのも違う。

 

 まあ、これから敵の本拠地に飛び込もうというのだ、重い空気になるのも仕方なし。

 ムードを変えるため、小粋なジョークに挑戦してみるのもいいが、不毛な会話になど逃げず、各々で集中力を高めている彼女らの邪魔はしたくない。

 そのため俺は、もう飽き飽きする程に眺め尽くした風景と、またにらめっこだ。

 

 懲りずにそうやっていると、永遠に思われた景色の果てに、とうとう異物が混入。

 忌々しくあるはずの対象に、ちょっとした喜びを覚えてしまった。


「あれが、宮殿…」


 呟いたリリィの瞳に映るは、やけに巨大な建造物。

 そのサイズは帝都の王城に負けず劣らずであり、廃れた土壌には相応しくない見てくれだ。

 それでも間違いなくそこに在する、憎き敵、愛されし者のアジトは、俺たちを飲み込まんと門を開け放っていた。

 

 門前。

 我々一行と同じく、無個性な装いの数名が見張りを行っている。

 が、欠伸や居眠りをしている者ばかりで、まるで責任感がない。


 結果的に、作戦にブライスが参加していなくて、良かった。

 もし彼女があのだらしなさを見たら、条件反射で叱り付け、厄介な事になっていただろう。

 

「変ですね…」


 様子を覗った騎士が、訝しげに声を漏らしたのが聞こえたものの、すぐさま聞き返す訳にはいかない。

 今まさに、馬車は敵兵の蔓延る門柱の間へと差し掛かろうとしていた。

 

