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異世界捜索  作者: ンゴ
第七章
48/73

第48話 一筋の光

 窓の縁から、カビで汚れた木目が此方をじっと覗いている。

 それを嫌がって視界を閉ざすと、今度は耳が煩い。

 壁という壁を雨がバチバチと叩き、このちっぽけな部屋に入り込もうとしていた。


 鬱屈とした空間に閉じ籠って、気は滅入る一方。

 牧場での生活とは違い、決まった時間にやらなければならない事は何一つ無く、もはや廃人同然の日々だ。

 但し、僕がこうして項垂れていられるのも、今の内。

 心に住み着いた黒い獣が目を覚ませば、途端に豹変してしまう。

 奴を閉じ込めた檻が爪でガシャンと揺らされる度、耐え難い衝動がこの身を襲い、ようやく頭が冷えた頃には、部屋が無残に破壊されていた。


 あれから、長く時が経っていることだけは分かる。

 そして勿論、時間は何も解決しない。


「ひでえ有様。臭いも…最悪だ」


 この部屋を与えられてから、初めての来客。

 低い声を敢えて上擦らせたような、不快な声だ。

 僕は不快に感じたが、それを伝えようにも、長く使わなかった喉から上手く音が出ず、パクパクと口だけを動かして、止める。


 黒いローブを羽織った、仮面の二人組だ。

 やけに細長い高身長は、無機質な黒い仮面を。

 逆に小柄な方は、白い仮面を付けていた。


「こういう時は、まずノックですよ。一号」


「ノックだァ?しようにも、扉が無(ね)え…無いですが」


「…仕方ない、失礼しましょう」


 部屋の外に放り出されていた扉の残骸を、空き缶の様に踏みつけた、黒い仮面の男。

 彼の敬語は、酷くぎこちない。

 つまりは、それを指摘しない白い仮面の方も、礼儀など気にしていないのだ。


 舐め腐ったやり取りに気を悪くしたのは、僕自身か。

 それとも、腹の中の怪物なのかはもう分からなかったが、鉄製の両足は細かく震え、やっと動き出した口からは、威圧と涎が零れる。


「誰だか知らないけど、死にたいらしいね…!」


 肉体は鈍っているが、義足は錆びていない。

 爪先に力を込めれば、僕の体が弓矢の如く射出され、空気抵抗の膜を乗り切った先が、白い仮面の至近距離。


 うすら寒い笑みを浮かべた仮面ごと、脳天を叩き割るつもりで、高々と上げた左足。

 容赦なく、一撃必殺を目論む鈍色の兵器が、獲物を見下ろす。


「まあ落ち着けや、クソガ…いや、ロビン様だったか」


「コイツ、速…!?」


 与えた猶予は、コンマ数秒。

 瞬きすら許さない強襲。

 その矢尻は、白い仮面の後ろからゴム紐のように伸びてきた腕に、がっちりと捕獲されていた。

 

