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第48話 一筋の光

 窓の縁から、カビで汚れた木目が此方を覗いている。

 それを嫌がって視界を閉ざすと、今度は耳が煩い。

 壁という壁を雨がバチバチと叩き、このちっぽけな部屋に入り込もうとしていた。


 鬱屈とした空間に長く閉じ籠っていたため、気は滅入る一方。

 牧場での生活とは違い、決まった時間にやらなければならない事は何一つ無く、もはや廃人同然の日々だ。

 

 ただ、こうして無気力に項垂れている僕も、心に住み着いた黒い獣が目を覚ませば、途端に豹変。

 奴が檻を爪で揺らす度、我慢し難い衝動に駆られ、頭が冷えた頃には部屋が無残に破壊されていた。


 あれから、長い時間が経っていることだけは分かる。

 そして勿論、時は何も解決しない。


「ひでえ有様だな、臭いも最悪だ」


 この部屋を与えられてから、初めての他人の声。

 馬鹿にしたように上擦った、不快な声だ。

 その怒りを伝えようにも、長く使わなかった喉から上手く音が出ず、パクパクと口だけを動かして、やめた。

 

 一先ず目をくれると、そこには黒いローブを羽織った、仮面の二人組が。

 やけに細長い高身長は無機質な黒い仮面を、逆に身長の低い方は、白い仮面を付けていた。


「こういう時は、まずノックですよ。一号」


「ノックをしようにも扉が()え…無いですが」


「…仕方ない、失礼しましょう」


 部屋の外で拉げていた扉の残骸を、空き缶の様に踏みつけた長身の男。

 彼の敬語のぎこちなさは、咎められなかった。

 つまりは、白い仮面の方も、礼儀など大して気にしていない。


 舐め腐った彼らのやり取りに、気を悪くしたのが僕自身なのか、それとも腹の中の怪物なのかはもう分からなかったが、鉄製の両足は細かく震え、ようやく動き出した口からは、威圧と涎が零れる。


「誰だか知らないが、死にたいらしいな…!」


 肉体は鈍っているが、精巧に作られた義足に、その程度のハンデは関係なし。

 爪先に力を込めれば、僕の体が弓矢の如く射出され、一瞬の空気抵抗を乗り切った先は、白い仮面の至近距離だ。


 うすら寒い笑みを浮かべた仮面ごと脳天を叩き割るつもりで、高々と上げた左足。

 容赦なく一撃必殺を狙った鈍色の兵器が、鷹の様に獲物を見下ろす。


「まあ落ち着けや、クソガ…いや、ロビン様だったか」


「コイツ、速…!?」


 与えた猶予は、コンマ数秒。

 瞬きすら許さない強襲、その矢尻は、白い仮面の後ろからゴム紐のように伸びてきた長い腕に、がっちりと掴まれていた。

 

 細い見た目からは想像し難い腕力に抑え込まれ、天使の羽の如く自由を与えてくれていた義足が、ピクリとも動かない。

 それどころか、僕の体まで纏めて持ち上げられ、そのままベッドへ投げ飛ばされてしまった。

 

