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Losing Penta  作者: なっちー
11/13

10 〈Day.11〉 彼らについて

 五月の後半に入り、温かさが暑さに代わり始めたのを感じられるようになったその日の夜、成生、上屋の2人に加えてその日は珍しく伊勢島も入れて3人がA大学の武道場の出入り口前に立っていた。成生は上屋からの依頼のために来ており、伊勢島と上屋はそれに付き合っている形である。

「やー、2人ともありがとなー。オレ1人じゃ、まだあの2人とトークを続ける自信が無くてさー」

 あの二人、というのは倉木と白瀬のことである。

「というか、珍しいよな。ユウヤが付き合ってくれるなんて。いつもはこの時間は『組織』(あっち)の仕事があるからっていなくなってるのに」

「ん。まぁ、しばらく調査の仕事で大変だろうから、ってことで薫子さんがオレの方に回ってくる仕事を少なくしてくれてるんだ。お陰様でしばらくは、大学が終わった後、調査の時間までは暇になりそうだな。イヤもう最近、大分働いてて疲れてたから丁度いい」

 肩を自らの手でほぐしながら話す伊勢島の顔は少しクマも見られ、やつれているようにも見える。

 ちなみに、何の仕事をしていたか、ということは権限階級(コード)のこともあって、訊かないのがお約束だ。

「そりゃ、良かったな。……シンクもあんがとな。結局、依頼受けてからずっと同行してもらっちゃってるし」

「いいよ、いいよ。気にしないで。僕も薫子さんからしばらくは調査のために夜はスケジュール空けとけって言われてるし、大学の勉強もまだ時期的に忙しくないからさ。それに、ナナセと話せるのは僕にとって良いコトだから」

 言葉と共にさわやかスマイル。

 ――クソ、眩しい……。コレがイケメンスマイルか。しかもさり気にノロけてやがる……。

 自分と目の前の青年の格差を成生は再認識する。

 横で伊勢島も口笛を吹いた。

「ヒュ~。おアツいですなー」

 彼らは倉木、白瀬(白瀬は任務対象外だが、倉木についてくるので彼女も送ることにしている)を家に送り届けた後、その日もシャドウ増加の原因調査を行う予定である。そのため、成生は山に登るわけでも無いのに登山用のリュックを背負い、伊勢島はギターを持ってきたわけでも無いのにギターケースを肩に下げている。上屋は小さなショルダーバッグ一つだけで、比較的身軽だ。

「俺は持ってる物がアレだからともかく、ナルキ、お前の荷物は何とかならなかったのか? こう、もっと上屋を見習ってコンパクトにだな……」

「……オレもコンパクトにまとめようと考えるんだけどな。オレのあの木刀が結構長くてさ。脇差型であってもこのリュックにしないと入らないんだよね。それで、じゃあ、ついでにってことで何かあった時のためのものを入れてたらついついこうなった感じ」

「それが、命取りに、なんてことにならないようにな」

 伊勢島がニヤッとイヤな笑みを浮かべた。

「ちょ、やめて! そんな縁起でもないフラグめいたコメント出さないで」

 そんな他愛の無い会話をしているうちに武道場から1人、また1人とその日の稽古を終えた者が出てくるようになった。

「そろそろ時間みたい」

 上屋が右手の腕時計を見ると時刻はもうすぐ8時になろうとしていた。A大学剣道部の稽古時間は午後6時半から8時までである。これは、同じ場所に併設された練習場所を持っている柔道部も同じで、そうこうしているうちに中から出てくる人の数が多くなってきた。

 しかし、一向に倉木と白瀬の姿が現れない。

「どうかしたのかな」

   シンクってやっぱり結構心配性なんだな。

 成生はリュックからグミの入った袋を出して、中のものを1個、口の中に放り込んだ。




「ヤバい、ヤバい~。早く出ないと見回りの人が来て怒られる~」

「それはヤバいですね。ホント誰のせいでこうなったんだか」

「アンタが、コンタクト落としたせいだからね」

「てへ☆」

 わ、なんだろ。白瀬(コイツ)ってなんでこんなにイラッと来るんだろ。

 私と白瀬は今、人っ子1人いない武道場の、更衣室から出入り口に繋がる廊下をパタパタと小走りで移動しているところだった。超重い剣道の防具が入った鞄と、さらに竹刀が2本入った竹刀袋を持って。