 天使の羽の様に自由だった義足が、細い見た目にそぐわない腕力に抑え込まれ、ピクリとも動かない。

 それどころか、持ち上げられてしまった僕は、ベッドへ投げ飛ばされた。

 固い骨組みに背骨が衝突、脳内に火花。

 痛みよりも、眼球の中で閃光が弾けたような感覚に、くらくらする。


 混乱しっぱなしで身動きが取れなくなっていたのに、そんな好機を与えても、まだ生きている。

 次第に血圧を下げた僕は、白い仮面の方に問う。


「…何が目的」


「やっと話を聞く気になって頂けましたか。このまま暴れられては、どうしようかと思いましたよ」


「御託はいい。要件を」


「賢者様は、ロビン様を幹部に任命されました」


「…へ?幹部だって?」


 予想外の知らせに、思わず聞き返してしまう。

 此処へ連れて来られてから僕が利用したのは、この部屋とトイレだけ。

 右も左も、分からない。

 そんな奴が、組織の上に立つなんて、あり得ない話ではないか。


 だが、対峙する白い仮面の奥で、赤と青の二色に輝く瞳は、至って真剣。


「驚かれるのも当然。ですが、これは事実であり、決定事項です」


「何故そんな話になったんだ。ちゃんと説明してよ」


「幹部を務めていたヘルキス・レオンハート様が、戦死されました。空白となった席に指名されたのが、ロビン様だった…それだけの事です」


「でも、僕は何も知らない!君らが革命軍だという事以外、何もだ!正門が北か南か、それすらも覚えてない奴に、何ができるって言うんだ!?」


 何なら、この集団への愛着だって、皆無。

 僕を導く聖女、アイディーに連れられて、此処に居るだけだ。

 なのに、突然重役に就けと言われても、やりたくないし、やれる訳もない。


 子供のように喚いてみせた僕だったが、白い仮面の男はそれを気にもせず、ローブの裾をひらりと揺らし、一礼。


「そこで、宮殿での職務に慣れないであろうロビン様のお世話係を務めるのが、我々となった訳です。此方の大男が一号、私のことは二号とお呼び下さい」


 一号と紹介された黒い仮面の男は、顎で僕を見て、鼻を鳴らす。

 慣れた様子の二号はともかく、こんな態度の一号までもがお世話係などと宣うのだから、ふざけた話である。


 しかし、そんな不満など考慮の外。

 着々と話は進み続ける。

 時間は何も解決しないが、時計の針は止まらない。


「さて、そうと決まれば…一時間後の召集に備え、身なりを整えましょう」


「ああ、このままじゃ臭過ぎて臭過ぎて、高慢野郎に何言われるか分からねえ」


「ちょっと!まだ僕、やると決めたわけじゃ…!」


 一号の指が、僕の首根っこを摘まみ上げ、部屋の外へと運び出す。

 生ゴミを詰め込んだ袋の気分だ。

 四肢を振り回してじたばたと暴れても、黒い仮面は見向きもしてくれない。


 突如現れて好き勝手する、白黒の二人組。

 まんまと彼らに捕まってしまった僕は、まるで急な雨に降られたような、更なる憂鬱に襲われていた。

 いや、ずっと雨は降っていたのだ、雨よりも鬱陶しい何かだ。


 ああ、早く聖女様に会いたい。

 あのサンカヨウのような笑顔を一目見るだけで、それだけで全てが払拭されるのだから。




 ◇




「ふふん」


 会合のために用意された、広間の席に着いた僕。

 その口元はだらしなく緩み、椅子の背が高いせいで床に届かない義足が、ぷらぷら、ぷらぷら。

 鏡を見れば、頬を紅潮させた、思春期真っ盛りの子供が居るに違いない。


 僕の心持ちが百八十度好転する出来事など、世に一つ。

 思いがけないことに、幹部として招集された会議には、アイディーも出席していたのである。


 残された他人との繋がりは、アイディーとの間にある細い糸一本。

 遠い何処かに連れ去られた孤独感から目を背けるためには、彼女の優しい匂いを感じられる範囲に居ておく以外に、なかった。


 斜め前に腰かけるアイディーが優雅に微笑む様は、まるで女神の現身。

 天井に作られた窓から差し込む薄光は、平等に降り注いていたはずだが、他の誰より輝いて見える。

 あの紺色の修道服に、彼女の眩しさから僕らを守る、日除けとしての役割があったとは。


「ご機嫌ですね?ロビン」


「う、うん。今日は最高の日だよ」


 熱い視線を送り過ぎたせいでアイディーに気付かれてしまった僕は、戸惑いながらも、誤魔化さずに返事をした。

 神を崇め正道を行く聖女に対し、嘘など許されない。


「当然だ。あの方に選ばれたのだからな」


 僕の喜びが収まらない理由を勘違いしてそう言った、黒髪の男。

 名はグレイド。

 二号に説明された通り、貴族的な所作や容姿が鼻に付く、とことん偉そうな奴である。

 僕は彼の人を見下したような、それでいて、世界の何もかもに興味がなさそうな目が、怖くて嫌いだ。


 席についたのは、僕とアイディー、グレイド。

 元々幹部は五人居たらしいが、現在は僕たち三人のみ。

 重役が死んで戦力が落ち、その穴埋めは素人だ。

 そんな状況にも拘らず、この集団は、排他的な世界に対する勝利を信じて疑わない。

 トップの求心力の、凄まじい事よ。

 

