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異世界捜索  作者: ンゴ
第七章
40/73

第40話 人

 リンドの騎士団基地で今後の流れの説明を受けた私、リリィ・ベイリーは、ジェシカと二人で宿舎へと向かっていた。

 ユータと帝都で合流するまでの、一か月は利用する施設である。

 あれこれ贅沢は言わないが、食事だけは美味しくあって欲しい。

 いや、最大の国家を守る軍人の、英気の源となる食事が、不味いはずない。


 そうやって、私が晩ご飯の妄想に浸っていると、白光を跳ね返すジェシカの足が、ぴたり、止まる。


「なあ、此処で合ってるよな?」


「その筈よ。…流石軍人さん、良い生活してるのね」


 私とジェシカが仲良く見上げた宿舎は、広さも美しさも一級の、ガラス張りの建物だった。

 真横に設置された屋外プールが、キラキラと水色に輝いているのを含め、その雰囲気はさながら高級ホテル。

 貴族が休暇を過ごしていると言われても、相応しい。

 てっぺんに団章が掲げられていなければ、もっと長い間、道に迷っていただろう。


 ガラス製の扉をジェシカが押すと、見た目よりも軽く、指の力に従順。

 しかし、彼女の足はその場で固まってしまって、いつまで経っても踏み入ろうとしない。

 中の様子は透けて見えていたのだから、豪華な内装への驚きとは、別の理由だ。


「…エリーゼ!」


「お姉ちゃん…?お姉ちゃん!」


 ロビーのソファから立ち上がった少女の、ふわりと浮いた髪、見開かれた瞳。

 何方をとっても、ジェシカのそれとよく似た色だった。

 かわいらしいリボンのついたサンダルが、床を駆ける。

 二歩目にはその踵が浮きっぱなしになり、ジェシカの懐へ飛び込むような激しい抱擁は、再会の喜びを体現していた。


 私は、エリーゼという名前を知らない。

 それでも、彼女がジェシカとどういった間柄なのかは、容易に予想が付く。

 ルーライトの法によって、幼少期に生き別れとなってしまった妹。

 飲みの席で聞かされたせいで、実在するかどうかも怪しかった存在と、まさか、こんな所で出くわすとは。


「無事に帝国まで逃げられたんだな」


「皆のおかげでね。お姉ちゃんこそ、腕は痛くない?」


「ああ、もう何ともない。…腕の分はチャラだな、ジャック」


 優しい表情を浮かべていたジェシカは、エリーゼの肩越しに感謝を告げる。

 相手は後から歩み寄ってきた、武装した三人組の内の一人。

 誰とも目を合わせずにカリカリと首を掻き、やり辛そうにしている、短髪の男だ。


「この程度で借りが返せたとは思ってねえよ。今後も何かあれば、言ってくれ」


「…ジェシカ、この人たちは?」


「ジャック、ダン、エイラだ。ルーライトで縁があってな。エリーゼを帝国まで護衛して貰ったんだ」


 私が関係を尋ねると、名前を呼ばれたダンが深く被ったシルクハットを抑え、エイラは此方に手を振ってくれた。

 おかげで、最後に余った、背の高いぶっきらぼうがジャックだと、すぐに判別が済む。


「それにしても、まさか騎士団の宿舎で再会するとはな」


「私たち、リンドで国境の防衛業務に参加する事になったの。契約している間は宿舎に泊まっていいって、クリードさんが」


「仕事を貰えて助かりましたよ。…ルーライトは、めちゃくちゃになってしまいましたからねえ」

 

 ジェシカの問いに答えたダンとエイラは、器用に微笑んではいるものの、節々に疲れが見え隠れ。

 物悲しく揺れる戦火は、未だに被災者の心を焼いていた。 

 

 共感に大脳がゴソゴソとまさぐられ、あの日の悲惨を思い起こした私は、俯く。


「そう、みんなあの地獄に…」


「皮肉なもんだな。あの暴動がなければ、こうして妹と再会する事なんてなかった」


「…確かにそうね。それに、あんたが憎んでいた魔法使いが、沢山死んだわ」


 ちょっとした意地悪を言ってみる。

 すると、考えるジェシカ。

 その時の彼女はとても儚げで、やけに大人びていて、まるで別人が目の前に立っているような、そんな感覚に襲われた。


「不思議だったよ。殺したい程恨んでいたのに、大量に転がった死体を見れば、漠然と哀れだった。忌み嫌い合っていようと、同じ人間なんだ…俺たちは」


 以降、解散となるまで誰も何も言わず、不幸を憂いていた。

 人間同士、伝播した。

 