 正直、ちょっと腰痛い。

 しかし、出るのが遅くなって大目玉食らうと部に迷惑が掛かるので今はそうも言ってられない。

 私と白瀬がなぜこうなったか。一言で言えば白瀬がコンタクトを落としたからだ。

 いつもの稽古がいつもの時間に終わり、更衣室で私も白瀬も着替えをほとんど終え、さぁ、帰ろうという時に白瀬がいきなり、

「あ……」

 と声を漏らしたのだ。白瀬はすぐに床に四つん這いになり、おろおろとした様子を見せ始めた。そして一言。

「センパイ。アタシ……コンタクトを……落としちゃいました」

 それを聞いた瞬間、私の中で嫌な予感が展開される。私も経験がある。あれは中学の頃だろうか。友達の家で何人かで遊んでいたら、そのうちの一人が『コンタクト落としちゃったぁ』と言ったのだ。結局みんなで探すことになり、その日の遊び時間の大部分を使ってようやく見つけられたのだ。その時と同じ時間使うことになったらどうなることやら。一瞬、私の中のデビルナナセが

「こんなヤツ置いてっちゃえよ。コイツ、ウゼェし」

 と囁く。親指サイズの全身黒タイツの小さな私がイメージの中でコウモリみたいな翼をパタパタとはためかせている。その顔の口はいかにも悪って感じで歯を見せて逆三角形型になっている。

 まぁ、確かにウザいとこあるけどね。コイツ。

 しかし、悪魔が出てくれば、その反対側には勿論、天使が出てくるワケで。

 古代ローマの人が着てそうな白い服を着た、親指大のエンジェルナナセが純白の羽をフワフワさせて言う。

「白瀬はカワイイ後輩でしょ! 確かにちょっとアク強いけど。でも、アンタ以外にはそんなところ出さないじゃない。信頼されてるってことでしょ。コンタクト探しぐらい手伝ってあげなきゃ」

 うーん。流石は天使。いいこと言うなぁ。頭の上に付いた光る輪っかが眩しいよ。

 っていうか、この天使の服、ト—ガって言うんだっけ。自分で言うのもなんだけどこのマスコットっぽいのカワイイな。


 いやいや、そうじゃなくって。


 結局、私は天使の言うことに従うことにした。コンタクト無しで目の悪い状態の白瀬だけで探して、警備員がくるまでに探しきれなかったらコトである。ちなみに周りで着替えていた人は私以外、事態を察したのか、そそくさとその場から出ていく。まぁ、こんな状況に白瀬1人、置いてけぼりってのも酷な話よね。

「はぁ。しょうがないなぁ。サクッと探すよ」

 結局、それから15分ほどかけてようやくそのコンタクトを見つけ出し今に至ると言うワケである。

「やー。助かりました。センパイが、都合のいい女で」

「オイ、オメー。外で絶対その言い方すんなよ」

 おっとっと、いけない、いけない、ついついこのクソ後輩の挑発で冷たい声が出てしまった。もういいかな? デビルナナセいいかな? デビっちゃっていいかな?

 そうこうしてるうちに正面玄関に辿り着く。

 良かった。まだ見回りは来ていないみたいだ。一度、竹刀袋とか、持ち物を床に置き、靴箱から靴を取り出して足を突っ込んでいく。玄関のガラス扉の向こうに目をやると、三人の人の姿が見える。恐らく、シンクと最近からシンクが雇ったナルキ、とすると、あとの三人目は伊勢島くんだろうか。

 武道場を出ると、案の定、先に予想していた通りの三人が待っていた。その中からシンクが少し心配そうに歩み寄ってきた。

「どうしたの、ナナセ。なんか今日は遅かったけど」

「ああ、白瀬が更衣室でコンタクト落としちゃってさぁ。それでこんな時間になっちゃった。ゴメン、ゴメン」

「そか。なら良かった。それで、見つかったの?」

「うん、見つかったよ」

「やー、ホント、さっきは有難うございました」

 白瀬が律儀に軽く頭下げた。出たな、猫かぶり!

