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《23》強面皇帝と治療師

 マクシミリアンの寝室には帝国の優秀な魔導治療師がズラリと並びこの部屋の主の到着を今か今かと待っていた。

 皇帝陛下帰還と知らせが届いてまもなく四半時が経とうとしていた。

 知らせを受けた最上位治療師のランドンも入室。直ぐに治療に入れるように準備を整えた。



 「やはり重症なのだろうか……」「様子を見に使いを出そうか……」などと所々から不安が漏れ始めたときだった。

 騒々しく近づく無数の足音に緊張が走る。


 重厚な扉が開くと同時に頭を下げてお声がかかるのを待つ。

 


 「面を上げよ。皆良く来てくれた。頼む。意識がもどらない。治療にとりかかってくれ。」



 いつもと変わらない皇帝の元気そうな声に安堵の息が漏れる。



 (……ん?意識がない??誰の?どなたの治療なのだろうか。)



 治療師たちの頭の中は?マークでいっぱい。疑問を胸に頭をしずしずとあげた。

 皇帝のベッドには蒼白い顔の意識のない女性が横たわっていた。

 その女性の美しさにこの場にいる、ごくりと喉を鳴らし、皆が釘付けになっていた。



 「ラムドン、頼む。リリィーを助けてほしい。」



 ラムドンと呼ばれた治療師長の爺は、マクシミリアンの産まれた時からの専属の治療師である。

 孫のように思っていた皇帝が見たことのない神妙な表情で目の前の少女の治療を懇願する姿に驚きを隠せない。

 ラムドンは皇帝の切羽詰まった様子に何がなんでもこのリリィーという女性を全力でお助けしなければと思った。

 呆気に取られ身動きできない弟子たちに渇を入れると、各々に的確な治療の指示をだしていく。



 「……どうだ……?助かるか?私のせいなんだ……私の攻撃のせいで……」



 ランドンはマクシミリアンが切実に何かを頼むのは幼い頃以来だなと懐かしく思い目を細めた。



 「マクシミリアン様ご心配ありませんよ。大きな怪我もなく脈も心音も特に問題はありません。ただ、あのお方の魔力が枯渇しかかっているようですな。魔力の量にもよりますが、魔力流しの治療を行えば数日で回復して次期に目を覚ますでしょう。そんなに心配なさらんで。」



 マクシミリアンを慰めるように柔らかに微笑んだ。


 

 「そうか、、それはよかった、ありがとう。爺や。」と安堵の息を漏らすと小さく呟き表情が緩んだ。

 そして、ベッド脇にある椅子に腰掛けると彼女の白魚のような小さな手を宝物扱うようにそっと両手で包み込んだ。


 

 「……陛下、なにを……」

 静かな部屋内にランドンの緊迫した声が響く。


 「……くっ…………。。。」


 マクシミリアンの額に汗が一筋。

 回復するようにと皇帝自らの魔力を流し始めた。

 

 ゆっくりと負担をかけないように、細心の注意を払いながら、柔らかな淡い光を流し込んでいく。

 ラムドンはマクシミリアンの行動に絶句した。

 部屋に集まっている治療師も絶句した。

 


 ““魔力流し””



 それは魔力枯渇時に用いられる。家族や恋人、婚約者のように、かけがえのないとても大事な人にのみ行う魔力流しと言われる治療法。

 かなりの魔力を消費するため、流した方の身体への苦痛は凄まじいといわれている。

 集まっていた治療師は授業の一貫として極微力な魔力流しを経験している。

 ほんの少しの魔力を流すのにあの激痛、苦痛に耐えられず気絶するほど強烈だった。愛する人のピンチでも躊躇うほどである。

 その痛みを思い出すだけで頭痛がしてきてブルブルと震えが止まらなくなってしまう。

 それを最も簡単に行うマクシミリアンに皆が驚愕した。


 通常は人から人への魔力流しは行わない。予め魔力を注入した治療石を使う。

 命の危険があるなど一刻を争うような時は例外であるが、魔力流しを行えるのは近しい者に限ると暗黙の取り決めがある。

 その魔力流しを躊躇いもなく注ぐというのは、(すなわ)ち愛する人であると証明している。

 

 その様子を眺めていたこの場にいる誰もが思った。



 (この女性はマクシミリアン皇帝の恋人なんだ!)

 (皇后陛下になられる女性がついに!)

 (ようやく我が皇帝にもそんなお方が……)

 (春が来た!我が国に春がやって来たーー!!)

 (万歳!万歳!万歳!!)

 (おめでとうございます皇帝陛下ー!)


 


 魔力を流し始めて数分。青白かった顔がみるみるうちに桃色に色付いていった。

 ラムドンが魔力の流れを確認すると空っぽだった魔力が充分に満たされていた。



 「もう大丈夫そうですな。時期目を覚ますでしょう。今夜は念のため医務棟に控えておりますゆえ、なにかあればお呼び下さい。陛下もお疲れでしょう。こちらを飲んで魔力回復のためにお休みなされませ。」



 ラムドンが回復薬の入ったビンを蒼白い顔のマクシミリアンに手渡すと、深く頭を下げて退室していった。

 治療師達もランドンに続いた。

 執務室に下がっていたフローレンとレックスがランドンと入れ替わりに入室した。

 着替えを済ませたら報告するからと二人には執務室で待つようにと今一度部屋から下がらせた。

 ランドンからわたされた回復薬を口に含むと鉛のような体の重さが引いていく。埃の被った軍服から軽装に着替えようと、握っていたリリアーナの手を放そうとしたのだが……


 微かな反応があった。

 離しかけていた手をもう一度握り直して「……リリィ?」と恐る恐る声をかけた。

 閉じられていた瞼がピクリと動く。徐々に開かれていく黄金の瞳は太陽のようにキラキラと眩しい。想像していたよりも遥かに美しいその輝き。


 意識がはっきりしないのか、瞳が左右に揺れていて困惑しているようだ。

 「大丈夫だ、もう少しおやすみ。」と声を掛け、柔らかな髪を一撫ですると花が綻ぶようにふわりと笑った。そして、再びスゥースゥーと深い眠りに堕ちていく。


 意識が戻ったことに安心しフゥーと深く息をはいた。と同時に自分に向けられた笑みに今まで経験したことのない高揚感に包まれる。


 (あの笑顔は反則だ……かわいすぎるだろ)


 いつもより幾分か体温が上がり、火照っている。心臓がドクドクと激しく音を鳴らしている。

 自分のせいで一人の少女が死ぬかもしれないという不安や焦りが無意識にあったのかもしれない。

 緊張から解放されたことによりこんなにも心臓が音を鳴らしているんだ。

 決して恋だの、愛だの類いではない、小動物に好かれた時の嬉さ、そうあれだ、勘違いはけしからんと心の中で自分を戒めて立ち上がり寝室から隣の執務室へ移動した。



 動揺しすぎて着替えをせずに、軍服のままだったことには気付いていなかった。


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