 固い骨組みに背骨が衝突、脳内に火花。

 痛みよりも、眼球の中で閃光が弾けたような感覚に、頭がくらくらする。


 後れを取るとは思っても見なかったため混乱していたが、そんな好機に追撃がやってこない。

 若干血圧が下がった僕は、話が下手では無さそうな、白い仮面の方に問いかける。


「…何が目的」


「やっと話を聞く気になって頂けましたか。このまま暴れられてはどうしようかと思いましたよ」


「御託はいい。要件を」


「…賢者様は、ロビン様を幹部に任命されました」


「…へ?幹部だって?」


 予想外の知らせに、思わず聞き返してしまう。

 此処へ連れて来られてから僕が利用したのは、この部屋とトイレだけ。

 右も左も、分からない。

 そんな奴が、組織の上に立つなんて、あり得ない話ではないか。


 だが、対峙する白い仮面の奥で、赤と青の二色に輝く瞳は、至って真剣。


「驚かれるのも当然。ですがこれは事実であり、決定事項です」


「何故そんな話になったんだ。ちゃんと説明してよ」


「幹部を務めていたヘルキス・レオンハート様が、エルデ帝国の戦闘で戦死しました。空いた幹部の席に指名されたのが、ロビン様だった。それだけです」


「でも、僕が知っているのは、君らが革命軍だという事だけだ!仕事の一つも知らないんだぞ!?」


 この集団への愛着も何もない。

 僕を導く聖女、アイディーに連れられて此処に居るだけだ。

 なのに、突然重役に就けと言われても、やりたくもないし、やれる訳もない。


 子供のように喚いてみせた僕だったが、白い仮面の男はそれを気にもせず、ローブの裾をひらりと揺らし、一礼。


「そこで、宮殿での職務に慣れないであろうロビン様のお世話係を務めるのが、我々となった訳です。此方の大男が一号、私のことは二号とお呼び下さい」


 一号と紹介された黒い仮面の男は、僕を見下ろして鼻を鳴らす。

 慣れた様子の二号はともかく、こんな態度の一号までもがお世話係などと宣うのだから、ふざけた話である。


 しかし、そんな僕の不満など考慮されない。

 着々と話は、時計の針は進み続ける。


「さて、そうと決まれば一時間後の召集に備え、身なりを整えましょう」


「ああ、このままじゃ臭過ぎて臭過ぎて、高慢野郎に何言われるか分からねえ」


「ちょっと、まだ僕はやると決めたわけじゃ…!」


 僕の首根っこは生ゴミを持つように一号の長い指に摘まみ上げられ、部屋の外へと運び出される。

 四肢を振り回してじたばたと暴れても、黒い仮面は見向きもしない。


 突如現れ好き勝手する、白黒の二人組。

 まんまと彼らに捕まってしまった僕は、まるで急な雨に降られたような、更なる憂鬱に襲われていた。


 ああ、早く聖女様に会いたい。

 こんな最悪の気分も、あの百合のような笑顔を一目見るだけで、それだけで全て払拭されるというのに。




 ◇




「ふふん」


 会合のために用意された、広間の席に着いた僕。

 その口元はだらしなく緩み、椅子の背が高いせいで床に届かない義足が、ぷらぷら、ぷらぷら。

 今鏡を見れば、頬を紅潮させた、思春期真っ盛りの子供がそこに居るに違いない。


 僕の気分が百八十度好転する出来事など、世に一つ。

 思いがけないことに、幹部として招集された会議には、アイディーも出席していたのだ。


 残された他人との繋がりは、アイディーとの間にある細い糸一本。

 遠い何処かに連れ去られた孤独感から目を背けるためには、彼女の優しい匂いを感じられる範囲に居ておく以外に、なかった。


 斜め前に腰かけるアイディーが優雅に微笑む様は、まるで女神の現身。

 天井に作られた窓から差し込む薄光は、平等に降り注いていたはずだが、他の誰より輝いて見える。

 あの紺色の修道服に、彼女の眩しさから僕らを守る、日除けとしての役割があったとは。


「ご機嫌ですね?ロビン」


「う、うん。今日は最高の日だよ」


 熱い視線を送り過ぎたせいでアイディーに気付かれてしまった僕は、戸惑いながらも、誤魔化さずに返事をした。

 神を崇め正道を行く聖女に対し、嘘など許されない。


「当然だ。あの方に選ばれたのだからな」


 僕の喜びが収まらない理由を勘違いし、そう言った男の名はグレイド。

 二号に説明された通り、貴族的な所作や容姿が鼻に付く、とことん偉そうな奴である。

 僕は彼の人を見下したような、それでいて、世界の全てに興味がなさそうな目が、怖くて嫌いだ。


 席についたのはアイディーとグレイドと僕だけ。

 元々幹部は五人居たようだが、今は僕たち三人で全員になる。

 重役が死んで戦力が落ちているにも拘らず、この集団は、排他的な世界への勝利を信じて疑わない。

 トップの求心力が、そうさせていた。

 