 次に私は伊勢島くんとナルキに目を向けた。

「や、二人ともこんばんは~。ナルキはともかく伊勢島くんは珍しいね。バイトは今日はいいの?」

 もちろん、この『バイト』というのは、『組織』での仕事、という意味だ。まぁ、その業務内容を知っているわけじゃないんだけど。

「ああ、最近、根詰めて働いてたから上司が負担を減らしてくれたんだ。んで、今はちょっとばかり暇があるってわけ」

 武道場の出入り口に設置されたライトの微かな光しかないため、よくは見えないが、彼の顔は疲れの色が見える気もする。

「あ、久しぶりです。伊勢島センパイ。先日はありがとうございました」

「あ、いやいや、こっちこそ、付き合ってくれてあんがとね。いい息抜きになったよ」

 そういえば、いつぞやに昼ご飯一緒に食べに行くって言って、ホントに行ってきたって言ってたな。ふむ。これは、後で伊勢島くんに白瀬の感想を聞き出さないといけませんなぁ……。ヤバ、頬のゆるみが……。

「センパイ、何ニヤついてるんですか。キモイですよ」

「あ、ゴメンゴメン。なんでもないの。気にしないで」


「あの~、そろそろ  」


 それまで会話に参加していなかったナルキが初めて口を開いた。

「そろそろ出発しませんか」




 ナルキの一言で私たち五人はのらりくらりと歩を進め始めた。私は先程から気になっていた、伊勢島くんの、白瀬とのデートの感想を聞いてみたくなった。まずその第一歩として情報を仕入れやすいところから仕入れてみる。

「ねえねえ、シンク。伊勢島くん、白瀬とのデートについてなんか言ってた?」

「いやぁ、何も言ってなかったかな。『組織』(向こう)では最近の伊勢島くんはそういう空気じゃなくってさ。まぁ、でもその分、さっき彼が言ってた『いい息抜きになった』っていうのは本当じゃないかな」

「へ、『そういう空気じゃない』って?」

 私の質問にシンクは少し困った顔をした。

「う~ん……。なんて言うのかな。今、彼が関わってる案件は、何か彼がいつも以上にシビアな態度を取る理由があるみたいなんだよね。それで、なんか余裕が無いっていうか、そんな感じ。四日くらい前も『組織』(あっち)に行った時にずっと遅くまでパソコンに向かって調べものしてたみたいだし」

「ああ、そうなんだ。実は私も思ってたんだよね。最近、伊勢島くん、なんか様子が変わったなって。私たちと話す時もなんか変わってきた」

「ああ、やっぱりナナセもそう思ってたんだ。それでね、なんか、その件、ナルキも深く関わってるみたいなんだけど、守秘義務がどうとかで、なかなか聞き出せなくってさ。あ、でも野次馬根性で興味持ってるだけだから、聞き出せなかったら聞き出せなかったでいいんだけどね。訊いて欲しくないこともあるだろうし」

 とはいうもののシンクの顔を見るに興味が尽きないようではあるみたいだ。

 まあ、そりゃ、あの、いつも飄々としているはずの伊勢島くんがそんな態度なのだ。気になるのは当然か。

 しかし、そんなことより、だ。

「ま、よくわからん話は置いといてさ。さっきのデートの話、本人に直接聞きに行こうよ」

 シンクの顔がニヤッという笑みを浮かべた。

「いいよ。面白そうだし。行ってみよう」

 医学生で、頭が良く、運動神経もある、という完璧人間みたいな彼であるけど、彼もまだ学生。こういう話題も少なからず興味があるのだろう。シンクのこういう一面を見るとなんだか安心する。早速私はシンクを伴って、私たちの前を歩いて、白瀬と話していた伊勢島くんに話しかけていく。