 締まりの無い見張りたちとは対照的に、車内の酸素が薄い。

 冷や汗が一滴流れることにすら、焦りが伴う。

 だが結局、ローブを羽織った俺たちは、見張りたちに見向きもされなかった。


 通り過ぎ、絶対に声が聞こえない距離まで遠ざかったところで、騎士の揺れる背中に問いかける。


「…何かあったのか?」


「やけに見張りが少ないんですよ。普段は、入るまでに何重にも検問が敷かれているんですが」


 テロ組織の中心部にも拘らず、我が実家よりも心許ないセキュリティ。

 常にこの有様であれば、邪魔になる程の物資を馬車に積み込んでまで、カモフラージュせずに済んだというのに。

 いやしかし、普段よりも簡単に侵入できるのなら、それは只々好都合である。


「ラッキーじゃねえか。この調子なら、迷子もすぐに見つかるかもな」


 カシャリと金属の擦れる音を立て、頭の後ろで腕を組んだジェシカ。

 すこぶる楽観的な物言いは、彼女なりの気遣いだ。

 フードの下に覗く口元が、優しい。


 この三人でなら、きっとロビンを奪還できる。

 長らく動き続けていた馬車の足が遂に止まっても、俺の手には武者震いすらなかった。


「階段を上がって、突き当たりの扉へ。番人が居ますが、変装していれば問題ありません。…それでは、健闘を祈ります」


「そっちも、帰り道でしくじるなよ」


 俺が挨拶を交わし、皆で降車。

 馬を百八十度、さっさと離れていく騎士の背は、見送らない。

 一行を見下ろす美しい宮殿が放つ、拒絶の気配を切り裂くように、ただ、前へ。


 そうやって間髪入れずに踏み出した一歩目が、偶々揃う。

 足音が重なる毎に、絆が深まっていく。

 そんな気がした。


 ローブを靡かせながら長い階段を上っていくと、五メートル程もある青銅の扉が、俺たちをお出迎え。

 扉自体のみに留まらず、それを囲む壁にまで天使の彫刻がびっしり刻まれており、その全てが此方へ視線を送っている。

 人ならざる者には、被った布一枚など透けて見えるか。


 残念、扉の番をしているのは人。

 神の使者とは違う。


 とんとん拍子に進んでいく作戦に気を大きくしていた俺は、踊り場を堂々進み、歓迎されるのを待っていた。

 しかし、客人の到着に、彼らは直立不動。

 何時まで経っても扉に手を掛けようとしない。


 そしてとうとう何の動きも無いまま、俺たちの足は扉の目前まで辿り着いてしまった。


「…貴様ら、此処で一体何をしている?待機命令を受けた者以外、総動員で出兵命令が下ったはずだが」


 衛兵の疑いの眼が、布越しに俺を捉える。

 怪しまれてはいるものの、赤の他人だとバレてしまっている訳ではなさそうだ。


 だが、騎士に説明された前提が変化している以上、何を言えばこの場を切り抜けられるのか。

 解決の糸口が見つからず、皆口を噤んでいた。

 次第に、黙りこくった同胞への疑念は、深まっていく。


「…おい、フードを外せ」


 衛兵はそう言うと、命令に従わない俺たちの側へ。

 無情にも、深々と被ったフードに、手がかかる。

 いよいよ顔が暴かれようという時、ガン、と重苦しい音が、邪魔をした。

 固く閉ざされていた扉が、内側から徐に押し開けられたのだ。


 青銅の狭間の闇に、磨き上げた刃物のような輝き。

 それが眼光だと理解できたのは、雪崩れ込んだ陽射しに、黒い仮面が照らし出された後だった。

 

「俺様の客だ。黙って通せ…無能共がァ」


 不気味な黒い仮面で顔を隠した、見上げるくらいに長身の男。

 聞き覚えのあるざらついた声に、背筋を怖気が撫ぜる。

 扉に彫刻された天使たちですら、目を逸らしていた。


 俺たちに対してあれだけ偉そうだった番人も、あっさり気圧されてしまい、生唾をゴクリ。


「だ、誰かと思えば新人のお守りか…チッ、驚かせやがって」


 無理に強く出た番人は精一杯の舌打ち、それからすぐに道を空けた。

 俺は、浮かんでくる様々な疑問をさておいて、闇の中へと足を踏み入れる。


 後ろの方で扉が閉まる音の残響が消えると同時に、今更不安が襲ってくるが、もう後戻りなどできない。

 真っ暗な中、少しだけ億劫に絨毯の感覚の上を歩くと、左右の壁沿いに一列に設置されたランプが、自動的に火を灯した。


 通路の先に照らし出されたのは、左右の捻じれた階段が印象的な、無人のだだっ広いロビー。

 内装は青や紫を基調とした華麗なものだったが、掃除が行き届いておらず埃まみれ。

 肖像画や石像が飾られていたが、それは賢者を模した物ではなく、ただ放置されているだけのような哀しさがあった。


「元々神の国の大貴族が建てたものを略奪し、そのまま使っているので、名も分からない神がそこら中に転がっています。此処に集まる方々は、片付けなどできませんから」


 周囲を眺めていた俺の脳内を見透かした、透明感のある声がする。

 進行方向に誘導された視線の先では、いつの間にかそこに居た白い仮面の男が、優雅に礼をしていた。


 警戒して立ち止まった俺たちとは違い、歩み寄った黒い仮面の男は彼の隣へ。

 すると、そこに出来上がったのは、やはり見覚えのある身長差。

 どうやら俺と同じ相手を思い出していたジェシカは、我慢ならないと言った様子で、背負った大剣の柄に手を掛けた。


「薄気味悪いコスプレしやがって、何のつもりだカマキリ野郎」


「…あァ?文句あんならもう一遍半殺しにしてやろうか、クソ女」


 雪辱の好機に赤い瞳をギラつかせたジェシカが、挑発。

 それに応えるため、黒い仮面が持ち上がる。

 鮫のように尖った歯を剥き出しにしたこの男の名は、バルカン。

 ルーライトの酒場で殺されかけたあの日の事を、忘れられる訳がない。


 喧嘩を売ったジェシカの方は、今すぐにでも得物を抜こうという勢いだったが、バルカンの方はおちょくっているだけ。

 むしろ、白い仮面の奥に潜む俺への敵意の方が、手厳しいものだった。

 

 鬱陶しく感じた俺は、突き刺さってくる視線を睨み返す。


「…恨んでも、恨まれる筋合いは無いんだがな」


「バルカン様を焼き殺すなど、万死に値します」


「ふざけろ、先に暴れ始めたのはアイツだ」


 此方としても、ジェシカの命を理不尽に脅かされた事を許してはいない。

 多少の喧嘩であれば、付き合ってやりたいところだ。


 しかし、幾ら見渡してもそれらしき相手が他に見当たらない以上、俺たちを案内する工作員とやらは、この二人。

 なら、どれだけ硬い握り拳を作っても、無駄である。


「見ての通り、この宮殿はアホみたいに広い。最初の扉を間違えでもすりゃ、到着は夜明けだ」


 へらへらと笑うバルカン。

 彼の言い分はもっともであり、土地勘のある人間の協力無しに行動するのは、余りに危険だ。

 視界の中で分岐する通路の、一体どれがロビンのいる部屋に繋がっているのか、俺たちは予想することすらできないのだから。


 時間を浪費すればした分だけ、潜入が発覚するリスクは高まっていく。

 敵の巣で包囲されれば、生きて帰れる保証はない。

 つまり、バルカンたちと争う選択肢など、俺たちに取りようがなかった。


「そもそもだ。どうしてお前等が帝国に協力してるんだよ」


「何でンな事を、たかが仕事相手に言わなきゃならねえんだ、あァ?」


「裏切られる可能性が高過ぎる。その悪人面、信用しろってのか?」


 俺は、バルカンに負けじと目付きを尖らせ、言った。

 