 賢者と呼ばれる老人は、本当にそこまで圧倒的な存在なのだろうか。

 口達者な奴に、上手いこと洗脳されているだけでは。

 疑念は、定刻五分遅れで扉が開いた途端、消え去った。

 扉の隙間から室内に滑り込んだ、良質な杖と革靴が床を鳴らす音が、全員の背筋を伸ばしたのだ。


 ゆっくりと部屋に踏み入った紳士は、僕の後ろを通過し、一番奥の席へ。

 賢者がどんな顔立ちの人間なのか、気にはなったが、緊張によって視点が正面に固定されてしまい、横目でこっそりと窺うことすらできない。


「ご苦労」


 やがて訪れたのは、枯れかけた声。

 だが、一言一句聞き洩らしてはならないと、本能が危険信号を出し続けているため、結果、明確に届く。


「勿体なきお言葉です」


 目を閉じ、頭を下げたグレイドの、定型的な返事に手助けされ、呼吸に在り付く。

 こと第一印象が最悪だった彼に対し、こんなにも早く恩に着るとは、思わなかった。


 皆はとっくに過度の緊張から解放されており、純粋な恐怖の代わりに畏敬の念、特にアイディーの瞳には、それまでとは異なる煌めきが。

 座っている姿も落ち着きがなく、耳朶に空いた大きな穴が、ゆらゆらと揺れていた。

 正直な所、清らかな彼女に、あまり似合っていない。


「さて、ロビンよ」


 賢者に名を呼ばれ、ぶるっと肩を震わせる。

 高頻度で暴れたがっていた僕の中の獣も、王の前では飼い犬のように大人しい。

 そうやって、大きな椅子の上で小さくなっていた僕に掛けられたのは、意外な言葉だった。


「此処へ来て早々、重責を負わせることになってしまったな。戸惑いもあるだろう。だが、要するは強さのみ。案ずる事は無い」


「え…は、はい」


 気を遣うような物言いをされたことに驚いた僕は、素っ頓狂な返事をしてしまった。

 拍子抜けしたと同時に、動くようになった視線を恐る恐る賢者の方へ向けると、その正体は、死んだ魚のような目をした、老紳士。

 蓄えられた立派な髭に、優しい印象を抱いてもおかしくはないだろう。

 しかし、瞳の深くに蠢く闇が、関わってはいけない存在であることを、示唆している。


 この闇が、悲しみから生まれたものだという事は、すぐに分かった。

 似たような力を扱う僕ら幹部に、それを理解できない者など、いやしない。


 この救いの無い世界をやり直すためにも、同族である彼の力になる事に、積極的になっても良いのではないか。

 たった一回丁寧に扱われただけで、そんな事を考えるくらい気を良くしてしまうのだから、僕という人間は、御され易いことこの上ない。

 親代わりの人間に捨てられたせいで、他人からの情に弱くなってしまった。


「幹部の空席はどうされますか。他の候補を決めても良い頃合いかと思いますが」


「有象無象で無理に席を埋める必要など無い。…優太。優太さえ迎え入れれば、この世界、手中にしたも同然」


「僭越ながら…!」


 当然だとでも言いたげな賢者に、食い下がろうとしたグレイド。

 彼は言い淀んで、結局引き下がった。


 王の意向は絶対。

 誰も、異論など唱えない。

 聞き覚えのある、二度と聞きたくなかった名前に反応した、僕以外は。


「…は?ユータ?何でアイツの名前が出てくるんだよ…?」


 疑問、焦り、そして怒りが、急激に沸点を追いかけていく。

 自然と、僕の目と足へ集合した真っ黒な魔素は、部屋に飾られた絵画の中の、悪魔を模していた。

 一分前まで怯え切っていた心には熱い血液が溢れ返り、膨張。