「やー、やー、ごきげんよう、お2人さん」

 二人が同時にゆったりとこちらの方を向いた。

「どうしたんですか、急に」

 白瀬がうるさいハエを見るかの如き視線を私に向けてくる。オ~イ、白瀬ちゃーん。被ってた猫が外れかけてるぞ~。

「いや、ちょっとね。と言うワケで少し伊勢島くん、借りてくね~」

「へ? あ、ちょ、わッ、危なッ!」

 少し強引に伊勢島くんの腕を引っ張ったせいで彼がつんのめってしまうが、そこは転ばなかったので、

「あ、ゴメン、ゴメン」

 で済ませて、彼を私とシンクでサンドイッチにする。

 白瀬が『あーもう、何なんですかぁ、人が話してたところにぃ~』なんて言って文句を言ってくるが手をヒラヒラ振って適当にあしらう。

 私は自分の顔を伊勢島くんの方に気持ち近づけて、至近の彼とシンクにしか聞こえない声でヒソヒソ話を展開する。

「で? どうだったの?」

「何がだよ」

 伊勢島くんの顔が居心地の悪そうにしかめられる。

「何って、決まってんじゃん。白瀬とのデートのこと」

「ああ、そのこと。っつーか、この話題になるとお前って急に貪欲になるのな。あと上屋、お前までくっついてくんな。暑苦しい。男に密着される趣味なんかねーよ」

「まぁまぁ。そう言わず。続けて続けて」

「そうね。他人の恋バナ聞くのは私もシンクも大好きよ。んで、んで? そんなこといいからどうだったの?」

 白瀬はもう静かになっている。よしよしいい子いい子。ホントにそう言ったら噛まれそうだけど。

「どうって……普通に大学から少し離れたところの洋食屋……あ、ホラあっち。Zモール近くの—―」

「――ああ、そこならシンクと行ったことあるよ。確かにあそこは美味しかったね。で、そんで?」

「オムライスが美味しいっていう口コミだったよね。僕はラザニア食べたけど」

「ああ。口コミ通り、あそこのオムライスはかなりおいしい。だからそれを薦めて、彼女はそのままそれを食べてた。ま、オレはハンバーグを食べてたけど。……うん、でも、別に何か倉木が聞きたいと思うイベントめいた出来事なんか無かったぞ。普通に食事して、そんで当たり障りのない、ぶなーんな会話を一通りやっておしまい。仲の良さで言えば倉木には敵わねーよ」

 『無難』の『ぶなーん』の部分を、顎を上げながら言う伊勢島くんの様子は、顔こそ渋面になっているが、口調はいつもと全く変わらない。ケッ。つまんないの。

もうちょっと、打てば響く、みたいな感じを見せてくれてもいいと思う。

「まぁ、白瀬ちゃん? 顔面偏差値はなかなかのものだと思うよ。65くらいかな。でも、トーク力は至って普通なんだよねぇ」

「わ、すんごい、上から目線。ちょっと引くわー」

「あのなー、こういうことは本音で考えなきゃダメだろ。だましだまし付き合ったって長続きしねーよ。どんなにきれいごと並べても仕方ねーだろ」

「さっすが~。今まで軽く10人以上と付き合って、どれも半年持たなかった人間の言葉はナマナマしさが違うわ~」

「分かってんなら言うなよな。とにかく、オレのそういう経験から言っても『わー、この子、かっわいい~』で付き合っても、トークとか性格的相性とか、そういうのがある程度無いともう、ダメダメ。全然ダメ。すぐアウト! チェンジ! ってなるね」