 賢者と呼ばれる老人は、本当にそこまで圧倒的な存在なのだろうか。

 皆が上手いこと洗脳されているだけではなかろうか。

 そんな疑念は、定刻より五分遅れて扉が開いた瞬間、即座に消え去った。

 扉の隙間から室内に滑り込んだ、良質な杖と革靴が床を鳴らす音が、全員の背筋を伸ばしたのだ。


 ゆっくりと部屋に踏み入った紳士は僕の後ろを通過し、一番奥の席へ。

 賢者がどんな顔立ちの人間なのか気になったが、緊張によって視点が正面に固定されてしまい、横目でこっそりと窺うことすらできない。


「ご苦労」


 やがて訪れたのは、枯れかけの低い声。

 だが、一言一句聞き洩らしてはならないと、本能が危険信号を出し続けているため、結果、明確に届く。


「勿体なきお言葉です」


 目を閉じ頭を下げたグレイドの定型的な返事に鼓膜を揺らされ、忘れていた呼吸に取り付く。

 第一印象が最悪だった彼に対し、こんなにも早く恩を感じることになるとは、思わなかった。


 皆は既に過度の緊張から解放されており、恐怖の代わりに畏敬の念、特にアイディーの瞳には、それまでとは異なる煌めきが。

 座っている姿も落ち着きがなく、耳朶に空いた大きな穴が、ゆらゆらと揺れていた。

 正直な所、清らかな彼女には余り似合っていない。


「さて、ロビンよ」


 賢者に名を呼ばれ、ぶるっと肩を震わせる。

 高頻度で暴れたがっていた僕の中の獣も、王の前では飼い犬のように大人しい。

 そうやって、大きな椅子の上で小さくなっていた僕に掛けられたのは、意外な言葉だった。


「此処へ来て早々、重責を負わせることになってしまったな。戸惑いもあるだろう。だが、必要なのは強さのみ。案ずる事は無い」


「え…は、はい」


 気を遣うような物言いをされたことに驚いた僕は、素っ頓狂な返事をしてしまった。


 拍子抜けしたと同時に、やっと動くようになった視線を恐る恐る賢者の方へ向けると、その正体は、死んだ魚のような目をした老紳士だった。

 蓄えられた立派な髭に、優しい印象を抱いてもおかしくはない。

 しかし、瞳の深くに蠢く闇が、別次元の存在であることを常に示唆し続けている。


 この闇が、悲しみから生まれたものだという事は、すぐに分かった。

 似たような力を扱う僕ら幹部に、それが理解できない者は、きっといなかった。


 この救いの無い世界をやり直すためにも、同族である彼の力になる事に、積極的になっても良いのではないか。

 たった一回丁寧に扱われただけで、そんな事を考えるくらい気を良くしてしまうのだから、僕という人間は、御され易いことこの上ない。

 親代わりの人間に捨てられたせいで、他人から与えられる情に弱くなってしまったようだ。


「幹部の空席はどうされますか。他の候補を決めても良い頃合いかと思いますが」


「有象無象で無理に席を埋める必要など無い。…優太。優太さえ迎え入れれば、この世界は手中にしたも同然だ」


「僭越ながら…!」


 当然だとでも言いたげな賢者に、食い下がろうとしたグレイド。

 彼は言い淀んで、結局引き下がった。


 王の意向は絶対。

 誰も、異論など唱えない。

 聞き覚えのある、二度と聞きたくなかった名前に反応した、僕以外は。


「…は?ユータ?何であいつの名前が出てくるんだよ…?」


 疑問、焦り、そして怒りが、急激に沸点を追いかけていく。

 自然と、僕の目と足へ集合した真っ黒な魔素は、部屋に飾られた絵画の中の、悪魔を模していた。

 一分前まで怯え切っていた心には熱い血液が溢れ返り、膨張。