 張り裂けそうで、痛い。


「…やめなさい、ロビン!」


 閉鎖された部屋にアイディーの声が響くも、届かない。

 憧れの女性の制止ですら、一考に値しない。

 今の僕にとって最優先の感情は、恋慕や敬畏などという甘ったれたものではなく、もっと攻撃的なそれだ。


「意思に選ばれた者の力…その如何は重大なのだ。待ち受ける、戦争においては」


「帝国…いや、この世界相手だって、僕らだけで十分。あんな奴、今度こそ、僕が…!」


 飛び上がった僕は、賢者と僕の間を結ぶ、縦長の机の上を加速。

 また加速、風を切った。

 反応し、腰の刀へ手を掛けようとするグレイド。

 その殺気立った赤い瞳さえも、置き去りにして。


「間に合わん…アイディー!」


 悔し気にグレイドが叫んだ頃には、アイディーの前などとうに超え、僕は賢者の目前に。

 ブレーキを踏んだ方の足が、そのまま軸足。

 もう一方の義足に巻き付いていた魔素は、脚に沿うような形状の、鋭い刃へと変化。


 血管の浮き出た首一点へ、横薙ぎの蹴り。

 それは、王の斬首を狙った、謀反中の謀反だった。

 彼が死んでしまえば、実力を示したところで無駄になるというのに、殺しの快感に取り憑かれた僕は、本能的に急所を狙っていたのだ。

 しかし、義足から生えた禍々しい刃は、薄暗い光を纏った細い杖に、軽々、受け止められていた。


「…私に歯向かった手下は、二人目か。活躍を期待している」


 賢者の声が聞こえると共に、僕の視界は、杖からじわりと吹き出した暗闇の中へ。

 次第に、意識すら奪われていく。


 どうやら、ただ従うしかないらしい。

 杖一本を挟んだ僕と賢者の間には、人生一回りでは埋められない、莫大な距離があった。




 ◇




「おい、起きろ。何時まで寝てるつもりだ」


 乱暴に肩を揺らされ、王に逆らった事実を思い出す。

 ハッとした僕が周囲を見渡すと、そこは先程までの広い部屋とは違い、窓すらも無い閉鎖的な空間だった。


「賢者様に盾突くなんて、大それた事をしますね。ロビン様」


 僕を起こした一号はふんとお得意の鼻息、二号は仮面の裏で微笑む。

 二号に関しては、明らかに僕の行為を馬鹿にしていたが、馬鹿な行いである自覚があったおかげで、腹は立たなかった。


 指先までの感覚を検(あらた)めても、特にこれと言った異常は無し。

 その場で断罪され地獄行き、とならずに済んだのは、運が良い。


「此処は…?」


「残念ですが、碌な場所ではありません。…まあ、この宮殿に碌な場所など、無いのですが」


 下らない所感を付け加えた二号。

 これでは、何の答えにもなっていない。


 仕方なく、石の壁に背中を預け、自らの目を頼る。

 だが、薄暗い部屋の壁際には、何もない。

 唯一中央に、背の高いラウンドテーブルが突っ立っていて、その上に、解読不能な文字が刻まれた、厳めしい大皿。

 たったそれだけ。

 つまりこの部屋は、アレのために存在しているのだ。


 僕は立ち上がり、仮面の男たちの間を通り抜けて、テーブルへ。

 カシャン、カシャンと足音を何度か響かせると、異様な空気を放つ皿の中身が、姿を現した。

 仰々しい皿の上で濡れていたのは、心臓。

 人間のものと思われる、三つの心臓だ。


「動いてる…。本物なの?」


「ええ。幹部にのみ与えられる、特権です。転移者の心臓を体内に取り込むことで、それを源に、自己回復が可能となります」

 