「……うん、まぁ、そういうのも経験としては大事だよね。『人生、何事も経験』っていうし」

 シンクの言葉に、しかし伊勢島くんは唇を尖らせる。

「や、上屋。お前等みたいなメチャ長続きカップルの人間に言われてもあんまりフォローになんねーぞ? お前って、昔っからそこんとこちょっと鈍感だったよなぁ」

「そうかな?」

 イマイチ分かってない顔のシンク。うーん。そこは否定できないかも。


「も~。さっきからヒソヒソと。私だけ仲間外れにしないでください~」


 白瀬が後ろから、もう我慢ならんと私の背中をつんつんつついてくる。

 あ~、こりゃ後日ズルズル色々言われそうだなぁ。

 白瀬にいち早く対応したのはシンクだった。

「あ~、ゴメン。ゴメン。仲間外れにしたつもりはないんだけど……」

「まったく……で、何の話してたんですか?」

「あ、いや、そのなんというか……」

 しどろもどろ。私にお鉢が回ってきませんように。

 そんなことを思っていると、私やシンク同様に後ろを向いていた伊勢島くんが急にニヤぁっと人の悪そうな笑みを浮かべた。

「あ、そうだ。そういえば、ナルキの方は、あの子、カワイイ~、って言ってたぜ。さっきの俺みたいな冷めた言い方じゃなくてさ。お前が欲しい反応が高確率で帰ってくるぞ」

 視線の先には少々うつむき加減で歩くナルキ。先ほどからずっと1人で歩いていたようだった。なんというか、彼は、一緒に帰るようになって数日経ち、それなりに話すようにはなったけど、イマイチ馴染めていない感がする。

「ほほう。伊勢島屋。それは本当ですかな?」

「もちろんですとも。お代官様。報酬は後で彼奴(きゃつ)の様子を教えて下されば、それで結構です~。クックック」

「おぬしも悪よのぉ~」

 私は早速ナルキに話を聞きに行った。

 ちなみにシンクは伊勢島くんと一緒に白瀬の対応をしている。私は心の中でシンクに合掌した。

 ナルキは私の接近に気づいて気持ち下げていた視線をこちらに向けてきた。

「お、どうしたの? ナナセ」

 そのまま彼の左に並んで歩く。

「やー、やー、佐藤氏。君、白瀬ちゃんのことが気になっているんだって?」

「え?」

 唐突な質問にナルキは顔を引きつらせながら、目を白黒させた。なるほど。確かに伊勢島くんの言う通り、イイ反応くれそうだな。こりゃ。

「それ、どこ情報? いや、大体想像つくけど」

「そりゃ、私が個人的に雇っている情報屋に決まっているじゃなーい。具体的には教えられないけど、苗字をローマ字書きすると、最初は『I』で――」

「――うん。知ってた。で、次が『S』なんだろ? っていうか、伊勢島 優也だろ。分かってた。オレがよく話すヤツって、倉木達が知ってる範囲じゃ、ユウヤしかいないもんな」

「ば、バレただと……?!」

「いや、普通にバレるだろ。むしろバレないと思ったのか逆に訊きたいわ」

 ここで伊勢島くんがタイミングを合わせたのかどうか定かではないが、コチラを向いて顔をニヤっとさせ、右手で拳を作り、親指を上に向けて見せた。

「あやつめ……。覚えてやがれ」

 ナルキの額に青筋が浮かんだ。ような気がした。

 まぁ、挨拶はほどほどに、

「それで? 白瀬みたいなのが好みって本当かい?」

「いや、いつぞやに言ったみたいに、彼女がオレのタイプかどうかは分からないけど、かわいいとは思ったって。それだけで……」

 言いつつナルキこちらに視線が合わないよう微妙に瞳を動かし続けている。ふむ。なかなか弄り甲斐があるではないか。微妙に耳が赤いし。

「私が協力したげようか?」

「いえ、いいです」

「分かった。協力しよう」

「人の話聞いて! ……だいたい、オレあの子と全然話してないから、どんな性格かもわかんねーし。顔が好みだからってだけで彼女にしたい、なんて頭のイタいヤツみたいな思考してねーよ」

「あ、そこまでウブじゃないんだ。アレ、ナルキって女の子とどれくらい付き合ったことあるんだっけ?」

 ナルキは目を泳がせてボソッと一言。

「……ない」

「うん? ということは、何回か告って砕け散った経験があるってこと?」

「止めてぇッ!! オレの黒歴史を紐解かないでッ!!」

「でも、いいの? あのままだと、伊勢島くんに取られちゃうよぉ? しかも、伊勢島くん本人はそこまで狙っている感じでもないのに」

「なんで、オレが白瀬さん狙ってるのが前提なんだ?…… 別に。だったらくっつけばいいと思うよ」

 ナルキは肩を竦めて見せた。

「わ~、冷めてる」

「それに、もし伊勢島と勝負することになってもオレに勝ち目なんかほとんどないと思うしぃ~。ナナセも数年の付き合いがあるだろうから分かると思うけど、あいつって本当(ガチ)の天才なんだしさ」