 張り裂けそうで、痛い。


「…やめなさい、ロビン!」


 閉鎖された部屋にアイディーの声が響くも、届かない。

 憧れの女性の制止ですら、一考に値しない。

 今の僕にとって最優先の感情は、恋慕や敬畏などという甘ったれたものではなく、もっと攻撃的なそれだ。


「意思に選ばれた者の力…その如何は重大なのだ。待ち受ける、戦争においては」


「帝国…いや、この世界の相手だって、僕らだけで十分。あんな奴、今度こそ、僕が…!」


 飛び上がった僕は、賢者と僕の間を結ぶ、縦長の机の上を加速。

 また加速、風を切った。


 反応し、腰の刀へ手を掛けようとするグレイド。

 その、殺気立った赤い瞳さえも置き去りにして。


「間に合わない…アイディー!」


 悔し気にグレイドが叫んだ頃には、アイディーの前などとうに超え、僕は賢者の目前まで到着していた。

 ブレーキを踏んだ方は、そのまま軸足に。

 もう一方の義足に巻き付いていた魔素は、脚に沿うような形状の、鋭い刃へと変化。


 血管の浮き出た首一点への横薙ぎの蹴り。

 それは、王の斬首を狙った、謀反中の謀反だった。

 彼が死んでしまえば、実力を示したところで無駄になるというのに、殺しの快感にも取り憑かれた僕は、本能的に急所を狙っていたのだ。

 

 しかし、義足から生えた禍々しい刃は、薄暗い光を纏った細い杖に、軽々受け止められていた。


「…私に歯向かった手下は、二人目か。活躍を期待している」


 賢者の声が聞こえると共に、僕の視界は杖からじわりと吹き出した暗闇の中へ。

 次第に、意識すら奪われていく。


 どうやらこの老人の命令には、ただ従うしかないらしい。

 杖一本を挟んだ僕と賢者の間には、人生一回りでは埋められない、莫大な距離があった。




 ◇




「おい、起きろ。何時まで寝てるつもりだ」


 乱暴に肩を揺らされ、王に逆らった事実を思い出す。

 ハッとした僕が周囲を見渡すと、そこは先程までの広い部屋とは違い、窓すらも無い閉鎖的な空間だった。


「賢者様に盾突くなんて、ロビン様は大それた事をしますね」


 僕を起こした一号はふんとお得意の鼻息、二号は仮面の裏で微笑む。

 二号に関しては、明らかに僕の行為を馬鹿にしていたが、馬鹿な行いである自覚があったおかげで、腹は立たなかった。


 指先までの感覚を検めても、特にこれと言った異常は無し。

 その場で断罪され地獄行き、とならずに済んだのは、運が良い。


「此処は…?」


「残念ですが、碌な場所ではありません。…まあ、この宮殿に碌な場所など無いのですが」


 僕が問うと、所感に、下らない冗談を付け加えた二号。

 これでは何の答えにもなっていない。


 仕方なく、石の壁に背中を預け、自らの目を頼る。

 だが、どれだけ見渡しても、薄暗い部屋の壁際には、何もない。

 唯一、中央にポツンと立った、背の高いラウンドテーブルと、その上にある彫刻の刻まれた大皿だけが、異様な空気を放っていた。


 此処にあるものは、たったそれだけ。

 つまりこの部屋は、アレのために存在しているのだ。


 僕は立ち上がり、仮面の男たちの間を通り抜けて、テーブルへ。

 カシャン、カシャンと鉄の足音を何度か響かせると、皿の中身が姿を現した。

 仰々しい皿の上で濡れていたのは、心臓。

 人間のものと思われる、三つの心臓だ。


「動いてる…。本物なの?」


「ええ。幹部になった者は、転移者の心臓を体内に取り込むことで、それを源に自己回復が可能となります」

 