「僕に拒否権は…」


「あると思いますか?」


 僕は、賢者の命令が絶対であることを、身をもって知ったばかり。

 この生々しく艶めく赤の他人の心臓を、腹に入れなければならないという、過酷な現実を受け入れるほかない。


 常人には不可能な所業だろう。

 でも、親友であるホープを食い千切って、嚥下した僕だ。

 あれと似たような感覚なら、何ら問題はない。

 心中で大見得を切った僕は、食べられるのを今か今かと待ち侘びている命の残飯を、掴んだ。


 五感よ、鈍れ。

 そう願いながら、口の中へと、一気。

 兎に角喉の奥へ、流し込もうとした。

 しかし、頬の裏に心臓が触れると、とくんとくんと脈打っているのが、どうしようもなく分かってしまう。


「う、オエエエ!」


 胃液を纏って吐き出された心臓は、床に落ち、水音を立てた。

 浅い心構えなど、悠々と貫通した不快感は口内に残留し、それを洗い流そうと、僕は体液を垂れ流す。


「…お手伝いしましょう」


 溜め息を吐いた二号は側まで寄ってくると、床に転がった心臓を素手で拾い上げ、僕の口の中へと押し戻す。

 その息苦しさから解放されるために、今度こそ飲み込もうと努めるも、ダメだ。

 喉につっかえて、入ってくれないのだ。

 終いには、拒否反応に脳が痺れ、頭の中が真っ白になってしまった。


 食事すら満足に行えない僕を、笑いに来たか。

 そう思ったが、被害妄想だった。

 僕を見下ろした一号は、ただ暫く、その場で黙っていた。


「…見てらんねえ」


 遂に発せられた、吐き捨てるような言葉と共に、何度も床に落ちた転移者の心臓を、一号が奪い取る。

 あの胃カメラの様な手で捻じ込んでもらえば、嫌でも体内に留まり、定着するだろう。

 早く、終わらせてくれ。

 

 頭上で、ゴクリ。

 発泡酒の喉越しを楽しむような、そんな音。

 瞼を開くと、天井の明かりを遮って逆光になった一号が、心臓を喰らい、また喰らっていた。

 一号の食道に出来上がった三連の丸い膨れ痕は、徐々に徐々に下っていき、腹の方へと消えていく。


「…一号!何故そんな事を!」


 駆け寄った二号が、一号のローブの裾を、両手で握る。

 身を案じた彼の震えかたを見て、二人が唯の仕事仲間ではないのだと、理解する。

 しかしコイツ、動揺できたのか。

 人間味がなくて好きになれなかったが、これでやっと、仕事仲間だ。


 そうやって不安がる相方を、一号は直視しない。

 半透明な液体で汚れた口を、乱暴に袖で拭う。


「心臓を捨てるところを見られでもしてみろ…全部台無しだ。コレが一番安全な方法だろうが」


「そんなもの、詰め込んでしまえば良いだけです!あなたが苦しむ必要なんて…」


「五月蠅《うるせ》え。俺が決めた事だ」


 最後にそう言った一号が、黒い仮面越しに睨み付けると、二号はローブを掴む手を離し、引き下がる。

 そのドスの利いた声に、僕は息を呑んでしまっていたが、矛先を向けられた二号に、血色の変化はなかった。


 仕事の前準備すら上手くやれず、部下には圧倒されてばかり。

 弱みばかりを見せてしまっている。

 情けなくて、悔しい。


 床にぺたんと座った、無様な僕を見かねたか。

 一号から忠告される。


「今後、人前で怪我はするなよ。治らないのがバレたら、一巻の終わりだ」


「…僕は、助けてくれだなんて言ってない」


「血の臭いは、洗っても取れねえ。勿体ねえだろ。…他人の指図で、新《さら》の手を汚すのは」


「覚悟はある。世界を変えるためなら、何だってする」


「結構な事だ。…だがな、ガキの覚悟なんていうのは、どれだけ揺らいだって良いんだよ。不幸極まりない俺とは違って、手前にはまだ、帰る場所がある」


 一号は、そう断言して部屋を出て行った。

 勝手に僕の背景を予想し、的外れな事を言っているだけかも知れない。

 それでも、出会ったばかりの僕を庇って行動した彼の言葉は、心に浸透した。


 オーランドがまだ、僕を愛してくれていたら。

 歪んでしまった心の隅。

 捨てたはずの想いが、微かに息を吹き返していた。

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