 わ~、出ました。自虐。こういう人って女子にもいるけど負のスパイラルに陥っちゃって抜け出すまでちょっと面倒臭いんだよねぇ。

 ま、彼の言うことも納得できるではあるんだけどね。

 伊勢島くんのことは中学時代から見てきているが、確かにいかにも完璧人間みたいな感じだった。勉強は、ほとんどのテストで1位を取るシンクとどっこいどっこいくらいで、運動でも大体の競技でみんなより一歩抜きんでた活躍を常にしていた。おまけに、そして、そんな内容を裏切るこのチャラさ。外見もまぁまぁ良し。その手の浮いた話が絶えなかったのも頷ける。

 ちなみに、私的にはシンクの方がかっこよく見えるのは言うまでもない。……なんて言ってみる。

「でもさ、それって、全然話してないからそう言えるだけじゃない? 話してみたらやっぱ彼女にしたい、って思うかもよ?」

 なんて言ってみたが、私は知っている! 白瀬(アイツ)のアクの強さを。

 私は心の中で舌を出した。

「かもね。でも話す機会が少ないからなぁ。っていうか、オレ、女子慣れしてないんだ。しょうがないだろ~」

「む? 今こうして話している私は女子じゃないってか?」

「や、そんなこと言ってるわけじゃ……ホラ、ナナセはなんというか……アレ。積極的に話しかけてくれるじゃん。あの子は、あんま話しかけてこないから……」

 あらら。今のは引っ掛けのつもりだったが割と冷静に返されてしまった。

「そこを話しかけに行くのが男でしょ? なーに情けないこと言ってんの」

「ホント、もうすでに彼氏彼女いるヤツって良いご身分だよな。横からヤジ飛ばすだけで。それが出来たら苦労しないっちゅうねん」

「ほほう。ということはやはり、白瀬と話したい、とは思ってはいるんですな?」

 ナルキはまた少しこちらから視線を逸らしながら、

「いや、まぁ……そりゃあな。オレも一応、男だし。……もっと話してみたいではある」

「よーし。オッケー。言質は取った。ナナセさんにまっかせなさい!」

「オイ、ちょっと待て。いきなり変なこと始めるなよ」

「ハハハハハ。しない。しない。今はね。い・ま・は」

「わ、すげー不安になる言葉だな」

 さて。

 ここまで会話も温まったところで、私は少しシビアな話題をブっ込んでみることにした。

「ところでさ」

「ん?」

 私の話す口調が微妙に変化したのが伝わったのだろうか、ナルキも先ほどまでのヘラヘラとした居住まいを正した。

「ナルキって伊勢島くんと知り合ったのっていつ頃なんだっけ?」

「あー。1ヶ月半前くらいかな」

「……そっか。丁度、駅前の大きなホテルで火災が起きた事件があった時期だね。ホラ、ナルキも知ってるんじゃない? 確か、『Dグランドホテル』とかいうところで火災が起きたっていうヤツ」

「……うん。まぁ、普通程度には」

「ナルキはそれ以前には彼と知り合ってないから知らないと思うけど、伊勢島くん、そのあたりから、なんだか変わっちゃったんだよね」

「……」

 ナルキはまた、私と話を始める前と同様に表情は硬くなり、視線も斜め下に落としてしまった。

「なんか1人で考え込んでる時間が多くなったり、自分からしゃべってくる頻度も少なくなっちゃって」

「……そっか」

「伊勢島くんの様子が変わった理由って、なんか心当たりある……? やっぱり、ホテルの火災の件が関係してるのかな?」

「……」

 ナルキは依然答えない。これは肯定、なのだろうか?