「僕に拒否権は…」


「あると思いますか?」


 主張を遮られ腹は立ったが、僕は賢者の命令が絶対であることを知らしめられたばかり。

 何も、言うことができない。

 この生々しく艶めく赤の他人の心臓を、腹に入れなければならないという、過酷な現実を受け入れるほかない。


 常人には不可能な所業だろう。

 でも、親友であるホープを食い千切って、嚥下した僕だ。

 あれと似たような感覚なら、何ら問題はない。

 心中で大見得を切った僕は、食べられる瞬間を今か今かと待ち侘びているそれを、右手で掴んだ。


 五感よ、鈍れ。

 そう願いながら、口の中へと、一気に。

 僕は、兎に角喉の奥へ流し込もうとした。

 しかし、頬の裏に心臓が触れると、とくんとくんと脈打っているのを、どうしようもなく感じ取ってしまう。


「う、オエエエ!」


 胃液と共に吐き出した心臓は、床に落ちて水音を立てる。

 即席で組み上げた心構えなど、悠々と貫通した不快感は口内に残留し、僕はそれを洗い流そうと、体液を垂れ流した。


「…お手伝いしましょう」


 溜め息を吐いて側に寄ってきた二号は、床に転がったそれを素手で拾い上げ、僕の口の中へ無理やり押し戻す。

 その息苦しさから解放されるために、今度こそ飲み込もうと努めるも、喉につっかえて入ってくれない。

 終いには、拒否反応に脳が痺れ、頭の中が真っ白になってしまった。


 食事すら満足に行えない僕を馬鹿にするためか、長い足が近付き、そして立ち止まる。

 高くから僕を見下ろした一号は、意外にも嘲笑うようなことはせず、ただ暫く、その場で黙っていた。


「…見てられねえな」


 遂に発せられた、吐き捨てるような言葉と共に、何度も床に落ちた転移者の心臓を、一号が奪い取る。

 再び苦しみに見舞われるのを想像した僕は、目を瞑って身構えた。


 頭上で、ゴクリ。

 豪快に喉を鳴らす音。

 瞼を開くと、天井の明かりを遮って逆光になった一号が、心臓を喰らい、また喰らっていた。

 一号の食道に出来上がった三連の丸い膨れ痕は、徐々に徐々に下っていき、腹の方へと消えていく。


「…一号!何故そんな事を!」


 声を上げて駆け寄った二号は、一号の長いローブの裾を両手で握った。


 動揺する姿を見るのは、これが初めて。

 身を案じ震える彼の手を見れば、二人が唯の仕事仲間ではないことは分かる。

 

 敢えて、不安がる相方を直視しない一号。

 彼は、半透明な液体で汚れた口を、乱暴に袖で拭った。


「心臓を捨てるところを見られでもしてみろ…全部台無しだ。これが一番安全な方法だろうが」


「彼の腹に入れれば良い!あなたが苦しむ必要なんて…」


五月蠅うるせえ。俺が決めた事だ」


 最後にそう言った一号が、黒い仮面越しに睨み付けると、二号はローブを掴む手を離し、引き下がる。

 そのドスの利いた声に、僕は息を呑んでしまっていたが、矛先を向けられた二号に、怯えや血色の変化はない。

 迫力に気圧され意見を譲った、という雰囲気ではなかった。


「ロビン様、今後人前で怪我はするなよ。治らないのがバレたら、終わりだ」


「…僕は、助けてくれだなんて言ってない」


 無様に床に張り付いた僕は、忠告をしてきた一号に、噛み付いた。


 部下であるはずの彼らに対し、弱みばかりを見せてしまっている。

 その悔しさや情けなさで強がった訳だが、哀れなだけだ。


「一度血を被った手は、どれだけ洗っても元通りにはならねえ。勿体ねえだろ。…他人の指図でさらの手を汚すのはよ」


「僕は世界を変えるために、何だってする覚悟で此処まで来たんだ」


「結構な事だ。…だがな、ガキの覚悟なんていうのは、どれだけ揺らいだって良いんだよ。不幸極まりない俺とは違って、手前にはまだ、帰る場所がある」


 一号は、そう断言して部屋を出て行った。

 ただ勝手に僕の背景を予想し、的外れな事を言っているだけかも知れない。

 それでも、出会ったばかりの僕を庇って行動した彼の言葉は、心を強く揺さぶった。


 もしオーランドが、今も僕の事を考えてくれているのなら。

 歪んでしまった心の隅。

 捨てたはずの想いが、息を吹き返していた。

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