 これから命を懸けて戦う相手も、どうしようもなく、人。

 その事実を、私たちは覚悟しておかなければならない。




 ◇




 飴を溶かして、小粒にして、個包装する。

 集中を欠くな。

 淡々と、段階を踏む事が重要だ。


 空気を食い、じりじりと燃えた七色の炎が、七等分に分裂する。

 地べたに胡坐をかいた俺が、瞼を開いたと同時。

 それぞれが弧を描いて、横一列に並べられた空き瓶に、ぶつかった。

 四本が残骸を残して砕け、あとの三本は跡形もない。


 また、的を並べ直さねば。

 肩を落とした俺は、側に置いておいたゴミ袋に手を突っ込んだが、空振り。

 無心で練習を繰り返していたため、貰った空き瓶が底を尽きてしまっていた。


 見上げれば、空も夕暮れの前哨戦。

 後ろ髪を引かれる思いだったが、泣く泣く腰を上げると、背後から声がする。


「流石、素晴らしい威力だ…青年」


 声の主は黒人の騎士、ジェイク。

 相変わらず、電柱の様に背筋を伸ばしているせいで、数字以上に背が高い男だ。


 折角彼が気持ちよく褒めてくれたというのに、俺の眉は喜ぶ間もなく、不機嫌に歪む。

 嫌味を含んだ女の声が、聞こえたからである。


「ああ…これなら幹部以外の雑魚など、皆殺しだ。なあ?龍宮寺優太」


「…うるせえ」


「これで敵を殺さないなどと宣うのだから、笑いが止まらん」


 皮肉の方を睨む。

 騎士団員の指導を終えたブライスがこっちに来て、憎たらしい顔をしていた。


 煽られる原因となっているのは、散らかっている瓶の残骸。

 アレは、俺がろくに上達していない事の、動かぬ証拠だ。

 何せ、長らく行っていたのは魔法の威力を高める練習ではなく、威力をコントロールする練習。

 炎を浴びせた七本の空き瓶全ての形状を残せるよう、魔法の火力を下げるのが目標なのだ。


 ブライスの提案で始まった練習だったが、今日も今日とて、百五十本程の瓶を割った。

 もう三日目なのに、稀に一本形を残すのがやっと。

 しかも、袋に詰めた瓶を割り終える度、欠かさず彼女が馬鹿にしてくるため、気分が悪い事この上ない。


 どうにもこの女は、他人を虐めて喜んでいる節がある。

 たまに集中を解く度、訓練場で彼女に扱かれる騎士たちの悲鳴が聞こえて、いたたまれない。

 性格に難を付ける気はないが、体罰は程々にして頂きたいものである。


 失敗が露呈してしまったのだ、ジェイクにも何か嫌味を言われる。

 そう予想した俺は事前にげんなりしていたが、高くから降ってくる視線に、そんな気配は皆無。


「成る程、それは大変な志だ。しかし、若者の志など、高ければ高いほど良い」


「そんな事…いや、ありがとう」


「ジェイコブ・ジャクソンだ。君も気軽に、ジェイクと呼んでくれ」


 目を輝かせた俺は、両手を差し出したジェイクと熱い握手を交わす。

 度を越えたサディストの横に、真面な大人。

 サウナ後の水風呂の様で、整う。

 リンドで彼に拉致された過去なんて、いよいよどうでも良くなってしまった。


