これぞ『アニメ化!』(後)
女神の神殿というのだから、雲の上にでも連れていかれるのではないかと思ったのだが……それは驚くことに街を見下ろす険しい山の中腹にあった。
石造りの円柱にもたれて表を見れば、木々を透かしてはるか眼下に先ほどの街が見える。ブロックのように色とりどりの家がぎっしりと並ぶ街並みは、ここから見れば小さく、本物のおもちゃの街のようであった。
件の女神は、先ほど一緒に転移させてしまった少女のために寝室の用意をしに行ってしまった。肝心の少女は俺のすぐ足元で、俺の真似をして柱にもたれ、遠く街を見透かしている。
俺は少女に声をかけた。
「あ~、え~と……名前はなんていうっすか?」
少女が俺の口調をまねる。
「ユーアっすよ」
俺は眉をしかめて言った。
「俺の真似なんかしちゃダメっす」
少女は実に少女らしく、柱にもたれていたからだをぴょんと起こして頬を膨らませる。
「せやかて、ウチのしゃべり方、おかしいやろ?」
「おかしくはないっす、お国訛りは大事にしたほうがいいっす」
「ほんでも、街の人はウチの言葉、笑うし……」
俺はそんな少女の頭を撫でてやる。
「ユーアは、このあたりの出身じゃないっすか?」
「うん、ウチが育ったのはここからずっと西にある街なんや」
こんなにあどけない少女に、悲しい話を聞くのは心苦しい。だが、聞かねばなるまい。
「ユーアがここの街に来たのは、やっぱり戦争のせいっすか?」
少女の愛くるしい表情に、わずかに影が差した。
「うん、せや。もと住んどったところは戦争で焼かれてな、うちはお母ちゃんとここに逃げてきてん」
「そのお母さんはどうしたっす?」
「働きすぎて死んでもうたわ」
これ以上を聞くのは気が引ける、俺は話を終わりにしようと、少女の頭を撫でてやった。
「まあ、ここにいる間は安心して寝るといいっす。あの人、自分のこと女神だって言ってたし、たぶん、守ってもらえるっすよ」
少女が上目遣いに俺を見上げる。
「お兄ちゃんは? 守ってくれへんのか?」
誓って言おう、俺はロリコンではない。
誤解を解くためにいたしかたなく性癖をさらすならば、射精管理能力の高そうなお姉サマキャラが好みだ。
しかし、か弱そうな少女が少しおびえたように取りすがってくる、この……これ!
これを無下にできるほど、俺は冷酷ではない。
「わ、わかったっす、ここにいる間は、俺も守ってあげるっす。だから安心して、少し休んでくるといいっす」
ちょうどその時、女神が奥から出てきた。
「お部屋の用意ができましたよ。とはいっても、ここで修業する僧侶たちが使っていた部屋ですから、寝床くらいしかありませんけどね」
俺は少女の背中を押してやる。
「部屋へ行って、少し休むといいっす。俺はこの女神さまと、少し話があるっす」
少女がキッと目をむいた。
「なんや、エロい話か?」
「ん~、残念ながらそういう感じじゃないっす」
「ほならええわ」
少女は素直に神殿の奥に向かいながらも、途中で振り向いて大きな声で叫んだ。
「そのお兄ちゃんはウチが目ぇつけたんやからな、手ぇ出したら許さへんで、乳牛女神!」
女神はこの罵りの言葉に首をかしげた。
「私は牧畜の女神ではないんですけどねえ」
俺は彼女のふくよかな胸部に目を落としながら、少し唸る。
「う~ん、乳牛女神……確かにっす」
「え、なに? なんです?」
「いや、なんでもないっす。それより、俺のこれからの話をしたいっす」
女神は、少し寂しく微笑んだ。
「わかってます、この世界を救えって言われて、ハイそうですかとは、言えませんよね、ここはあなたの今までに関わりない世界だったんですから」
「まあ、そうなんすけどね、戦争って、ひどいんすか?」
俺の質問の意図を汲み損ねた女神は、ぽかんと口を開けて立ち尽くす。
「あ~、え~と?」
「だから、戦争っすよ、ユーアみたいな子供がいっぱいいるくらいにひどいんすか?」
「え、ええ。実際に大きな戦火が上がっているのは、西にあるカヌサイ大陸ね。ここでは家を焼かれたり、親を亡くしたりした子がたくさんいて、まだ戦禍の少ない子の大陸に疎開してくるの」
「ここだって、完全に平和ってわけじゃないんっすよね」
「そうね、大陸内の国同士がにらみ合って冷戦状態だから、表面上は平和に見えるけれど、いつ戦争が起きてもおかしくないくらいに緊迫した状況なの」
「『平和を手に入れるより、戦争を始めるほうがはるかに易しい』ってヤツっすか。ほんと、めんどくさいっすね」
女神は少しうなだれて、俺を誘惑するように身をくねらせた。ただし、内容は性的な誘惑ではなかったが。
「ねえ、元の世界の肉体は無くなっちゃったから、戻してあげられないけど、代わりに、再転生ってどう?」
「つまり、別の世界にもう一回転生させてくれるってことっすか?」
「そうよ、あなたが望むスローライフを送れるような世界に、新たな肉体を作ってあげることならできそうなんだけど……」
「その見返りとして、この世界を救えっていう、つまり取引っすよね、それ」
「わかっているなら話が早いわ。そういう条件で、どうかしら」
即答だった。
「嫌っす」
「あ、やっぱり?」
「そんな世界をあっちにこっちに移動するとか、そっちの方がめんどいっす。だったらこの世界を平和へ導く方がめんどうないっす」
「え、それってつまり……」
「戦ってもいいっす。なんだか、この能力があれば、苦労なく戦えそうだし」
「ほ、本当に?」
「で、この能力の名前なんすけどね、俺は設定ってアニメぐらいしか参考にするものがないし、どうしても世界をアニメ化しちゃうと思うんすよ。だから、『アニメ化決定』ってどうっすか?」
「うん、いい、なんでもいい! 本当に戦ってくれるのね!」
「はい、戦うっすよ」
女神は両頬を伝うほどに涙を流し、体中の力が抜けたかのように座り込んでしまった。
「ありがとう……本当にありがとう……」
「んな、大げさっすよ」
本当は、大げさにするだけの理由があるのだろうと察しはついている。しかし俺はあえてそこには踏み込まず、明るく笑って片手を彼女に差し出した。
「それに俺、まだあんたにアニメの神髄を語っていないの、気づいたっす。覚悟してくださいっすよ、本当に三日三晩語るんで」
「いいわ、三日だろうが四日だろうが、あなたが満足するまで聞いてあげる。世界を救ってもらう代償としては、安いものだわ」
俺たちはにっこりを笑いあって、お互いの手をがっしいりと握った。
――俺の戦いが始まる。




