【救い】
この世に救いは数あれど、たいてい決まってることがひとつある。
それは、救いってのはそのほぼすべてが(失う)ことによる救いだってことさ。
不思議に思うかい?
いやいや、それがそうでもないことだよ。
よく言うね。(安らぎを得る)なんて言葉を。
たださ、悪いがこいつは単なる勘違いだ。
安らぎってのは訪れるものであって、決して(得る)ものじゃない。
おっと……気をもたせるような説明は止めておこうかね。
結論から言うよ。
(得た)ものは失われる。これは分かるね?
たとえ得られても、失えばそれきり。
これじゃ救いとは言い難い。
では真実の救いとは?
そう、(失う)ことさ。
何かを得るのはとても困難なことだが、失うことは比較的容易だ。
そして、いったん失えば取り返しがつかないことは多い。
まさに良くも悪しくもね。
まあ、考えてごらん。
悲しみも、苦しみも、痛みも、
それにまつわるすべてを失った時、人はどうなると思う?
そうさね。壊れるよ。
もはや元には戻せないほどに。
塀の上のハンプティ・ダンプティだね。
ハンプティ・ダンプティが塀の上。
ハンプティ・ダンプティが落っこちた。
王様の馬全部と、王様の家来全部でも、
ハンプティは、もとに戻せない。
救いにゃとても思えないかい?
だがそれはこっちが思うことさ。
当人がどう思ってるかは分からないだろ?
というより、思わなくなってこそ、始めて(救い)は完成する。
何も考えず、何も思わず。
他人から見れば、それはただの抜け殻にしか見えないかもしれないね。
でもね。
悲しみと、苦しみと、痛み。
それらから解放された当人はこちらの考えなんざ関係無しに救われてるんだよ。
だってさ、
その証拠にとっても安らかな顔して微笑んでたんだよ。
衣裳部屋のカゾット。
夕食を届けに行ったフィリオにゃショックが強かったかもしれないが、まあそれは仕方ないことさ。
ともかくカゾットは救われた。
考え方によることは百も承知さ。
それでも、目隠しもコートも取り払って、床にぺったりと座り込んだカゾットは、もう何も感じやしない。大切なのはそこだよ。
もう何も感じない。
もう何も考えない。
もう何も思わない。
フィリオかい?
ああ、フィリオは泣いたよ。
だってフィリオは救われちゃいない。
むしろ苦しみは増えたろうね。
床に座ったカゾットに、いつまでも話しかけてたが、それが無駄たと分かった時、合図とばかりに泣き始めたよ。
床に顔を伏せて、床に涙をこぼして、床に拳を叩きつけて。
そんなフィリオを見ても、カゾットはもう何も思いやしない。
思いやしないが……面白いもんさ。
そんなフィリオの頭を、カゾットは優しく撫でた。
理由なんて分かるわけないよ。
もう何も感じない、考えない、思わないのに、
びっくりするほど優しい手つきでフィリオの頭を撫でたんだ。
驚いて顔を上げたフィリオに、優しい笑顔を向けたのも、理由なんて分かりゃしない。
ただ、分かっていることはもうカゾットは救われたってこと。
壊れて、砕けて、失って。
ハンプティ・ダンプティが落っこちた。
だから泣くのさ。フィリオはね。
落ちて砕けたカゾット見ながら、彼の分まで泣き続けたよ。