「ジェイク、そのガキを付け上がらせるな。不殺など、戦場においては唯の甘えだ」


「ですが、その戦場に引き込んだのは我々です。子供の甘え程度、多めに見ませんか」


「む、むう…」


 窘められたブライスは、反論できずに仰け反ってしまった。

 ぐうの音も出ないとは、この事である。


 部下に屈した事が不服な彼女は、わざと俺に聞こえるよう、舌打ち。


「チッ、つまらん。…クリードを呼んで来い!奴をしばいて鬱憤を晴らす」


「彼は団長の命令通り、リンドで待機しております」


「使えない奴だ…肝心な時に居ない」


 動じないジェイクの、悉く義務的な報告を受けたブライスは、理不尽な文句を呟く。

 賢者を殺さんとする彼女にとっての肝心な時が、今であるとは。

 余りに馬鹿馬鹿しかったが、これ以上何を言っても面倒なことになる気がした俺は、何も口に出さず立ち去ろうとした。


 だが、時は既に遅し。

 厄介事のスイッチは、押されてしまっていた。

 抜き足差し足していた俺の襟が、絹のような見た目に反して硬さのある指に、掴まれる。


「実戦訓練をしないと、鈍って仕方がないだろう…龍宮寺優太。夕飯まで時間はある。ジェイクと一戦交えていけ」


「いや、見てただろ?まだ魔法のコントロールができないんだって。実践なんて無理だ」


「大丈夫だ。回復魔法を使える者が医務室に居る。瀕死の重体でも間に合うぞ。…最悪、コイツなら殺したって良い」


「良い訳ないだろ」


 呆れた俺は、ジェイクに助けを求めようと、振り向いた。

 が、彼は既に上着を脱ぎ棄て、準備万端。

 猛牛の如く、ふんと鼻息を荒げている。


 剥き出しになった色黒の上半身は、完璧な出来と言っていい。

 十五センチはある身長差への畏怖により、俺がふにゃり丸まってしまえば、違いは更に顕著だ。


「青年、胸を貸してやる。この…分厚い胸を」


「…ええい、どうにでもなれ!」


 自棄になりながらマントを外した俺は、肩を一度ぐるりと回し、ガードを上げる。

 すると、歯を煌めかせたジェイクは、まるで踊っているかのような、独特なステップを踏み始めた。


 どれだけリーチに差があろうと、一度間合いに入ってさえしまえば、後は粘着しっぱなしでいい。

 問題は、そこに至るまで。

 一定のリスクを負わなければ、話にならない。


 俺は、若干オーバーに前足を踏み出した。

 狙うは、ローキックや足払いを誘発し、その足を逆に狙うという、ロビンとの組手で一本取った動きの再現。

 そのため、囮である左足の着地地点は、ジェイクの射程圏内だ。

 危険地帯、より深い場所へ、釣り糸を垂らす。

 

 我が家で学んだ格闘技の戦術だが、本能的に動きがちなこの世界の人間には、効果覿面だ。

 ジェイクの、アグレッシブな見た目の印象からも、成功する確信があった。

 ところが、実際に彼が選んだのは、短距離のバックステップ。

 意外にも、気が弱いタイプか。


 挨拶程度の探り合いで、気が大きくなる。

 もういっちょと、間合いを詰めた俺の歩みから、慎重さが欠けていた。

 