 悪人は、簡単に嘘を吐く。

 動機を聞き出そうが、心の底から信用する事などできないだろう。

 それでも、何も知らずについて行くよりは余程増し。

 もし道理に綻びが出れば、この場でこいつらを叩けばいい。


 数秒間、根気強く目を合わせた甲斐があり、俺より先に、バルカンの方が折れた。

 高い位置で溜め息を吐き、渋々。


「…単純な話だ。俺はジジイの取り巻きをバックれて以降、無職。金がねえ。そんな俺に目を付けたのが、金満国家エルデ様って訳だ。契約料は人生三週分の金、それと帝国の永住権。人生上がるまで、秒読みよ」


「こんな危険な仕事を、金目当てで請け負うか?普通」


「俺様が、仕事をしくじる?万に一も無え。なら、重要なのは何だ?支払い、利益だけだろうが。唯一問題があるとするなら、明日まで帝国が残っているかどうかだな。…チッ、つくづく不幸だぜ」


「…どういう意味よ?」


 リリィが、眉をピクリ。

 不機嫌そのもののバルカンから溢れた愚痴に、嫌な何かを感じ取り、聞き返した。

 そうやって、じっくりと問われたのに対し、返事は、呆気なく。


「外の雑魚が言ってただろうが。雑魚の殆どが出兵したんだよ。…帝国に向かってな」


 戦慄が走る。

 人員を削ってまで、急ぎ足で実行された賢者暗殺作戦。

 だが結局、騎士団が、クリードが恐れていた最悪の事態には、タッチの差で間に合わなかったのだ。


 もう、帝国へ歩を進める大軍を止める術は、無い。

 事実は、三人の若者の心に、重く重く伸し掛かった。

 その筈だ。


「そう。なら私たちには好都合ね」


 黒い雲に覆われたような、どんよりとした空気の中、冷酷な感想を口にしたリリィ。

 杖を片手で床へと突き立てる彼女の蒼い瞳は、飄々と見据えていた。

 (つるぎ)の如く真っすぐに、正面の扉を。


「ロビンの奪還が今回の目的でしょ。兵の少ない今なら、きっと宮殿の中も動き易いわ」


「何言ってやがる…帝国にはエリーゼも居るんだぞ!」


 声を荒げたジェシカは、リリィの胸ぐらをローブの生地が伸びるくらいに掴んだ。

 その凄まじい剣幕と逆立つ赤髪は、獅子を彷彿とさせる。

 力の入った右腕には、細い血管が幾線も浮かび上がり、黄金の腕よりも強い存在感を放っていた。


 しかし、澄んだ瞳は、深い森に囲われた湖の水面の如く。

 全くもって、揺らがない。

 いつまで経っても恐怖心の姿が見えないせいで、激昂したジェシカの方が、僅かに気後れしていた。


「引き返したって、間に合わない。クリードやブライスさんを信用して、やれることをやるしかないの…私たちは」


 合理的なリリィの主張は、ジェシカが噛み締めた歯を、音が聞こえる程に軋ませた。

 やがてその音は静まり、正論を前に敢え無く敗れた拳も、ローブから離れる。

 何かを振り切るかのように、苦し気に背を向けた彼女は、歩き出したバルカンの背を、遅れずに追った。


 ジェシカの叫びは間違いなく愛に溢れていたが、舵を切るべきは、リリィが指し示した方向。

 この運命的な歯車の噛み合いを好機と捉え、精神面で恩恵を受けられるよう、切り替える。

 きっとそれが、大戦争の幕開けを知ってしまった俺たちに、最適な思考だ。


 正しさというものは、決して優しい訳ではない。

 二人のやり取りに、再確認させられた。


 俺は、その場で立ち止まっていたリリィの背を叩き、通り過ぎて。

 今度は、ジェシカの肩を叩く。

 正しくあってくれるリリィと、正しさを受け入れたジェシカに、俺は優しくあろうじゃないか。

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