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『婚約破棄された瞬間、全員の本音が吹き出した件』(連載版)  作者: くろめがね


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9/9

第九話 『その場で、何も言わなかった』

第九話です。

呼び出しは、思ったより早かった。


三日後の午後、城の小広間。


正式な会議室ではない。

だが私室でもない。


つまり――

人は呼べるが、言い訳もできる場所。


扉を開けると、すでに何人かが席についていた。


叔父。

王子の側近。

それから、城で発言力のある数人の貴族。


そして、最後に。


王子がいた。


一瞬だけ、視線がぶつかる。


その瞬間、

私は気づいた。


――この人、もう余裕がない。


顔は整っている。

背筋も伸びている。

王族としての立ち居振る舞いも、いつも通りだ。


でも。


本音が、あまりにも騒がしい。


(どうしてこんな話になった)

(ただ婚約を解消しただけだろう)

(なぜ私の評判が落ちている)


私は何も言わず、席に着いた。


誰も、すぐには口を開かない。


この城では、

最初に話し始める人間が、

一番“立場が弱い”。


沈黙が落ちる。


先に動いたのは、王子だった。


「……久しぶりだな」


その声は、思ったより硬かった。


(まず普通に話す)

(責めているわけではないと見せる)


私は軽く頭を下げた。


「お久しぶりです」


それだけ。


王子の眉が、ほんの少し動く。


(それだけ?)

(謝らないのか)


……謝る?


私は、静かに王子を見た。


王子は、視線を外した。


そのとき、叔父が口を開いた。


「本日は、少々行き違いがあった件について、

 落ち着いて話す場として設けました」


(大事にしたくない)

(ここで収めたい)


王子の側近が続く。


「殿下も、少し急ぎすぎた判断だったと」


その瞬間。


王子の本音が、鋭く跳ねた。


(そんなこと言ってない)


……なるほど。


謝罪は、

本人の意思ではない。


私は、紅茶に手を伸ばした。


その仕草だけで、

部屋の視線が少し動く。


王子が、私を見た。


「君は……」


言葉を探す。


(なぜ騒がない)

(普通は怒るだろう)


「何も言わないのか」


私は、少し考えた。


答えは、すぐ出る。


「何をでしょう」


部屋の空気が、ぴんと張る。


王子の顔がわずかに赤くなる。


(とぼけるな)


「婚約を――」


言いかけて、王子は止まる。


誰も助けない。


この部屋では、

誰かの言葉を引き取ることは、

その責任を背負うことだからだ。


王子は、続けた。


「婚約を解消した件だ」


私は頷いた。


「はい」


沈黙。


王子の本音が、乱れる。


(謝罪を受けるべきだ)

(何か言うべきだ)


私は、ただ王子を見ていた。


怒りも。

悲しみも。

責める気配もなく。


ただ、

まっすぐ。


その視線に、

王子が先に耐えきれなくなった。


「……君は」


声が少し荒くなる。


「少しは、悔しくないのか」


その瞬間。


部屋の空気が、

はっきり揺れた。


(それを言うのか)

(まずい)

(殿下、落ち着いて)


私は、ゆっくり瞬きをした。


悔しい。


もちろん、悔しい。


でも――

それを、この場で言う意味はない。


私は、静かに答えた。


「悔しさは、あります」


王子の目がわずかに開く。


(やっと本音を言った)


私は続けた。


「ですが」


ほんの少し、言葉を置く。


「婚約とは、契約です」


誰かの椅子が、小さく軋んだ。


「どちらかが望まないなら、

 解消されるのは当然です」


王子の本音が、

ぐらりと揺れる。


(それで終わり?)


私は王子を見た。


「殿下のご判断です」


その言葉は、

責めていない。


でも。


逃げ道も与えていない。


王子の顔が、ゆっくり歪む。


(違う)

(そんなつもりじゃない)


王子は、立ち上がった。


「私は!」


声が少し大きくなる。


「私はただ――」


そこで、言葉が止まる。


誰も助けない。


誰も。


王子の本音が、

あまりにもはっきり浮かぶ。


(自分が悪者になっている)


私は、何も言わない。


本当に、何も。


その沈黙の中で。


王子は、自分で言ってしまった。


「……君が」


拳が震える。


「君が、

 あまりにも完璧すぎたんだ」


部屋が、静まり返る。


誰も動かない。


誰も声を出さない。


ただ一つ。


王子の言葉だけが、

部屋の真ん中に落ちた。


私は、

その言葉を聞いて。


初めて、

ほんの少しだけ、笑った。


「そうでしたか」


それだけ。


怒りでもなく。

勝利でもなく。


ただ、

理解したという笑み。


王子は、それを見て、

顔を背けた。


その瞬間、

この場の全員が分かった。


――勝負は終わった。


誰も責めていない。

誰も攻撃していない。


それでも。


立っている人間が、

 どちらかは、はっきりしてしまった。


私は、席を立った。


「お時間をいただき、ありがとうございました」


軽く一礼する。


王子は、何も言わなかった。


私はそのまま扉へ向かう。


背後で、

誰かが静かに息を吐く。


廊下に出た瞬間、

胸の奥が、ようやく震えた。


怖かった。

ずっと。


でも。


私は、

叫ばなかった。


泣かなかった。


責めなかった。


そして――


それだけで、

 相手が崩れた。


私は歩き出す。


廊下の窓から、

午後の光が差していた。


静かな光だ。


でもその光は、

確かに――


流れが変わったことを、

 教えていた。


スピード感と描写とどっちが大事なのか。

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