 地に着く寸前の二歩目、その脛に、想定外のタイミングで振るわれたジェイクの長い右足が、どんぴしゃり。

 ものの見事に、刈り取られてしまった。

 彼は後退するや否や、その時点では何もない空間目掛けて、全力の蹴りを放っていたのである。


「イエス!」


「うおっ!?」


 ジェイクの掛け声と共に視界がぐるりと回転。

 宙に浮いた俺の体は、続いてやってきた回転蹴りにリフティングされ、土の上を転がった。


 肺が圧迫された苦しさに体が固まったが、砂まみれになるのが嫌で、どうにか受け身を取る。

 追撃を恐れて身を起こすと、腕を組んだジェイクが、此方を見下ろしていた。


「青年よ…どうやら君の戦いには、若さが足りない」


 ただの一度、攻撃を当てただけ。

 であるにも拘らず、ジェイクは説教し出した。


 隙だらけでしょうがないのに、何をやっても通用しないような、そんな予感がする。

 一般的な感覚では掴みようのない独特なリズム感と、俺の狙いをあっさりと読み切る経験。

 何方の能力もあまりに非凡だ。


 飛び抜けた身体能力や初見殺しの魔法に苦労する事はあっても、戦術の面で明確に先を行かれる無様は、未経験。

 長所ですら敵わない相手に、どうしろと。

 俺は、戦意を削がれていた。


「思考を止めるな!勝利への執着を手放すな!…死にたいのか貴様はァ!」


 発破をかけたブライスの声が、凍った脳味噌を貫通する。

 その厳しさには人を奮起させるエネルギーがあり、ごちゃごちゃとしていた頭の中から、勝利への逆算以外のタスクが、消滅した。

 顔が、上がった。


 力を取り戻した俺の足は、またもジェイクの領域に。

 同じ駆け引きを迫られた彼は、相手に対策されることを拒んだ。

 シンプルで、だからこそ威力の出るミドルキックが、その回答だった。


 弓弦のごとく撓み、爆ぜた脚が、比べて細い胴に直撃する。

 目を瞑りたくなるような、皮膚が弾けるようなを受け入れた俺は、意識を保つために、強がった。

 向けられた凶器を、左脇に挟み込んで。


「根性…気合ィ…!」


「ワッツ!?」


 一転して計画性を放棄した我武者羅に、ジェイクが驚きの声を上げた。

 どんな化け物との殺し合いも、最後にその差を埋めたのは、根性。

 頭を捻って戦いたがる俺の、もう一つの長所を忘れていた。


 一矢報いて終わりでは、ダメだ。

 ブライスが求めたのは、勝利への執着なのだから。

 この男から勝利を手にするには、魔法の力に頼らざるを得ない。

 そもそも、殺したって死にはしないと、そう信用できるくらいに頑丈なこの男相手に試さず、いつ試すのだ、俺は。


 右の手のひらの中で、七色の炎が球状に集約する。

 兎に角、殺傷力を減らせ。

 そんな意識が、炎を燃料として利用し、衝撃だけを発生させる構造を、脳内に組み立てた。


「吹っ飛ばす!」


「ヌゥ!」


 硝子細工の様な、虹色の球。

 この美しい魔法を、バキバキの腹筋へ解き放つ。

 そう試みた時にはもう、ジェイクの姿が消えていた。

 それどころか、アイマスクをされたかのように、視界が真っ暗になってしまったのだ。

 空振った勢いで、破れかぶれに投じた魔法が、何処かで爆発する音だけが聞こえる。


 そうか。

 彼は、掴まれた右足を支点にして、俺の首に飛び付いたのか。

 曲芸師かとツッコミたかったが、巻き付いた脚に脈を締め上げられて声が出ず、意識は徐々に薄れていく。


「私の筋肉に溺れるのだ青年。深い筋肉の海に…」


「ぐ、ぎぎぎ…」


 俺はちょっと良い匂いを感じながら、地面へと倒れ込んだのだった。




 ◇




 立ち上がって砂埃を払うジェイク、無様に倒れた優太。

 二人に近付いた私は、溢れそうになる笑みを必死に抑えていた。


「最後のは、中々面白かったな」


「…ええ。やはり賢者と戦って生き残っただけのことはあります。少々頭でっかちで、詰めが甘いのは傷ですが」


 返事を聞く限り、ジェイクも優太に一目置いたようだが、滅法子供に甘い人間である。

 加点抜きの評価がどれだけのものかは、分からない。


 土で汚れた寝顔を見て、我慢していた口元が、微かに決壊を起こした。

 やはり、若者が課題に立ち向かう姿というのは、見ていて気持ちが良いものだ。

 どうでもいいストレスでもやもやとしていた私の心は、青い水によって綺麗に洗い流されていた。


「しかし、この力が賢者に渡るところだったなんて、考えたくもない。今回の措置も、過保護ではないかと思っていましたが…」


「ああ。悪魔がコレを手懐けたならば、帝国…いや、この大陸は終わりだ」


 視線が自ずと集まったのは、ジェイクの背後。

 すぐ後ろの地面から壁までが抉るように破壊された訓練所の惨状と、そこから膨らむ妄想だった。


「横を通り過ぎる瞬間、死神の気配を感じました。…民間人相手に、間抜けなものです」


「コイツなりに加減してこの様だ。大量破壊兵器と言っていい」


「子供がここまで破壊的な力を背負わされるとは…神は、何をお考えになっているのか」


 その場に膝を突き、両手を合わせるジェイク。

 彼は視界を断ち、偶像に語り掛けていた。


 神なんてものが本当に存在するのなら、文句の一つでも言ってやりたい。

 もしもこの力を私に授けていれば、賢者の蛮行など、すぐに片付いたのに。

 そんな考えが脳に過るも、代償を度外視した意味のないものだと、思い直す。


「…底無しに甘えた子供だからこそか。これだけの力を手に入れても、人で在れるのは」


 私が今すべきは、妄想や想像ではない。

 この青年を魔の手から守り、育て、帝国を救うための計画を進める事。

 全うしようじゃないか。

 最後の最後、神などという居もしない存在に、頼らなくても済むように。

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