「ナルキ?――」

「――そうだな。先に謝っとく。その件、詳しくは言えないけど、オレが原因の一端にあると思う」

 唐突にその口から出てきた、というより放たれた言葉は、内容のわりに少し刺々(とげとげ)しかった。

 恐らく、言うか言うまいか迷った挙句に言ったことで語気が強くなってしまったのだろう。

「それって……」

「……」

 気まずい沈黙。

「あ、でも、勘違いしないでね。もし、関係してたとしても私はナルキを責める気なんてないから。人それぞれの事情っていうのもあるだろうし。だけど……やっぱさ、伊勢島くんもナルキも、それにシンクも関わってる事柄がアレだか、ら、心配で……  ゴメン、なんか」

「いや、いいよ。事実は事実。それを否定するのはオレの主義に反するからな」

 そういって少しシニカルな笑みを浮かべた。

「ナルキ、お願いがあるんだけど」

「お、どうした? 改まっちゃって」

「……伊勢島くんが困ってたら、助けてあげてね」

「……」

 一瞬、ナルキはこっちを不機嫌そうな瞳で見つめてきた。かと思うとすぐに、隣を歩く私から顔を逸らして正面に向けてしまう。

「……大丈夫」

「へ?」

 彼は、今度は明るい笑みを浮かべていた。

「過去に、色々あったとは言え、友達ではあるつもりだからな。言われなくてもちゃんと助けるから。心配しなくてもいいよ」

「そう? なら良かった」

「ついでにオプションでシンクも出来る限り助けるからそっちも心配しなくても大丈夫だぞ」

 それを聞いて、私は思わず吹き出してしまう。

「ハイハイ。分かった分かった。ありがとう。よろしくね。私じゃ、いざって時に役に立たないからさ」

「まぁ、そこはホラ、適材適所ってことで」

「適材適所、か……」

 そういえば、私はどんな所で適材になるのだろう。ふと思うが、すぐには思い浮かばない。そんなことを考えていると、

「お2人さん、なーに話し込んじゃってんの? 上屋がやきもち妬いてるぞ」

 伊勢島くんがいつの間にか私の左を歩いていた。

「いや、ナナセって結構男受け良くて、いつも大体そんな調子だから慣れたよ」

 シンクが苦笑している。

「くーッ。彼氏泣かせ」

「もー。伊勢島くん、ヘンな言い方しないでよね」

 ただ。

「ホントですよね~。私も、倉木センパイのそーゆーとこ良くないと思いま~す」

「白瀬、アンタまで悪ノリしないでいいじゃないの~」

 ただ、ナルキの『大丈夫』と言った時のあの笑顔。その笑顔はちょっと薄っぺらく見えた気がして。

「シンク、正直に言っていいんだぞ?」

「ハハハ。大丈夫だって。それに、そんなに束縛めいたことしてもねぇ……あ、伊勢島くんって、女の子と付き合ってもすぐ別れちゃうのってそういう原因もあるんじゃ……」

「コイツッ  」

 私にはそれが少し、印象的だった。




 成生、伊勢島、上屋の三人は、倉木と白瀬を送り届けた後、調査のために、D駅周辺の住宅地郊外に来ていた。

「さ、て……っと」

 伊勢島が地べたにギターケースを置いて体をほぐすように伸びをした。

「で、今日はどこ探すの?」

「はい。ここ。自分のライトで確認して」

 伊勢島から手渡された地図を上屋が確認した。

 そこには2日前に調査した所から、少し北側に行った場所が赤でマークされている。ちなみに昨日は1日目と同じ場所で調査を行った。

「昨日は何もなかったから良いけど、一昨日みたいな恐怖体験はもう勘弁だなぁ」

 成生が苦い顔をしながら二人の方を見る。

「ああ、ゴメン、ゴメン。次はあんなことにならないように僕たちだけで安全圏で待っとくなんてマネしないから」

「いや、でも、アレはアレでよく考えたら見てる方は面白いよな。ホラ、こう、安っぽいB級映画見てる気分になる」

「やめろ。そっちは笑い話ですむけど、こっちにしてみりゃ死活問題だ。っていうか、次のもし、ユウヤがオレと同じ状況になったら腹抱えて笑ってやるからな」

「ハイハイ。お好きにどうぞ。ま、俺、あんなドジ踏まねーけどな」

 調査3日目。しかし、その日は2日目同様、3人は何も見つけることができなかった。


夏はまだまだ終わらない……。出来る限り、出していけるよう、頑張ります。最近、風邪気味ですけど……。

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